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Live Through  作者: 木田 麻乃
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2人の決断

かつての相棒バディ・ヤンの元を訪ねたビル。そこで彼はヤンの口から思いもよらない事実を聞かされます。

ビルの決断、そして遂に彼と対面した潤姫の下した決断、2人の決断はいかに…。

 ヤンのいる病院は、GROのオフィスのすぐ隣の建物だ。仕事柄、犯罪者らに逆恨みされてもおかしくない隊員たちは、安全上一般の病院に長期入院はできない。

 ヤンは、2週間前の任務中に事故に巻き込まれ、病院に搬送された。一旦は現場近くの救急病院に入院したが、容態が安定したところでここに転院してきた。 

 ビルは、ヤンの病室のインターホンを鳴らした。すぐに中からヤンが呼んだ。

「調子はどう?これ、差し入れ。」

 ビルは、ベッド脇のチェストに雑誌を数冊置いた。一番上の雑誌の表紙には、「中世ヨーロッパを巡る旅」とある。

 ヤンはベッドの上に座り、あぐらをかいていた。弱った怪我人には到底見えない。調子は良さそうだ。

「お、ありがたい。ここは退屈でな。まあ、座りなよ。」

 ヤンは白髪頭を掻きながら笑った。

「来るならもっと早く連絡くれりゃ良かったのに。バーバラのタルト、食い損ねたぞ。」

「バーバラ、来てたの?」

「マイ・ワイフは毎日手料理持参で来てくれるのさ。今日はフルーツタルトだった。うまかったぜぇ。残念だが、残ったタルト持ってついさっき帰っちまった。」

 相変わらずのヤンの調子に、ビルの顔もほころんだ。

「ほんと仲がいいね。その調子だと、じきに退院して夫婦旅行に行けるよ。」

「お、ドクターのお墨付きが出たぞ」

 ビルは苦笑いする。

「やめてよ、とっくに廃業してるんだから。」

「何言ってる、お前の完璧な応急処置がなかったら危険だったって主治医が言ってたぞ。」

「…買いかぶりだよ。」

 心なしか、ビルの表情が沈んだ。ヤンはすぐにそれを察した。

「…当分そっちに戻る気にはなれないようだな。ということは、新しいバディとやってくことにしたか?」

 ヤンの言葉に、ビルは軽くため息をついた。ヤンは何でもお見通しだ。おかげでビルも切り出しやすくなった。

「まだ…迷ってる。紹介された隊員は、組むには申し分ない…いや、俺みたいなのにはもったいない天才なんだよ。でもさ…」

「潤姫は悪い奴じゃないぞ。」

 ヤンの口から彼女の名前が出てくるとは、ビルには思いもよらなかった。

「ヤン、知ってるの?!」

「知ってるも何も、潤姫をこっちに呼び戻すように言ったのはこの俺なんだからよ。」

 ヤンは何のためらいもなく話す。ビルは唖然とした。

「…どういうこと?」

 少々長くなるということだろうか、ヤンは軽く姿勢を正し、ふうっと一息ついて話し始めた。

「俺の入院が決まってすぐ、李邦を呼んで言ったんだ。『どのみち俺はあと半年で定年だ。今辞めても大して変わらない。潤姫を戻すなら今がチャンスだぞ』ってな。

 バーバラは元々訓練所でスパイ養成の教官をしていてな、俺はその縁で李邦とも親しかった。

 10年ぐらい前だったと思うが、当時李邦はあちこちのスラム街で人材を発掘していて、そんな中まだ6、7歳だった潤姫をスカウトして連れてきた。そんな子供を連れてきたのは初めてのことだった。李邦は潤姫の親代わりのつもりで彼女を育てながら、訓練させた。

 とにかく李邦の目はいつも確かで、スカウトしてくる奴は皆一流の隊員になってった。潤姫も例外じゃなかった。それどころか、GRO始まって以来の逸材と言われた。あっという間に現役の隊員レベルにまで成長したが、まだ幼かった故、何度要請されても李邦は決して配属を許可しなかった。後から聞いた話だが、李邦はせめて潤姫が16歳になるまでは手元に置いておきたかったそうだ。

 ところが香港で、ある新興マフィアが台頭し始めてな、治安が一気に乱れて香港全体が混乱し始めた。裏社会にもそれなりの秩序ってもんがある。奴らはそれを無視してやりたい放題にやっちまった。いよいよ香港支部でも手が回らなくなりだして、急きょ人員増加が決まった。だが、本部も支部も香港に十分な人数を回せなかった。そこで潤姫にも白羽の矢が立った。そん時まだ14歳だったかな?当然李邦は拒否したが、状況が状況なだけに、もう逃げられなかった。

 李邦の不安は的中した。荒れ現場に出すには、潤姫はまだ幼すぎた。詳しい話は知らんが、精神的におかしくなったのかここ半年くらいは出動のたびに敵を全員射殺してくるそうだ。そんな時に俺がこうなった。俺が退職すればその補填をする必要がある。今なら、潤姫を持て余している香港支部も喜んでこっちに転属させるだろう、そう思って他の奴に決まっちまう前に李邦に手を打たせたのさ。何より…」

 ここまで一気に話し、ヤンはビルの顔をじっと見据えた。

「お前になら潤姫を安心して預けられる、その自信があったからな。」

 ビルの心は驚きや戸惑いでいっぱいだった。ヤンは、潤姫の背負っているものを一緒に背負う自信のなかったビルに、お前ならできると言った。右も左もわからなかったビルがたった半年でここまでに成長できたのはヤンおかげと言っても過言ではない。ビルはヤンを心底信頼し、父親のように慕っていた。そのヤンが言うのだ。ビルの心は決まった。

 そもそも、潤姫から逃げ出したかった訳じゃない。なのに、なぜ自分は躊躇していたのか…?本気で向き合わなければいけない相手だと感じて、尻込みしてしまったのか?確かにそれは否めない。ならば、なぜそこまで彼女に対して真剣になったのか…?ビルがその答えに気づくのは、もう少し先のことになるが…。

 オフィスに戻るビルの足取りは、どことなく颯爽としていて、迷いがなかった。


 戻るなり、ビルは局長に潤姫と組むことを伝えた。

「…そうか。君が熟考の末出した結論ならば、何も言うことはない。」

 局長にとってビルの答えは期待外れだったのかもしれないが、そんなことはもうビルには関係なかった。その後今度は李邦にアポイントメントを取り、夕刻会うこととなった。


 夕方、退社したビルは李邦を訪ねるべく訓練所に足を運んだ。

 最上階の所長室に行くまでの間にいくつかの訓練施設や休憩所を通るが、既に訓練は終わっている時間で、訓練生の姿はどこにもなかった。ビルもそのつもりで歩いていたので、通りかかった休憩所の片隅に人影を見た時は思わず、

「ぅわっ…」

 と声が出た。が、どうやら相手はビルよりもずっと先に彼の存在に気が付いていたようで、彼と目が合っても表情一つ変えなかった。しかし、ビルは相手を見て驚きを隠せなかった。細く小柄な体、漆黒の瞳、色白で端正な顔立ち…

〈こんな所で会うなんて…。〉

「琴堂寺…隊員?」

 休憩所の人影は潤姫だった。どこの誰か知らない相手が自分の名前を知っている、潤姫はやや怪訝そうな目でビルを見た。

「誰?」

 その声は静かで、決して大きなものではなかったが、女性にしては低く、それでいてよく通るものだった。16歳とは思えない、あまりに落ち着いて、あまりに感情のない声でもあった。

 ビルにとって想定外の事態ではあったが、李邦を通してあれこれ話をするよりは本人と面と向かって話す方がいいに決まっている。もう既に賽は投げられたのだ、前に進むしかない。

 ビルは首にぶら下げた身分証を外し、潤姫に見せた。

「情報局のビル・グレイ。君のバディに決まった。」

 潤姫の眉間に皺が寄った。

「…そう…」

 潤姫はビルから視線をそらし横を向くと、掛けていたソファに両足を乗せ、うずくまるような格好をした。

「あまり、歓迎されてはいないみたいだね…。」

「…別に…。命令なら、従うだけ。」

 その一言がビルに引っかかった。

「『命令』か…。君は命令に従うために生きてるのか?」

〈しまった!こんなこと言ったらうまくいくものもいかなくなる!〉

 言い終えて悟ったが遅かった。潤姫の表情はいよいよ冷え切ってきた。

 交渉術にはそこそこの自信があったはずなのに、思いがけず潤姫本人を前にして焦りが生じたのだろうか…?確かに焦ってはいるが、それはこの発言に対してであって、焦ったが故の発言という訳ではない。

ビル自身もどうしていいかわからなくなった。

「…何が言いたいの?」

〈『何が言いたい』って…ああもうダメだ!下手な小細工はやめた!〉

 相手はバディとしてこれからやっていく相手だ。互いの腹の探り合いをしているようではどのみちうまくいかない。ビルはあれこれ考えるのをやめ、潤姫の正面に腰を掛けた。

「君にとって生きることって何だ?何も考えず、何も感じず、命令に従うだけ、それで君は満たされるのか?そこに君の意思ってものはないのか?嫌なら嫌となぜはっきり言わない?反抗することに疲れた?悪いが俺は香港の頭でっかちの連中とは違う!君の主張も要求も何もかも正面から受け止める。その上で互いにとってベストな選択肢を選んでいく。それくらいの技量はあるつもりだ!」

 ほとんど息もつかずに言い切った。そう、言い切った…。

 気を取り直して改めて潤姫の顔を見ると、さっきまでの冷やかな表情は幾分和らいでいたが、その分戸惑いの色を見せていた。視線が定まらず、明らかに動揺しているようだが、それを見せまいと平静を装っていた。

〈この人一体何なの?!私…何でこんなに動揺してる?何か、胸がざわつく…。どうしたらいいの?どうしたら…〉

潤姫の脳裏に、あの光景が甦る。彼女を苦しめる、半年前の光景が…。同時に、彼女を苦しめるもう一つの記憶―大きな喪失の前の、バディとの充実した日々―も彼女の中でぐるぐる回り出す。

〈この人も、いつか私の前で死ぬのかな…。ううん、そんなの嫌だ。よくわからないけど、この人は何か違う。この人を失いたくない。でも、私と組んで無事でいられるの?私に、この人を守りきれるの…?〉

潤姫は視線を落とし、呟くような声で言った。

「…向こうでのこと、調べたの?」

「元バディの局員から多少の引き継ぎは受けた。」

「…なのに私と組むの?」

「そうだよ。」

「…なぜ断らないの?」

 その問いに、ビルは心の底から答えた。

「君とやっていきたいと、本気で思ったからだ。」

 潤姫は顔を上げた。

「なぜ…?」

「なぜって…」

 ビルは言葉に詰まった。ここから先は自分でも整理がつかないのだ。ビルには経験したことのない感情で、この感情をどう表現していいのか、言葉が思いつかない。

「なぜって…なぜかな?」

「…え?」

「す、少なくとも、ちゃんと君と向き合って、柔軟にものを考えれば、香港の二の舞にはならないと思うんだ。ただ、そのためには、この先君にもきちんと本音を言ってもらわないと。」

〈できることならこの人を危険にさらしたくない。私と組まなければきっと安全。でも、この人は本気だ。私はどうしたい?私は…この人の気持ちに応えたい…。〉

 潤姫は静かに目を閉じて、ため息を一つついて言った。

「…わかった。なら…」

 するとビルは潤姫の言葉を遮った。

「現場での任務の一切は君に任せるよ。」

 潤姫の顔にわずかに驚きの表情が浮かんだ。

「昨日君の訓練の様子を見させてもらった。誰の指示もない状況であれだけの動きができるのに、現場で俺の指示を待ってたら効率が悪いし、かえって危険だ。」

〈やっぱり、この人は何か違う。〉

「…なら、そういうことで…」

「じゃ、細かなことはおいおい決めていこう。」

 落ち着いたところでふと腕時計を見ると、ここに来てから30分はゆうに過ぎている。ビルは青くなった。

「すっかり忘れてた…。じゃ、また!」

 ビルは挨拶もそこそこに慌ててその場を後にした。

 潤姫は黙って彼の後ろ姿を見つめていた。

〈ジョゼフ、私はまたいいバディに巡り合えたかもしれない。あなたとそうだったように、うまくやっていけそうな気がする。でもね…どんなことがあってもあの人は絶対に死なせない。あなたと同じ目には遭わせたくない。あの人は、私が死んでも守らなきゃ。今度こそ、絶対に…。〉


いよいよ本来の主人公・潤姫がセリフをしゃべり、心の声も発するようになりました。そして、やっと潤姫とビルのコンビが誕生です。

次話以降、彼女らを取り巻くなかなかユニークなキャラクターも登場し、任務も発令されて本格的にコンビ始動です。どうぞお楽しみに。

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