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Live Through  作者: 木田 麻乃
13/14

Let’s live through this hard life together.

夏の終わり、己の存在意味に悩む潤姫をビルは外に連れ出す。木漏れ日の下でビルは潤姫に何を言うのか…。

 「何度もすまないね。」

 キャシーとの話を終えたビルが病室に戻ってきた。潤姫は既に気持ちを切り替えていたようで、その顔には涙の跡も見当たらない。それに対して、ビルはどことなく、喉の奥から出てきそうな言葉を飲み込んでいるように見える。

〈何か、私には言いにくいような話をしてたのかな?〉

 という潤姫の疑問は、ちゃんと彼女の顔に表れていた。それを見て、ビルは苦笑いした。

「…キャシーに怒られちゃったよ。『さっきあんだけ痛い思いさせたんだから、治ったらきっちり埋め合わせしてやんなよっ!』だって。」

「そう…。」

 潤姫も苦笑いした。その様子にビルは胸を撫で下ろした。

〈勘づかれてはいないみたいだな…。〉

 ビルは、できればこの話題から早く離れたかった。昔取った杵柄というか、嘘も演技もそれなりにこなせる方だと彼自身思っていたが、潤姫の前では何だかボロが出そうな気がして仕方なかった。

「あ、そうそう。セディからリボルバー預かってるから。そこの鍵つきの引き出しに入れてある。」

 と話題を変え、チェストの引き出しを指さした。

「まさか44とは思わなかったけど。」

 ビルの冗談に潤姫はまた苦笑した。

「この体型には似合わないよね…。」

「どうかな。」

 さっきまでの、あの針のむしろに座らされているかのようなジョゼフの仕打ちの後だからか、潤姫はビルとの何気ない会話に癒されていた。彼女はそれに気付いてはいないが。怪我のせいもあって気持ちが萎えているのだろうか、その心は無意識に彼にもたれかかりたくなっていた。無論、それにも気付いていないが。ただ、そんな気持ちが潤姫の口を開かせた。

「あの…」

「何?」

「その…ありがと。助けてくれて。」

ビルは胸の中がそわそわするような感じを覚えながら、

「い、いや、そんな…。ここまで連れてきてくれたのはセディだし、礼を言われるようなことじゃ…。気にしないで。」

と、気恥ずかしいのかしどろもどろに答えた。

しかし、次の潤姫の一言に、ビルの鼓動は一気に静まった。

潤姫は、カーテン越しに遠くを見つめるような目で呟くように言った。

「死ねなかったってことは、まだ生きてしなきゃいけない事があるってことなんだよね…?」

そこまで言ってはっとした。

〈まずい!私何言って…!〉

すぐにビルの方を振り向き、

「ご、ごめんなさい!今の忘れて!」

と彼女らしからぬ慌てようで言い直したが、ビルの表情は複雑だった。それでも、ビルはすぐにいつもの人の良さそうな顔に戻り、

「ちょっと外に出ようか。今日はいい天気だよ。」

と、潤姫をそっと抱き起こした。

「出ても大丈夫なの?」

ビルは微笑みながら答える。

「いいんじゃないの?俺が付いてれば。」


 2人は建物を出て中庭に出た。

 病院の中庭にしては陽当たりも良く、点々と植えられた木々の合間に芝生が茂っている。隅にメタセコイアの巨木が1本立ち、その下に木製の洒落たベンチがある。

 潤姫は、ビルに支えられながらベンチに腰を下ろした。ふと空を見上げ、残暑の木漏れ日に目を細める。思えば、こうして空を見上げるのはいつ以来だろうか?香港に渡ってからは、空を眺める暇も、そんな心の余裕もない毎日を過ごしていた。

「暑いけどもうすぐ9月だからね、空気が乾いて今日はなかなか過ごしやすいでしょ?」

ビルも潤姫の隣に腰掛けた。

「さっきの答え…」

ビルは前を向いたまま話し始めた。

「生きてやらなきゃいけないことは、ある。」

 「あると思う」や「あるかもしれない」という曖昧なフレーズを使わず、ビルは「ある」と断言した。そんな一直線な答えが返ってくるとは思わなかった潤姫は、目を見開いてビルを見つめる。

「それが何かは、俺にはわからない。でも…」

 ビルは少し間を空け、こう言った。

「そんなものは何だっていい。それが君の生きる糧になるなら、何だって…。」

 そこまで言い、ビルは潤姫の方を向いた。

「Let's live through this hard life together.」

「…。」

 潤姫は言葉が出なかった。ただ彼を見つめることしかできなかった。メタセコイアの葉が風に揺れる静かな音だけが2人を包み込む。

〈ビル、私…〉

 2人は無言で見つめ合った。ただただ、じっと…。そのままどれくらいたっただろうか、おそらくはほんの数秒だろうが、時間の流れが止まったかのように、長く長く感じられた。その沈黙を破ったのはビルの方だった。ビルは微かに微笑んで中庭に視線を移すと、瞼を重そうにしながらぼんやりと前を眺めた。そして、

「上手く言えないけど、はっきりとわかってることは1つだけ。君のいない日常なんて、俺は…嫌だ。」

とまで言うと、中庭の方を向いたまま横に倒れた。潤姫は唖然とした。

「ちょ、ちょっと大丈夫?!ねえっ!」

 潤姫はビルの肩をゆさゆさと揺らしたが起き上がる気配がない。不安そうな顔をしながら上体をかがめてビルを逆さに覗き込んだ。すると…。

〈ね、寝てる…。〉

 ビルはちゃっかり潤姫の太腿を枕にすやすやと寝息を立てているではないか!

 昨夜から今に至るまで、彼にとって恐ろしく集中力を要し、息も抜けず気の休まらない時間が続いていたのだ。きっと人生で5本の指に入るくらいの疲労感であったのだろう。その倒れ様、その寝付きはまるでフィラメントの切れた電球のようだった。見ていた訳ではないが、彼が相当疲れているのだろうということは潤姫にも容易に想像できた。

〈呆れた、怪我人を枕にするなんて…。〉

 そうは思っても潤姫はそれ以上彼を起こそうとはしなかった。

〈もう少し、このままにしといてあげようかな…。〉

 潤姫は気付いていなかったが、眠っているビルを見る彼女の顔は、今まで誰にも見せたことのない、おそらく潤姫自身ですら鏡に映したことのない、優しく穏やかなものだった…。



 「共にこの辛い人生を切り抜けよう」という意味の「Let's live through this hard life together.」。愛の告白のようにも捉えられますが、2人にとっては今はまだその通りの意味でしかありません。そして、「俺は嫌だ」発言も、普通なら愛の告白感満点ですが、泥酔時の記憶さながらにビルはこの後言った覚えがないという状態に…。どうしようもありません、この男。

 ちなみに、これでハッピーエンドではありません。この先潤姫にはまだまだ乗り越えていかなければならない試練が待っています。時間はかかりますが、2人がハッピーエンドを迎えられるまで、続けていきますよ。

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