6日目、うまれるいのちに祝福を
「うわーー!ウン年ぶりのルヴォワールのプリンだー!ケーキだー!最高ー!」
目の前に並べられた宝の山。可愛い私のスウィーツ達。
昨日成瀬さんから貰ったプリンと、私の胃の回復を喜んだ両親が急いで買ってきた祝いのケーキ。そして今日遊びに来た友人のプリン。
病みあがりの人にそんなものいきなり食べさせないでくださいと年若い主治医が怒ったが、私の経験上そこは問題ないと思ったので断固主張した。
ただ問題だったのは、数年食べなくても生きていけそうだと漠然と分かってしまった事だ。
恐らくまた超ハイパー省エネボディになってしまったという事で。
まぁ、本当にギィみたいに竜系女子になるんだったらそれくらい受け入れてみせるさ!幸い食べても問題はないみたいだし。
一番の願いの飛ぶ事は翼と魔力がない限り無理だから、そこは諦めました。翼でも生えたら次こそ本気で研究所行きになるからね。
「もう、落ち着いてよちい。全く…子供じゃないんだから。あんたはもう26歳なのよ?」
「うぐ。でもなんていうか、こんな変な事になったから気分は18の頃のままなんだよねぇ」
「はいはいそこ若づくりしなーい。もう結婚適齢期まっただ中よ。むしろいき遅れ気味なのよー?」
「ええ!?」
はぁとため息をつく友人の麻衣。にこにことスプーンでプリンをすくって私の口に持ってきてくれる詩織。詩織は半年前に結婚している。私が目覚めるまで待つつもりだったらしいが、やむを得ない理由があったらしい。そこは大人の秘密だ。
今まで病院に巣食っていた私には結婚なんてものには興味はなく、あるのは専らプリンくらいだ。
だから早う早うと口をパクパクさせていると詩織が目を輝かせる。
「あらやだ。私ったらちいちゃんに萌えを感じちゃったわぁ…」
「え、まじで?これはどう?」
開けながらべーっと舌を出すと、横からガボッとケーキの塊を入れられた。
「ゲホゲホォ!ま、麻衣サンったら!アナタも私に萌えたのかしら!?」
「ウルサイそんな訳あるか。さっさと食え。今までの分も食らえ」
せっせと友人2人に運ばれるスウィーツ達に私は幸せを感じる。
私が口がきけるようになって乱入して来た時以来の友人達との交流。2人はうちの家族に遠慮してくれていたそうだ。そしてその遠慮を感じ取った両親が2人に声をかけて、今日の甘味パラダイスになった訳である。
目が覚めて、口がきけて、2人の声が聞こえる。顔を合わせた瞬間、ずっと心配してたんだよと2人に抱きしめられた時には涙が出た。
あんたが泣いたのを初めて見たよと、涙を流しながら言われて苦笑した。こんなに心を動かされるようになったのはギィと出会ってからで、私の感情の機微を鋭く感じ取る2人にバレてしまわれないかとヒヤヒヤしたものだ。
「…それにしても。こっちに帰ってきてくれて安心したよ、ちい」
「こっち?」
「私ずっと不安だったんだよ。あんたがいつも外を眺めているのを見てしまった時から」
麻衣がスプーンを置いて視線を外にそらした。詩織はナプキンで私の口を拭ってくれながら、私も、と。
「何の事?」
「気付いてなかったの?あんた、私らと喋ってる時でも、授業中でも、何をしている時でも、ふとした時にいつも外を…ううん、空を眺めてたよ。何かを探すように、求めるように。ずっとずっと遠くを見つめてた」
そうだったんだろうか、と記憶を手繰り寄せるもピンとこない。首を傾げていると詩織の小さな手が私の頭を撫でる。
「最初はねぇ、私達といるのつまんないのかなぁって悲しくなったりしたけど、ちいちゃんの方がずっと悲しそうな顔をしてたの。何かを置いてきたような、忘れて泣いているちいちゃんが見えた」
「だから、段々生きる意志が無くなっていった時に、死ぬんじゃなくて、どこかあるべき場所に帰ったのかなって思って」
「帰るって…私あんなんだったけどずっとここで生きてたよ?」
「それでも!この世界で生きる事を拒んだようにしか見えなかった!」
麻衣が声を荒げてこちらを見た。その目には薄らと涙の膜が張っている。
「変なふうに自由を奪われていってるのに、不満に思ったり不安になったりするどころか笑って受け入れた…それもいつも見ない幸せそうな顔して…っ!!どんなにバカで無頓着で無関心でも!あんたは私の友達だから、悔しかった!私がこっちを向かすんだって思っていたのにっ!こっちを見る事もしなくなるなんて酷いじゃないか!!」
「麻衣ちゃん…」
詩織が立って麻衣をなだめるように頭を抱き寄せた。詩織も眉を寄せてこちらを見て微笑んでいるから、同じ事を思っているのだと伝わってきた。
私はそんな麻衣を見るのは初めてで、どうすればいいか分からなかった。
男らしくて、一歩引く私の手をいつも引いてくれたカッコイイ麻衣が、肩を震わせて泣いている。手をさしのばす事も出来ず、知らず唇を噛んだ。
「だけど…もうそんなのどうでもいいよ。帰ってきてくれてよかった。嬉しかったよ!私の力じゃなくても、あんたがただそこにいるだけで!!」
麻衣の腕が私の頭を抱く。私と麻衣と詩織。3人の体温が混ざる。
「あんたの目は私を映してる。ちゃんとこっちで生きる目をしてる。…遅くなったけど。おかえり、ちい」
「うん、おかえり、ちいちゃん」
「…ただいま、麻衣、詩織。心配かけてごめん…ね…」
言ってまた涙が出た。とめどなく出て行く涙はシーツに染みをつくっていく。
最近ほんとによく泣くようになったなぁと、その染みを見て思った。その跡は、私の心の感情を滂沱するようにじわりじわりと広がり大きくなっていった。
「…それで?」
「え?」
「え?じゃないよ、とぼけても無駄。どうだった?」
ばっと顔をあげた麻衣の目には涙はもう見当らなかった。あるのは肉食獣が獲物を狙う獰猛さを秘めた光だった。
「いい顔してるんだもん。あんた、女の顔してる。男でしょ?イイ男に出会ったんでしょ?」
「な、なんでよ!寝てたのにどうやって出会うって―――…」
「ん?」
私の顔の横にダン!と手がつかれる。噂に聞く『壁ドン』というやつだ。キャー麻衣サマカッコイイー!
ひきつっていると横で詩織がニコニコ笑っている。どうやら助けではなく麻衣の援護要員のようだ。
「それはこっちが聞きたいくらい。言ったでしょ?私悔しいって。あんたを戻す事が出来たそいつを知りたいと思うのは当たり前じゃない」
目を細め笑う麻衣は、私の記憶をも見抜いてそうなくらい底知れぬ鋭さを持っていた。
だから、思わずぽつりと小さく零れ出てしまった。
「…優しくて…綺麗で…色気ムンムンで…。私の事を甘やかして困る…。」
それはよかった、と麻衣が私の頬を伝う涙をすくい取る。
ビックリして麻衣を凝視した。だって、きっと悪戯で私にカマをかけて、私で遊ぼうという魂胆だった筈だろうに。何をおかしな事をと言わないのだろうか。
今まで動けずただベッドに存在しているだけだった筈の私が、まるで誰かに会っていたかのように話す事を。
「ようやく運命の人に出会えたんだね、ちい」
「大好きなんだねぇ。よかったねぇ、ちいちゃん」
運命の人。
その言葉がストンと心に落ちた。
そして考えた。ギィに対するあの気持ちは好きだという事なのか。
初恋もまだだったからよく分からないけど、これが恋というものなのだろうか。
…好き。なのかもしれない。
たった数日の、たった少しの時間しか一緒にいないけど。別れが来るのが辛い。
つり橋効果というよりも、運命の方がしっくりくる感じ。
「ああ…そっかぁ。そうだったのかぁ…好き…なのか私…」
人に言われてようやく単語にして自覚でき、自分の気持ちに気づけた。
そして目の前の2人が、私が思ってる以上に私の事を思ってくれている事に。
あははと豪快に笑う麻衣と、目に涙を溜めてうんうんと頷く詩織。
どうして何も見ていなかったんだろう。
こんなにも私の傍にいてくれていたのに。
私の事を見ていてくれたのに。
「麻衣、詩織、ありがとう。…大好きだよ。これからもずっと―――」
よろしくね、と言おうと思ったら2人に抱きしめられ、あまりの勢いに飲みこんでしまった。
けれど、伝わったと思う。
私のはじめての、2人への心からの言葉。
*
「ん。美味い」
「本当!?でしょー!やっぱりあそこのプリンは異世界共通ー!」
一緒に渡ってきたプリンを一口頬張ったギィを見て心の中でガッツポーズをした。
「今日のそなたは随分楽しそうだ。いい事があったのだな?」
「え?分かる?」
見あげてギィを見る。
だって先ほど友情をがっちりと確かめあい、プリン漬けの刑に処せられ、そして今はギィがプリンを食べるのを腕の中で眺めてられるのだから。
そして周りには沢山の木苺畑!
私が木苺好きと聞いて場所を移動してくれたらしい。なんて優しいんだギィは!
「ギィが食べてるってだけで、そのプリンが違うものに見えるなぁ…」
なんていうか輝いて見えるというか。
「?別に力は何も使っていないが?」
スプーンですくったプリンを、ボケッと口を開け見ていた私の中に押し込んできた。
いただきました!初間接キッスです!
「そういう意味じゃな…!…でもなんか甘い気がする?」
言った瞬間気付いた。これを世間は色ボケという。
…どうやらこの気持ちを自覚した事によって、色眼鏡が装着されたようだ。
そしてああ本当だ、と私の唇についた蜜を指の腹でぬぐい、ペロリと舐めたギィもそれだといいなと思ってる自分がいる。
「周りのなっているものも食べるか?今が食べ頃だぞ」
指をくいっと曲げると、赤い実が私とギィの周りにふよふよ集まってくる。そしてくるくる竜巻のように巻き上がったと思ったら、お腹の上に落としてきた。
―――相変わらずギィはいじわるばっかり。
「え?」
「どうした?」
『相変わらず』ってどういう事だ?前にもあったという意味だよね、この言葉は。
ズキリとするあの頭痛。
瞬間、思考は探る事を停止する。全然辿りつけない。やっぱり思い出す事が出来ない。
返事を返さない私を怪訝に見やるギィに、口に入れてくれると思ったと笑って誤魔化した。言って誤魔化し方をマズったと思ったのも後の祭り、にこやかなギィに一粒ずつマウストゥマウスによって美味しくいただかせております。何故に!?
「ちょ、ちょっと待ってもうお腹いっぱい…!今日は腸でしょ?ぽっこりお腹なんて見せられないよ!」
ころころと転がる木苺を目の端から追いやり、ギィに抗議する。だってまだ山のように転がっているんだよ!
「どんな腹でも千陽ならば可愛いぞ」
「お腹に可愛いもくそもあるか!」
「そんなに可愛い事言うと、無理やりにでも暴きたくなるものだぞ?」
ニヤリと笑い、私の脇に手を入れ持ちあげられる。昨日と同じ羞恥プレイか!?
「立てるか?我がちゃんと支えているから」
そう言えばまだ足を使っていなかった。至れり尽くせりの今の状況が私をダメにしていた。
大丈夫だと頷くギィを見て、意を決し恐る恐る指先に力を込め、踵を下ろしてみる。
「た…立った…!私立ったよ!」
地面の感触に、某アニメのように感動が押し寄せる。自分で言う事になったのは悲しいけど。
「そのまま暫く立っていられるか?」
「大丈夫。ちゃんと支えててね、ギィ」
「ああ」
言ってパジャマの少しボタンを外し、露わになったお腹を数度撫でた。こしょばいのとどこからかくる甘い刺激に変な声が出そうになるのを必死で堪える。
昨日より大分高くなった視界から見下ろすと、ギィのつむじが見えて微笑ましくなった。いつも見あげてばかりだったから凄く新鮮。
久しぶりに自分のお腹を見たら大分へこんでいた。長い病院生活で随分痩せたもんだ。これなら見られてもまだ大丈夫。
少し骨ばった腰骨に、下着ギリギリの下腹に、唇が落とされていく。
こんな変な所に口付けないといけないのってどういう気分なんだろう。そう考えていると、とたんに申し訳なって自分の身体を呪った。
その間もギィは着々と治療を進めていて、何やら少し首を傾げたと思ったらオニューのパンツが下にずらされてしまった。今日はお腹を見られると思って万が一を考えて新しいのをおろしたけど…!流石に恥ずかしい!
あわあわと焦る私を知らず下に下がって唇を這わせていく。時折強く押し付けられ、少しざらついたギィの舌が肌に触れると身体が震えた。
きっと腸は長いから大変なんだ、他意はないんだと言い聞かせて邪念を振り払った。
ちゅ、と何度か啄ばまれ、上ってきた唇が離れる時にへその中に舌を滑り込ませるもんだからたまったもんじゃあない。
「ぅひゃあっ!!」
今まで我慢していた分よけいに大きな声が出てしまった。支えの足が力を無くし、ガクッと落ちそうになるのをギィは抱きとめてくれた。
その顔は悪戯が成功したようなあどけない笑顔で、怒る気も削がれてしまった。
真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしくて、顔をギィの首筋に埋めてそのままもたれていると、満腹なのとギィの体温が心地いいのとで段々眠くなってくる。
必死に目をぱちぱち瞬きをするも、頭を撫でるギィの魅惑のテクニックにより睡魔に抗えなかった。
あと2日。
毎日のようにカウントダウンをしてしまう。
残りの日数を確かめるように、増えない現実に足掻くように。
でも明日は楽しみだ。
やっとギィに触れられる。
「おやすみ、千陽。今そなたはどのような表情をしているのだろうな」