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Seven Swords Story  作者: すず
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六つの剣と契約の悪魔/はじまりのつるぎ

 地響きめいた唸り声。感情の無い瞳が炯々と光る。今にも飛び掛ってきそうな化物を前にして―――死、という逃れえぬ結果を目前に控えて―――それでも俺は生き延びる為の方法を探していた。


 横目で遥香を見やる。この得体の知れない化物の事を、なぜかコイツは知っていた。ならば、その対処法も、もしかしたら知っているかもしれない。



「……遥香」



 黒犬から注意を逸らさぬよう気をつけて、小声で遥香に呼びかける。


 だが、呆然と立ち尽くす遥香はただただ化物を眺めるばかりで、俺の言葉に答えようとはしない。


 他にどうする事も出来ない俺は、仕方なしに、今度はもう少し大きな声を発する。



「は―――」



 声帯から生じた音が声として空気を震わせる。彼女を指す三文字の言葉の一つ目が伝播するのと同時に、黒の猟犬が飛び上がった。


 赤く裂けた口から覗く、おぞましい牙と牙。


 びっしりと並んだするどい凶器が、俺の喉を喰い千切らんと、その先端を光らせる。


 薄汚く黄ばんだ三角錐のソレはまるで刃物みたいだ。肉を裂き、骨を砕く為に発達した器官。ソレにかかれば俺なんて、きっと豆腐と大差ないだろう。


 あぁ、嫌だ。俺はここで死ぬのだろうか。


 こんな良く解らない、ありえない化物に殺されて……俺は死ぬのだろうか。


 まるで氷の塊を背骨にぶち込まれたみたいな、今までに味わった事のない悪寒が俺を貫いた。



 同時に―――世界が入れ代わる。



 おぞましい程に黒かった夜の景色は、一転、無垢なる白に染め上げられた。


 ゆらゆらと揺れる白い世界には……何故か死んだ筈の両親がいた。



「久遠……」



 響く、懐かしい声。忘れたと思っていた二人の声がハッキリと俺へ届くたび、きゅうと胸の奥が鈍く痛んだ。



「久遠……」



 あぁ、父さんと母さんがいる。ただそれだけの事実が、その他の思考を残さず消し去る。


 二人のいるこの現実に、俺は何の疑問も抱きはしなかった。


 そうして俺たちは、気付けば夕暮れの公園にいた。


 ギィ、ギィ。乾いた音を立てるブランコ。暖かく大きな手が俺の背中に触れるたび、俺の体は風を切って空へ向かった。


 オレンジの風景。微笑む母さん。振り向けば、父さんも楽しそうに笑っていた。


 そして隣のブランコには……。隣のブランコにはドンくさいアイツが……。



「はるか」



 ギィ。答える様に、無人のブランコが風に揺れる。名前の主はそこにはいない。


 にゃあと、猫の鳴く声がした。目を向けると、公園の外、道路の真ん中に白い子猫が佇んでいた。



―――轢かれる。



 何となくそう思った。


 その残酷な直感が俺へと降り注いだ時、今まで何処にいたのか知れない遥香が、視界の隅から飛び出した。



「なっ」



 なんであんな所に、なんてのはどうでも良い思考で。悪い予感は消えるどころか、その強さを増していく。


 死ぬ―――遥香が、死ぬ―――? 死ぬって―――何だ? 遥香が、いなくなる?


 そんなのは、嫌だ!


 気付けば俺はブランコから飛び降りていた。


 だん、固い地面。両足がビリビリする。俺が行って何が出来るのか、そんな事は解らない。けど、遥香がいなくなるって考えたら、いてもたってもいられなかった。



「はっ……はっ……」



 息が上がって、お腹が痛くなるけど、それでも俺は全力で走る。


 遥香が猫を抱き上げた。ニコニコと、嬉しそうに笑った。


 クラクション。あぁ、やっぱりだ。巨大な物体が、遥香に迫る。



「はるか―――!」



 手を伸ばす。小さい手を、一生懸命に。


 助けたい、失いたくない。ただそれだけを考えて、俺は遥香に手を伸ばす。


 伸ばした手の先にアイツがいる。


 そこで俺の意識は途切れた。


 プツリと断絶した意識が戻った時、俺は自分の部屋にいた。



「……」



 嫌な汗。強烈な不快感に、俺は布団を跳ね除けた。


 最近は見てなかったのに、なんでまた……。俺はたった今見た夢を思い返し……ふっと気がついた


 目の前に浮かぶ、七本の剣に。



「なんだ……コレ」



 自然と洩れる声。俺はまだ、夢の最中にいるのだろうか。


 七本の剣は何に支えられるわけでもなく、ソレが当たり前、といった感じで宙に浮いている。


 ありえない、こんな事。そう思いながらも、俺の右腕はまるで吸い込まれるみたいに剣へと伸ばされた。


 それが自分の意思によるものか、それとも、その剣の持つ神々しさによって生み出された不可思議な力によるものなのか……判断はつかなかった。いや、そもそもそんな事を考える余裕もなかった。


 ただ俺はぼんやりと、暑い夏の日に、似たような夢を見た事を思い出していた。


 ゆるゆると剣へ吸い込まれる。俺の右腕は、迷う事無く中央の剣―――他のモノと比べると装飾も少なく、とてもシンプルなデザインだ―――を握りこんだ。


 瞬間、剣の刀身が、青白く発光する。暖かく、優しい光だ。光はどんどんとその強さを増し、ついに俺は目を開けていられなくなった。


 それでもなお強くなる光。瞑った瞼の向こう、輝きの中央に、何故か俺は父さんと母さんを感じた。


 そうして次の瞬間に、セカイは元の昏さを取り戻す。



「―――あ」



 迫る、黒い犬。死の淵に立たされた状況は、どうやら夢ではなかったようだ。


 意識の断絶は一瞬だったのだろう。たった今起こった現象は、何か特別なモノだったのだろうか。それとも、ただの走馬灯だったのだろうか……。


 どちらでも良いか、考えたってしょうがない。


 諦めにも似た感情が俺を支配する。そうさ、もうどうしようもない。俺には、こんな状況を打破できる力なんてないのだから。


 牙。獣臭。鮮血の予感……。


 あぁ、それでも……。


 先ほど見た光景を思い浮かべ、俺は一つだけ、誰ともなしに願う。


 せめて、遥香は助けたい。


 幼馴染の―――鈍くさくて、要領の悪い女の子を思い浮かべて。


 結局届かなかった右腕で……アイツを助けられなかった俺が……それくらいは、許されても良いんじゃないか。


 そんな、幸せな、有り得ない奇跡が―――起きても良いんじゃないのか。



「ッ」



 勿論、そんな都合の良い奇跡なんて起きる筈はなくって……。だからきっと、俺たちを救ったのは、何処かの誰かが仕組んだ『何か』だったんだろう。


 ソレでも他に助かる方法なんてないのだから、俺はソレにすがるしかない。


 そう、ソレが例え、更に大きな災厄をもたらすのだとしても……。



「おおあぁあああああああああああああ」



 ソレは、純粋な恐怖から出たモノなのか。それとも、遥香を助けたいという叶わぬ思いが、声となって炸裂したのか。或いはその両方か。


 死の、一瞬前。力任せに、容赦なく開かれた上あごと下あごが、俺へと到達する直前……闇雲に突き出した右腕に、鉄の重さを感じた。


―――剣。直感する。コレは『夢で見たあの剣』……宙に浮かんでいた、七本の剣の内の一本だ。


 迷う必要は無い。俺は剣をしっかりと握り締め、黒い犬へ叩きつける。



「だあぁああ」



 無論、化物はすぐそこにいる。こんな近距離で剣なんて振るえるワケはないのだから、俺の目論みはあっさりと外れた。


 けど、不幸中の幸いだったのは、その剣の出現に犬が一瞬たじろいだ事か。その僅かな迷いが、俺に幾許かの猶予を与えた事になったのだから。


 かくして、一方的にやられる筈であった俺はしかし、猟犬ともつれ合うようにして地面を転げまわった。


 固いコンクリートに背中を強く打ち据えて、呼吸が一瞬停止する。痛みと苦しさに襲われて……けれど悠長に呻いている暇はない。


 よろめく足を無理矢理動かし、出来るだけ早く、立ち上がる。


視界の隅に、駆け寄ってくる遥香が映りこんだ。どうやら俺を助けようとしているらしい。


 だが、そんな事はさせられない。


 子猫を抱き上げた遥香がフラッシュバックして……あんな光景はもう見たくなくって。


 気付けば「逃げろ」と、そう叫んでいた。


 遥香の足がピタリと止まる。


 同時に、起き上がった黒犬が再び俺へと牙をむいた。



「くっ」



 が、今度は剣を構えるだけの余裕がある。剣なんて扱った事無いから、物凄くデタラメだけれども。



「くらえっ」



 デタラメな構えから、デタラメな太刀筋で剣を犬へと振るう。目標は頭。刃は馬鹿正直に縦の軌跡を描く。


 飛び掛る犬の脳天へ、剣は真っ直ぐに突き進み……けれど直撃の瞬間、背中から生えた腕が流体の様に刀身へと絡みつき、勢いと切れ味を殺しつくす。


 結果的に頭を殴るだけになってしまった俺の攻撃は、犬の動きを止める程の威力を発揮せずに……多少スピードは落ちたものの、猟犬の体当たりをモロに受けてしまう。



「がぁっ」



 チカチカと、視界が点滅する。遅れて、鈍い痛みが腹を中心にやってきた。


 吐き気を堪えて、立ち上がろうとし……黒の猟犬と目が合った。倒れた俺を踏みつける様にして、ソイツは俺を見下している。


 死んだな、畜生。心の中で悪態を吐く。怖さとかそういった感情は全て吹き飛んでいた。


 足掻くだけ足掻いた……その結果がこんな無様なモンじゃあ、納得なんて出来っこないけど。けれどもう、どうする事も出来ないじゃないか。


 あぁ、ごめんな、遥香。やっぱり俺は、お前を助けられないよ。


 引き伸ばされた一瞬。僅かの時が、その何倍にも感じられる。俺という存在が終わる、そんな瞬間に―――



「あぁ、いたいた。探したぞ、ったく」



―――場の空気とか何もかもをぶち壊して、さっきの男が現れた。

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