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―――昔の夢を見る、

山の麓の小さな村の、その外れにある今にも壊れそうな廃屋に、少女はいた。


名前はセンリ。


彼女の両親は彼女が3歳の頃、村へ置いて出ていってしまった。

1人取り残されたセンリは、幼いながらも必死で生活を学び、村人に支えられながら15年生きてきた。

だけどセンリは幸せだった。村の人は温かく、皆本当の家族のように寄り合って生きていたから。


そしてある日、村のお祭りで出し物の材料を取りに森へ入っていった。いつも行く場所には目的のものが見当たらず、森の動物の仕業かしら、と笑い更にまた奥へと入っていった。

ようやっと獣道の終点を見つけたと思ったら、そこはぽっかりと口を開いて不気味な音を響かせる崖だった。

当てが外れたセンリはガックリと肩を落とし、しばし暗く底の見えない先をじとりと見つめた。小さくため息を吐いて、来た道を引き返そうと振り返ると蔦に足をとられた。バランスを崩した身体は崖へと吸い込まれ、やがて意識をなくした。


日が暮れ、鳥が巣に帰ろうと飛び立つ音が聞こえる頃センリは目を覚ました。身体を見やると傷ひとつない。上を見ると垂直に切り立った崖。明らかに即死の状況にセンリは首を傾げる。


「どうして生きてるの?」

「主が我の上に落ちてきたからだ」


低く掠れる声が下から聞こえ、そろりと目をやると黒い何かの上に乗っている事に気づく。そしてふるりと動いたかと思うとそのまま滑り落ち、次に来る衝撃を思い目を瞑るとふわりと何かに優しく包まれた。

黒く長い4本のものがセンリを包む。それが手だと気づいたのは大きな竜の顔を見た時だった。


「あなた、もしかしてお伽話に出てくる竜さん?」

「現実にいる竜だが」


その返事が拗ねているようで、面白くてセンリは笑った。


「助けてくれたんですね。ありがとうございます。こんな近くにいるとは思わなかったです。会えて嬉しいです。竜さん」

「竜さんはやめてくれ。我を呼ぶならギィと」

「ギィさん、この森の主である貴方にお願いがあるんですが聞いて貰えないでしょうか?」

「…なんだ」

「木苺がなっている場所を教えて貰えないでしょうか」


明日に迫る祭りの出し物の準備がまだ出来ていない。センリは赤く染まった夕日を見て焦った。


「ふ。木苺とな。面白い人間だ。竜にそのような願いを言うとは」

「無理ならばいいのです。自分で探して参ります」

「いやいや知っておる。主だけに教えてやろう」


そう言って黒い竜の背に乗せられ、自分が見つけた木苺畑よりもたわわに実る場所を教えられ、何度も何度もお礼をした。

そしてそのまま家に送られれば村人皆が腰を抜かして出迎えた。竜を遣える者として手を合わされたが、慌てて説明をしてなんとか誤解をといた。


無事に祭りには間に合い、余ったものを目の前にしてどうしようかと思い、少し悩んでそれを包んで家を出た。

前に行った通りの道を行き、知っている崖に出て、その淵に立った。そして目を瞑りよしと意気込んで一歩踏み出そうと思った時、下から黒い竜が現われ、ため息を吐かれた。


「出し物とやらは失敗したのか?それで死のうとするのか?」

「いえ。ギィさんにお裾分けを持ってきたのです」


そう言って包みを開けて、木苺が乗った物を差し出した。


「これは?」

「木苺のプリンです。昨日摘んだ木苺で私が作りました。お礼なのでよかったらうけとってくれませんか?」

「…昨日といい今日といい、主は全く物怖じしないのだな」

「センリです。私の名前はセンリと言います、ギィさん」


それからセンリは、時間があればギィのいる森へ足を運んだ。

時には背中に乗って違う森へと遊びに行ったりもした。そうして時間が経つ度に一緒にいる時間が長くなり、触れ合う時間も長くなった。その初々しい2人の様子を、村人達は温かい目で見守っていた。

あくる日、センリがいつもの崖へ行くと、出迎えてくれるギィの姿がない事に気づく。


「ギィ?」


心細くなり、キョロキョロと探しまわっていると、頭の上に沢山の木苺が落ちてきた。

頭を跳ね、ポトポトと地面に吸い込まれていく沢山の木苺。その地面に影が差し、聞きなれた笑い声のする方を振り返る。


「もうギィったら!またいじわるばっかり―――」


まだ笑っている黒い竜に文句を言ってやろうとしていたのに、一人の見知らぬ青年がいる事に気づいて人違いをしたと謝る。だけど相変わらずくすくす笑う声は耳慣れたもので、その流れる髪は藍色をし、真紅の目がセンリを見据えている。それを見てセンリは青年に問う。


「ギィ?」

「ああ」

「す、凄い凄い!ギィって人になれるのね!?それならもっと早くになってくれればプリンの量少なくてすんだのにー!」


プリプリと怒るセンリにギィは近寄って、その小さな身体を抱きしめる。


「竜は、認めた者の前でしかこの姿をとらないのだよ」

「そうなんだ。私認めて貰えたの?」

「…センリ、我は竜だがそなたが好きだ。愛しいと思っておる。どうか我のつがいになって、我の真名を受け取って貰えないだろうか」


生まれて初めての告白に、センリは赤くなった。そして困惑した。

自分は親に捨てられた孤児で、目の前にいるのは伝説やお伽噺などで言い伝えられている気高き竜。本来ならば見かける事なく人生を終える人が殆どだというのに。

そんな人に好意を持たれて嬉しくないわけではないが、素直に受け取れない。


「ギィは…、私で大丈夫なの?だって竜でしょ?こんな私と一緒になって、他の人達に何か言われたりするんじゃないの…?」

「…だが我はそなたがいい。そなたしかいらない。我は子供ではない。自分の愛する者は自分で決める。他の者は関係ない」


頬を大きな手に包まれ、懇願するようにこちらを見つめるギィの顔は必死で、その姿が可愛くて、とても真っ直ぐで、笑みを浮かべて大きく首を縦に振った。何か困難が待ち受けているならば、2人で乗り越えていこうという決意と共に。

そして照れたように破顔するギィを見て、センリも嬉しくなった。


「ありがとうセンリ。これからどんな事があろうと、我が守る。我は長寿で頑丈だから決して1人にはさせることはない。我の名はそなたを永遠に縛るものになるが、その分そなたを幸せにすると誓う」

「ギィ…ありがとう。嬉しい。そんな大切なもの私貰っていいのかな」

「ああ」


そう言ってギィはセンリの髪を一房すくい、口付けを落とす。


「我の名は―――」







それからの2人は幸せだった。

どこへ行くにも一緒で、離れている2人を見る事が珍しいという程今までの時間を取り戻すかのように寄り添った。

廃屋はギィの努力により小奇麗な家に建て変わり、村人の仕事を手伝いながら日々を過ごしていた。


「ギィ!村長さんからこんなに野菜を沢山いただいたの!」


両手に溢れんばかりの野菜を抱えてセンリは家に帰る。だが扉を開けた所に立っていたギィに諌められた。


「センリ。何故我を呼ばぬ」

「呼ぶ?なんで?」


首をかしげるセンリの腕の中から野菜を奪い取る。


「手が塞がっていて扉を開けられぬなら、中にいる我に扉を開けさせるべきだろう」

「足で十分開けられるけど?ギィが立て付けよくしてくれたから前より上手く滑るし」

「そうではない。そなたには我という伴侶がいる。一言声をかければそなたの手となれるのだ。なんでもいいから我を頼れ。1人で全てをする事はないんだぞ、センリ」


ギィの言う事に目をぱちくりさせる。たったそれだけの事で頼れというギィに、1人ではないという現実に、嬉しさとこそばゆさがせめぎ合う。


「もうギィったら。そんな甘やかせたら私何にも出来ない人になってしまうじゃない」

「別になればよい。我なしでは生きていけぬようになれば我も安心だ。それにこれは甘やかしに入らぬ些細な事。竜とはもっとしつこいくらいに愛情を示す生き物だぞ?」


くすくすと笑う声が、夜の帳を落とす家に響き渡る。

2人で過ごすうちに知らない一面が見えていって毎日が新しく色づいていく。

笑い声が絶える事はなかった。







そして2人が幸せに暮らし始めて2ヵ月くらい経った頃、2人が住まう家に突然の来訪者が訪れる。

それは見事に輝く黄金の鱗を持つ大きな竜だった。その竜は村の上空を旋回し、怒号を轟かせる。


「竜王!?何故ここが…」


センリを抱き寄せ上空の竜を見上げるギィ。その表情は芳しくない。


「ギィ!出て来い!貴様の弱い目隠しでこの俺を欺け通せると思ったのか!そのまま出て来ないなら、この村を焼き払う!」


村人達は皆家の中へ入り避難している。静まり返った村に、センリとギィが歩いていく。上空の羽音と地上の足音が響き渡る。


「…ギィ。俺は言ったよなぁ。つがいを選ぶのは同じ竜にしろと。純血種を絶やさないようにと掟を作ったはずだ。再三俺はその女はやめろと言った筈だ。人間の、ましてや親に捨てられたガキなど」

「竜王!!それ以上センリを侮辱すると許さぬぞ!」


初めて聞くギィの怒った声。センリは自分の為に怒ってくれているんだと思うと嬉しくなった。


「許さない?…ほぉ。そして貴様はどうする?俺を殺せるか?竜王であるこの俺に、歯が立つと思うのか。それも分からないくらい、お前は腑抜けたのかギィ!」


ギィに怒りを露にした竜王は大きく口を開け、炎を吐き出し村を焼き払う。家から飛び出て森へ逃げる人を逃さないとばかりに周囲を炎で覆う。熱い助けてと悲鳴が聞こえてくる。


「やめろ竜王…!」


そう言ってギィは竜に姿を変え、黄金の竜に向かっていった。巻き起こす風により炎の中に道が出来、そこから村人が逃げ出していく。センリは逃げる事も戦いに混じる事も出来ず、ただそこに立ち尽くしてぶつかり合う2匹の竜を見ていた。

どれだけ経ったのだろうか、村の家は黒く焼け落ち、人の姿は見当たらず2匹の竜も見当たらない。

ふらふらと村の中へ歩いて行くと、ざり、と背後から足音が聞こえた。ギィの帰還を喜ぼうと振り返ると、腹部に衝撃があった。のろのろと見上げるといつもの藍色の髪ではなく、眩しいまでの金の髪が風に揺られていた。


「りゅ…ぉ…」

「俺を呼ぶな人間如きが」


どさりと地面に座りこみ、腹部に手をやると赤い血で濡れていた。息が荒くなり、呼吸が苦しくなる。そして腹部から赤く染まった手が引き抜かれ、そこからじわりと光が溢れているのが視界に入った。


「竜を誑かせた貴様は許さん。だが、死ぬ事は許してやろう。そして未来永劫、その魂が転生しようが誰と出逢おうが決して結ばせはしない。情を寄せる度に、恋願う度に、幾度と苦しみもがけ。まぁ有り得んとは思うが、偶然ヤツ(・・)と出会おう事があるならば、その時はヤツを欲する心を、見る目を、声を聴く耳を、名前を呼ぶ口を、触れる腕を、追う足を、好物を入れる胃を、そして子が出来る子宮(・・)を奪い続けてやる」


キィンと甲高い音が聞こえ、光が収束していく。

竜王がセンリの前髪を持ち上げ言い募るのを、どこか遠くで聞いていた。


「その呪いは、お前が背負うべき業。覚えておくがいい。そして記憶に刻め、出会う運命(さだめ)ではなかったのだという事を」


バサリと風が舞ったと思うと細い身体を立たせていた腕は消え、その場に崩れ落ちた。

青い空に黒い煙が混じって消えていく。あの煙のように、本当はこの手に触れられない人だったのだと苦しくなった。


「センリ!」


ギィがセンリを抱き上げ、その腹部にある気配を見て瞬時に悟り唇を噛んだ。


「すまない…センリ…。我が…、我のせいでそなたをこんな目に…っ!我が竜王から逃げなければ…、いや…我がそなたを愛さなければこんな事には…!」


そんな事はない、と言おうと思ったが出るのは短い呼吸だけ。大丈夫も愛しているも伝える事は出来ない。

ただ涙を流す愛しい人の顔を、霞んでゆく視界で見るのが精一杯だった。


「センリ、我が呪いを解く…っ、命にかえても…!…だ…、嫌だセンリ、生きてくれ…。我を置いて死なないでくれ…!目を開けてくれセンリっ!」





男の慟哭が、人1人いない焼け落ちた小さな村に響き渡る。



そうして1人の少女は短い生涯を閉じた。

愛しい人の腕の中で、薄ら笑みを浮かべたその顔はとても幸せそうだった。




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