香港で何があった?
驚異的な能力でビルを圧倒した潤姫。彼女のプロフィールに彼は愕然とするが、同時に彼女をもっと知りたいという欲求にかられ、前所属である香港での彼女のことを調べ始める。
悪行の限りを尽くしていたかのように語られる香港での潤姫…。しかし、その裏には彼女をそこまでにした衝撃的な事件が隠されていた。
ビルは潤姫と最後に組んだ局員・テイ氏にメールを送信した。
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本部情報局員のグレイといいます。お問い合わせしたい件があります。
テイ局員が先日まで組まれていた琴堂寺隊員についておわかりになることを教えていただけませんか?
素行、性格、素性、何でも結構です。
問い合わせ:本部情報局 ビル・グレイ
内線 933-10XX-3△5X□9-◇6X△4-0□-9(直通)
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回答には10分とかからなかった。ビルのデスクの電話が鳴った。
「あなたがグレイ局員か!あの女のことはさっさと忘れてしまいたいんだ!今になって蒸し返されて、こっちはいい迷惑だ!」
受話器を取った途端怒鳴り声にも近い声量で一気にまくしたてられ、ビルはあっけにとられた。とりあえず相手の声が途切れたところで、努めて冷静に切り出した。
「グレイです。テイ局員ですね?問い合わせの件がお気に障ったようで、失礼しました。」
さらに続ける。ここからは話術でもっていく。
「彼女のせいで、かなり大変な思いをされたようですね。実は、今度は私が彼女と組まされてしまうことになりまして…。まだこの職に就いてから日が浅いので辞めたくはないんですが、とんでもない隊員と組まされて果たしてやっていけるのか心配で。何とか当たらず触らずやっていきたいんですよ。それで、どんなことでも結構なので前任の方に助言をいただきたくて」
嘘も方便。すると、テイの口調が変わった。
「あなたもかわいそうに。僕はこれでも3か月組んだんだ。あとの2人はひと月とふた月。僕で良ければ相談に乗るよ。で、何を知りたい?」
ビルはしめたと思った。
「ほかの2人が彼女と長続きしなかったのは、一体なぜなんですか?」
長続きしなかったのはテイも同じだ。だが、ここでテイを立てないと話を引き出せない。
「グレイ局員、隊員は現場で局員の指示や作戦に従う、この組織の基本だよね?ところが琴堂寺はその基本を一切無視してきた。しかも局員の現場への同行をとにかく拒絶してね。それなのに、任務完了報告書は記載内容があまりにずさんで、同行を拒否された局員が現場の状況を知らないまま訂正して再提出しなきゃいけない。そもそもあの報告書は局員が作成・提出するもので、そのためには現場に同行しなきゃ書けない、そうだろう?」
よほど鬱憤が溜まっていたのか、テイの愚痴は堰を切ったように溢れ出た。
「それは大変でしたね。彼女は配属当初からそんな傍若無人な態度だったんですか?」
「んー、どうだったかなぁ?僕が香港に配属されたのがちょうど半年前だからね、正直、今の琴堂寺しか知らないんだよ。…そうだ、当時のことを知る隊員がいるから、ちょっと待ってて」
しばらく保留音が続いた後、別の男性が出た。
「…琴堂寺のことを知りたいんだって?」
テイとは明らかに声の感じが違う。まるで、この会話を聞かれたくないかのような、低く、抑えた感じの声だ。ビルも警戒した。この男は何か知っている。テイに対する調子と同じで行ったら話さなくなる。すぐにそう感じた。
「…はい。」
「俺から話せることは何もない。琴堂寺とは同じ職場にいただけで、直接関わったことはないからな。」
〈しくじった…〉
自然とビルの視線は下がった。それでもビルは無言のまま男の言葉が続くことを願った。幸いにも、男は話を続けた。
「お前さん、ずいぶん賢いとみた。テイと俺で、態度をガラッと変えやがった。他の連中とはちょっと違うようだな。この1年半に香港で起こった出来事だけ、そっちに送ってやる。あとのことは、そこからお前さんが答えを導き出せ。」
そう言うと、男は電話を切った。
小一時間経った頃だろうか。ビルのパソコンにメールが届いた。
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新興マフィア「イーヴィル・ピューリタン」せん滅作戦 20XX・5
出動:琴堂寺 潤姫
ジョゼフ・ウィルソン(香港支部情報局員)
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〈ジョゼフ…彼女の最初のバディだ〉
ビルはファイルにあった名前を思い出した。そして、続きを読むと、彼の表情が曇った。
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作戦3日目:香港・区画A-15に所在する臨海倉庫に潜入中、イーヴィル・ピ
ューリタンの下部組織構成員により、同倉庫を爆破される。
琴堂寺潤姫は無事脱出。
ジョゼフ・ウィルソンは行方不明。現場の捜索中に、右肘から指先
にかけての人体の一部を発見。DNA鑑定の結果、ジョゼフ・ウィ
ルソンのものと一致。
よってジョゼフ・ウィルソンは死亡と断定。
同事故をもって、本作戦は中止。
20XX・6:イーヴィル・ピューリタン下部組織「同盟戦士」せん滅。
琴堂寺潤姫単独によるアジト強行突入。
構成員は全員射殺。
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メールはここまでだった。だが、ビルにとっては十分な情報だった。
いくら腕が立つとはいえ、当時はまだ15歳。思春期真っ只中の少女だ。この事件は、多感な年頃の少女の人格を歪ませるには十分すぎる程のものであったに違いない。
ビルの決意はほぼ固まっていた。が、まだ最後の一歩が出ない。感情で先走りそうになる自分を引き留める冷静な自分も存在していた。
〈今のままで受け止められるんだろうか、彼女を…〉
潤姫と組むか否かの結論は早く出さなければならない。彼女の正式な配属までそれほど日がない。しかし、得られる限りの情報は得た、ビルはそう感じていた。そのため、彼の中ではどうするどうするの堂々巡りばかりが繰り返される。
いつの間にか、オフィスは昼休みに入っていた。
〈もうそんな時間か…。ヤンなら、何て言うかな?〉
自由に動ける昼休みが、ビルに別の思考回路を授けた。
ビルは、ヤンのいる病院に向かった。
最強コンビの誕生まであと一歩ですが、ビルはなかなかその一歩が踏み出せません。次回、彼は元バディのヤンに会いますが、それが新コンビ結成を後押ししてくれるのかどうか…。
話の進み具合はかなりスローかもしれませんが、どうか大目に見て下さい。