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百色眼鏡

万華鏡

作者: らりっくま

*傷を噛んだり些細な自傷行為などの表現が含まれています。

 苦手な方はご注意ください。

 家の近くには病院がある。

 祖父の代で診療所だった物を拡大させてこの辺で唯一の大型病院。

 父の所有物。

 母は昔からここに勤めていた看護婦だった。

 だけど五年前にここで知り合った患者とどこかに出て行った。

 びっくりはしたけれど、反抗期を迎えていた私は何も感じなかった。

 父は何も言わずにいつも通りだった。

 もしかしたら、私のように何も感じてなかったのかもしれない。

 だって、あっさりと母のものを処分してお見合いをした。

 一年も間は空かないうちに相手は決まり、籍を入れて一緒に住んだ。


 そんなものなのか。

 私はそんな程度の間に生まれてしまったのか。

 それが小学生最後の感想だったかもしれない。


 母が入れ替わって二年後にはすっかり電話が普及した。



 私は中学二年になって恋をした。


 父の所有物の二階。

 まだそんなに汚れてない白い廊下を進んでナースステーションを左手に一回曲がった突き当りの個室。


 銀のアルコール消毒されている取っ手を握って右に引く。


 カーテンが通る風でゆらゆら。


 シーツに負けないほどの白い肌。


「新しい看護婦さん? 随分若い方だ」


 世間では食中毒が流行っていて、人手が足りないと言われすっかり手伝いに駆り出されていた。

 そんなときの出来事で、私の事を聞いていた彼も本気で言ったのではないだろう。

 目に映るその消えそうなキレイな姿に私は一目惚れを経験した。




 それから一年間、暇があったらその道を歩いた。

「こんにちは、看護婦さん」

「こ、こんにちは」

 そう会話した。


 二年目、受験勉強がはじまって回数が減ってしまった。

 けれど、それでも週に一回は足を運んだ。

「久しぶり、奏さん。勉強はどう? 」

「えっと、なんとか……だ、大丈夫です。多分」

「そっか、大変だね」

 困ったように笑った彼を見たときここに来ていることが迷惑なんじゃないだろうか。そう思った。

 だから聞いてみたら「勉強の邪魔をしたくないんだ」と言ってくれた。


 三年目には高校に入学して、暇が増えた。

 初恋をしてから三年間、彼はずっとその部屋にいた。

 だから、通学路の一部にしてしまった。

「おかえり、奏ちゃん」

「今日は顔色が良いんですね」

「……あぁ、うん。今日は夢見が良かったんだ」

 すこし微笑んでいる彼はすごくかわいく見えた。

「どんな夢だったんですか? そんなに楽しそうな夢だったなら私も見てみたいです」

 すっかり伸びた自分の神を優しく掴まれて、そのままそこにキスされた。


「正夢にさせてくれるならいいよ」


 私が微笑むと、彼は「もう恋はできなくなってしまうけれどいいの? 」と聞いてきたので「それでも貴方への恋が消えなかったらどうしたらいいのですか?」そう聞き返したら「質問に質問で返すのは違反だ。罰を与えなくちゃ」と引き寄せられて、目を目を閉じて、唇と唇がくっついた。


「あぁ、あれは予知夢だったのかな」

 こうして、もう恋を出来なくなってしまったはずの私はこの人の恋人となった。


 ある日、指にたまたま付けてしまった傷を彼は「キレイだね」と言ってキスをした。

 傷をキレイだなんてすこし変な人と思ったけれど、その姿が本当に美しすぎて私はたまにわざと傷を作った。

 そのたびに彼がとても綺麗で、彼が傷口に歯を立て出すと鳥肌が立って、私からその口を奪っていた。


 いつの間にか、傷までいかない痕を私にいくつも残して行ってそれが嬉しく思い始めた。



 四年目。


「奏」


 まだ彼はこの部屋にいて、私も通学路として通っている。

 変わったのは彼が医者に許可を取らなくても外に出れるようになった事。

「今日はお菓子を作ったの。お庭で食べませんか? 」

「そうだね、日も暖かい」

 手を取って絵中庭の芝生に座る。

 急成長中の時代ということもあってそのおかげで医療も進み、彼の病魔は停滞した。

 医者を目指し始めた私に、父がそう言った。

 見せてもらったカルテには確かに悪化はなくなった。

 本当に停滞しているだけであった。


 けれど、治療の必要もなくなってしまったということで、それはこの通学路がなくなってしまうことでもあって、もうすぐ退院をしてしまうかもしれないということは、この日常も終わってしまうかもしれない。

 そうさびしがった私を笑った彼は「院長が僕のこれからの記録を集めたいらしいよ」と家に居候するようになった事を話してくれた。

 こうして私たちは離れることはなくなった。



 ひとつ違和感を覚えたのは、彼が私に触れるのを戸惑いだしたから。

「最近、さびしそうな顔ばかりしていますね」

 きっと、子供の自分に飽きたのだ。もしかしたら早まったと後悔しているのかもしれない。

「そう見える? 」

「ええ、見える。……子供は飽きました? 」

 付き合いだした頃みたいにベットに腰掛ける彼の横へ座って手を繋ぎながら肩に頭を預ける。

「じゃあ、君の目は節穴なんだろうね」

 本から目をそらさずに言っている。


 握っている手の人差し指にはたまたま髪で切ってしまった傷。

 けれど、気付かないふりをしている。


「じゃあ、きっと私に飽きたのね」

「そうしたら僕は何も言わずにここから出ていくよ」


 意図して、決してその場所に触らないようにしている。


 退屈で、つまらなかったので白い骨っぽい手を齧ったら「いつから僕の恋人は犬になってしまったんだろう」とクスクスわたって本を閉じた。

「ペットは構われないと拗ねてしまうんですよ」

 目を合わせないで言った。

 名前を呼ばれて頭を持ち上げる。

 顔が近付いて、目を閉じたら口じゃなく首にキスをされて

「じゃあ、呪いを解かないと」

 そう呟いた彼の頭を抱きしめた。

 彼の身体を支えていた腕は私の背中にまわされておでこにキスすると返事を返すみたいに普通にキスをした。


 息が苦しいのは短すぎる息継ぎのせいなのか、きつく首を両手で抱きしめられているからなのか。

 酸素の足りない脳は答えを出せないけど、彼の表情はとてもとても綺麗なのです。




「呪いが解けたお姫様は飼い主だった男の恋人になってくれるだろうか」

 不安そうに言った。


 そうか、

 私が見ていたのは、寂しそうな顔でも飽きた様な態度でもなく、この人が私の事を好きすぎる気持だったのだ。

 触ったら離さなくてはいけないから最初から気付かないふりをして、それに気づいた私が自分に呆れないようにどうしたらいいか考えていたのかもしれない。


 この人が言う様に私の目は節穴なのかも。そう思う。


 あぁ、彼がそうだと言うなら、私の目は節穴なのだ。



「恋人以外になるものが思いつきません」

「……そうか。じゃあ、ますます離れがたい」

「そんな貴方が好きなんです。だからもう戸惑わないで? 」

「君を泣かせてしまっても? 」

「きっと貴方に泣かせられた涙は、近くにいられることが嬉しくて春さんが綺麗で私にはどうしようもなく貴方が好きだから流すのでしょう」

「それなら同じだね。僕に全てをくれると嬉しいな」

「あの部屋で一目見た時から、全てをあげているつもりだったのに」


 痛い。とか苦しい。とか辛い。とか感じなくなっていて、本当にどうしようもなく好きで 好き で好 き で  好 き   で……


 この人が私を離すのを嫌がるのと同じくらい、私がこの人から離れるのを嫌だと思った。




「痛いのが好きだなんて、変態だね」

「貴方は変態好きの変態ね」

「僕と君はどこで歪んでしまったんだろうね」

「私たちは歪んでいるの? 」

「うん、そうだね」

「だったら一番最初に正夢を見させてもらった時かしら? それとも私の傷ですらキレイと言った時かしら? 」

「そうか、じゃあ僕は、中学二年生の看護婦さんに出会った時かな? 」


 懐かしいと思いながら、人より体力の少なすぎる彼の胸に手を当てた。

 もう悪化することのないところが、どくどく、と静かに脈打っていて布団の中も暖かくて眠くなる。

「僕は誰よりも君に我が儘だから、もっと泣くかもしれないよ」

 息ができなくて流した涙の痕にキスをされた。

 確かに今思うとすごく痛いのも嫌だし本当は泣くのだって嬉しいとは言えない。


「どんなことだって、相手が春なら」


 けれど、私と彼は歪みすぎて普通に戻ってきたように見えるのでしょう。











 五年目に入って、これが愛なのかと思った。

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