後日談、その3
友人と旅行の巻。糖度控えめ。でも義夜も出るよ。時系列は考えていません←
「駄目だ。俺だってまだ一緒に行った事ないのに」
「だって仕方ないじゃない。義夜さんが休んだらルヴォワールどうするの」
むぅと口を尖らせ駄々をこねる義夜さんを、ちゃんと説得して出てきた筈だった。
筈だったのだ。
「だからどうしているの!」
*
私達はとある温泉宿に向かっていた。
私達というのは、私と、麻衣と、詩織の3人。私の初任給も入ったという事で一泊二日の温泉旅行が決行されたのだ。足りないと言ったのに不足分は補うという2人の強引なプランの元、半ば引きずられるように連れていかれた。
どうしてこんなに強引なのか、これが分からない。
あ、勿論初任給で両親にプレゼントはした。お父さんにはネクタイと、お母さんにはエプロンを。…チョイスおかしいですかね?で、でも喜んでくれたんだよ!?
夕方のチェックインまでかなり時間があるからと、まだ日も高い今の時間温泉街で買い物をする事になった。
あの宿からつかず離れずの場所にあるこの町は、立ち並ぶ全ての店が観光客用に向けられているのは当たり前なんだろうけど、そのもの凄い歓迎ムードに若干腰が引けたのは内緒だ。
3人でその沢山の店を一軒一軒見回っていると、ひときわ大きな人だかりがあるのが見えた。きゃあきゃあと黄色い声がその場を埋め尽くす。
出し物とか実演販売とかやっているのかなと、私の視界を阻む2人の間から背伸びをして顔を出すと、見慣れた黒髪が目に入った。
あれ、目がおかしいのかなと目を擦ってもう再び見ても、よく知っているのは変わらなかった。
そしてそんな私の視線に気づいたのか、その黒髪の男はにこりともしていなかった綺麗な顔を子供のように満面の笑みを乗せて、人ごみをかきわけてこちらへやって来た。
男の後ろから突き刺すように浴びせられる無数の視線に逃れるように、麻衣と詩織の背中に身を隠すと、『千陽?』と私の態度に首を傾げる2人の声が聞こえてくる。
その背中からくるりと身体を返し、その場から逃げようと1歩踏み出すと、横から伸びてきた腕に次の動きは阻まれた。
「やっと見つけた、千陽。探すの苦労したぞ」
ふわりと浮いた足が空を切る。あれですか、小さかったからとか暗に言ってる気がするんだけど!きぃ!
暴れると両方の腕が更に私に絡みつき、逃げられなくなってしまい、あのセリフが出る。
「だからどうしているの!お店は!?まさかサボってきたの!?」
「そんな事はしない。そうしたら千陽に怒られるからな。ちゃんと全て終わらせて、後の指示をしてきたからルヴォワールの事は安心して」
にっこりと微笑んで私の頭を撫でる。その度に黄色い悲鳴があがるのは最早慣れた光景だった。
ルヴォワールの中でも外でも繰り返される日常に、手で顔を覆う。
自覚をしていないのだ。
自分の美貌を自覚せず、所構わず手を伸ばしてくる義夜さんに諦めるしかないのだ。
だから私は突き刺さる視線から逃れる為に、自分を隠す事を覚えた。人から少しだけ小柄な私であれば、でかい義夜さんに囲われれば存在を消せる。
そして今回も出来る限り身を小さくしていると、戸惑ったような声が私を呼んだ。
「ちい…?その人は…誰?」
そうでした!
私は1人で来た訳じゃないんでしたぁぁあああ!!!
「はじめまして、俺は義夜。よろしく。ルヴォワールでは千陽の上司をやっているが、普段は恋人をやっている」
そんな斜め上をいく自己紹介をしている義夜さんと私達がいる場所は、先程いた場所から少し離れた喫茶店で、その奥にある人目から少し外れる4人がけのテーブルだ。
私と義夜さんが隣同士で、通路側の義夜さんの前に麻衣が、奥側に私の前に詩織が座っているという構図だ。
「そうなんですか、上司でしたか。私は麻衣と言います。ちいとは幼稚園の頃からの仲ですので、少し心配していたんですよ」
「心配?」
「最近疲れている事が多くてですね、誰か分からないけれどそうさせている人間がいるのかと思っていたんですが、ただの上司に扱かれていただけならば、いらない心配でしたね」
「ああ、すまない。ずっと優しくしていた筈なんだけどな」
あははふふふと、珍しく笑顔の義夜さんと麻衣との会話を横で見ていた。
詩織に目をやると、こちらはこちらで笑顔で義夜さんと麻衣を見ていた。
「まぁまぁお2人共。店員さんが困っているじゃないですかぁ」
詩織の言いう方に視線を向けると、オロオロとこちらのテーブルの様子を窺っていた店員はホッとしたように、マニュアル通りにオーダーを取り始めた。コーヒー2つと紅茶を2つ頼むと、店員は颯爽と奥へ消えていった。
そして沈黙が落ちる。
ていうか、この状況私のせい、だよね…?
友人と、か、かれ、彼氏、が、対面するなんて結婚式以外ではあまりないだろうよ。あくまで私の偏見によるものだけど。
重く居辛い空気になってしまい、麻衣がかなり苛立っているのが分かる。だってあの笑顔、すっごい綺麗でカッコいいんだもの!前に私に『壁ドン』をしてくれたあの時と同じ顔をしているんだけど!
しばらく続いた沈黙に耐えかね、話題をふろうとあの!と声を出すと、被せるようにお待たせ致しましたとコーヒーと紅茶を持ってきた店員が言った。迅速な行動で。全然待ってはいないが、待っていました!
紅茶の方、と聞かれハイ私ですと手をあげようとすると、その紅茶は2対の見た目の違う手に取られていた。
「あら、どうなさったんですか?お手を離してくれません?」
「いや君の方こそ。ここは俺に任せて」
「いえいえ。貴方の方こそお休みになってください。お仕事を終えてからいらっしゃったんですからお疲れでしょう。それにこれは私の役目ですので」
一つの紅茶を手に持ち美男美女が笑顔で会話している。端から見れば鼻血ものの光景だ。
相変わらずオロオロするスタッフの頬には少し朱が差していた。
「じゃあそちらの紅茶をくださいな、店員さん」
そう言った詩織の手に紅茶が渡り、砂糖を3つ入れくるくると回され、湯気と共に甘い香りがする紅茶を私の目の前に置いた。
「はい、ちいちゃん。紅茶は熱いうちにどうぞ」
「あ、ありがとう…」
にっこりと微笑まれたので笑って返す。ちょっと引きつってしまったが。
そしてその紅茶と私を口を開けて見ている隣の人達。その顔には『自分の役目だったのに』と書いてあった。
…昔から麻衣は、なにかと私に世話をやいてくれていたのだ。特に初めて誘われたこういう場所で、砂糖の瓶ごと紅茶に傾けたのを見ていた麻衣が驚愕し、私を紅茶から遠ざけながら本来の使い方を教えてくれた。
それでも心配なのか、それとも癖になったのか、それ以来こうやってずっと入れてくれるようになった。本当に男らしい。今は流石に当時の自分はアホだったなと思うよ!ボケッとしすぎなんだよ!
義夜さんは私がやるより先にスマートにやってしまっていた。当然のように最初からしていたので、これがエスコートというやつなのかとポカンとした記憶がある。
2人のまだまだ終わらない、もはや介護レベルの習慣に、どれだけ私をダメにするつもりなのだろうと思っていた。
しぶしぶといった風に自分の分を手に取り無言のまま啜る2人。
なんていうか、似ている。似すぎている。
笑ってはいけない、笑っていい状況じゃないと必死でこみ上げる笑いを堪えていると、詩織がボソッと私に囁いた。
「あの2人、完璧に同族嫌悪よねぇ」
紅茶は噴き出された。
ゲホゲホと咳き込んでいると、ムッと眉を寄せた2人がこちらを睨み、義夜さんの手が私の背中をさする。
「「失礼な」」
嫌そうにハモったの聞いて、更に詩織と笑い転げたのは言うまでもない。
「俺の事は気にせず千陽は遊んで来ればいい」
店を出たときに義夜さんに言われた。
え、とポカンとする私の腕をひいて麻衣が笑って返事をする。
「分かりました。それでは。ちい、行こうよ、あっちに美味しい饅頭があるんだって!」
ぐいぐいとひかれるまま義夜さんと距離が離れていく。そしてあっという間に女子に囲まれた義夜さんが見えた。
それにムッとして見ていると、その瞳はまだ私を捕らえていて、その少し細められた瞳はまるで置いていかれた子供を思い出させた。
義夜さんと完全に別行動をはじめた私達はそれぞれの持ち味を生かして楽しんでいた。
麻衣が店のおじさんと声高々に値切り交渉していたり、詩織が持ち前の色気と人妻のオーラを存分に発揮し、戦利品に加えられたおまけを着々と増やしていた。
「ほらちい、この団子美味しいよ」
そう言っていつの間にか私の分まで買って、口元に押し付けられればそのまま歓迎せざるを得ない。私は食い専だった。
そうして次々と色んな物を口に入れられ、夕食前にお腹がぱんぱんになっていく。
だけどあちこち見て回って、楽しく喋っていても、ふとした瞬間に義夜さんの事が気になってしまう。
気にしなくてもいいと言われても、ずっと視界に入る位置にいれば気になるじゃないか。
駄目って言ったのに、朝早くから1日の仕事をこなしてここまでついて来てしまって、挙句私達に追い払われて。こんな観光地に1人でぶらぶらしていると考えると申し訳ない気持ちになってくる。
…全く。過保護にも程があると思うんだけど。
「ちい、そろそろ宿へ行こうか?」
麻衣がそう言ったのを聞いてふと空を見上げると、日も大分傾いてきていた。
そしてちらりと周りを確認すると、3軒くらい離れた所で数人の女の子に話かけられている所だった。
あの顔はとても嫌がっている。腕に押し付けられている胸にも興味はなさそうだ。自惚れ、になるかもしれないけど、私以外に笑っているのを見た事がない。あ、麻衣には笑っていたから2人か。
遠くからそちらをじっと見ていると、詩織が腕を絡ませて言った。
「それとも、義夜サンと帰る?沢山食べて、お腹いっぱいでしょ?」
私達の事はいいんだよ、と笑うその表情は、いつもの2人の笑顔ではない。
なんていう事だ。2人に気を使わせてしまった。そのつもりで私に餌をやっていたのか。
初めての旅行だというのに、私はなんて失礼な事をしてしまったんだろうか。自分の行為に恥じた。友達として、これ以上ない程大切にして貰っているというのに。
悔しくて情けなくて泣かないよう手で目を覆い、頭を横に振る。麻衣と、詩織が好きなのだ。だからそんな顔をさせたくないんだ。
違う、違うと頭を振り続けていると、後ろから温かいものに包まれる。
「千陽…!どうして泣いている?からしでも食べたのか?」
この上なく優しい声色で、しかし焦って私の安否を確認する言葉に笑ってしまった。
確かにからしは嫌いで食べたら涙が出るけど。今このタイミングでくるか。目の前の2人も声を出して笑っている。
何故女3人が笑っているのか分かっていない義夜さんは首を傾げている。
「あーもう。変な事言わないでくださいよ、義夜さん」
「そうですよぉ。全くー。全部貴方のせいですよぉ?」
「…俺の?」
女同士の旅行に彼氏がついて来るなんて言語道断です、と腰に手を当てた詩織が言い放つ。それがいくらイケメンでも、ちいがベタ惚れでもです、と麻衣が。
そして頭の上でう、と低く唸った声が聞こえると、拘束がなくなった。
「…ごめん。そうだよな、ちょっと…いや無粋すぎた。すまなかった」
「で、どうしてついて来たんですか?言わないと貴方の事を認めませんよ?」
麻衣が腕を組んで私の横に並んだ。その反対に詩織が立つ。
私は、2人に言い並べられて目を泳がす義夜さんを見ているしかできなかった。
*
「別に一緒に帰ればよかったのにー」
温泉に入り、露天風呂に入り、名産牛を贅沢に使った豪華料理を食べ、再び温泉めぐりをして、布団の上で軽いつまみを肴に2度目の晩酌をしている時に麻衣が言った。
「他の子だったら帰る場面よ、あそこ。彼氏を選ぶでしょ普通」
「私だって麻衣と詩織と今日来るの楽しみにしていたんだもん。義夜さんにはおしおきだよ」
「おしおき!いいね、楽しそう。あの人見た目あんなな癖にイジリやすいのなんの。子供みたいだわー」
くくくと麻衣が笑う。とても楽しそう。
今日何杯目になるか分からないアルコールに、火照った頭で今日の事を思い出していた。
「“友達と遊んでいる千陽が見たかった”だなんて、可愛い事言うのねぇ。ちいちゃんの彼氏サンは」
はふぅ、とハートがつきそうな位甘い声で呟いた詩織。
夕方に本人の口から出たセリフをもう一度言われ、両手で顔を覆った。恥ずかしくて顔から火が出る!
そうなのだ。義夜さんは旅行の件は納得済みで、今回来た理由がそれだった。
それを知った時の両サイドの反応が凄かった。両肩からふるふると振動が伝わってきたかと思うとお腹を抱えるようにして笑い出し、義夜さんに近寄ったかと思うと2人で背中をバンバン叩いていた。
そして笑いの合間から出てくる言葉は「面白い」と「愛してるねぇ」というものだった。私は今すぐにでも帰りたかった。むろん1人で。
“言わずに遠くから見ていたら気持ちが悪いだろう?だから一応断っておいたんだが”
…なんだろう、相変わらず天然なのだろうか。そして驚く程マイペースだ。
「折角一日一人ストーカーしてた彼氏に花を持たせてあげようと思って帰れって言ったのにさ、私らを選ぶなんてなぁ!あははっ、あの時の彼氏の顔は今思い出しても笑えるっ」
「まるで捨てられた子猫のようだったわぁ…」
うふふと笑い声と共に酒がその口に消えていく。
…確かに、あれはちょっと可哀想だったかも。仕方ない、いつになるか分からないけど埋め合わせをしよう。
そう心に誓い持っていたお酒をぐいっと煽ると、私の布団に転がってきた麻衣に腰を抱かれた。私にはないナイスな谷間がチラリと見える。そして色気ある瞳で私を覗き込んで言った。
「あの人でしょ、運命の人」
お酒が噴き出された。本日二度目だ。
ゲホゲホとむせる私の背中を叩くのは、詩織になった。
「ゲホッ、ど、どうひて…ゲホッ」
「だって彼氏を見ている目が、病院で喋っていた時と同じ目してるし。それにあんたはそうそう違う人を好きになれないでしょ」
「ねぇねぇどうやって夢で会っていたの?あの人夢魔?」
キャッキャと私に絡む様は、いつかの修学旅行のやり直しかのように女子トークを楽しむように見えた。
布団に押し倒され、腕で頭を抱きこまれ、髪の毛がくちゃくちゃにされる。
全部喋らないとこしょばし続けるぞという脅しに、前世の事から夢の事、現在の今までの事を洗いざらい喋らされた。誤魔化そうとしたけどすぐ見破られて、私の脇が死亡する所だったんだから!
言う事がなくなると無性に恥ずかしくなり、毛布をかぶって避難する。そんな私に2人の混ざった声が届いてきた。
「「ま、ロマンティックですことぉ」」
決定ー!義夜さんとの旅行は当分ナシー!!
そのまま不貞寝結構とばかりに目を瞑ると、両脇から私の布団に侵入してきた。
「でもやっと納得いった」
麻衣が私の肩に頭を乗せて呟いた。髪から漂う香りは私と同じもの。
「…何を?」
「あの人、時々店に顔出す癖に、ちいと来る時は絶対見なかったから何か変だなぁとは思ってたんだよ」
「でもあの時と全然雰囲気違うから一瞬別人かと思ったわぁ。あんなに笑う人だったのねぇ」
くすくすと両側から聞こえる笑い声。
そんなに徹底して私を遠ざけていたんだ。今となっては嬉しいような、寂しいような気持ちだ。
あれ、でも義夜さん…私がいない時にはお店に出ていたりしたって…、麻衣と詩織の時だけ?
え。と、いう事はさ、
「…2人とも義夜さんの事、ずっと前から知ってたの…?」
「「え?そこ?」」
はぁぁとため息が両肩にあてられくすぐったい。
「まぁ、ちいが嫉妬感じたのなら私らナイスアシストだと思いません?ねぇ、彼氏サン?」
「これでチャラにしてもらえないかしらねぇ?」
ふふふと私を挟んで不思議な会話をしないでもらいたい。
仲間はずれをされているみたいじゃないか!
「あはは拗ねるな拗ねるな。でも私は嬉しかったなぁ。ちいの中で、そんな一途な彼氏と私達が同じ所にいるってさ?」
「しかも今日はむしろ勝ってるしぃ?」
両方から与えられる温もりに、私は手を回す事で返した。
小さい頃から一緒に過ごしてきた麻衣。
いつもおっとりと私を支えてくれる詩織。
義夜さんとは違った所で、一番大切な人達。
センリにそういった近しい人は、ギィ位しかいなかった。
だから私は欲張りなのだ。
どっちも選べない。
だからどっちも選ぶ。
それくらいは許して欲しいと、手に力を入れた。
…『痛っ』と漏らした2人には、ごめんと心の中で呟きながら眠りについた。




