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辿りつく先は

退院して初めての木苺プリンを目の前にワクドキが止まらない。

そして目の前には肘をついて手に顎を乗せ、ニコニコと笑っている成瀬さんがいる。


「どうぞ。僕からの退院祝い」

「え、あ、ありがとうございます…!」


…そういえばギィとの事が頭いっぱいでプリンの人の問題をすっかり忘れていた。その事を聞くと、まぁとりあえず食べてと強引に進められた。

意味が分からない展開に脳内ハテナ一色でも、懐かしくも切ないプリンを目前にしてしまえば抗う事は出来ない。してはいけないのだよ。

いただきます、とスプーンで一口食べるといつものなめらかな触感と、すっぱ甘いプリンが私の舌を楽しませてくれ―――ませんでした。


「…はれ?」

「どうした?」

「…いえ…あの…」


美味しくないとは言えずモゴモゴしてしまう。


「はっきり言っていいよ?」

「…」

「どうぞ」

「…前のと違います。です」


とりあえず何枚ものオブラートに包んで言ってみた。

そうでしょうと言う成瀬さん。意味が分からず聞き返すと、僕が作ったんだものと言う。


「…え、あの、どういう事ですか?」

「一つ、僕の友人の昔話をしてもいいかい?」

「え?え、あ、はい。どうぞ」


にっこりと有無を言わせない顔で微笑まれればはいと言う他ない。ふった話題に対しての問いに違う話題を提示する斬新な話術に度肝を抜かれた。


「僕と同い年の友人はね、あ、義夜(よしや)って言うんだけど、昔から不思議な夢ばかり見ると言っていたんだ。ファンタジーって言うのかな」

「ああ、私もそんな事ありました」

「でしょ?それでね、その夢の中で衝撃的な出会いをして好きになった子とゴールインしたはいいけど、自分がうまいことしなかったせいで意地悪な上司に仲を引き裂かれて離れ離れになってしまうんだ」


意地悪な上司は本当どうにもならないな。好き同士ならいいじゃんほっといてやれよ!

身に覚えのある話に同調してしまう。まだ続きがありそうな話の結末が気になり、目の前にあるプリンをつつきながら成瀬さんに目線で話の続きを促した。


「竜と人の恋は本人達が好き合ってるだけじゃ駄目だったんだって」


ドクリと心臓が戦慄く。


「ある日夢は女の子との出会いからその竜がひたすら恋人を捜して捜して捜し続けて途中でブツリと終わる。何処へ行ったのか分からない恋人を、ただひたすら一人で求めた。それを見た友人は言ったよ。会いたい、抱きしめたい、愛しい、あの木苺のプリンが懐かしい、1人で寂しく泣いていないだろうか、辛い目に遭っていないだろうかって、僕の前でボロボロに泣くんだ。初めて見たよ、あいつがあんなに感情を表している所なんてさ。いつも能面のように心ここに在らずって感じだったのに」


スプーンを持つ手が震えてカチャカチャと皿とぶつかる。

その手を握る成瀬さんの手は、病院で寝てる私の頭を撫でてくれた手のような温もりはなく、少しひんやりしていた。


「だから僕は言ったんだ。木苺のプリンならこの時代でも再現できるんじゃないかと。そしたらあいつ今度、それ以外見向きもしなくなって、追求し続けて完成させた。料理に見向きもしなかった男が、だよ?その時のあいつの顔を見せてやりたい位だらけていたさ」


くすくすと笑う成瀬さん。その時の様子を思い出しているのだろうか。


「でもまぁ個人であれだけ作れるのは勿体無くてね。僕は元々店を経営していてね、あいつに品数増やして店を出す事を薦めたんだ。そんな不思議な夢を見るんだ、何かの星の巡りで彼女と引き合うかもしれない、それには広く知って貰う方が確立が上がるんじゃないだろうかと。そしたらあっさり乗ってきてお店は大繁盛。そして念願叶って愛しい彼女を見つけたはいいけど、遠くから見つめるだけに終わってたのはよく分からないけどね」


ヘタレだよねぇ、と笑って冷めかけたコーヒーを口に含む。

私は与えられた情報に頭が追いつかず、ただその様子を見ているだけしかできなかった。


「…だけど今、美味しい自慢の木苺プリンを作る奴は出て行ってしまったんだよね。でもそれは君に会いたくない訳じゃない」

「…どういう…事ですか…?」

「君が回復しだしてからどうやら徐々にその記憶を忘れていったようなんだ。だから、どうして自分がプリンを作っているかも分からなくなって、出て行ってしまった。どうにか引きとめようと思ったけど僕では無理だったよ。このままじゃあルヴォワールのナンバーワンのプリンが、一生食べれなくなってしまうのは残念じゃないかい?」


僕も完璧には作れないからなぁとにっこりと笑み話を続ける成瀬さん。


「それで最初の答え。僕は君が喋った日に初めて君を見たよ。君が声を発した時、あいつの付き添いで偶然居て、代わりに返事をさせられたよ。あいつ、面白い位に動揺していたよ。泣きそうで、嬉しそうに」

「…じゃあ私の頭を撫でてくれたのも…?」

「流石に他人のお嬢さんの頭を軽々しく撫でる程落ちぶれちゃいないよ?」


震える私を見て笑みを深める。

じゃあ、本当にプリンの人は目の前にいる人ではなかったの?


「まぁ君が僕を掴まえた時はどうしようかと思ったけど、親友の為に人肌脱がせて貰ったよ。あれ全部あいつの事。ずっと目覚める時を待ってたくせに、いざその日が来たら逃げるのはどうかと思うけど。あ、別に僕をパシらせた事を根に持ってるわけじゃないからね?」


優しく私を励ます声は、夢でもなく紛れもない現実だったと言う事なの?

ずっと、私の傍にいてくれたの?


「8日目は全く記憶がないあいつに、僕が無理やり作らせて持って会いに行かせたんだけど…。会う事は出来なかったらしいけどね。君が退院するからって、意味が分からなくても絶対行けって言ったのになぁ」


思考がクリアになる。

くすぶっていた疑問が解け、パズルの最後のピースがはまる。

私は店を飛び出して、感じるまま道を走る。慌てた成瀬さんの声が後ろに聞こえる。


「千陽ちゃん!?ちょっと待っ…!あいつ今この町にいな…!」

「大丈夫!私、絶対見つける!見つけられる!今度は私が見つける番だから!」


そう言うと成瀬さんは笑う。


「あいつの名前呼んでやって。喜ぶよ」





―――道に残る、甘い香りが私を誘う。


―――自然と、かける足が上がる。


―――目や耳が、見えない姿を捉える。




建物ばかりじゃ埒があかない。歩道を走る軌道を変えて路地裏に入る。人がいないのを確認して膝を曲げてぐっぐっと勢いをつけ思い切り地面を蹴ると、身体は風に乗りあっという間に5階建てのビルの屋上についた。

そしてキョロキョロ当り見回して方向を確認すると目を閉じる。目を閉じた事により聴力がより増すのが分かる。


思い出せ。

知っている筈だ。

あの声を、息遣いを。

歩き方も、どんな香りを纏っているかも。


暗闇に一線の光が差した。その方角を確認して、なるべく高い建物の屋上を伝うように飛んでいく。見られては面倒だから出来る限りスピードをあげて走ると、まるで空を飛んでいるような気分になって気持ちがよかった。



明るかった空は色を変え、山に夕日が煌々と照らされていた。

走り続けて自分がどこにいるかは分からなかったが、着いた場所は山の上で夜景がよく見えそうな見晴らしのいい所だった。夜景を見る為だろうか、カップルがちらほら居る。車も何台か停めてあったが、人がいる気配はない。はぁはぁと少し乱れた息を整えつつ辺りを見回した。

非常階段のように折り返して坂道が出来ていて、そこの木の間からも景色は素晴らしい。


「…どこにいるんだろう…」


見えるのは幸せそうな普通のカップルばかり。それを見てギュッと心臓が苦しくなった。そして自分の姿を見下ろして木の中に隠れた。

見た目は変わらないが普通ではない私の身体。私のスピードについてこれなかった靴は途中底が破れどこか置いてきてしまい、足は泥だらけの傷だらけ。服も破れてしまっていて上下の裾がない。

普通の景色に異様な光景。今だってどんなアラレちゃんで来たんだよって話なわけで。


こんな私を、記憶のない普通の人が受け入れる?


いいや、と頭を振った時石に躓きバランスを崩して崖から足を踏み外してしまい、次くる衝撃に目を瞑った。


けれど地面にぶつかる衝撃はいつまで経ってもなく、のろのろと目を開けると深い赤茶の瞳とかち合った。どうやら私はこの人にうまい事キャッチされたらしい。


「大丈夫か?」


綺麗な顔に似合わず低く掠れた声が私の安否を確認する。

背筋が粟立ち涙腺が破裂しようと暴れる。それを必死で堪え、変に思われないように笑って大丈夫と答えた。少し声が震えてしまったのは許して欲しい。


「無事ならいいが…まさか人が落ちてくるとは思わなかったな」


ふっと小さく笑って気をつけろよ、と手を上げて踵を返す。

その背中に叫んだ。


「あ、あの!待ってください!わた、私の事、覚えていませんか…?」

「君の事を?どこかで会ったのか?」


ちらりと視線だけよこすその目には何も映っていなかった。

ああ、本当に記憶がなくなっている。そして私がお店に通っていた事も、当然昔出会った事も忘れてしまっている。

どうすればいい?

この人が忘れたと言う事は、その人にとって余計な事なのかもしれない。なら私はこのまま何も言わずに去るのが正解だ。むやみにかき回してはいけないのだ。

少し前の自分ならそう自分に言ってすぐ諦めていただろう。心をなくしていたあの頃なら。

でも今は。


「ま、待って義夜、さん…!」


怪訝な顔をしてこちらを振り返る。


「…なんで俺の名前を?君は誰だ」

「私は千陽と言います。私、あなたと会った事があるんです。ルヴォワールでも、あちらの世界ででも」

「…意味が分からない。ルヴォワールは俺の店だったが記憶にない」


そう言って去ろうとするのを腕を掴んで引き止める。

離せと目で諌められたが、そんなのにビクついていられない。振り払われないよう必死にしがみつく。

変な女だろうがしつこい女だろうが、この腕を離す事は出来ない。


「義夜さん!」

「人違いだ」

「待って…!義夜さん!お願い待って!!」

「離してくれ」

「義夜さ…、…ギィ、ねぇギィなんでしょう!?思い出してよぉ…!」

「違うって言ってるだろう!」


声を荒げ力いっぱい振り払われて、あっけなく距離を置かれた。

余程酷い顔をしていたのか、決まりが悪そうに自分の髪をくしゃりと掴み、眉を寄せ小さくゴメンと言われた。だからと言って私との距離が縮まるわけではなく、背中を向け坂を下っていった。

同じ顔に拒否をされるという胸を抉られるような感覚に呆然と立ち尽くした。やっぱりもう駄目なのだろうか。


ギィ、と呼んでも振り返って貰えない。

 離れたくない。

ギィ、思い出してよ、私ここにいるよ?

 好きなの。

あなたの名前は永遠に私を縛りつけるものじゃなかったの?

 忘れられないの。


小さくなっていく背中に手を伸ばしたまま空を彷徨い、地面に視線を落とすと遠ざかっていく足音。

やっと見つけたのに。

身体から香る甘い香りに黒い艶やかな髪。少し冷たく見える赤茶の瞳は紛れも無い愛しい人。

その姿は流れる涙によって段々霞んで見えなくなっていく。


ねぇ、ギィ。

私はあなたを忘れられないよ。


あなたを呼べる名前はもう残っていないの。

大切に大切に胸に仕舞っていた、軽々しく口にしてはいけない命の源の名前。


愛しいあなたの、本当の名前。



「…ねぇ、こっちを向いてよ。愛してるの…ギィゼルハインス」



人ではない、あなたの名前しか。




小さく漏れ出た言葉は音になったのかは分からない。周りの木々が、煩いくらいざわざわと音を立てるから、飲み込まれているだろう。

見たくない。現実なんて。背中を見るのが怖い。

まだ涙を溢す目を両腕で覆い立ち尽くしていると、パキッと小さく枝が折れる音がした。

その方を見ようと大きく息を吸って吐いて、溢れる涙を拭いて、心臓を押さえて顔を上げると赤茶の瞳がこちらを見ていた。

その瞳は大きく開いていて、大きな手は頭を押さえていた。


「セン…リ?」


その声に呼ばれて身体が震える。

沸き立つ喜びに足に上手く力が入らず崩れるのを抱きとめられた。


「いや…今は千陽か…」


見上げればいつもの顔が私に微笑みかける。

治して貰っていた時と同じように、昔一緒に暮らしていた時のように。


「どうして…」

「俺の、ギィの真名を呼んだろ。8年前のあの時のように」

「8…年前…?」

「ああ。8年前のあの日、お前のオーダーをとっていた俺を見て―――その名を呼んだろ」


それが事のはじまり。

私はあの日に()を見つけていたんだ。

そして名前を呼んだ事で呪いが作動し、彼は更に自分を戒めたという。

一切視界に入らず、私が治るまで傍で見守るつもりだったと。


「いつも奥にいたんだが、あの日お前が18歳の誕生日だと聞いて、いてもいられなかった。センリはそこで時が止まったから。…お前に出逢う資格はないと、触れる資格はないとずっと逃げていたのに、のこのこと目の前に出ていって、名前を…呼ばれて、覚えていて貰えて凄く嬉しかった。お前が倒れていくのを見てる中で、俺は喜んでいたんだよ…最低だろ…」


眉をひそめ、私の頬を温かい手に包まれ顔を覗きこまれる。その仕草も眼差しも全部同じで、恐る恐る手を伸ばして顔に触れた。温もりが手に伝わり生きている事を実感する。


「でも…どうして…?私、最近までギィと一緒にあっちにいたんだよ…?」

「…考えられるのは、竜王は時空や世界を超えてお前を、その魂を追いやったからタイムラグが生まれたという事だ。あちらでの8千年後がこちらではまた更に進んでいるのかもしれない。お前を探すのにギィの身体を消滅させ、命を削り続けたのは、違う世界に生まれ変わりお前を探す為。千陽を見つけてから俺の記憶が消えていったのは、あちらでのギィの消滅と共に、お前の前から存在を消すつもりだったんだろう」


私の頭にハテナが飛び交っているのに気づいたのか、微笑んで頭を撫でてくる。


「いいんだよ難しく考えなくても。要は再び巡り合う運命(さだめ)だったと言う事でいいんじゃないか?」

「…それ…」


どこかで聞いた、羨んだ言葉に涙が出る。


私頑張ってよかった?

諦めないで頑張れた?


「ふ。それにしてもよくここが分かったな?成瀬にも言ってなかったんだがな、この場所に通ってる事は」

「…れは…っ、あな、の、こと…っ、分か…!」


嗚咽が混じり、上手く言葉が伝えられない。

そんな私の手を取り指先に口付けられる。手の平に、口付けられる。


「…なぁ千陽。俺はお前の傍にいていいか?」

「…う、んっ」

「これからもずっとお前を見ていていいか?」

「うん…っ!」


昔と変わらない優しい笑顔を向けられる。


「俺の、プリンはどうだった?…ずっと、お前に聞きたかった」


それは泣きそうで、呪縛がとけたようで。


「―――大好きっ!」


愛しい人の胸に飛び込んだ。




それは何千年の時と、

遥か遠くからの時空を超えて巡り合う、



奇跡にも偶然にも似た、必然的な運命の出会い。




これにて最終話になります!

こんな拙い物語に最後まで読んでくださりありがとうございます!!

前回以上にちゅっちゅしまくりで申し訳ない!だって好きなんだもの←

そしてご都合主義による主人公主義な話で申し訳ない!私魔法を万能だと思ってる節がありますね。許してください。いやだってロマンだもの。(屮゜Д゜)屮

異世界トリップが好きですが、前世ものはそれ以上に好きなんです(*´Д`*)

そして漫画とか小説とかってくっついて終わりなので、いつも「続きが見たいんだよ!」と悶えていたので、次話から暫くいちゃいちゃ話が続きますww


ヒーローがヘタレすぎて自分でも笑えてきます。

ほんとはやるときはやるこなんだよ

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