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4日目、まだ役には立たない

「あと5日…か」


目を開けると、広がるのはあの青い空ではなく、白い天井。時計の針は、眠る為に目を閉じた時と同じ位をさしている。病院のベッドとあちらの世界の往復は、誰にも気づかれない一瞬の出来事。


ギィが何故ああいう事を言ったのか。

ギィは何故私を治してくれるのか。

私はまだ何も知らない。この身体の事も、ギィとの関係も。

ギィとの邂逅は不思議な事だらけの筈なのに、自然と受け入れている自分がいる事に気付く。そして、言っていた『あと5日間』が過ぎれば全てが分かると。

だけど。


「…それじゃ遅い気がする…」


ぐるぐると廻る不透明な事実と思考に、5日間という期限に焦りが出てきて、訳も分からず涙が止まらない。

どうしてこんなにも私を乱すのか。


「分かんないよ。教えてよ…ギィ」


ズキッとこめかみあたりに軽く痛みが走る。それと共に眠りに誘われ瞼をあげていられなくなり、意識も段々薄れていく。

その時病室に誰かが入ってきた。閉じる間際に映った人影は誰かは分からなかったけど、甘い香りと頭を撫でる温かさで昨日来たプリンの人だと思った。

『おやすみ』と優しい声が聞こえてきて、安心して意識を手放した。




久しぶりに見る両親は少し痩せていて、ちょっと老けて見えた。口に出すと誰のせいよと怒られかねないので言わないけれど。

暫くは涙を流してばかりの2人だったけど、笑って欲しいと言うと、困ったように笑った。


「千陽がそんな事言うなんてね」


私はどうやらかなりの無頓着で無関心な人間だったらしい。自分ではよく分からないけど2人がそう言うならそうなのだろう。毎日をボケーっと過ごしているのを両親は心配していたという。

正直こんな娘で申し訳ないと思う。


「そうだ千陽、プリン食べる?昨日戴いたものがあるわよ。母さんが食べたって聞いたら千陽が怒ると思ってとっといてあるわ」


私の背を起こして、目の前のテーブルに並べられた。3個。


「あれ?ケーキはなかった?」

「ケーキ?他にはなにもなかったけど…ケーキも食べたいの?」

「あ、ううん別に。そんなんじゃないけど、っていうかまだ食べられなかったんだった。忘れてた。それは2人で食べて」


昨日のあの香りはケーキだと思ったけど違ったのか。まぁ食べたいなら全快してから好きなだけ食べればいい話だ。


「あ、そういえば、それ持って来てくれる人っていつ来るか知ってる?私お礼言いたいんだけど…」

「その人ね、お母さんもお礼を言いたいんだけどなかなか捕まらないのよ」

「どういう事?」


まさかいわゆる妖精さんというものなんだろうか。


「多分、私達に遠慮をしてるのか、夜遅くにいらしたり朝早くだったりで誰とも会わずにそれだけ置いて帰ってしまうの。千陽の目が見えなくなったくらいの時からいらして、一度だけお会いした事があるだけなのよねぇ」

「ふぅん…誰だろ…。どうしてそこまでしてくれるんだろう。私面識ある人なのかなぁ」

「凄いイケメンだったわ~!まさしく紫のバラの人ならぬ黄色のプリンの人だわ!お母さんドキドキしちゃった」

「何それ分かんないしイケメンの知り合いいないや」

「母さんそれ全然うまくないぞ」


きゃっきゃとはしゃぐお母さんを見て、お父さんと一緒に肩をすくめる。

それにしても、プリンの人は随分奥ゆかしい人のようだ。優しい声色に合ったような人柄だ。是非その仏のような(かんばせ)を拝ませていただきたい。


「あ、そうだ千陽。折角見えるようになったんだからテレビ見る?」

「そうだね。って言ってももうドラマも入れ替えして何も分からないんだろうけど」


カードを買ってくると言ってお母さんは出て行った。今はまだ夕方、ならば何かのドラマの再放送でもやっている時間だ。何があるのだろうと黒い画面を眺めていると、声が聞こえた。


「今日折角『巡り合う2人の調べ』の再放送を見ようと思ってたのになんで交代なのよー」

「仕方ないじゃない。篠原さん風邪引いちゃったんだもの。患者さんにうつすわけにいかないじゃない」

「でーもぉ!最終回なのにぃ。うぇえん雪夜(ゆきや)さん死んじゃ嫌だよー!ちはやを幸せにしてやってよー」

「生きて2人幸せになるからちゃんと仕事してよね」

「きゃあ!斉藤さん酷い!ネタバレー!!!」


あははと楽しげな看護士達の話が聞こえる。そのドラマは見た事はないけど、そうか、今日は最終回で大団円らしい。

安心して美味しい所だけ見れるなと思っている所に、お母さんがカードを握り締めながら息を切らして入ってきた。


「千陽ー!酷いのよー!ママ今ナースステーションで『巡り合う2人の調べ』の最後聞いちゃったのよーっ!!楽しみにしてたのにぃ」


ガックリと肩を落としてさめざめと泣くお母さん。


「らしいね。いいじゃん生きて幸せになるんなら」

「そう…そう、なんだ、けど…っ。幸せになるのが一番…ってあれ、どうして知ってるの?」

「え?話声が聞こえたから…」


そこではたと気付く。

この病院は、中央にあるナースステーションをぐるりと囲んでで病室が展開されている。そしてナースステーション近くはエレベーターやら談話室などで、個人の病室は廊下を少し行った所からとなっている筈だ。

お母さんが帰ってくる時間とかみると、結構遠い所に自分がいる事が伺える。

ひやりと背中を汗がつたった。


「って、なんちゃってね。実は見た事あったんだよね。そのドラマ」

「そ、そうなの?変な子ね。聞こえただなんて、そんなおかしな話」


だよねーと笑ってテレビをつけてもらう。

丁度そのドラマが始まったようで、既にお母さんの意識はテレビに向かっていた。私も画面を見るけど、うん、やっぱり見た事ない。この俳優さんも知らないし。

お母さんの横顔はまるで少女のように目が輝いて、食い入るように見ている。

お父さんはドラマにはさして興味もないようで、ノートパソコンを広げて何かを打っている。仕事をしているのだろうか。


「あ、忘れてたわ。千陽。ほら、あなたのメガネ」

「いいよ私は。そのドラマ見たしこのままでも」


そう?と再びテレビに意識を戻していく。


この『普通』を壊してはいけない。

何も、気付いてはいけない。


雪夜の睫毛や目の瞳孔も見える事や、お父さんのメガネにパソコンの画面が反射して文字が見えたとしても。







今日は頬を撫ぜる風がない。

何故ならば、私はギィに抱きしめられているからだ。


「ギィ!?な、なんでこんな事に!?」

「この方が千陽の声が良く聞こえるからだ」


た、確かに私の顔はギィの美しくもエロスなラインを描かれた首筋に埋められ、必死で鼻息をかけまいと必死に堪える位近いのだ。

ていうか既に唇は接触してしまくってます!スイマセン!


「こ、これじゃ私恥ずかしくて喋れないから…っ!離し、てぇ…っ」


抱っこされてる自分の身体全面がギィのエロスなr(ってしつこい?)身体にくっついていて、心臓がバクバクしている。きっと私の小さな左胸を通してギィに知られてしまってる筈だ。


「ふ。可愛い事を言う。益々離してやれぬぞ」


三日月の弧を描いた唇は、更につり上がる。

昨日はさんざん私を無視しまくってくれたくせに。今日はなんて甘々なんだ。

無理無理言っていると、観念してくれたのか手触りのいい布が敷いてある上に私を押し倒してくれた。うん。ドサリと、顔の横に手を置いて。

その手は私の顔を撫ぜ、親指が私の唇の端に留まる。


「ギ、ギィさん…?」


ゆったりと私の身体に沿うようにギィの身体が下りてくる。片肘をついて頭を乗せ、相も変わらず口には笑みを貼り付けたまま。


「では、このまま。次へゆこうか」


ギィの色気に直視が出来ず目を瞑っていると、爆弾発言が投下された。

次!?次って何!?大人の階段の駆けあがり方でも教えてくれるのギィ先生!?


「我でよければ全て教えてやりたい所だが」

「なんで分かったの!?読心術!?」

「そのようなものがあれば、助かるのだがな。まぁ、なくても千陽は分かり易いと言ったろう」


くつくつと笑うギィ。次の場所だ、と微笑まれ凄く恥ずかしくなった。自分は何をしにここへ来ているのだ、乳繰り合うために来ている訳じゃあないのに。

ズキリ。

と、心臓が悲鳴を上げた気がした。そしてなんだか寂しくなった。

ああそうだ、言わば自分は患者で、ギィはなんでも治せる医者なのだ。あまりにも優しく笑うから、勘違いしそうになっていた。

こんなに気持ちを揺さぶられるのは初めてだと思う。それがギィという違う世界に住んでいる竜だなんて、皮肉な話だ。


「…じゃあ、次は手を。お願いしてもいい?」

「手、か。手を自由にしては千陽へそう易々と触れる事は叶わなくなりそうだな―――」


すまぬな、と言うギィを薄目で見やれば、すっと身体を起こし私の上に被さる。まさかと思った時には視界からギィの姿は消え、パジャマのズボンがいっきに下ろされた。何をされたのか把握する間もなく太ももからふくらはぎへ温かいものが伝うのを感じる。


「ひゃ…っ!」


両足を持ち上げられまんべんなく這われたかと思うと、つま先が軽く含まれた気がした。ぞわりと身体が震えてしまう。


「ギィ!?何をしてるの…!?汚いよ…!」

「気持ち悪いか?すまぬな、もう少し我慢してくれ」


どうしよう伝わっていない!

その間にもちゅく、と音をたて舌先で指の間を舐められれば、恥ずかしくて耳を塞ぎたくてもどかしくなる。

ようやく温かいものが離れたかと思うとふいに戻ってきた足の感覚を制御できず、ギィの顎を蹴ってしまった。


「ひゃあっ!!ご、ごめんギィ!!わざとじゃないんだよ…!」

「っはは、相変わらず足癖が悪いな」


ぽつりと聞こえてくる言葉にはて、と頭をひねる。何故私が足癖悪いのを知っているのだろう。

引戸は足で開けるし、落ちたものを足で拾ったりするけども。もしかして見ていたのだろうか?竜というのはそんなに万能なのか?


「ていうか足汚いって言ったのに…!やるならちゃんと洗って来るのに!どうして先にやっちゃうの」


空に向かって怒っているといつの間にかギィの顔が近付いていて、また頬を撫でられる。身体に触れるギィの体温が伝わってくる。


「もしかして怒っておるのか?」

「そう!汚いって何回も言った!!」


ぷうっと子供のようにめいいっぱい頬を膨らませて抗議する。

26歳にもなってとドン引きするが、どうしてもギィを前にすると自分の感情が抑えられない。

でもギィが悪いのだ。慈しむかのように微笑みかけて私を甘やかすから。


「汚い?千陽の身体はどこも綺麗だぞ。むしろ我がこうしている事でそなたを穢している気さえしているというのに。それに先に手を治してしまえば、その手で我を拒絶すると思ったのでな」

「うぐ。確かに…するかも…」

「だろう?まだ暫く、我に触れさせてくれ」


苦しそうに眉を寄せて、切なげに懇願されたら文句は飲みこんでしまう。

あと4日、過ぎればギィとも会えなくなるのだろうか。こうして触れてもらえなくなるのだろうか。

もっと近くに感じようと身体を動かそうにも辛うじて足先が動くくらいでもどかしい。つくづく人の身体は不思議なものだ。上半身が動かなければ、いくら健康な足を持っていても1人で起きあがる事が出来ないとは。

諦めてギィから与えられる体温を感じ、目を閉じる。


「…私も」

「ん」

「私もギィに触れたいよ」

「千陽」

「あと4日。どうしてなの?…終ってしまうの?」


突然現れたこの胸のざわつきを残したまま?

知りたい事も聞けないまま?

私は何故こんなにもギィに惹かれているのか知らないまま?


「…すまぬ、千陽。泣かないでくれ」


形を崩さない唇が私の視界を覆い、意識を暗闇へ誘う。



―――まだ、触れてくれるな―――



最後にそう頭に響いた。




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