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 虎人はちょっとしたボスくらいのつもりで書いてます。

 つまり初戦がぶ○スライムではなくム○ーみたいなもんです。読者様の中にせいけんづきを使える大工の息子さんはいらっしゃいませんかー?

 虎人と言う《竜》は武器を使わない。

 これは他のヒト型に近い《竜》には見られない特徴だ。――と、言うのが事前に『ザ・学問』こと『座学』で学んで居た事。そして――


「ッ!」


 武器を使わないのではなく、使う必要が無いのだと言うのが、現在進行形で学んだことだ。

 貫手。拳でも、手刀でも無い、ただ開いただけの掌打。獣の爪が有ると言うだけでそれは十分、十二分な致死の一撃へと代わる。

 半身。右足軸に左を引いて身体を開いてその一撃を避けるが――


「は、」


 逃げ遅れた学ランの裾が『破れる』では無く、『削り取られ』ごっそりと無くなる。

 更に、一。狭く、研ぎ澄まされた視界の端で捉えた影、殺気。貫手で流れた身体をそのまま踏み足に代えて――死角からの救い上げ。

 アッパーカットとすらいえない野卑な一撃。しかして洗練された一撃には無い圧倒的な暴力を内包した一撃。

 対し。

 足を、踏む。ステップを、踏む。

 すり足。右を左に引きよ褪せ、勢い、左を後方に流す。自然、半身のまま、一足の間合いを造り、自然、救い上げの一撃に顔面が晒される。

 体の動かし方なんて分かっていない。

 ただ、ただ、必死だ。

 足を組み変える時間が無さそうだったから、滑って距離を取った。

 顔面に来る一撃が怖いから――


「――っらァ!」


 裂帛の気合と共に迫る一撃に刃を合わせた。


 甲高く、音。


 体重を乗せた一撃は重力にしたがって素直に、しかして途中に合った障害物の軌跡だけを逸らし地面に向う。

 そのまま、一歩。

 後ろでは無く。前へ。

 前に出した右足軸に、左足蹴り抜いて、百八十度の回転。

 まるで出来の悪い闘牛の様に虎人の身体が俺の背中を通り、後方に流れ、俺は身体を回した勢いで小太刀をその身体に振る。

 首の裏。人体ならば急所の一つ。

 そこに、刃物、吸い込まれて――


「ガルァァァァアアァァッ!」


 無傷。咆哮。


「――っ! 普段何食ってんだってんだよ、この虎っ!」


 さっきからこうだ。

 この虎人が成体にしては弱いのか、戦士ギルドお墨付きの俺の生存本能と集中力に基づいた防御術がそれなりに凄いのかはどうか知らないが、流れを握っているのは今の所、俺。

 その証拠――と、言う分けでも無いが、足を運び、身体を捌いてピクピクしてるカツヨシさんから虎を引き離し、捌き、避けて、返す刃で恐らくは急所と思われる場所に先程から小太刀を叩き付けているのだが、未だに一滴の出血は無い。

 刃が悪く、毛皮が裂けないと言うのなら理解は出来る。

 が、その副作用。打撃による衝撃すら何の効果も見いだせないと言うのはどう言う事だ? 説明が無いだけで、この世界はレベル制を導入。俺と奴の間にとんでもない差があり、俺の攻撃はオールゼロって事か? いや、それとも狼人間的に銀で無ければ傷付かないとかか?


「……」


 分からない。分からないし、拙い。どんどん疲れがたまり動きに精彩が欠けて行く。動きが雑になり、思考に雑念が混じり出している。

 少し、拙い。これは、少し拙い。

 ハード、身体面で負け。スキル、技術力で負け。心技体の内、体と技で負けている俺の唯一の勝機。メンタル。心。この世界に送られて発動した分けの分らないスキル、集中力を駆使し――多分、駆使してこの状況に持ち込んで居るのだが……


「ソウジくんっ!」

「カツヨシさん?」


 突然掛けられた声。

 その出何処にしせんを投げればヨロヨロの身体を引きずりながらこちらに来る、カツヨシさん。

 カツヨシさんはバカでは無い。この状況で大声を出し、俺の名前を呼んだと言う事は何らかの策があるのだろう。


 だから。

 だから、《竜》を視界にとらえたまま、耳だけはカツヨシさんに注意を払っていた。


「基本だよ! 刃にエーテルを纏わせるんだっ!」


 だけど。


「?」


 だけど、正直、何を言っているのかが分からなかった。


□■□■□


 眉根が寄っていた。

 口が、ぽかん、と開いていた。

 カツヨシは一目見ただけで理解出来た。


 ――アレは、駄目な顔だ。


 中学教諭。

 思えば幼い頃、ただ何となく親に言われるままに小学校を受験したのがその職に就いたきっかけだったのだろう。

 国立の教育大学の付属小学校。そこにカツヨシは通う事に成り、何とは無しに教師と言う職業を意識した。

 そうして本体である教育大学に進学し、カツヨシは教師となった。

 片桐ソウジが浮かべるのは、そんな教師であるカツヨシには見慣れた表情だった。

 因数分解を教えて居る時にあんな表情をしていた子が居た。

 一次関数、二次関数でも見かけた。

 証明問題の時はずっとあんな表情をしていたのが居た。

 日本人のお家芸。分からない時に浮かべる半笑い。

 純正日本人であろう黒髪の少年が浮かべるのはその表情だった。


「エーテル属性を調べる時に習っただろう! 僕等戦士型のエーテル属性は《付加》、エーテルを纏い、防具を、武器を強化する事で《竜》に立ち向かえる様になるって! そのまま素の刃物を振り回しても無駄だよ! 君のコントロールが凄いのは分かったから、速く! 温存している場合じゃないぞっ!」


 カツヨシは叫ぶ。

 が、彼はこの時、それ程、心配はしていなかった。

 何と言っても片桐ソウジと言う少年は、戦士と言う視点で見た場合、すこぶる優秀だ。

 カツヨシと違い、身体を鍛える事が出来るだけの体力を持っていて、教官からも一目置かれる程の集中力を持っている。更に、これは迷宮に潜って分かった事だが、命を奪うと言う行為に対し、拒絶の感情を持っていない。

 元から『そう』なのか、一度死に、生き返る際にどこかを弄られたのかは知らないが、片桐ソウジと言う少年は戦士としては優秀なのだ。

 だからカツヨシは叫んだ。ある意味では『本気に成れ!』とも取れる内容を。

 戦士ギルドに居る。即ちカツヨシと同じく《付加》属性のエーテルの持ち主である以上、武器や防具にエーテルを全く纏わせないと言う行為はすこぶる難易度が跳ね上がる。

 だから、例えチャンバラに従事し、エーテルの授業を受けて居なくとも普通に戦おうとすれば自然、魔法の様に虎人の爪を捌いているあの小太刀はエーテルを纏う。


 なのに。


 眉根が寄っていた。

 口が、ぽかん、と開いていた。

 ジャパニーズスマイルを浮かべていた。


「っ! 君、はッ!」


 そこまで来て。

 そこまで来て、カツヨシは理解することにした。

 目の前の彼には戦士として戦う才能が致命的なまでに欠けている。即ち――


 片桐ソウジのエーテル属性は《付加》では無い。


□■□■□


 分かった事がある。

 カツヨシさんの言っている事が良く分らないと言う事が分かった。

 それが分からないと虎人にダメージを与えるが出来ないと言う事が分かった。

 つまりは――


「……ジリ貧、か」


 言って、後悔。

 口に出すんじゃなかった。

 分かった事とは言え、口に出した瞬間、これまで俺を支えてきたメンタル的な部分がぽっきり逝きそうに成った。誤字では無い。


「因みにカツヨシさんは俺の代わりにコイツを倒せたりは――」

「しないね。残念だが、付いて行けない」

「ですよねー」


 激おこは過去の事。いまや激おこぷんぷん丸も良い処だ。

 確実にこちらを獲りにきてる、アイツ。


「さて、と」


 どうしたもんか。思考。

 考えるまでも無く結論は出る。


「逃げますよ、カツヨシさん。二手に分かれ、扉を目指す」

「で、先に着いた方が救助を求める、かな? ――なるべく早く頼むよ、ソウジくん?」

「アレ? まるで俺が先行確定みたいな口調ですね?」

「それはそうだよ」


 苦笑い。

 互いにそれを交換し、互いに覚悟を決める。


「それじゃ、えーと……『そろそろ行きますか? ――バディ?』」

「あはは……『うん。そうしようか。――バディ』」


 何時かの、焼き回し。

 幸運を祈る様に笑い合い。


 ――地面を蹴り飛ばした。


 カツヨシさんは背後、扉に向い。俺は――


「っと、悪いな。見飽きてるのはお互い様だ。――お前は留守番だよ、《竜》」


 前へ。

 虎人の、前へ。

 カツヨシさんを、或いは俺を背中から貫こうとしていた虎人の前に躍り出る。


「……」


 二手に別れれば、奴は足の遅いカツヨシさんを襲う。

 そこでカツヨシさんは終わって、ミツキちゃんが泣く事になる。

 それは。それは、駄目だ。

 だから俺は残る。

 残って、コイツを足止めする。

 何。ダメージは通せなくても、捌けるのだ。ここまで捌けたのだ。だからやれる。やってみせる。

 手の中の小太刀を空中に躍らせ、一回転。

 掴み、握り直したソレは順手から逆手に。

 そのまま身体を落とした俺の目の前に――


「――――――――――――――え?」


 金属の、塊。


 それは。

 カツヨシさんの鎧に色が似ていて。


 それは。

 赤い液体を流していて。


 それは、最後に。


「――ミ、ツキ」


 そう言って、手を。手を伸ばして、石畳に落とした。


 思考。何が起きた。

 思考。カツヨシさんが死んだ。

 思考。誰にやられた。

 ゆっくり、無意識に、振り返る。

 そこには、先程の子供の虎人と――三メートルを超す大型の虎人。


 ――あ、


 その爪、翻って――


 ――これ、駄目……――


 俺の顔面が吹き飛んだ。


 曰く、彼の身は錬鉄神。

 自らが鍛えた刀にて《竜》を狩る単眼単足のタタラ神。

 手には一刀。胸に復讐心。

 これは鉛色に彩られた復讐の剣士の物語である。


 ……うそである。

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