表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Seven Swords Story  作者: すず
8/26

六つの剣と契約の悪魔/遥香のお話し(上)

「遥香!」



 もう大丈夫なのか? そう聞くよりも早く、遥香が口を開く。



「やっぱり……夢じゃなかったんだね」



 ぼそりと、独り言みたいに紡がれた言葉。意図するところは解らなかったけれど、その口調がいつも通りだった事に、俺はほっと胸を撫で下ろした。


 それから遥香はゆったりとテーブルを半周し、俺の隣の席に座った。



「……ごめんね」



「え?」



 それは誰に向けた言葉であったのだろうか。申し訳無さそうに言った彼女は、顔を伏せて静かに息を吸い込んだ。


 聞きたい事は色々ある。けれど俺はソレをぐっと飲み込んで、遥香の言葉を待つ事にした。急かすのは、何だかいけない事の様な気がしたのだ。多分、俺よりももっと聞きたい事があるであろうアイツも、同じ事を思っている。


 だから部屋は静まり返り、ただ三人の呼吸の音だけが静々と空気を振るわせた。


 多分、一分すら経過していないだろう。遥香が部屋に来て、ただ沈黙だけの時間。一分未満のソレは何故か、俺にはとてもとても永く感じられた。


 そうして、さらに一分程の時間を経て、その沈黙は破られる。



「……あ、あの」



 おずおずと顔を上げた遥香。空気の重さに当てられたのか、少しだけ涙ぐんでいた。



「な、何から話せば良いんだろ……あの、その……」



 口を開いたは良いが、イマイチ頭の中がまとまらなかったんだろう。あーとかうーとか必死に考えているらしいが……ハッキリ言ってちょっと見るに耐えない。コイツがこういう状況に弱い事を誰よりも知っている俺は、だから助け舟を出してやることにした。



「落ち着け遥香……ちょっと深呼吸しろ」



「え、え? あ……うん。すーはー」



 別に「すーはー」は口に出す必要ねーぞ、と突っ込もうとして止めた。頭がこんがらがってて、多分自分で何言ってるか良く解ってないだろうから。



「……で、頭はすっきりしたか?」



「あ、うんうん! すっきりした!」



 よし、これで大丈夫だろう。俺は再び口をつぐみ、遥香の言葉に耳を傾ける。


 が、遥香は未だに何かを考えているようで、一向に口を開こうとしない。


 うーん、どうすっかなぁ。何て考えていると、今までじっと押し黙っていた男が唐突に言葉を発した。



「思考がまとまらないのなら、こちらからの質問形式にさせてもらうのはどうだろう。そうすればアレコレ悩まずに済むと思うが……」



 このままでは埒が明かないしな。そう続けた男に、遥香は小さく頷いて返した。



「その方が良いかも……なんか、ごめんね」



「気にすんなよ。んでアンタ、俺より先に聞きたい事あるだろう?」



 そう男に問いかける。多分、アイツが一番に質問する権利を持っていると、俺はそう思ったからだ。



「む、すまんな。では、繰り返しになるが質問させてもらう……俺は、一体誰なんだ? なんでこんな所にいる?」



 真剣な眼差し。遥香は自分に向けられた視線をしっかりと受け止めると、もう一度深呼吸をして、言った。



「最初の質問には……ごめんなさい、答えられないの。というか……その……」



 私も、解らないの。続きは殆ど聞き取れないくらいに小さく、か細く紡がれた。


 言い終わるや否や、遥香は顔を下に向けると、右手で前髪をくるくると弄び始めた。恥ずかしがっている時の、昔からの癖だ。


 って、何でこのタイミングで恥ずかしがるんだ?


 イマイチ釈然としないが話しの腰を折るのも何なので、俺は成り行きを見守る事にする。



「……そうか」



 声こそ冷静なものの、男の落胆は痛いくらいに伝わってきた。



「それで、二番目の質問なんだけど…………うぅ」



 両手を顔に当て、赤い顔を必死に隠しながら遥香は話しを続けた。



「……間違えて……召喚……しちゃった……」



 断片的に発せられた台詞。ソレを最後まで聞いて、俺は首を捻った。


 何だ、この違和感。えーッと確か、アイツの二番目の質問は「なんでアイツが此処にいるのか」で、それに対する遥香の答えが「間違えて」「しょーかん」「しちゃった」?


 なんだ、なんで俺は理解できない? あ、英語? SYO-KAN……って単語の意味は何だっけ?



「原因は良く、解らないんですけどぉ……回線の不都合があったらしくって……呼び出してみたら何故かアナタが……」



「召喚失敗によるショックが記憶喪失の原因ってとこかな……それにしちゃあ、いやに喪失部分が限定的な気もするが」



 が、話しについていけてないのはどうやら俺だけのようで。二人のキャッチボールは着々と進められている。



「や、その……記憶は私のせいかも。使役する理由的に、個人的なモノは全部置いて来るって設定にしたので」



「そりゃあまた随分思い切った事を……ちなみに対象選定の条件は?」



「コレと言ったものは……ただ、この辺りで一番強力な悪魔を」



「は?」



 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。遥香の口からするりと、極々自然に零れ出た単語があまりにも唐突すぎて、成り行きを見守るとか言ってた俺がどこかにぶっ飛ばされてしまった。



「悪魔って、あの悪魔? ってことは『SYO-KAN』は召喚!?」



 そーいや、さっきの犬も悪魔だっつってたっけ? 俺はあの時の、ちょっと様子の違う遥香を思い出す。



「うん。ごめんね、くーちゃん」



 話しの腰をボッキリ折った俺へ文句ひとつ無く、しおらしく言う遥香。くそっ。そんな態度されたら、もしかしたら夢かドッキリだろう、なんて考えが馬鹿らしくなっちまうじゃねーか。



「……ここは謝るとこじゃないだろ」



 とりあえずそう言うのが精一杯な俺に対し、遥香は首を横に振って答えた。



「ううん、ここは謝るとこだよ。ごめんね、今まで内緒にしてて」



「ない、しょ?」



 馬鹿みたいにオウム返しする俺。遥香は寂しそうに笑って、それからハッキリと言った。



「うん。実は私ね……魔術師なの」



 今度こそ本当に、俺の中の何かが吹き飛んだ。


 フィクションの中でしか聞いた事のない、その言葉。漫画やゲームや小説の中の住人。よりによって、遥香が『ソレ』だなんて……冗談にも程がある。


 全部を夢だった事にして、さっさと布団に潜りたい衝動を抑え……俺は遥香の目をじっと見た。


 本当はそんな事しなくたって、俺にはコイツが嘘を吐いていないって解るけれど……こんな時に嘘を吐く奴じゃないって知ってるけれど……そうでもしないと、俺が今まで積み上げてきた常識って奴が、簡単にソレを受け入れてはくれなかったのだ。


 そうして俺を見つめ返す瞳は、やっぱりいつもの遥香のモノで……だから俺は、ふぅと溜息を吐いて、言う。



「んで、じゃあなんでお前はその召喚? だかなんだかをやったんだ?」



「え、えーっと……一言で説明すると、『私の代わり』をお願いする為って事になるのかなぁ……」



 ゆっくりとした調子で話す遥香。俺たちが聞き取り易いようにという配慮からか、それとも、考えをまとめながら口を動かしているからなのか……恐らく、両方だろう。遥香は身振り手振りも交えつつ話しを続ける。



「ちょっと説明が長くなっちゃうんだけど……私の代わりっていうのは、代理の村守……凶祓いの事で……」



 ぽつりぽつりと語られていく、遥香の『秘密』。十七年という時間を共有した俺ですら知らない、遥香の背中にあるモノ。その全貌が、少しずつ姿を現していく。



「私の家はね、代々この辺りを霊的に守る、凶祓いっていう役目を持っているの。あ、といっても普段は何か特別な事はしないんだよ? 年に一回のお祭に、来賓としてちょっと顔を出す程度かなぁ……うん。でもね」



 一旦間を置く。多分、遥香も緊張しているのだろう。俺が遥香の知らなかった一面を知るという事は、遥香も教えなかった自分の側面を教えているという事なのだから。



「何年か……何十年かに一度、向こう側との境界が曖昧になる時期があるの」



 向こう側? 俺が首を傾げると、隣に座っていた男が答えた。



「星幽界、アストラル界、異世界、魔界、精霊界、天界、星の記憶等と呼ばれる場所。或いは単にあの世って方が解り易いかな。それぞれが指す意味は微妙に異なるんだけどね、大体の雰囲気は解るだろ?」



「此処ではない何処か、ってワケか」



 言って頷くと、ソレを見た遥香が更に続きを話す。



「……そんな時期はね、向こう側から零れ出した怪異が、誰の力も無しでこっち側に顕現するの。さっきのわんちゃんがまさにソレなんだけど……」



 俺たちを襲った、黒い猟犬。今の話しを聞いてようやく、遥香がアイツを「悪魔」と呼んだ理由を理解した。



「そういった、零れ出した怪異を鎮め祓うのが私たち凶祓いの本当の仕事」



 なるほど。つまり遥香の家は……化物退治を生業とする一族だったってワケか。



「ん、何かおかしくねーか? お前の家系がその、凶祓い……って事は、つまり親父さんかお袋さんもソレなんだろ? 街に化物が出てくる時期には帰ってくるんじゃねーのか」



 単身赴任を繰り返し、何年かに一度しか帰ってこない遥香の親父さんと、去年の夏、海外出張でイギリスへ行ってしまったお袋さんの顔を思い浮かべ、俺はそう尋ねた。



「うん、本来ならそうなるんだけど、今回はちょっと特殊なケースなの。後数年は安定期の筈だったんだけどね、近くで大規模な魔術行使が行われたらしくって……境界が無理矢理捻じ曲げられちゃったみたい」



 うんうんと首を縦に振ってから、男が口を開く。



「成る程、事の経緯は理解した……で、その凶祓いの為に何故君は召喚術を使ったんだ? 見たところ召喚術士(サモナー)には見えない……というか……うん? うんん? 君はそもそも魔術師なのか?」



 遥香を上から下まで眺め回しながら、男は頭を捻った。


 困り顔の遥香は、やや早口に言う。



「そ、そこが重要な所なんだけど……あ、あのっ、あんまりじろじろ見ないでぇ」



「んあ? あぁ、こりゃ失礼」



 言われてようやく気付いたのか、男は視線を正す。状況が状況じゃなきゃ、俺が引っ叩いてたところだ。


 再び赤くなった顔を誤魔化すように席を立った遥香は、「お茶、淹れるね」と三人分の湯呑みを戸棚から取り出した。


 ポットに残ったお湯でちょうど三人分のお茶を淹れて、遥香はまた俺たちの正面に座る。


 そうして熱いお茶を一口啜り、遥香は『重要な所』を話し出した。

前回からだいぶ間があいてしまいました。お待ちくださっていた方、真に申し訳有りません。正月気分の抜けない作者の、不徳のいたすところでありました。そろそろ通常運行に戻る筈ですので……本当にすいません。

ご意見・ご感想ありましたら是非是非、よろしくお願いいたします

それではっ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ