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Live Through  作者: 木田 麻乃
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A班の面々

 いよいよビルとコンビとして始動した潤姫。新たに配属されたGRO本部は、かつて所属していた香港支部とはだいぶ勝手が違うようだ。何より、初日早々潤姫には「仲間」ができることとなる。孤独を望む彼女の意に反して動いていくこの状況を、潤姫はどう感じるのか?そして、「仲間」とは一体どんな面々なのか?

「おはよう、みんないる?」

 ビルは潤姫を連れて出動隊員のデスクがある待機室に入った。自動ドアから入り、すぐ左手に事務机4つで作られた島がある。待機室には、同様の島が全部で8つ。

 ビルはそのまま、出入口すぐ左手の島に向かった。そこには、30代くらいの黒人の男女と、もう少し年上らしい白人男性が座っていた。

「もう揃ってるわよ。ていうか、当直明けでずっといたんだけど。」

 黒人の女性がビルに微笑んだ。ビルは、潤姫を前に出すと、デスクの3人に紹介した。

「今日付で正式配属の琴堂寺潤姫隊員。ここ、香港とはシステムがだいぶ違うから、レクチャーお願いね。」

「琴堂寺…です。」

 潤姫はうつむき加減で名乗った。元々他人とコミュニケーションをとるのは苦手らしい。すると、白人の男性が茶化した。

「おいおい、セディみたいなのがもう1人増えちまったなぁ。な、セディ!」

 と、白人男性はそばにいた黒人男性の方を向き、彼の肩をポンと叩いた。セディと呼ばれた黒人男性は、大して表情も変えずに言った。

「マイケルのように何の警戒心もなく他人に近づくよりは、少々人見知りでも慎重に人づきあいをした方が無難だ。」

「ハハハ!ごもっとも。」

 白人男性は舌を出して笑った。

「ごめん、俺これから局の月例ミーティングなんだ。キャシー、琴堂寺隊員のこと、頼んだ。」

 ビルは黒人女性に向かってそう言うと、今度は、

「俺に用があったら、いつでもケータイ鳴らして。出られなくても、すぐに折り返すから。」

 と潤姫に言い残し、先に待機室を出ていった。残された潤姫に、黒人女性が声をかけた。

「私の隣の空いてるデスク、ここがあなたの席よ。こないだまで、ヤンっていうオジサンが使ってた。立ったままもなんだし、ほら、座ったら?」

「…はい。」

 潤姫は促されるままに席に着いた。女性は続ける。

「私はキャサリン・フォード。キャシーって呼んで。ここではみんなそう呼んでる。で…」

 キャシーは正面のデスクに座っている白人男性を指した。

「彼はマイケル・シェンダー。この班で最年長の42歳。もうすぐ結婚15年目で来月には5人目の子供も生まれる予定の今1番おめでたい人。」

「へへ、マイケルって呼んでくれ。」

 マイケルは照れ隠しかニヤニヤしながら言った。

「それから…」

 キャシーは今度は彼女の右斜め前、マイケルの隣のデスクのセディを指して言った。

「こっちはセバスチャン・ンゴムバ。無口で無愛想だけど、紳士で男気のあるナイスガイよ。みんなセディって呼んでるわ。」

「よろしく。」

 確かに、余計なことは話さず無愛想だが、挨拶するところはさすが紳士と言われるだけある。

「…よろしく。」

 潤姫も何とか挨拶を返したが、それを聞くか聞かないかのタイミングでセディは立ち上がった。

「俺は帰るよ。お疲れ様。」

 そう言って、セディはバッグ1つの荷物を持ってさっさと待機室を出ていった。普通なら、あまり感心できない態度だが、キャシーもマイケルも全く気にしていない様子だ。それどころか、マイケルまで、

「さてと、俺も帰るか。悪いね、カミさんがコレなもんで。キャシー、あとはよろしく~。」

 と、お腹の膨れたジェスチャーをして帰ってしまった。キャシーはさりげなく潤姫を見た。潤姫もまた、表情ひとつ変えていない。

〈噂通りの子ね…。でも、セディもマイケルもこの子の本質は何となく見えてたみたいね。だいぶ歪んじゃってるけど、奥底には真っ直ぐしたものがまだちゃんと残ってること、彼らも見抜いてる。〉

「さ、私たちも帰りましょ。当直明けに必ず寄ってくカフェがあるの。一緒に行きましょ。」

「…?」

 キャシーの言葉の意味がよく理解できない潤姫を、キャシーは半ば強引に連れ出した。


「香港じゃ当直なんてちゃんと決まってなかったでしょ?」

 カフェへの道中、キャシーが話しかけた。

 キャシーは外見も言動も潤姫とは対極の女性だ。モデルのような長身でありながら、ふくよかなバストとヒップ、くびれたウエスト、つややかでふっくらとした血色のいい唇。自信に満ちた表情からは、歯切れのいい明るい声が出る。

「はい…。」

 潤姫は本当に必要最低限のセリフしか口にしない。ほとんど目も合わせない。確かに対人関係が苦手なのもあるが、それ以上に彼女にそうさせている理由があった。必要以上に親しくなると喪失感もそれ相応に大きくなる、さらに、自分と深く関わるとその喪失のリスクは高くなる…。彼女は親しい存在の喪失を、何より恐れているのだ。キャシーにはすべてお見通しだったが。

「あそこは隊員も少ないしね。休日・夜間は召集順位の高い隊員ばかり呼ばれちゃう。あなた、向こうじゃ召集順位1位だったでしょ?」

 誰にも話していない香港での過酷な勤務実態を、なぜ初対面のキャシーが知っているのか、潤姫は内心戸惑っていた。

「…はい。でも、どうしてそれを…?」

 と質問したところで、キャシーの足が止まった。目の前には、1階がテラス付きのカフェになっている小さな商業ビル。

「ここよ。ここのイングリッシュスコーンが大好きなの。」

 キャシーは潤姫を連れて店内に入った。入ってすぐ、そばを通りかかったウェイトレスに、

「ねえねえ、いつものお願いね。でも、今日は2人分。」

 と笑顔で声をかけた。ウェイトレスも微笑んだ。

「かしこまりました。いつもの席にお持ちしますね。」

 キャシーは、テラスの手前のテーブルに潤姫を案内した。ガラス張りの空間で、そばに観葉植物が置いてある。

「ここ、私のお気に入りの席。周囲から丸見えはイヤ、でも太陽の光は感じていたい、そんな私のワガママを叶えてくれる特等席。テラスに出なくても日光は射し込んでくる、でもこのコーヒーの木のおかげで直射はしない。ランチタイムでもない限り必ず座れるわよ。」

 潤姫には、この席に対するキャシーの熱意より知りたいことがあった。そう、キャシーからまだ質問の答えを聞いていない。

「…あの…」

 潤姫が切り出したタイミングで、

「イングリッシュスコーンとローズヒップティーです。」

 ウェイトレスが注文の品を運んできた。

「ありがと。」

「ではごゆっくり。」

 ウェイトレスが立ち去って、ようやく潤姫は改めてキャシーに聞くことができた。

「どうして知ってるんですか?その…」

「ああ、香港でのこと?」

「はい…。」

 キャシーはお茶を一口飲み、ゆっくりとティーカップを置いた。

「私、あちこちの支部のシークレットベースにしょっちゅうハッキングしてるもん。」

 衝撃の一言に潤姫は一瞬硬直した。

「…えぇっ?!」

 だが、キャシーは至って平然としている。

「私、諜報隊員なの。ハッキングはお手のものよ。どこにもバレたことないし。私の前じゃ、あなたも丸裸同然。私に隠し事は無駄だって思っといた方がいいわよ。」

 そう言って、キャシーはニコッと微笑んだ。

「召集順位は、若くて使い勝手のいい奴や、あわよくば任務中に死んでもらいたいと上層部に睨まれてる奴ほど上位なのよ。あなたはその両方だったわけ。ま、自覚はしてたんでしょ?」

 その通りだ。潤姫は何も言えなかった。

「あなたがなかなかコケてくれないから、今度はあなたの任務には常に射殺命令を出すようになった。射殺の必要がないものにも全てね。そうすることであなたにはいわれのない悪評が立ち、あなたも罪悪感に苛まれるようになる。そうしてあなたを精神的に追い詰めて、ミスを誘ってたのよ。現場でのミスは自身の死に直結するからね。それでもコケないあなたを、向こうの上層部はどうしようかと考えあぐねていたはずよ。でなきゃ、人手不足の中こんな簡単に隊員を手放したりしないでしょ。」

 自分の存在が香港にとって邪魔なものでしかなかったことは、潤姫も気づいていた。自分が感情に任せてマフィアの下部組織を皆殺しにしたことで、余計に香港支部は裏社会に睨まれるようになったのだから。だが、そこまでして支部が自分を消そうとしていたとは、潤姫は考えてもみなかった。

 キャシーの言っていることは半分は事実だが、後の半分はその事実から推測されるキャシーの想像でしかない。しかないのだが、的を射ていた。潤姫には、否定できなかった。否定する理由が、どこにもなかった…。

〈私、何やってたのかな…。〉

 辛かったとか、悲しかったとか、そんな感情は浮かんでこない。虚しさもない。自分のしていたことが間違いだったのか、そんな疑問も浮かばない。ただ、何だったんだろう、それしか出てこなかった。

〈難しくて、よく分からない…。〉

 これが、彼女の出した結論だった。それは、表情からキャシーにも伝わった。

「ま、香港から出てってくれたんだから、向こうももうあなたにとやかく関わってはこないでしょう。ただ、これだけは覚えておいて。」

 キャシーは潤姫の目を真っ直ぐ見つめた。

「あなたと全く同じ経験をしたわけではないし、あなたそのものではない赤の他人だから、あなたの気持ちがわかるなんて軽々しいことは言えない。でも、私もセディもマイケルも、大なれ小なれ大切なものを失ってここに来た。だから、たとえあなたの気持ちがわからなくても、あなたの肩をポンと叩ける距離に寄り添うことはできる。」

 潤姫は、彼女の中で頑なだった何かが氷解していくのを感じた。だが、同時にそれに相反して喪失への恐怖が増大していくのも感じていた。

〈こんな私にどうしてそこまで言ってくれるんだろう?いい人たち…迷惑はかけられない…。〉

「どうして、そこまで…?」

 潤姫はキャシーに尋ねた。キャシーは軽く笑みを浮かべた。

「私たちはいつ死んでもおかしくない立場にいるのよ。せめて生きてる時くらい、仲間と楽しくやっていたいじゃない?いつ死んでも後悔しないように、いい思い出いっぱい作っとかなきゃ。」

「仲間…。」

 「仲間」というフレーズは、潤姫にはいささか違和感のある響きに聞こえた。だが、それは決して不愉快なものではなく、何となくくすぐったくなるような、照れくさくなるような、不思議な響きだった。

〈嬉しいのかな、私…?でも、本当に大丈夫なのかな…?〉

 どこか戸惑っているような表情の潤姫に、キャシーは言った。

「あなたもよ、潤姫。私たちはA班の仲間よ。」

「A班?」

 潤姫は本部出動隊の中に班があるとは初耳だった。

「こっちではね、均等に当直勤務が割り当てられるように、AからHまでの8つの班が交代で当直に就いてるのよ。ひと班4人編成で、うち1人が諜報隊員。私たちはA班で、次の当直は7日後ね。」

「はぁ…。」

 キャシーは、わかったようでわかっていない、そんな表情の潤姫の前のスコーンを指さした。

「ほらほら、あったかいうちがおいしいんだから、パクッといっちゃいな。」

「ああ、はい…。」

 潤姫は視線をテーブルに落とし、言われるがままにスコーンを口にした。

「ところで、あなた住むとこは見つかったの?」

「…いえ。」

「じゃあ今は隊員宿舎?」

 潤姫はスコーンを飲み込んだ。

「いえ、李邦…あ、王所長の家に。手頃なアパートが見つかるまでということで。」

「へぇ。ビルんとこじゃないんだ。さすがにあいつもそこはこらえたか。」

 キャシーはニヤリとした。彼女の身も蓋もない発言に、潤姫の口がぽかんと開いた。いくら未熟で鈍感な潤姫でも、キャシーの言わんとしていることはわかる。そんな潤姫の様子を見てキャシーは吹き出した。

「アハハハッ!ジョークよジョーク!あなたをどうかしようなんて、あいつにそんな気絶対ないから。」

〈今はね…。フフフ、この子もビルのこと意識してるみたいね、気付いてないみたいだけど。ビルもこの子と同じタイプだし。キャー、面白い!若いっていいわね~!あぁー、これから楽しくなりそう。〉

 キャシーの顔はふにゃふにゃに緩んでいた。彼女の日常に若者の純愛ドラマという刺激が加わるのだ、面白くてしょうがないのだろう。無論、潤姫にはそんなキャシーの気持ちはつかめずにいたが。

〈何かよく分からないけど、キャシーって明るい人なのね。『いい思い出』か…。私のせいで思い出が作れなくなるようなことにだけは、絶対にしちゃいけない。私なんかの命と、この人たちの命の重みは、きっと全然違うから…。〉


 今回でメインキャラがほぼ出揃いました。セディ・マイケル・キャシーの失った「大切なもの」とは、それぞれ何なのでしょうか?彼らの過去も今後少しずつ明らかになっていきます。

 実は、ビルもまた「大切なもの」を失った1人なんです。それについてもこれからだんだんわかってきます。どうぞお楽しみに。

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