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Seven Swords Story  作者: すず
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六つの剣と契約の悪魔/空白の自分

◇ ◇ ◇



 鍔文久遠は混乱していた。黒い犬の形をした化物に、不可思議な剣……おかしな事ばかりが起こる夜の、その最大の怪異。


 その男は、完全に完璧に場違いな存在であった。


 明らかに非日常へカテゴライズされる犬や剣とは異なり、その男には何の異常も見当たらない。言うならばソレは久遠と同じ、日常の……表側の存在である。


 超常のまかり通るこの夜において、怪異とは無縁の存在が……何故逃げもせず自分たちを探していたのだろう。


 ともすればソレは命を捨てるのにも等しい行為である。抗う術を持たぬ昼の住人は、夜の住人と関わってはいけない。昼の住人である久遠は、黒の猟犬と対峙する事でソレを体感した。


 にも関わらず、男は夜の世界を平気で歩いてきたらしい。其処にこそ、久遠はある種の不可解さを感じていた。


 常人とは異なる思考回路を持っているのか、或いは単に気が触れているのか……。


 ぐるぐるする頭で必死に考えたが、何一つ答えらしきものは得られない。


 同じ頃、邑森遥香も考えていた。


 彼女が呼び出そうとしたモノとはまったく異なる形をした、ソレ。どうみてもただの人間にしか見えぬ男はしかし、何故か五体満足のままこの場に現れた。

黒の猟犬の餌食になっていてもおかしくは無い先ほどのシチュエーションで、である。


 もしかすると……否、ありえない。自問自答する。彼女の目論みは、失敗したのである。光り輝く魔法陣から、呼び出した覚えのないモノが現れた時点でソレは決定的であったのだ。


 だがしかし……そうでないとすれば、男が此処に居る理由が思い浮かばない。

確かに有り得ない事ではあるが、けれどそうでもなければ男が生きている筈はないのだ。


 そうして彼女の思考が結論へと達する、僅か手前。硬直していた場の空気が氷解した。


 久遠の上に鎮座していた黒の猟犬が、その身をぐっと低くする。


 男の出現でお預けを喰らっていた犬は、待ちきれぬとばかりに双眸を爛と輝かせた。


 やられる。身を強張らせた久遠が見た光景は、けれど自身へと迫る牙ではなく……疾風の様に男へと飛び掛る獣の後姿である。


 犬が男へと飛び掛った理由に青年が気付いたのは、ソレが地面へと墜落して僅かな時が過ぎ去ってからであった。


 目標変更の理由は、恐れである。つまるところその男を排除しなければ自分の存在が危ういと黒犬はそう判断―――あるいは直感―――し、目の前の久遠ではなく、男へと飛び掛っていったのだ。



「な、んだ……?」



 ボトボトと音を立てて、細やかに分断された肉片が地面へと落下する。見る影も無い程にバラバラにされたソレは、男へ向かって突進した猟犬の成れの果てだ。



「―――躾のなっていない犬だな、しかし」



 まるで何も起こって無いみたいに、男はそう呟いた。


 否、確かに何も起こってはいないのである。黒の猟犬が飛び上がった時、男はただ棒の様に立っていただけなのだ。


 にも関わらず、猟犬はバラバラの肉片と化し、地面の上にばら撒かれた。その事実に久遠は戦慄した。


 この男も、黒犬と同じ夜の存在だったのだ。そうでなければ、今の現象に説明がつかない。手も触れずに物体を切断するなんて、そんな現象が起こる筈はない。


 久遠は男から視線を外さぬよう注意した。必要があればすぐに剣を振り上げられるように右腕に力を込めて、男の出方を窺う。


 得体の知れぬこの男が、突然襲ってこないと、とてもじゃないが言い切れない。油断をしたら、殺されるかもしれないのだ。


 だが、そんな久遠の予想とは裏腹に、男は至極困った様な表情を浮かべて言った。



「なぁ、ちょっと聞きたいんだけどさ」



 よほど尋ね辛い事なのか男はキョロキョロと辺りを見回し、他に人が居ない事を確認してから続きを口にした。



「俺って―――誰なの?」



「は?」



 予想だにしなかったその発言に、久遠は思わず声を上げた。


 今、コイツは何を言ったんだ。男の台詞を何度も反芻する。けれど、久遠にはその言葉の意味するところが理解できなかった。



「そっちのお嬢ちゃんは?」



 遥香へと向き直り、先ほどの問いを繰り返す男。


 複雑な……数種の感情の入り混じった様な表情を浮かべると、遥香はすぅと息を吸い込んだ。


 そして僅かに口を開くと、ぼそぼそと何事かを呟いた。



「ん?」



 あまりにか細いその声を聞き取る事が出来ず、男はそう聞き返す。


 酷く疲れた様子の遥香は、もう一度息を吸い込んで、搾り出す様に言った。



「あり、えない」



 前後の文脈を無視した、質問への回答とも思えないその一言を発すると、遥香の体がグラリと揺れた。


 直後、まるで糸の切れた人形みたいに、遥香はドサリと地面に伏した。



◇ ◇ ◇



 布団に寝かせた遥香の顔をしげしげと見つめ、ソレから男はポツリと言った。



「問題はなさそうだな。単に眠っているだけかと」



 倒れ伏した遥香を背負って家まで歩いた俺は、肩で息をしながらソレを聞いた。



「ほ、本当、だろうな……」



 荒い呼吸をしながらそう言うと、男は「嘘など吐かないさ」と返した。


 怪しい……。というか、そもそもコイツ、自分の事すら解らないんじゃなかったのか?


 先ほど男が放った台詞を思い出す。嘘を吐いている様には見えないが……まるっきり信用できるかと問われれば、首を傾げるだろう。



「―――で。俺は何でこんな所に居るんだ?」



「知るかよ、勝手に着いて来たんだろ」



 あぁもう、なんだコイツは。人が真剣に考えてるっていうのに!



「……はぁ。とりあえず、ちょっとこっち」



 色々と聞きたい事があるので、お勝手へと移動する事にした。


 男は無言のまま俺に着いて来る。やけに素直だ、一体何を企んでいるのだろう。


 ガラガラと引き戸を開けて、洋室へ男を入れる。


 中央にあるテーブルに向かい合わせで座ると、俺は男をじろりと見据えた。


 とりあえず、外見に変な箇所は無い。どう見たって日本人の(どちらかといえば色男に分類される)顔をしているし、筋肉質な体つきは格闘家よりもスポーツマンといった風で、がっしりとはしているものの、無骨さや角ばった感じはない。いたって平凡なモノである。


 特に手を入れていないのであろう髪の毛は、伸びるに任せてややボサボサではあるが、不潔感は一切無い。


 自身を凝視する視線を特に嫌がるワケでもなく、男はただボケッと明後日の方向を眺めていた。



「……」



「怪しい所はなかったかい?」



 一通りの観察を終えた俺に向かって、男はしれっとそう言った。



「無い……けど。解ってて、黙って見られてたのか」



「ま、君からすれば俺は不審者ど真ん中だろうからね」



 俺の態度は、初対面という点を差し引いてもかなり失礼なモノであった筈だ。にも関わらず、目の前の男はソレを笑って許容した。むしろソレは自然であると。


 たったソレだけの事で、俺は目の前の男が「信用に足る人物」であると確信した。


 無論、そこまで計算の上での芝居。という可能性も無くはない。無くはないのだが……この男がそんな事をするとは、とてもじゃないが思えない。


 そこまで考えて、俺はふっと口元を緩めた。


 大丈夫、この確信は正しいモノだ。どこからともなく沸き出でた自信が、俺の思考を後押しする。


 そうして俺は、男に向けて名前を名乗った。そうする事が、先ほどの非礼を詫びる最善手の様な気がしたからだ。



「俺は鍔文久遠。歳は十七で、そこの高校に通ってる。血液型はB型、趣味は模型作り……他に聞きたい事は?」



 そこまで一気に言うと、男は僅かに驚きの色を浮かべ、ソレから小さく笑って答えた。



「自己紹介ありがとう。まったく、名乗り返せないのが残念だよ」



 おどける様にそう言って、男は肩を竦めた。



「本当に、解らないのか? その……自分の名前すら」



 散々男が訴えてきたソレに、俺はようやく真正面から取り合う事にした。男の立場に立ってみれば、何を今更と思われるかもしれないが、こっちにしたっていきなり妙な化物に襲われているのである。その上で得体の知れない不審者まで現れたのであるからソレに対し警戒心を抱くのは当然と言えば当然で。まして、その言動を信じるなんてもってのほかなのだ。



「解らないのか、忘れているのか……なんとも説明しづらいな。抜け落ちている、というのが最も近いかもしれない。俺という個人に関する情報だけ、まるで引き抜かれたみたいに、ぽっかりと消え去っている感じ?」



「感じ? って言われてもなぁ。うーん……」



 個人に関する情報だけ消え去っている、か。なるほど、だからコイツは遥香の様子を見て「問題ない」と判断したり、そもそも外見年齢と合致するレベルでの受け答えが出来るのだ。



「じゃあ逆にどこまでの事を覚えているんだ? 出身地とか、知り合いの名前とかは」



 とにかく情報が少なすぎる。話をしている内に何か解るかもしれないし、とにかく何かしら会話をしよう。



「出身地、か。むむ……む」



 頭に手を当てて必死に思い出そうとしている男。見ているこっちも力が入ってしまうくらいに真剣な様子だ。


 そりゃそうか。自分の事が解らないって、ソレは凄く不安な事だよな。


 自分が誰かも解らずに、突然あんな所に独りぼっちにされて……すがる思いで俺たちを追って来て、ソレでこんな扱いされてるんだ。


 「知るかよ、勝手に着いて来たんだろ」先ほど放った言葉。俺はソレを思い出して、ゾッと背筋が震えるのを感じた。何て、無責任な台詞なんだろう。


 あまりに冷たい。残酷な一言。自分ばっかりが真剣なつもりで、俺は……。



「あ、その―――」



 さっきは、ごめん。そう口にしようとした瞬間、洋室の引き戸がゆっくりと開け放たれた。


 俺は顔をふっと上げ、男はぐるりと振り返って……戸の向こうに視線を向ける。


 薄暗い廊下には、神妙な表情を浮かべた遥香が立っていた。


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