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Live Through  作者: 木田 麻乃
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当直の晩に(3)

 セディは礼拝堂での銃撃戦を潤姫に任せ、人質と共に教会を出る。一方、強気な発言でセディを安心させ外に出すことに成功した潤姫だったが、その体には限界の時が迫っていた…。

 〈『誰に言ってるの?』なんて、そういうキャラじゃないよなぁ…。状況が状況だから、自分を奮い立たせるためのセリフなのかな?〉

 銃撃音の合間にイヤホンに入ってきた潤姫の一言が、ビルには妙に引っかかっていた。残念ながら、その真意は車の中からは確認しようがない。彼の言葉を借りて言えば、まさに「状況が状況」だ。ビルの方から潤姫に確認できる「状況」ではない。さらに残念なことに、画面で確認できるのは防犯カメラの映像のみ。教会の外周しか見ることはできない。

 ではリーのように現場に近づけばいいのでは?そうすれば教会内部の状況もある程度把握できる。しかしそれは潤姫との間に交わした「契約」に反することになる。現場のことは彼女に一任すると決めたのだ。簡単には覆せないし、バディである自分が流れ弾にでも当たることがあれば潤姫は間違いなく理性を失い、香港で起こした惨劇を繰り返しかねない。


 裏口に続く通路は、直近の長椅子に上手く隠れている。セディは人質を連れて裏口から外に出た。セディたちが教会を出たのを確認し、潤姫は左手でそっと右肩の背面に触れた。

〈貫通してない…良かった、セディには当たってない。でも…〉

 潤姫の右肩からは、血が右手の指先を伝い床に流れ落ちている。

〈あまり長くはもたないな…。コンディションもどんどん落ちてくはず。確実に当たる距離まで詰めた方がいい。〉

 潤姫は敢えて長椅子と長椅子の間の通路をジグザグに移動し、少しずつ敵との距離を縮めていった。こうすることで、敵の弾も浪費させることができる。


 信頼と胸のざわつき、その両方でビルが揺れている時、

〔物置小屋の陰に人影です!〕

 というリーの声と、大きな銃声が一発イヤホンに轟いた。そして、セディの声が聞こえてきた。

〔残りの1人を仕留めた。人質は全員無事だ。グレイも聞こえたな?〕

 ビルは軽く安堵の息を吐いた。

「了解。」

 程なくして、セディは人質を連れてリーと合流した。その間も礼拝堂の中では銃声が響いているが、その中で聞き慣れない音をビルはキャッチした。

〔ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…〕

〈…?呼吸が乱れてる。いつもは息一つ切らさないのに。〉

 ビルの胸のざわつきが大きくなった。


〔残りの1人を仕留めた。人質は全員無事だ。グレイも聞こえたな?〕

〔了解。〕

 セディとビルの会話を聞き、潤姫の不安は1つ消えた。

〈セディの方は大丈夫。よし…。〉

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」

〈あと1往復すれば、奴まで大体7メートル。その距離なら絶対当たる。〉

 タイミングを見計らい駆け出そうとした瞬間だった。目の前が暗くなり、急に全身の力が抜けその場にへたり込んだ。潤姫は慌てて首を左右に振った。何とか視界は元に戻ったが息苦しさは増す一方だ。

〈まずい…早く片付けないと。〉

 止まらぬ出血のせいで、潤姫は貧血状態に陥っていた。このままでは失血死するのは時間の問題だ。

 潤姫は気力を振り絞り、目標の位置まで何とか敵の弾丸をくぐり抜けた。呼吸はどんどん荒くなる。

〈落ち着け、落ち着け!〉

 貧血と呼吸困難、そして絶えずナイフでえぐられているような激痛で動かすこともできない右腕…圧倒的に不利な状況でおかしくなりそうな自分を潤姫は必死で抑える。

〈右は使えないな…。でも、この距離で左なら、片手でいける。…大丈夫。〉

 左利きの潤姫には、負傷したのが右腕だったことは不幸中の幸いだった。しかし、状況は最悪だ。できれば…いや、何としても1発で仕留めたいところだ。潤姫はこの1発に賭け、集中した。

 相手の銃撃が一瞬止まった。潤姫は即座に長椅子の脇から発砲した。

「ああっ!くそっ!」

 男は叫び声を上げた。潤姫の撃った弾丸は男の左足、ふくらはぎの辺りを貫通した。が、倒れなかった。男の背後は教会の正面入口だ。男は入口の扉を押し開け、よろけながら逃げ出した。

 一方、かなりの失血でふらふらの潤姫は、発砲の反動で後方に飛ばされた。普段ならあり得ない出来事に、潤姫は唖然とした。が、驚いている場合ではない。男を仕留め損ねたのだ。

「くそっ!」

 潤姫も敵と同じセリフを叫んだ。無理もない。この1発にすべてを賭けていたのだから。

〔潤姫、大丈夫?〕

 さすがに黙っていられなくなったのだろう、ビルが潤姫に声を掛けた。彼には、任務中にここまで感情を露わにする潤姫は初めてだった。ビルの声で潤姫は我に返った。

「ごめん、逃げ、られた。すぐ、追うから。」

 潤姫は立ち上がると、ふらつきながら扉の前まで来た。が、そこから次の1歩が出ない。

〈…どこだ?どっちに行った?〉

 いつもなら敵の気配を感じ取り確実に仕留められるのだが、今の潤姫にそこまでの集中力はない。もし扉の向こうで敵がこちらに銃を構えていたとしたら、下手に飛び出せばハチの巣だ。


〔ごめん、逃げ、られた。すぐ、追うから。〕

 息も絶え絶えの潤姫にビルはますます不安になったが、敵が逃げたということは、パソコンの画像でその姿を捉えられるかもしれない。ビルは画面に食いついた。その直後だった。片足を引きずる男が、扉を押し開け礼拝堂の外に出てきたのだ!

〈こいつか!〉

 男は背後を気にしながら、入口を出て礼拝堂の右側に回った。ビルはすかさず潤姫に伝えた。

「敵は出て建物の右に回り込んだ!待ち伏せして銃を構えてる!」


〔敵は出て建物の右に回り込んだ!待ち伏せして銃を構えてる!〕

 ビルの声だった。香港ではうっとうしく感じたバディの指示だったが、彼は違う。潤姫の知りたい事だけを、知りたい時に流してくれる。潤姫は瞼を閉じ、口元に笑みを浮かべた。

「サンキュ。」

 と一言だけ返すと、目を開き、前を見据えて進みだした。

〈これで終わりにしなきゃ…。〉

 潤姫は入口を出て、音を立てることなく壁際まで来た。1歩回り込んだら相手の正面という位置で、荒れる呼吸をぐっと呑み込み、静かに上着を1枚脱いだ。自分でも驚くほど冷静だった。潤姫は、脱いだ上着を左手の小指に引っ掛けると、壁際からふわっと投げた。

「 ワアァァァァッ!」

 潤姫が来たと勘違いした男は、月夜の宙に舞った彼女の上着にアサルトライフルを撃ち込んだ。上着は一瞬にしてハチの巣になった。地に落ちた上着に気付き、男が射撃を止めた瞬間…潤姫が男の正面に姿を現し、同時に最後の力を振り絞り一気に3発男に向けて発砲した。

 男は仰向けに倒れた。3発の銃弾のうち2発を頭と喉に1発ずつ食らい、瞼を開いたまま絶命した。今にも倒れそうな潤姫には、生け捕りにする余裕などなかった。1発でいいから当たれば、相手が動かなくなれば…それが限界だった。

〈終わった…。〉

 男が倒れた後、潤姫の左手から銃が滑り落ちた。そして、潤姫も地面に座り込み、壁にもたれかかった。

〔潤姫どうしたの!〕

 ビルの声に、潤姫はハァハァ言いながら答えた。

「ひ…久々に、ハードだったから…。心配、かけて、ごめん。今、戻る…。」

 言葉とは裏腹に、潤姫の瞼が下がる。

〈ダメ…もう動けない。でも、ちゃんと片付けたから、もういいよね…。何か、寒い…。〉

「やけに、冷える、夜だね…。」



 


 任務はかろうじて完遂できたものの、とうとう倒れてしまった潤姫。この後彼女を死の淵から呼び戻すのは一体誰なんでしょうか?ベタな展開ですが、必死にピュアに生きている登場人物たちに免じて、このベタな展開を楽しんでいただけたらと思います。

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