後日談、その5
バカップルの巻。
ルヴォワールの朝は早い。
朝7時に入り、厨房の掃除をして、前日に仕込んでおいたものを形にしていく。
朝の寒さに負けそうになりながら、開店までに急ピッチで、かつ精巧にケーキが作られていく。
色とりどりのケーキやプリンが並べば目は自然と冴える。
9時になり、ホール担当の女の子達が現れ店が慌しくなる。
ディスプレイに気を使う女の子の細かい気配りがルヴォワールを一層引き立てる。
四角い窓越しに、ホールにいる女の子と目が合えば、親指と人差し指をくっつけながら首を傾げ笑みを向けてきた。
オッケーと私も合図をすると満足そうに扉を開ける。
カラン、
時計はいつの間にか10時を指していて、営業中と書かれた看板が扉にかけられ、お客さんが入ってくる。
いらっしゃいませ、という声と共に今日もお店に人が溢れていく。
私にとって、これが当たり前となった日常の光景に胸を満たす満足感に浸っていると、影が落ち甘い声が降ってくる。
「千陽」
見あげると、美しい顔を少し眠そうに眉を寄せた義夜さんがこちらを見ていた。
ケーキを作っている間は怖い顔をしているけど、少し余裕が出来るといつもの顔に戻り私に話しかけてくれる。
そして手袋を外し、いつも通り『今日もよろしく』と頭を撫でる手が来るのかと思っていたけれど、今日は違った。その手は顎に添えられている。
「義夜さん?」
何かを考えている仕草に声をかけた。
そして応えた。
至極真面目な顔をして。
「どうして俺は呼び捨てじゃないんだ?」
「…へ?」
*
ただいま時計の針は午後12時を指しています。
私はというと、店の2階にある休憩室でお昼の休憩をとっております。
テーブルに椅子が4脚で、窓際に私と義夜さんが向かい合って座ってる。テレビからはお昼の情報番組が流れているが、会話はない。黙々と弁当を食べている。
お母さんは今キャラ弁というやつにハマっていて、26歳の淑女の私のお弁当は、スタッフ達に大人気でございます。
わざわざ交代で抜け出してきてまで覗きにくるという人気ぶり!
それをお母さんに話して恥ずかしいからやめて普通のにしてと抗議をしたら、益々嬉々として作るようになった。褒められたのが嬉しかったらしい。
今年27になる私にキャラ弁という超ラブリー可愛らしさは少々重い。20歳のホールの子に、『可愛くていいなぁ!羨まし~い~!』だなんて言われた日には死にたくなった。
今日も今日とてカラフルな弁当を目の前に、それとは反対に、向いに座っているどす黒いオーラを纏った義夜さんをちらりと見て私はガックリと項垂れた。
異常を察してか、今日この部屋に足を踏み入れる人はいなかった。堅く閉ざされた扉が恨めしい。
意を決し、義夜さんに話しかける。
「…義夜さん…食べる?」
いつもならそこで笑みを浮かべて、超ラブリーなおかずをその形のいい唇に吸い込まれていくのを面白く見ていたのに。今日は違う。
口を真一文字に結び、眉を寄せ、首を横に振った。
2時間程前に義夜さんから『どうして呼び捨てじゃないのか』という突拍子のない疑問をいきなりぶつけられ、周りの好奇の視線を浴びながら焦って出た言葉が、
「“年上だから。”っていうのは納得できない」
何故それに不満なのか、あれから美しい顔を怖い顔に変えて今に至る訳だ。
あんこ味のしないキャラクターのオニギリも、そろそろカピカピになりそうだ。このブリザード吹き荒れるこの部屋はキツい。
「…だって…本当の事でしょ?ていうかその前に、このお店でだって義夜さんに敬語使わなきゃいけない立場なのに!」
勿論私だって働きだした初日には敬語を使い、下っ端の新人らしく大人しくしていようと思っていたさ。
そして頭を下げ『よろしくお願いします』と言った瞬間に敬語はいらないとピシャリと言われ、ケジメですからと返すと厨房から奥の倉庫に連れていかれ散々ちゅーされまくった。折角セットした髪の毛も一瞬でくちゃくちゃになってしまった。
おしおきと同じ荒々しさに、私は早々に白旗をあげたのだった。
ニコニコとする義夜さんに連れられ厨房に戻ると、スタッフ達が生温かい目で迎えてくれた。そして「当然義夜さんの部下の俺達にも敬語はいらないぜ」と言ったり、ホールの子も乱入してきて「私達もいらないよ!」と言うものだから頭を抱えたのもいい思い出だ。
ルヴォワールのヒエラルキーのトップの義夜さん以外は同率って感じだった。まぁ、そんなアットホームな人達だから安心して楽しく働けるんだけどね…。
「上司の前に恋人だろう。公私混同しても仕事が出来れば何も問題はない」
か、カッコイイー…!
さらっと言われてしまえばそうなのかと納得した。…いやいや、してはいけないって!
「で、でもやっぱり今更呼び捨てなんて無理だよ…!最初の呼び方から変えるのって難しいし、なんか違うっていうか…しっくりこないっていうか…」
「あいつは?何千年も生きているジジィだぞ。あれは年上じゃないのか」
「ギィは最初からギィって呼べって言ったんだもん!!」
そしてハッとする。目の前にある弁当がよけられ、机に手をつき身を乗り出した義夜さんに唇を奪われた。
「…っ!ここ休憩室!そして誘導尋問!!」
ぐいっと肩を押しやれば、くっと笑う。ひっかかる方が悪いと目が言っている。
…最初に比べて意地悪くなったと思うんだけど気のせいですかね…?
「最初から、なぁ。俺の場合無理だったからな、それは仕方ないじゃないか。そうできたのなら最初からそう仕込んでいる」
ちょいちょいと私の癖のある髪の毛を指先で遊びながら言った。
そうか、あいつの言う事なら聞くのか、とボソリと聞こえたかと思うと、机に肘を立て、その手の上に顎を乗せて私に囁いた。
「―――我は、我の名をそなたに呼んで欲しいだけなのだ、千陽」
うっそりと微笑めば、私の心臓が煩く騒ぐ。
同じ顔で、同じ声で、私をそなたと呼ぶ。
目の前の人は変わらないのに、あの頃の夢が、懐かしさが思い出される。
「よ…義夜さ…」
「…なぁ、千陽。我はそう呼ばれる度にそなたが遠い気がするのだ。一歩引いて、他人のように。もう少しだけでよい、我をそなたの近くに入れて欲しいのだ。…それは出来ぬ願いなのか?」
いつの間にかこちら側に廻り込んで来ていた義夜さんに壁際に追い詰められ、『壁ドン』※ただし肘が曲がっていて超近いです!みたいな感じになっていた。
壁を付いていた手の片方が私の頬に触れ、まとわりつく髪をすいて後ろに流す。義夜さんの指が私の耳の裏側に触れ、身体がビクリとなる。
そのまま後頭部に辿りつき、くっと力を込められれば反射的に目を閉じてしまう。
しかしいつまで経ってもあの温もりは訪れず、そろりと目を開くと義夜さんと目が合った。目が細められ、笑ったのかと思うと性急に唇が塞がれる。
「…悪いが、お前にキスをするのは俺だ」
息継ぎの合い間に言われれば、その息が振動が全て送り込まれ力なくずり下がってしまう。
椅子から半分落ちかけていた身体に手を回され、グッと持ち上げられ辿り着いた先は義夜さんの膝の上。なんで!?
「そなたの可愛らしいこの唇で、その声で、我の名を呼んでくれ。是と言うまで離さぬぞ?」
くすくすと笑い、息もまだ荒い私の唇の端を親指でつつっと撫ぜる。
先ほどまでの黒いオーラはなんだったのだって位、楽しそうに私の反応を見ている。腰に回された腕は、身を捩っても少し強く握ってもビクともしない。なんで!!
膝の上でオロオロしていると、今まで強固として佇んでいた扉が唐突に開かれる。
「千陽ちゃーん!今日のお弁当はなっにかなー?」
「千陽ちんのおっ弁当ぉーっ!」
今日と言う日はこの空気の読めなそうな明るい声色が愛おしい。
沈黙の扉が豪快に開き、上で出てきた例の20歳の彼女と、24歳の厨房スタッフの男の子が勢いよく入ってきた。そしてそのまま固まる。流石にか!
4人の視線が絡まり気まずい沈黙が訪れる。
助けて欲しい気持ちと見ないでという気持ちが大戦争を起こす。私の戦いの最中に若い2人はそのままの向きで後退していった。やっぱり助けて欲しい!手を伸ばすと更に距離が遠ざかる。
『私達は何も見ていませんあとは若いお2人でぇ~』なんて、そっちだよ!とツッコミたくなる台詞を置き土産に無情にも扉は閉じられた。
涙目になり、何故か頷いて再び被さってくる綺麗な顔を両手で挟む。
「よ…義夜…」
義夜さんの身体がピクリと止まり、目を僅かに見開く。
「ちは…」
「…さんのばかぁあーーーーーっ!!!」
顔を挟む両手に渾身の力を込めて(全力では全然ないから!)義夜さんの顔をむにっと挟んで、ひょっとこみたいにしてから休憩室を飛び出した。
飛び出した私を待っていたのはニヤニヤとしたスタッフ達でした。
膝の上抱っこが電光石火に広まったのだろうと一瞬で理解し、口を割った2人をキッと睨む。テヘペロ★とでも言うくらいおどけた顔をした。
そしてにこやかに「仲直りしてよかったわぁ」とか「これで平和が戻った」とか口々に言っていたスタッフの顔が、一点を見つめ一気に青ざめた。
その視線の先を辿ると義夜さんがいて、その顔は昼前より恐ろしい顔になっていた。
私の視線に気づき多少表情は和らいだものの、さっきの恥ずかしさと呼び捨てられないのとで顔を逸らし仕事に取り掛かった。
仕事を再開した私の背中に視線が突き刺さる。
移動してもそれは追いかけてくるので、肩越しにちらりと盗み見ると、やはり視線の主は義夜さんだった。
いつもの美貌は身を潜め、今は庇護欲をそそられる潤んだ目をしている。くぅんとでも鳴きそうだ。ただし私の主観だが。
す、捨てられた子犬のような目をしても無理なものは無理なんだからね…っ!!
心を鬼にして拾わないよう…違った、譲らないぞという意思を込めて作業を再開した。
各方面から視線が突き刺さったがもう気にしてられない。
私もわがままになったものだ。
目の前の大きなボールに入ったふわふわしたクリームを見つめ、そっと溜息を吐く。
どれもこれも、ギィに始まり義夜さんに現在進行形で甘やかされているからだ。
…。
このままでは駄目だ…!
甘やかされて調子に乗っているウザイ女に成り果ててしまう!そして飽きられてしまう!そんなの駄目だ!!
そして不安にさせているなんてもってのほかだ!!
名前なんて呼んで貰いたがっている名前でいいじゃないか!何を頑なに拒んでいるのだ自分…!
ここは一つ、大人になると思って呼ぶのだ、名前で、呼び捨てで!
「よ…」
グッと拳を握り、名前の主を呼ぼうと顔を上げると、仕事モードの義夜さんの横顔が目に入る。
今追加の木苺プリンを作っていて、その目は真っ直ぐにそれに注がれていた。
ぶれないその眼差しに、私の胸が熱くなる。
そしてなんとなく分かった、かもしれない。
私は呼ばないんじゃなくて、
呼びたくないのかも。
営業時間が終り、後片付けを終えスタッフは皆帰路についた。
私も支度を終えて店の前で義夜さんを待っていると、仕事モードの解けた拗ねた義夜さんが出てきた。
「…お疲れさま、義夜さん」
「ああ…」
私が声をかけると、すいっと目を逸らした。
その様子に可愛いなぁなんて思いながら、勇気を出して義夜さんの腕に自分の腕を絡める。ビクリと固まった大きな身体を引きずるように足早に歩き出した。
「ち、千陽…?」
「あのね、私色々考えてみたけどやっぱり義夜さんは『義夜さん』だったんだ」
カツカツとタイルを歩く音が響く。
私の歩幅に合わせてもう一つの足音がゆっくりと追う。服の上からじわりと体温が伝わってきて、私を温めてくれる。
「…すまん、それは俺も大人げなかった」
口元に手を当てて義夜さんが言ったのを見て、私はううんと頭を振る。
「…ギィはね、私にとって夢の人だったからだよ」
「?どういう事だ?」
頭にハテナを浮かべながら、私が絡まっている腕の上から私を覗きこんできた。流石に今はキスをしてくる雰囲気はなくて安心したけど、これからする事に早から自分で照れて、隠れるように足元のタイルに視線を落としながら歩くスピードを速める。
義夜さんに絡めた腕をそのままに、前から回り込んで車道側に誘導して、歩道との境目にあるブロックの上に立つ。
腕を私に奪われたままの義夜さんは、少し前のめりになって辛そうだが我慢して貰おう。
…それでもしないと届かないからね。
腕をほどいて、空いた両手で義夜さんの両頬を挟んで、少し開いた唇を奪う。
少し乾燥しているみたいでカサついている唇を舐めると、身体がぴくりと動き小さく息を飲んだ音が伝わってきた。
反応してもらえてると思うとちょっと嬉しくなって、唇をなぞっていた舌をそのまま口の内へ滑り込ませた。
夜が更けあたりが闇に包まれて、車のライトと数メートル置きの街灯しかない薄暗い場所でも通行人はちらほらいる。そのうちの何人かはちらちらとこちらを見ていた。
違う場所でガン見している人と目が合ってしまい意識がそちらに逸れると、後頭部を掴まれ押し返された。赤茶の瞳は私を射殺さんばかりにこちらを向いている。
い、息を吹き返すのが早すぎる…!
人前だというのに、激しくなる口付けに自分の息が漏れるのが聞こえ逃げ出したくなる。いや、私が仕掛けたんだけども…。開いた口から水音が立ち、熱を帯びた吐息が冷えた頬を温める。
パッパーと車のクラクションと、通りすがりに口笛を鳴らす人の音がかきけされる位、いやらしい音が私を支配して何も考えられなくなっていく。
それでも、私は負ける訳にはいかないのだ。
熱に侵される意識を呼び戻し、義夜さんの頭に腕を巻きつける。…体勢的にかなりキツいがそんな事言ってられない。
込めれるだけ力を込めて頭をかき抱き、角度を変えて反撃する。
合わさる唇の角度が変わり、拙い私の反撃に義夜さんが笑ったのが分かる。どうやら受けてたってくれるようだ。
赤茶の瞳が閉じられたのを見て、私も目を閉じる。
どれくらいの時間が立っただろうか。
唇を離し目を開けて周りを見ると、見物客が増えていた。立ち止まって見ていたり座って眺めている人は、『なげーよ』などと野次を飛ばしてきた。
い、嫌なら見ないでいいのに!!
お陰でようやく通常に戻ってきた羞恥心が働いて、顔に熱が集まる。恥ずかしくなって義夜さんの胸に顔をうずめた。…卑怯だと思うけど!
「千陽…」
私の頭に手を置いて戸惑い混じりに名前を呼んできた。そりゃそうだ。いきなり路上でちゅーされちゃあ義夜さんだって恥ずかしいよね!うう、ご、ごめん!!
だけど、
「これしか思い浮かばなかったの…」
何を?と甘い声で聞いてくる。
背中に回す腕に力を込めて、強く抱きしめる。
「私が、今一番好きなのは義夜さんだって事を、義夜さんにも、皆にも知って貰うには」
たどたどしく話し出す私の話しを、何も言わずただ聞いてくれる。
変わらず与えられる熱に、ほっとして続きを口にする。
「…私ね、なんか変かもしれない。だって義夜さんとギィは同じ人なのに、ケーキやプリンを作っている義夜さんが好きだなぁって思うの。ギィは食べる専門だったのに。それに整頓出来ない義夜さんも可愛くて好き。麻衣達に押されて子供っぽくなる義夜さんも大好き。向こうとこっちじゃ世界が違うから、ちょっとした違いが出てくるんだろうけど、この気持ちは義夜さんの事を知ってから知ったもので」
背中に回す手が、少し震えてしまったかもしれない。
「…一から恋をしているみたいで楽しいの」
抱きしめる身体から息を飲む声が聞こえる。お、怒ったのかな?そりゃ生まれ変わったのに違う人だって言われちゃ怒るよね!!
顔を上げて慌てて弁明を図る。
「で、でも私、本当にギィの事好きだよ!?あの時言ったのは嘘じゃないもの!!…だけど…、だけどギィはいきなり現れて光のように消えていっちゃった」
全てを私にくれて、消えてしまった優しい人。
本当に、あっという間に消えてしまって、今でもあれは夢だったんじゃないかと思うくらい。
「…今はもう、この世界にギィという黒い竜はいない。だから私なりに、現実であなたと生きている事を実感、したいんだと思うの。夢と、区別を」
それに“ギィ”ってなんか馴染みがなくて外国人とかアイドルみたいな感じだと言うと、『アイドルかよ』と小さく笑った。
うーんと内心頭を抱える。
ううう、いまいち言いたい事がまとめられない。上手く伝えられているような気がしない。
それでも不安にさせてるなら言わないと。思っている事を伝えないと先へ進めない。
「…私は欲張りだから、ギィも、義夜さんも好きなの。でも、これから一緒に生きていきたいのは義夜さんだから、なんか簡単に呼べない。それにまだ恋に初心者だし、大切に呼びたいの。大切にしたいの、貴方を」
これは、私が貴方を一番愛しているという証なの。
「それを、皆に見知っていて欲しかったの。ほら、空は繋がっているって言うじゃない?だからこの星空の向こうで見ている人に、この世界にいる人に、ここにいる義夜さんは、私のものだ!ってね」
あんな事出来るのは義夜さんにだけだよと云って息を吐くと、静かに話を聞いてくれていた義夜さんが、私の腕を背中から引きはがす。
「これじゃ、ダメ…?」
突然の距離に慌てて聞くと、義夜さんがふるふると顔を横に振る。さらさらと揺れる黒髪が私の顔を撫ぜる。
掴まれている両手は外気に触れ、徐々に熱がひいていく。しばらくすると、その手は義夜さんの唇に吸い寄せられ熱が返される。
「…そう言えば、センリも最初そうだったよな。随分と昔すぎて忘れてたな」
低く掠れた声が頭上に落ちる。
私を溶かしてダメにする、甘い声。
「…俺はな、今年で35になるんだ。お前と結構年が離れている」
「?うん」
「だから、こんなオッサンにお前が遠慮して、しかも仕方なく一緒にいてくれているんじゃないかと不安になる時があるんだ」
オ、オッサンだって…!?!
こんな綺麗な人をオッサン呼ばわりする人を連れて来てレベルだよ!
しかも仕方なくだなんてそんな事あるわけないと、顔を上げてそう言おうと口を開きかけると、両頬を包まれる。
「けれど、そうじゃないと、俺が、一番だと言って貰えて、ギィと俺を、別に考えてくれている。それが凄く嬉しい」
「別で…いいの…?」
とまどいがちに聞くと、目を細めうっそりと微笑む。その頬はうっすらと赤みがさしていた。
「千陽の好きなように好いてくれ」
俺も好きにするから、とそう言ってはにかんだ義夜さんは、少年のように幼く見えた。
その顔が可愛くて、それを伝えると、お前の方がどれだけヤバいか教えてやる、といきなり荷物のように抱えあげられて義夜さんのアパートの方へ進路を変えた。
「ふ。覚悟しておけよ。お前が悪いんだからな」
きっとこの後、私は甘くどろどろに溶かされるのだろう。
カツカツとタイルを打つ音は、私のより大分速い。
傍にある赤くなった耳が、また愛おしさを募らせる。
こうやって一歩一歩、一緒に歩んで生きたい。
きっと私は。
この先ずっと、何度でも、
一生この人に恋をしていくのだ。
次で最終話です!




