小話 けんかもの
ユノはぷくりと頬を膨らませた。
そして叫ぶ。
「もう知らない!知らない!!ディアンもレオンも勝手にけものでもなんでも調べて本につぶされちゃえばいいのよ!!!」
そうばたん、と大きな音を立てて扉を閉めて去っていってしまうユノと背中を向けたままのディアンを見比べてレオンはおろおろと立ちすくんだ。
「い、いいんデスカ、ディアンサン。ユノさんいっちゃいマシタヨ?」
「構わん、頼んで来てもらっているわけでもない」
頑ななディアンの背中。しかしどこか後ろめたさを感じさせるのはレオン自身罪悪感があるためか。
けれどこのままというわけにもいくまい。
レオンはため息をついてユノを探しに出かけた。
最初にメリクリス家に行ったが、ユノは帰っておらず、レオンは途方にくれた。
まだレオンはこの街について日が浅い。探しに出かけたといっても最初にユノのお使いの荷物持ちとして行った場所しか心当たりはなかった。
『・・・まあなんとかなるか』
そう呟くとレオンは店の立ち並ぶ通りへ足を向けた。
発端はユノが持ってきたご飯にディアンもレオンも全く手をつけなかったことに有る。
腹がすいていないわけでもなかったが、なにしろ面白いのだ。
お互いの知識を共有し、自身の意見を語る。けものの有無にさえ議論は発達して行ったことを考え、レオンはうっとりとした。
楽しかった。けれどユノにとってそれはあまり理解しがたいものだったらしい。
食べ物に手をつけていないことを心配し、体の調子が悪いのかと眉を下げ、その理由を聞くと怒った。
たぶん、とレオンは推測する。
議論や研究についてユノは怒ったわけではない。そればっかりでいることに怒ったのだ。
食べ物をとらないと死ぬ。それをおろそかにする二人に怒ったのだ。
それを理解しているからこそこうしてレオンは楽しかった議論を中断してあてのない街を歩き、ユノを探している。
「すいまセーン、ユノさんしりマセンカ―?」
そう何度目かになる呼び声をしつつレオンは最後の店の扉をくぐった。カランと扉につけられたベルが鳴る。
同時にふわりと焼けたパンの香りがレオンの鼻孔をくすぐり、ぐうと腹の音がなった。
しまった、そういえば何も食べていなかったんだっけと思考を巡らすレオンの耳にくすくすと笑い声が届いた。
笑っていたのはカウンターに座っていた少年。レオンよりは淡い黒の髪に緑の目を持った少年は食べる?と自分がほおばっていたパンを持ち上げてみせる。
「ありがたくいただきマス・・・」
そういって頂戴したレオンは立ったままパンを頬張った。焼き立てなのかほのかに温かく、おいしい。
これはいつもユノが館に持ってくるパンと同じものだと気が付き、レオンは慌てて口の中のパンをのみ込んだ。
「そうそうユノさんしりマセンカ?今日怒らせてシマッテ、探しているのデスガ」
「ユノ?」
聞かれた少年は器用に肩をあげてみせた。
「どうせしょうもないことで怒ってるんだろ?放っておけばそのうち帰ってくると思うよ?」
「でも謝れるなら早めに謝りたいのデス。非はこちらにあるのデスカラ」
「ふーん」
少年は面白そうにカウンターで頬杖をついた。
「今回は何で怒ってるんだ?ちょっと聞かせてよ」
「・・・ユノさんが用意してくれたご飯を食べなかったのデス。申し訳ないことデス」
うなだれるレオンに少年はありゃりゃと適当に相槌を打つ。
「なるほどそりゃ怒るわ、で?あんたは何に対して済まないって思ってんの?」
「何って用意してくれたユノさんの気持ちを考えなかったことトカ・・・」
「まあそれは当たり前だろうけど。たぶんな、いろいろ考えて怒ったんだろうよ、あいつ」
「ハァ・・・」
「まずこれだ」
そういって少年は近場のパンを指差した。
「これは俺の親父が朝早く起きて丹念込めてつくってるもんだ、でもって野菜。これも農家の人たちが大切に育て上げて市場にもってきたもの。食べてやらないとこいつらだけじゃなくそれにかけられた努力も全部無駄になる」
「・・・・・・」
「あとはあんたらの体調のことも考えて怒ったな、でもって怒ってる自分にも怒ってる。今頭んなかぐっちゃぐっちゃで自分がなんで怒ってるのかわからなくなってるんだろうな」
よりいっそう縮こまったレオンにまあ、反省してるようだからいいと思うけどと言葉を降らせ、少年は後ろのドアに向かっておい、と声をかけた。
「けっこう落ち込んでるみたいだし、もういいんじゃねーか?」
そういわれておずおずと出てきたのは真っ赤に目をはらしたユノだった。そしてレオンの姿を認めるとまたぶわりと涙があふれ出す。
「チョ、ちょっとユノサン!」
「ご、ごめんねぇ、ごめんね、私ひどいこと言っちゃった」
しゃくりあげながら言うユノに戸惑うレオン。その様子をみて少年はあーあーと声を上げる。
「大変だったぜ、いきなり店来て泣きだすもんだからもーこっちもびっくり。やっと落ち着かせたと思ったらこれだ。痴話喧嘩もいい加減にしろよ」
「チ、痴話喧嘩ッテ」
「冗談だよ、本気にすんな。それよりさー帰った帰った 営業妨害なんだよコラ。人に慣れない説教やらすんじゃねぇ」
そういって店を追い出されたレオンはまだぐずぐずと鼻をすするユノに改めて頭を下げた。
「ごめんナサイ、ユノサン。ちょっと熱中しすぎたみたいデス」
ユノはううん、と頭を振ると恥ずかしそうにうつむいた。
「わ、私もいい過ぎた。ごめんなさい」
そしてまたじわりと泣きそうになるユノに微笑んでレオンは頭を振った。
「イイエ、ユノさんの怒りはもっともデス。これから気をつけますカラ、今日は帰りまセンカ?ディアンさんもたぶん待ってマス」
「・・・ディアンは、しらない」
「そう言わないでくだサイ。きっとディアンさんも反省してますカラ」
そうかな、といいたげなユノにレオンはしばらく間を置いた後になってたぶんを付け加えた。
「ただいまもどりマシタ」
「・・・・・・」
「さあさあユノさん黙ってないでその目をなんとかしちゃいまショウヨ。ちょっと布を水で濡らしてしまいたいので台所にいきまショウカ」
黙ったままのユノを急かして台所のドアを開けたレオンはあれ?と首をかしげた。同じようにユノも不思議そうにレオンを見る。
「レオン、ご飯食べたの?」
「イイエ?俺はすぐユノさんの後を追ったノデ・・・」
見事に空になっているバスケット。レオンでもユノでもないのならあとは一人しかいない。
二人は顔を見合わせてくすりと笑いあった。




