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 子鬼。ゴブリン。

 緑色の瞳と、緑色の肌。黄ばんだ牙を覗かせ、腰にボロ布を纏い、錆び付いた武器をぶん回すヒトの子供の大きさ程の《竜》。

 視界の中で跳ねたのがソレだった。

 大上段――とも言えないただの振り上げ、足の運びもまるでバラバラ。

 それでも《竜》と言う生物としての強度だけで必殺の領域にまで引き上げられたジャンピング・スラッシュ。迫るソレを見て――


「……」


 かちっ、と秒針が動く幻の音を聞いた。


 腰に納めたシングルアクションリボルバーのグリップに掛かる手に力が入る。

 一瞬も見逃すまいと見開いていた瞳が待ち望んだ瞬間を見て、軋みを上げる。

 やる事は単純だ。そう――


 抜き/撃つ


 抜き放ったリボルバーのグリップエンドをベルトに押し当て、固定。

 右の人差し指が引き金を引き絞り、ハンマーが叩き落とされ、雷管が爆ぜて、そうしてなされる――早撃ち、クイックドロウ。

 そうして吐き出された小さな弾丸はその大きさからは考えられない大穴を子鬼の胸に穿つ。


「は、」


 右胸が吹き飛んだ結果、支えきれなくなった緑色の右腕が地面に落ちる。その様を見て思わず浮かぶ苦笑い。


 ――成程、これなら狙うな。兎に角、撃てと言われるわけだ。


 引き金を引いて身体の何処かに当たればこの世界の銃弾は驚異的な破壊力を発揮してくれると言う事が分かった。

 初弾に限って、だが。

 クィックドロウの場合のみ、だが。


「――チッ!」

「キィ!」


 それを物語ってくれたのが、二匹目。

 先の一匹目に隠れる様にして奔っていた子鬼B。

 ファニング。右で引き金を引いたまま、叩き落とされたハンマーを左で煽る様にしてコッキングし、そのまま次弾を吐き出す連射の技法。

 拙いながらも行ったソレ。

 初弾からさして時間を置かずに放つ事が出来た二発目。

 だが、それは子鬼の胸の中心に小さな穴を造るだけで、子鬼は未だ健在。

 故に止まる事無く迫る子鬼。

 そいつが放つ叩き付けの一撃は受けれない。上手く避ける事も出来ない。


「――」


 だから不格好に地面を転がる。

 水不足なのか、何なのかは知らないが、割れた地面を蹴り飛ばして身体を飛ばしたのは相手の左。武器を持った右とは逆。それですこしでも時間を造りながら、空中で手を動かす。

 右手の銃を投げ捨て、左で後ろ腰に納めた別の一丁を握る。狙いを付ける。

 先のクィックドロウ以上に狙うのが困難な状況。

 つまり今の俺では当てれる可能性はほぼゼロな状況。

 それでも構わず引き金を引けば――


「ギギィ!」


 悲鳴。絶命。

 吐き出された無数の球形殺意は進行方向上に有った緑色のバケモノの腹を食い破る。

 リボルバーで当てれないなら、当たる銃を使えばいい。

 中折れ式の単発式。

 無数の殺意をばら撒く近接用武装。

 ソード・オフ仕様のショットガン。

 その引き金を引いた残身のまま、肩から地面に叩き付けられる。


「……」


 地味に痛い。学ランが汚れた。それに――


「三匹目がいたらアウトだったな、ソウジ?」

「はっはー」


 上から降って来た蜥蜴人間、ガララの声に空笑い。

 その通りだ。子鬼が二匹だったから如何にかなったが、今の俺の武装は弾切れのショットガン一丁。予備のリボルバーは有るが、抜けないし、体制は地面にダイブの死に体。

 三匹目が居たら間違いなく詰んでいる。


「……どうすれば良かった?」

「リボルバーで二匹に対処すべきだとガララは思う」

「えー……あの威力じゃ無理でしょ?」


 エーテルで造った弾丸にはある特色がある。賞味期限――とでも言うべきモノがあるのだ。

 単体ならそうでも無いが、銃に納めた瞬間から、それは発揮される。

 漏れるのだ、エーテルが。で、結果として威力が下がるのだ、弾丸の。

 それを抑え、ある程度であれば補充してくれるのがガンホルダーで、それ故、ガンナーは抜き打ちの達人である事が要求される。

 抜いて、撃つ。早ければ早い程威力は増す。


 カツヨシさんに言わせれば極限関数的に威力が変わるらしい。

 詳しく聞けば、時間がゼロに近い程無限に近付き、時間が経過する事によりゼロに近付くらしい。


 兎も角。


 一瞬で切り札が豆鉄砲に代わる程にピーキな曲線を描いている以上、二発目で子鬼を仕留めるのは無理だと思う。


「間を開けるからだ。一発目の後、直ぐにファニングして撃てばそれなりの威力はでるぞ。威力があれば足を止め、ガンホルダーに一度銃を納める時間も出来る。単純なことだ。と、ガララは言う」

「視界を広く――って事ですね。二匹目に意識を向けたのが一匹目仕留めた後ってのが拙かったですね」


 反省、反省。

 と、反省をしながら身体を起こし、学ランに付いた砂を払う。


 荒廃都市ウェスト・シティ。


 迷宮の一つであるそこは剥がれたアスファルトの名残や、ビルの残骸が乱立する砂の世界だった。

 ドライアドより見渡せる範囲が広いが、個人的にはドライアドよりも過酷な環境だと思う。乾いて、熱いのだ。


「まぁ、刻印の種類を増やせばもう少し幅がでるだろう。グレネードを投げて怯ませたり……な」

「でもお高いんでしょう?」


 通販風に聞いてみたり。


「む。そうだな、ソウジの言う通り確かに高い。だからその費用を稼ぐ為にも――」

「剥ぎ取りですな。コレ、何が売れるの?」

「お決まりの眼。それと歯が弾のタネになるぞ。取って置く事をガララは進める」

「あいあい」


 インストラクターであるガララの指示を聞き、背中に背負っていたポーチからスプーンナイフとハンマーを取り出す。

 中古で買いそろえた解体用の器具達だ。

 《竜》は例外なく竜眼――竜の瞳を持っており、例外なく、その瞳は売り物になる。そんな分けで、迷宮に潜る連中に必須なのが、このスプーンナイフ。言ってしまえば刃の付いたスプーン。これで眼球を抉り取るのだ。ぐろい。

 そして今回はハンマーで子鬼の歯を叩き割るのだ。えぐい。


「……」


 転がった歯を一つ拾い、左手で握って意識を集中。

 そうして一秒も待てば手の中には弾丸。


「……本当に速いな、ソウジ。何かコツがあるのか? 有るのならガララにも教えて欲しい」


 その様子を見て、少し驚いたようにガララ。


「や、何か普通に出来るんですよ。あの時もそうでした……」


 憧れの魔法を使いながら思い出す。


『兄上ー! かえってきて! ぜったいにかえってきてな!』


 そう。今は亡き、タタラの事を――


「死んでないぞ」

「まぁ、早い所、買い戻してやりましょう」


 そう、タタラは大絶賛で借金の形に質入れ状態なのだ。


□■□■□


 話はウェスト・シティに潜る三日前に遡る。


「ガンショップ……零?」


 足の不自由なタタラの手を引いてやりながらガララの先導でやって来た先には、色々と拗らせて居そうな名前の看板が有った。

 何だ。零って。何だ。


「……言いたい事は分かるぞ、ソウジよ。だが腕は良い。物も良い。由来は『銃士装備で揃わない物は無い』と言う意味で付けたらしい」

「……そら随分な自信で」


 木造二階建て。出迎えるのは軋んだ開きの悪いドア。

 そんな店でもそれだけの大言を吐き出す事が許されているのは本当に良い物が揃って居るのだろう。多分。そうで無ければ哀し過ぎる。


「失礼するぞ」


 そんな哀しい空間も、ガララは先の説明通り馴染みの場所らしく、特に躊躇いなく、ドアを軋ませ、中に。その後に好奇心の塊であるタタラが続き、何故か俺は一番最後。


「おー」


 中に入った瞬間、思わず感嘆の溜息が漏れた。

 左右の壁にはコートに、ガンベルト、ブーツと言った服飾品。それに加え、タタラが駆け寄って行った用途不明の鉄くずや、獣の歯が並ぶ、いわば添え物。

 そして正面。メインディッシュとでも呼ぶべき銃器の群を背負うのは一人の男。


「……ザー・ス―の所の倅か。どうした? メンテならこの前やったはずじゃぉ?」


 鷲鼻の人間種。

 度の強いグルグル眼鏡をかけているせいか、瞳が見えず。ぼさぼさの髪はとヨレヨレの作業着は油の匂いが染み付き、少し汚れている。


「……」


 職人。

 そう称される人種を初めて目にしているのだと気が付いた。


「あぁ、おやっさん。銃の調子は良い。ガララは改めてお礼を言う。それで、今日は――」


 すっ、と半身を引くガララ。

 促される様に一歩前へ。


「えーと、初めまして。片桐ソウジです。銃士の装備を揃えたいのですが……お願いできますか?」

「……あぁ、お前さんか。戦士ギルドから追い出されたバカって言うのは」

「うわぃ。何、俺、有名人ですか?」


 僕達、初対面ですよね?


「暁のお嬢がここいらのガンショップを回っておったぞ『片桐ソウジと言う少年が来たら良くしてやってくれ』との」


 ほっほっほ、と


「……ツバキさん」


 やだ、きゅんとしちゃう。

 パ○プロっぽく言うと、ツバキさんへの評価がかなり上がった。


「どれ、みてやろう……これを付けろ」

「付けました」

「じゃその辺の鉄くず握れ」

「兄上、はい! これはいいてつ! われにはわかる!」

「ありがとタタラ……ねぇ、とげとげして痛いんだけど? 握るには不適切な形なんだけどチョイスに他意は無いんだよね?」

「……良いから早くせい」

「握りましたー」


 投げて寄越されたのは謎の腕輪。それを言われた通りに身に着け、たたらが選んだ鋭度の高い鉄くずを握る。


「握ったな? じゃその手の中の鉄くずを意識するのじゃ」

「えー……?」


 おやっさんは一体俺に何をさせたいのか?


「……それで《固体化》の種類を見るのじゃ」

「へぇ? 種類?」


 呆れた様な様子のおやっさんの視線。それを受けて、仕方が無いので、ガララ先生にヘルプの視線を送る。何それ?


「《固体化》の中でも更に分かれるのだ」


 曰く――エーテル属性が《固体化》の奴には種類がある。

 一つが高密度型。固体化させる速度が遅い代わりに、威力の高い武器を造る奴。

 もう一つが高速型。造る速さは速いのだが、密度が低く、威力が弱いタイプ。


 それにより、刻む《弾丸生成》の刻印の種類が変わるらしい。


「じゃからお前さんは大人しく握っていれば良いのじゃ。その腕輪は補助器。安物じゃが、恐らく十分もすれば――」

「あ、出来た! 多分、コレできましたよ!」


 手を開けば、弾丸一発。

 先程握った鉄くずをタネにコレが出来上がったらしい。元の世界ならちょっとしたマジックだ。


「で、俺は何ですか? 高速が――……やだ、目が怖い」


 何でそんなにガン視ですか? ガンショップでガン視ですか?


「も、もう一回だ」

「……はい」


 驚きすぎて震えた声で手渡される鉄くず。素直に握って、三十秒。


「あのー……できました……」

「「……」」


 何だろう? おやっさんとガララの視線が痛い。ずきずき刺さる。


「ザー・スーの倅よ」

「……あぁ、ガララも驚きだが……」

「よくやった! こんな面白い奴、久しぶりじゃ!」

「え? ねぇ? おやっさんのオーラがマッドでサイエンティスト的な奴なんですけど? こちらを見る目がモルモットを見るソレなんですけど? え? ちょ、これ、大丈夫なんですよね?」

「……――」

「そこ! 気の毒そうに視線を逸らさないっ! ――うぉ! 力が強い! おやっさん、思ったより力が強い! 引きずられる! え? 何か拘束されてますよね、俺? ガッチガチですよね? え? 何? その刃物? それでいったい何を……――や、止めろ、ショッカー!」


 虚しく響き渡る俺の悲鳴。

 その悲鳴を聞かせない様にタタラの耳を塞ぐガララ。

 兄のピンチに興味を示さず、鉄くずに興味を示すタタラ。


 そして。


 爛々とした瞳の、おやっさんが、刃物を、近づけて来て――


 結果。


「……」


 改造人間になった。

 左腕に刻印が刻まれた。


「ふぅ。すまんの。年甲斐も無くハッスルしてしもうたわ」


 良い笑顔だ。艶々してる。

 そして。


「さて、それじゃしめて三十万アイズ頂こうかの?」

「え?」


 借金が、出来た。

 これがタタラを質草にすることになった顛末だ。


 ……。

 …………。

 …………そして、今、冷静になると解る事がある。


「あれってさ……詐欺だよな?」

「……頼む。仕事は確かだから訴えないであげて欲しい」


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