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Live Through  作者: 木田 麻乃
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当直の晩に(1)

 個性的な仲間とともに働きだした潤姫。いよいよ、A班に入って最初の当直の晩を迎えた。この晩、最初に舞い込んできた任務に、いよいよ潤姫が出動する…!

 潤姫が赴任してあっという間に1週間がたった。日中舞い込んできた任務は、GROの出動隊員にはさほど苦にならない、強盗犯の追跡や人知れず入国してきたテロリストの身柄確保などばかりだった。ただ、件数が半端な数ではないためデスクでぼんやりする暇などはなかったが、香港での激務に耐えてきた潤姫には全く問題ではなかった。そうして、当直の晩を迎えた。

 幸いにも、静かな幕開けだった。電話も鳴らず、A班の4人はデスクでサンドイッチを口にしていた。

「あれ、このソーセージサンド、やけにマスタードが多いな。」

 マイケルが顔をしかめた。

「そういえば、いつもの店員じゃなかったわ。」

 キャシーが答えた。

「マジかよっ!」

 やいのやいのと盛り上がっている2人の横で、黙々とサンドイッチを食する別の2人…潤姫とセディだ。マイケルとキャシーの2人とはあまりに対照的で、少々異様でもある。キャシーが呆れた顔で2人の沈黙を破る。

「ねえ、あんたたちのは大丈夫なの?」

 潤姫とセディの手が止まった。

「俺はエッグサンドだ、問題ない。」

 セディがそっけなく答えると、潤姫も続いた。

「私も…BLTだから。」

 そして2人は再び黙々と食べ進めた。その様子に、キャシーとマイケルは顔を見合わせ、お手上げのポーズをした。

「おい、俺たちがお馬鹿コンビなのか?」

「んなわけないでしょ。」

 マイケルにツッコミを入れながら、キャシーはふとデスクの卓上カレンダーに目をやった。

「そういえば、奥さんそろそろなんじゃないの?なるべく家空けない方がいいんじゃない?」

 マイケルの妻の出産予定日が近づいているのだ。だが、マイケルは至って平気なようだ。

「なぁに、もう5人目だぜ。役に立たないくせにそばでオロオロする暇があったら、出産費用稼いでこいって言われてる。」

 そう言いながらも、マイケルはどこか嬉しそうだ。やはり、我が子は何人いてもいいものなのだろう。

「そんなもんなの?」

「まぁな。お前も5人くらい産めばわかるって。ていうか、お前35だろ。そろそろ考えた方がいいんじゃねぇのか?」

「おあいにく様。こういうことは自然に任せようってロバートと決めてるの。」

 キャシーが頬を膨らませてそう言った。マイケルの発言はセクハラにもなるのだろうが、キャシーは一切気にしていない。互いの人柄を知っていればこそできる会話である。

 キャシーは既婚者で、夫のロバートは仕事場ではバディでもある。2人の間に子供はいない。

「私たち、今は2人きりのラブラブな時間を楽しんでるからそれでいいの。そりゃま、好きな男の子供が欲しいって気持ちはあるけどね。メスの本能だもの。ね?潤姫。」

 突然キャシーに話を振られ、潤姫はきょとんとした。キャシーもマイケルとだけ会話しているこの時間が物足りなくなったのだろう。純朴な潤姫をからかうというスパイスが欲しくなったのだ。返答に困っている様子の潤姫を見たマイケルが割って入った。

「バ、バカ言うなよ。お前、潤姫に何言ってんだよ。」

 珍しくマイケルが焦っている。キャシーはそんなマイケルの様子が楽しくてたまらない。

「あらぁ?潤姫だってもう16よ。そういう感情があってもおかしくないじゃない。ね?潤姫。」

 確かにおかしいことではない。だが、そういうこととは無縁の環境で過ごしてきた潤姫には、いまいちピンとこない。

「はぁ…」

「16っつったら、俺の一番上の娘と同い年なんだよ!男だ子供だなんて、考えたくもねえよ。」

 マイケルの狼狽の原因はこれだった。潤姫が自分の愛娘と重なるのだろう。

「最初の子、もうそんなに大きいの?!でもさ、今年結婚15周年なんでしょ?もしかして、できちゃった婚だったわけ?」

 キャシーの質問は、マイケルの触れたくない部分をかすったようだった。マイケルは、言葉を濁しながら答えた。

「その頃、ちょっと色々あってな…。籍入れるのが遅れちまったんだ…。」

 そこまで聞いて、キャシーは気がついた。

「あ…そうだったわね。」

 キャシーは、ちらっと横の変わり者2人を見た。できることなら、こちらの話題に興味を持ってほしくはなかった。幸い、潤姫とセディは全く意に介していない様子だった。どのみち、他人の話に聞き耳を立てるような性格の2人ではない。

 その時だ。キャシーのデスクの内線電話が鳴った。4人の表情が一瞬で変わった。

「待機室。」

 すぐにキャシーが受話器を取った。セディは愛用の銃をジャケットの内側にしまい、立ち上がった。順番で行けば、今回の出動はセディの番だった。

 出動隊員は、バディは同行するものの基本的に単独で1つの任務に当たる。出動する班・その中の隊員それぞれ順番が決まっており、任務が発令されるごとに順番に出動していく。

 セディは自分の番を自覚していたので、すぐに出動する態勢を取ったのだ。

「セディ…と潤姫ね、わかった。」

 受話器を持ちながら、キャシーはセディと潤姫に目で合図した。潤姫も左脚のホルダーに銃を入れた。弾丸のセットされたマガジンも上着の左右ポケットにしまいこんだ。さらに、デスクの一番下の引き出しの鍵を開け、リボルバーを1丁取り出すと、上着の左側の内ポケットにしまった。

「おいおい、珍しく重装備だな?」

 たかだか7日程度だが、毎日顔を合わせていれば潤姫の標準的な装備も把握するというものだ。いつもは愛用のオートマチック「XS-2000」と予備のマガジン1本程度しか持たない潤姫が、2倍の数の弾丸とリボルバーまで持ち出すのだ。マイケルは気になって潤姫に問いかけたのだった。彼の問いに、潤姫は一瞬視線を落として答えた。

「何だか、胸騒ぎがするから…。」

 キャシーが受話器を置いた。

「教会で人質取って立てこもり!セディ、行って。潤姫も応援要請に備えて同行だそうよ。」

「行ってくる。」

 セディがいつもの調子で待機室を出ていった。潤姫もセディを追って出ていった。マイケルとキャシーはデスクに座ったまま2人を見送ると、顔を見合わせた。

「もう1人現場で待機するって、穏やかじゃねえなぁ。」

 マイケルの眉間に皺が寄った。

「だから潤姫も普段持ち歩かないリボルバーを持ってったんでしょ。」

「いや…ま、それもあるだろうが、あいつの『胸騒ぎ』ってのが気になるんだよ。」

「確かに。一緒に過ごして気付いたけど、あの子、ちょっと普通じゃない感覚持ってるわよね?」

 キャシーは思わずマイケルの前に身を乗り出した。

「昨日もさ、帰りに、空は晴れてるのに『雨の匂いがするから、置き傘持って帰った方がいい』なんて私に言うの。そしたら本当に降ってきたのよ。天気予報でも言ってなかったのに!雨の匂いなんて、分かる?」

「匂いって言うより、凡人じゃ感じない湿気でも感じたんじゃねぇか?俺もよ、昨日あいつに『何でもいいから何か飲んでけ。嫌な予感がする』って出動前に言われたんだよ。そしたら、行って初めて現場がバンバン火が出てる倉庫内だって知ってさ。いつも通りに行ってたら脱水で任務中に倒れてたかもしんねぇ。」

「これって、予知能力?」

 そこまで言って、キャシーが吹き出した。マイケルも同調する。

「んなわけないわよねっ!」

「ないないっ!」

〈でも、動物的な勘か何かを持ってるんだろうな、あいつは…。〉

 おそらく、マイケルと同じことをキャシーも考えているのだろう。2人は顔を見合わせ、頷き合った。


 自動ドアから出てすぐに階段を下りる。階下は情報局員のオフィスだ。オフィスの前では、2人の情報局員が既に潤姫とセディを待っていた。もちろん、潤姫のバディ・ビルと、セディのバディ・リーだ。

「とりあえず、下に車用意してあるから、乗って。」

 4人が一斉に階段を駆け下りる中、ビルがそう言った。

 本部の正面にはワゴンタイプの乗用車が1台停車している。ビルが運転席に乗ると、自然と潤姫は助手席に、セディたちは後部へと順に乗り込んだ。

 ビルが運転しながら任務の概要を話す。

「区画L-6内の教会に、拳銃を持った男が侵入、人質を取って立てこもっている。人質はシスターと、シスターが引き取って育てている孤児5名の計6名。問題は、この混乱を嗅ぎつけた反キリスト教系の過激派が8人加勢に入ってしまったこと。拘留されている仲間の釈放を要求している。こっちの任務は、人質全員を無事に救出すること。犯行グループに対して射殺命令は出ていない。警察からは、事後の捜査のためできる限り生け捕りにしてほしいと言われてる。現場にはあと15分程度で到着する。」

 セディが口を開いた。

「グレイ、琴堂寺と安全な場所で待機していてくれ。応援が必要になったら、リーを通じてこちらから知らせる。」

「了解。」

 ビルはハンドルを切りながら返事をした。

「リー、暗視スコープ。」

「は、はい。」

 リーはバッグから暗視スコープを取り出し、セディに渡した。

 リーはチャイニーズ系の痩せた青年だ。まだ20代半ばであろうか、背は高いがどことなく頼りない印象を受ける。対するセディは体も大きく筋肉隆々で、リーとは対照的だ。決してうまくいっていないわけではなさそうだが、この2人の勢力関係はどうもイーブンではないらしい。


 4人の乗った車は、目標の教会から距離にして200メートル程離れた辺りからヘッドライトを消して徐行を開始し、約100メートル近く進んだ後、道路沿いに停車した。

 市街地からほんの少し離れただけの場所だが、意外にも閑静で照明も少ない。月明かりの映える晩だ。 住宅街のようだが、建物を見る限り富裕層ではないようだ。こじんまりしたタイプの一軒家とせいぜい2階建てのアパートが混在する中に、小さな家庭菜園を持ちながらの平屋建てが何件か存在する。ひしめき合って建っている感じはしない。

 夜の8時を過ぎているせいか、人の気配もない。だが、まだ通行人がいておかしくない時間である。おそらく、地元警察が外出禁止令を出したのだろう。ひっきりなしに起こる市街地での犯罪に手一杯の地元警察には、この程度が限界らしい。

 セディは暗視スコープを装着すると、静かに車から降りた。リーも続く。車内には、潤姫とビルが残った。

 ビルはおもむろにバッグを開け、ノートパソコンやら小型通信機やらあれこれと取り出した。軽快なスピードでパソコンを操作し、4分割の画像にたどり着いた。教会の周囲の防犯カメラをそれぞれの警備会社経由で操作し、可能な限り現場の様子を映しているのだ。さらに、小型通信機の周波数を調整し、片方を潤姫に渡した。片耳用のコードレスイヤホンと、コードレスの小型マイクだ。潤姫は無言で受け取り、慣れた手つきでブラウスの襟の裏にマイクを付け、右耳にイヤホンを装着した。イヤホンからは既に音が聞こえる。いつもなら互いの通信機のスイッチは現場に突入する直前に入れるのだが、今日はもうイヤホンがONになっている。潤姫は入ってくる音声に注意した。

〔サーモの状態は?〕

〔礼拝堂奥に体温程度の大きな集団が…それと、礼拝堂入口に1体、裏口に1体…〕

〔敵装備に関する情報はないか?〕

〔現時点ではありません。〕

 セディとリーの声だ。潤姫はイヤホンに手を添えながらビルを見た。

「これは?」

「向こうの通信とリンクさせた。セディが応援要請してくるとしたらかなりピンチってことだ。そうなる前に駆けつけないと。応援要請を待って、そっから更に向こうの局員を経由してたらセディの命が危うい。2人には無断だけど、現場の状況をダイレクトに知っておいた方が迅速に動ける。

 マイクはまだOFFにしてる。リンクしてるから、ONにするとこっちの音声も向こうに全部入っちゃうんだ。」

 ビルは淡々と答えた。それから、思い出したようにつけ加えた。

「そういえば、潤姫は暗視スコープいらないの?一応準備はしてあるけど…。」

「アレ、私には向かなくて。薬莢の火薬が火を噴いた時みたいなちょっとした光でも焼きついちゃうし、頭が重くなるのもどうも…。これでも、夜目は利く方だから。」

 潤姫も淡々と返した。そして、パソコンの画像とイヤホンに集中した。教会の裏口に、セディの姿が現れた。

〔敵の位置は?〕

〔裏口入ってすぐ右手に1人。そこから礼拝堂に通路を3メートル直進、通路出て左手が礼拝堂奥。そこに2人、人質を監視していると思われます。礼拝堂左右側面の壁に1人ずつ。礼拝堂正面入り口に1人。〕

〔敵は全部で9人だ。あとはどうした?〕

〔教会裏に居住棟があります。断定できませんが、そこかと…。教会外周にはサーモ反応がないので…。〕

〔わかった。突入する。〕

〈始まった…。〉

 潤姫はセディとリーの通信を聞きながら、食い入るようにパソコンの画面を見つめた。

 ほんの数秒後だった。単発の銃声を皮切りに、一気に騒がしくなり、怒号が響く。

〈これはセディの銃声。どうなる…?〉

 潤姫はイヤホンから入ってくる音から情報を拾っていった。銃声の直後、子供の悲鳴が聞こえた。

〈人質だ!〉

 すぐに銃声が2発。うめき声と男性の叫び声。聞いて知っているセディの声ではない。

〈2発命中した…。〉

〔頭を低く!裏口に走って!〕

 セディの声…だが、その直後、潤姫の中に戦慄が走った。とどまらぬけたたましい銃声…。潤姫は何度も聞いたことがあった。香港で嫌と言うほど対峙した。その恐ろしさは身をもって知っていた。潤姫は直感した。

〈アサルトライフル!もうセディ1人じゃ無理だ!〉

 潤姫はビルを見た。ビルは目で頷いた。ビルには初めて聞く銃声だった。比較的安全と言われる本部にまだ半年しかいないビルは、アサルトライフルを乱射するような現場など経験したことがなかった。しかし、この状況がかなり危機的なものであることは彼にもすぐに理解できた。

「行ってくる!」

 潤姫は助手席のドアを勢いよく開け、一気に教会に向かって走った。それと同時に、ビルも自分たちの小型マイクをONにした。あっという間に潤姫の姿は見えなくなった。そして、イヤホン越しに潤姫の声が飛び込んできた。

〔セディ!姿勢を低く!人質から離れないで!すぐに行く!〕

〈お願い…私が行くまで持ちこたえて…!〉


 いよいよ潤姫が新天地で活躍します。窮地のセディを援護すべく単身乗り込んでいった潤姫。果たして人質とセディを救出することはできるのでしょうか?

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