1日目、知らない人の声が聞こえる
私は石になる。
だけど恐ろしくはない。
あるのは愛しさだけ。
目、耳、口、手、足、胃、腸。
確かそれらは活動を停止していた筈だ。
活動しているのは心臓と呼吸をする器官のみ。あ、あと意識か。
とりあえずこの8年でこれだけ動くものがなくなった私はどう頑張ってもベッドの住人だったのだが、肌に外の風を感じる。おっと感覚もあるのを忘れていた。
私がいる所はいいとこの病院だから患者に直風を当てるわけがないし。わざわざ病室を連れ出そうという人もいないし。
うーんと思考を巡らすも、出口は見えない。
思考は明瞭、眼前は暗闇、動作は沈黙。まぁ疑問に思っても私に何かする術はないのだから、考える事をやめないと疲れるだけだ。
ふと力を抜くと(出来ないけど表現的にね)右耳に温かいものが押しつけられた。
なんだろうと思っているともう片方にも押しつけられ、いきなり頭の中がキィンと痛くなって叫びたくなるが、無理でした。
「我の声が聞こえるだろうか」
低く、掠れるような声が聞こえた。声と共に出る息が耳をくすぐるのでかなり至近距離にいることが分かる。
驚いた。とても。久しぶりに人の声を聞いた。しかも男だ。
どうしていきなり聞こえるようになったのだろうか、でもそれを問う術を私は持たない。そのまま無言の時間が過ぎると声の主は喋り出す。
「主の耳を聞こえるようにした。我は主の身体を治す事ができる者だ。今すぐ全部という訳にはいかないが約束をしよう。主を解放すると」
なんと!日本の医者全てが投げ出した私のおかしな身体を、この声の主はいともたやすく治すと言う。
「その代り―――…と言える立場ではないが、我の願いを聞いて貰えないだろうか」
はい喜んで!と返事を返すことも出来ずただ風が身体を撫でてゆく。
「あと7日間、主を治す間だけ我の傍にいてくれればよい。返事はまた次に聞く。それまでに考えておいてくれ。そして、よければ主の名を聞かせて欲しい」
それだけ?しかもこんな私の名前でよければ今すぐにでも教えるのに。この神様なんて謙虚なの。
目の前の暗闇を見つめ、風を感じていた意識はしばらくして途絶えた。