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5日目、すべてを飲み込む

『運命の歯車は、常に周り続けている。

この世に生を受けている限り、外れる事は出来ない。


巡り合う運命しかあり得ないんだ―――』




確かこのセリフは瀕死の雪夜がちはやに言ったセリフだったなぁと、ぼやけた頭で思う。


内容はさっぱり分からなかったけどかなり純愛風味だった。運命たら歯車たらなんてこっ恥ずかしい事をつらつら言う雪夜が、悔しいけどカッコよく見えてしまった。

でもそういうのは結局ドラマだから盛り上がるんだろうし、そういうのに憧れている人はトキメクんだろう。


「私とギィの出会いも運命なのかしら」


26歳独身女が病室で1人呟くにはいささか痛かった。瀕死のダメージだ。

そもそも私は運命うんぬんの前に、人を好くどころか生きている意味や大切さなど持ち合わせてはいなかったような奴だった。両親に言われ昔の自分の事を思い返してみると、見つけた答えがこれだった。

胸にぽっかりと空洞があるみたいに無気力で、無関心で。だけど生活していく上で最低限の愛想は身につけたが。

友人が楽しそうに好きな人だの運命の人を見つけただのを聞いて「そうなんだ、よかったね」と上辺で笑っていた嫌な奴。

だって仕方がない、そういう気持ちが全然沸かなかったのだから。

そんな私を受け入れて今迄つきあってくれる友人には頭が上がらない。例え『大丈夫、千陽にも運命の人が現れるから。ズキューンてくるから、ズキューンてね』とからかわれてもだ。


それなら多分、倒れたあの日のアレはそうじゃないだろうか。

今になってふと思い出されるあの日の事。

それは凄い衝撃で、一気に胸が苦しくなった。私の身体が歓喜に震え、はじめて『心』が満たされ凄く幸せな気分になった気がする。

嬉しくて、切なくて、愛しくて、どうしてか分からないけどどこか懐かしく。そしてそんなはじめての気持ちは甘く、身体は甘美な香りに包まれ私をうっとりさせた。

崩れゆく視界の中、周囲とは逆に私は全身に血が巡った思いをしていたんだ。


あれはどうしたんだろう、何があったのかとそこまで思考を進ませるとズキッと頭が痛くなる。まるで思い出すなと身体が言っているようで。

痛みを緩和させようと頭を抱えたくても抱えられない。足が動けても意味がないね、ギィ。


「あ」


声がする方を見ると、見慣れない人がいたが声には聞き覚えがあった。その手には『ルヴォワール』の文字が入った箱があった。


「プリンの人!」

「へ!?」


入ってきた男の人はしまったという顔をしていたが、このまま逃がしはしない。


「いつもプリンありがとうございます!よければこちらへ来てかけてください。失礼ですが、貴方は誰でしょうか?すみません、私記憶が混乱していまして、面識があったのでしたら申し訳ありません」

「い、いや…1度顔会わせただけだから覚えてないのは当然だと思うよ」


逃がすまいと一気にまくしたてると、逃げるのを諦めたのかゆったりとした歩みでベッドの傍まで来てプリンの箱に目配せをする。にっこり微笑む目の前の人。


「これはいつもの冷蔵庫に入れておくね」


そう言って冷蔵庫に入れてバタンと扉を閉じる。

さて、とベッド横にある椅子に座る男の人。

髪は明るい茶色に染まっていて、柔らかくパーマをあてている。前髪から覗く両の目尻は垂れていて凄く優しそうな人だ。確かにお母さんの言っていたとおり、イケメンだった。

そして念願のプリンの人だと思うと柄にもなくドキドキしてきた。


「僕は成瀬。ルヴォワールのプリンを差し入れさせてもらってます」


なんてね、と笑う顔が可愛い人でした。癒し系に決定。


「こちらこそいつもありがとうございます。こんな身体なのに、いつ気付くかも分からないのに、週に何度も来てくださっていたと母から聞いてました。…あの、どうしてなんでしょうか?」


たった1度の出会いの私に。


「えっと、実は君がルヴォワールに通っていたのは知っていたんだ。それでいつも美味しそうにプリンを食べるなぁと見ていたんだよ」

「見られてたんですか…?」

「あ、気持ち悪いとか思わないでね!?えっと、あの、純粋な気持ちであって、邪な目で見ていなかったと思うから誤解はしないでね!」


必死に弁解しているのが面白くてつい笑ってしまう。


「笑わないでよね。当時26歳のオッサンが女子高生を見てたなんて言ったらギリ逮捕なんだからさ」

「え、という事は今34歳!?見えないんですけど。ああ、だから顔を会わせないようにしたんですか?」


どう見ても20歳前半、童顔もいいところだから別に気にするような事じゃなかったと思うけどね。


成瀬さんは私が倒れたあの日、ルヴォワールにいて事の顛末を知っているらしい。私にかけより救急車を呼んでくれたという。

この人が私を満たしてくれたのだろうか。“生きている”という事を、運命というものを感じさせてくれたのか。そう思うと、おぼろげな記憶ではあるがどこかざわつく心を感じた。


「あれから8年も経ったけど、君が回復に向かってよかったよ。食べられるようになったらもっと沢山持って来れるようにするね」

「はい。ありがとうございます」

「…そして退院したらお店の方に来てくれないかな?ずっと待ってるから」

「はい!是非自分で買いに行きますので待っててください!」


にっこりと微笑まれ、手を握られた。その手はひんやりしていて気持ちよかった。ドキドキして火照った身体に丁度いい感じ。そしてふわりと香る煙草の匂い。

今日は甘い香りはしないのかと少し残念に思いながら成瀬さんを見送った。







「ねぇ、ギィ。昨日聞きそびれちゃったんだけど、私の視力と聴力強化してくれたの?」


今回で、5回目の訪問になる。聞きたい事は最初に言う、それが分かってきた。

治して貰った後はもう用はないとばかりにはぐらかされるし、きっと治す為に力を使うから疲れるんじゃないかと思ったからだ。


「ん?元に戻したつもりだったがおかしいのか?」

「ちょっと遠見も出来るし噂話も聞き放題」

「ふむ…それはすまぬ。我のやり方ではこちらの力が流れ過ぎてしまうようだ。こればかりはどうも出来ぬな…」


しゅん、と目の前にうなだれる美貌の男。相も変わらず座ったギィの上で普通に横抱きにされているから眉間の浅く刻まれた皺までハッキリ見える。更に言うと毛穴まで見えますはい。キレイだけども。

そして飽きずに顔を唇を触る大きな手は好きにさせている。だ、だって振り払える手はまだおあずけ状態だもの!仕方ないのだよ!


「我が至らぬせいで千陽に迷惑をかける…」

「や!別に責めてるわけじゃないのよ!?ただギィの好意かどうかなぁって気になっていただけ!」

「でもそれはそちらで生きて行く上で支障が出るのではないか?普通と違う事は良い結果を生まぬ」

「うーん…」


どうなのだろうか。ギィの着物から覗く胸板にある黒い鱗に視線を落とす。

まだ誰にも気づかれていない(筈だ)からよく分からないけど、ないよか随分いいと思う。それよりギィが悲しい顔をしている方が私の心に支障がでるのでおおげさに笑ってみせる。


「ギィからのプレゼントって事でありがたくいただいちゃうよ?なんかギィと同じ竜になったみたいで嬉しいじゃん」

「千陽が、本当に竜になれるのなら我は―――」


そして視界が暗くなったと思ったら私の唇に重なった。

口を治療する以外でのキスは初めてで、びっくりして目を見開いた。目の前に広がる美貌の顔。

真紅の瞳に私が映り、ギィの目にも私が映っていると思ったら嬉しくなった。


鼻息をかけまいと息を止めていたせいで、頭がくらくらしてきた。

長く、触れるだけのキスは私のぶはっという酸素補給により幕を閉じた。


「…すまぬ。だが千陽が悪い、あのように可愛い事を言うからだ」


バツが悪そうに眉を寄せるギィは、妖艶な色気をかもし出しとても危険だ。その上すりすりと唇を撫ぜられればピクリと口が開いてしまうのは仕方ないと思う。


「…そんなに誘ってくれるな。止まらなくなる」


誘うってなんだ。可愛いってなんだ。26歳の処女の女を捕まえて。目が悪いんじゃないだろうかギィは!

慌てて口を閉じるとくつくつとギィが笑う。


「少し戯れすぎたな」


次の場所は、と聞かれる前にもう一回背中に乗せてとお願いしたらやんわり断られた。

どうしてと聞くと、「年寄りだからだ」と言われ怒ってしまった。どこがだ!止まらないとか言ってエロスな雰囲気を垂れ流すのは若い証拠だと思いますがね!


「さて、あまりへそを曲げてくれるな。このまま帰してしまう事になる」


…そうしたらもう1日会う時間が増えるんじゃないか?そう思って期待してしまう。我ながらいやらしい計算が出来るようになったものだと感心する。


「日数は変えられぬ。帰れば後から千陽が苦しいだけだぞ」


私の計算は即効でぶっ壊されました。


「…手は、最後なんでしょ。じゃあ胃、かな」

「胃か」

「うん。早くご飯食べたいし、木苺のプリンも早く食べたいし。あ、ここ来る時にプリン持って来れないのかな?一緒に食べたい」


横流しになるが、せめてギィにお返しがしたい。本当は服とか指輪とかギィに似合いそうな物をあげたいけど、買ってきてもらう人になんて言えばいいのか分からないし、こっちへ持ってこれた後の言い訳も見つからない。

ならばプリンなら1つ消えてても問題はないだろうと。


「木苺の?今も好きなのか?」

「うん、そうなの。赤いぷつぷつが可愛いのにすっぱくて美味しいところがなんとも言えないの!」

「…そうか。我にくれるのか」

「勿論!好きな物は分けたい主義なの」


ギィを覗くとゆるく細められたギィの真紅が深まっている気がした。

その目はじっと私を見ているけれど、見てはいない。どこか遠くを見ているような目をしている。

それに「今も」って言った。やっぱりギィは昔の私を知っているんだ。守護霊的なものなんだろうか。あ、竜だから守護竜かな?だとしたらこの過保護に似たギィの優しさは納得出来るかもしれない。


「ギィ?」


どこかを見たまま動かないギィに不安になって声をかけると、なんでもないといった風に笑う。その笑顔は今にも壊れそうな程儚く綺麗だった。


「眠る時に肌に触れさせておいてくれれば、そなたと共に運ぼう」

「…ぬるくなって不味いとか言っても知らないよ?」

「そなたに温められたものなら美味だろう」


至極真面目な顔をするから笑ってしまった。ぬるいプリンの威力を知らないんだ。仕方ないね。


「では千陽、少し冷えるかも知れぬがすぐ終る」


笑ってる私の脇に手を入れ、赤ちゃんのように持ちあげられる。そしてあぐらをかいているギィと向き合うように跨いで座らされる。子供の頃はなにも思わなかった体勢だったが、大人になった今ではその意味合いが全然違う。

か、下半身が異常に密着して、て、てて照れるのだよ。処女だけどそういう知識はあるからね!

慌てる私を余所に片手で腰を支え、もう片方の手は私のパジャマのボタンを外していく。前が完全に開き、ささやかな胸を包むブラジャーが見えた。

なんだこれはと不思議そうに見つめていたけど、それをくい、と持ち上げられてずらされるのと同時にギィの顔がそこに近づくのを、少し上から見つめているしか出来なかった。

初めて見る『治療』。

真紅の目は長い睫毛に覆われ見えなくなり、キメの細かい肌に影を落とす。美しい顔を、自分の谷間に縋らせるように埋めさせるその光景はどこか扇情的で、かつ背徳的で悪い事をしているみたいで後ろめたくなる。


行為はただ唇をくっつけているだけなのだが。

なんていうかエロい。その一言につきる。私の胸なのが残念だけど。


心臓がうるさいくらいに鳴っているのが聞こえそうで恥ずかしい。

キスされた所がかあっと熱くなると、ギィは唇をくっつけたまま心臓の方にずれていく。小さくささやかな胸の大事な所近くに鼻先がかすめ、ビクリとしてしまった。

肌に唇が形を変えた気配を感じたので私の反応を見て笑ったんだなとギィを上から睨みつけると、わざと大きなリップ音を立ててあっさり離れていく。恥ずかしさMAXの私は口をパクパクさせ、声にならない悲鳴をあげた。

くすくす笑う目の前の人。

手が動けるものならば頬をつねって綺麗なお顔を崩したい。それも出来ない私はせめてもの仕返しにうんと首を伸ばして頬に軽くキスをした。

ちなみに私からキスするのも初めてだ。頬だけど。

やってから後悔した。やばい凄く恥ずかしい。恐る恐るギィを見ると僅かに目を見開いて固まっていた。


「あ、あれ、ご、ごめんギィ…?もしかして嫌…だっ―――」


た、と言う前に痛い位に抱きしめられた。熱い息が肩にかかる。ふわりとかかるギィの長い髪は、甘い香りがした。


「…どうしてこのような運命(さだめ)なのだ…。千陽…っ」


ギリ、と耳元で歯が軋む音が聞こえる。

あと3日、それで終りはやってくる。この邂逅も、触れ合いも、全て終わるのだ。

それをギィは惜しんでくれているのだろうか?

運命(さだめ)とはなんだろうか?


聞きたくても、私は聞けない(・・・・)

その権利はないと、誰かが言う。


ならば私は待つしかない。じりじりと迫りくる終りを希望に。



「ねぇギィ。


…ギィは運命って信じてる?」





私は信じたいよ。



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