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Seven Swords Story  作者: すず
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六つの剣と契約の悪魔/変容

 九月十日。始業式の大遅刻以降これといった失敗も無く、俺と遥香は極々平凡な……ありふれた毎日を過ごしていた。



(ん、ソレって変じゃねぇか……?)



 これといった失敗が無いなんて事、今までの俺たちにあっただろうか。


 答えは否、断じて否である。


 そう、否であるのだが……。


 よくよく考えてみれば、失敗(というか遥香のうっかり)が無いってのは良い事なワケで……。だからソレに違和感を感じる事も、変だなと思う必要もないのである。


 だってのに……。


 ちらりと右斜め前方に視線をやる。授業中だというのに机につっぷして、すやすやと寝息をたてている遥香が見えた。



(やっぱり、ちょっとおかしいな)



 遅刻、ド忘れ、勘違い―――遥香のやらかす色々な失敗の中に、けれども『授業中の居眠り』は含まれていない。


 生真面目なアイツは、『怠慢』を原因とする失敗はしないように努めている。先に上げた様なミスは、怠慢ではなくアイツ自身の要領の悪さが原因である場合が殆どだ。



「おい、久遠」



 後ろの席から小声で俺を呼ぶ声が聞こえる。真吾だ。先生に勘付かれないよう僅かに上体を逸らせて、視線だけで「なんだ?」と返事をする。



「めずらしーな、ほれ」



 視線の先には遥香。どうやら、真吾も遥香の居眠りが気になっていたらしい。



「遥香ちゃん、疲れてんのか?」



「……さぁな。単に寝不足じゃねーのか?」



 他に原因も思いつかないし、恐らく寝不足で間違いないだろう。真吾もそれで納得したようで、「ふぅん」と言ったきり黙ってしまった。


 放課後。帰宅部の俺は特にする事も無く、けれど真っ直ぐに帰るのもなんとなく嫌だったので校舎の中をブラブラと歩いていた。


 入学してから一年と半年が過ぎるが、未だに行った事の無い教室もある。それもそうか。例えば、物理実験室や音楽室などは選択科目でその授業を選ばない限り、普通の授業で使う事なんてないのだから。



「よし、ちょっと見て回るか」



 そういう教室に行ってみるのも面白そうだ。ちょっとした好奇心から、俺は行った事のない教室巡りをする事にした。


 とりあえず一番近くにあった図書室に向かう。少々古びた本棚の中にぎっしりと詰め込まれた沢山の本。広い教室の中には独特の雰囲気が広がっていて、なんだかくらくらする。


 埃っぽい印象だが、手入れはしっかりと行き届いている……管理人の先生がキチンとした人なのだろう。


 本棚に囲まれる様に配置された閲覧席……といってもただのテーブルだが……には、ニ三人の生徒たちが腰掛けて何やら難しそうな本を読んでいた。


 邪魔になったら嫌なので、俺はそそくさと退散する。



「―――ふぅ」



 なんだか緊張した。ああいう静かな空気は少し苦手だ。


 気を取り直し、次に向かうは音楽室。図書室隣の階段を上がってすぐの所だ。


 ドアの硝子越しに中を確認する。どうやら誰もいないみたいだな。


 音楽室へ入ろうと左手をドアに伸ばす、その時。



「あれ、鍔文くん?」



 背の低い女子生徒と出会った。


 名前は東城千尋。ショートカットの黒い髪と、活発に動く大きな目が特徴で、誰とでもすぐに仲良くなる人懐っこい性格の持ち主だ。


 今年は別のクラスになってしまったが、去年は同じクラスって事もあってかちょくちょく話しをしたもんだ。よくウチのクラスに遊びに来ていた遥香や真吾とも仲良くしてたな、そういや。



「よう、東城。ってお前、吹奏楽部だったっけか?」



 首からぶら提げられた金管楽器―――確かサックスって言ったか―――を見て、俺はそう尋ねた。



「そうだよ。今からみんなで全体練習やるんだ」



 サックスを誇らしげに見せながら、そう答える東城。低い身長のせいか、楽器がやたらとでかく見える。本人には言わないけど。



「あー、じゃあ俺はお暇するわ。邪魔になっちまうし」



 くるりとその場で回れ右をする。と、そんな俺の肩をがしぃと掴んで、東城は言った。



「見学してけばいいじゃん! 楽しいよ!」



「や、俺リズム感ないしさ」



 目をキラキラさせている東城の誘いを断るのに少しだけ罪悪感を感じるが、帰宅部生活を捨てる気もないのでやんわりと拒否する。


 すると東城は一瞬だけ残念そうな顔をした後、「まぁ気が向いたらおいでよ」と笑顔でそう言った。


 じゃあなと手を振って、俺はその場を後にする。


 トボトボと廊下を彷徨う。うーん、そろそろ帰ろうかな。外も夕焼けに染まり始めて来たようだし、暇潰しももう良いだろう。


 テスト期間だったら真吾なんかと遊びに行くんだけどなぁ……。陸上部に所属している悪友の事を思い出しながら、俺は下駄箱に向かう。



 赤の陽射し。昼なのか夜なのか……なんとも曖昧な、夕方の空気。帰る奴はとっくに帰り、そうでない者は部活や委員会活動をやっている、そんな時間に。


 一人、昇降口に佇む遥香を見つけた。



「……一人なんて珍しいな」



 踵の潰れた靴を手早く履き、そう言いながら遥香に近づく。


 いつもならこの時間はクラスの女子達と遊びに行くか、でもなけりゃ家に帰ってテレビでも見ているのに……やっぱり調子でも悪いのだろうか。



「遥香―――?」



 ポンと肩に手をやる。瞬間、遥香はビクっと体を震わせ、ワンテンポ遅れて「きゃあ」と小さく悲鳴を上げた。



「お、おいおい」



「っ、て、あれ……くーちゃん?」



 キョロキョロと辺りを見回してから、不思議そうな顔を俺に向ける。



「大丈夫か? 調子悪そうだぞ」



 ちょっとだけ屈んで、遥香の顔を覗き込む。



「顔っ! 顔近いよぉー」



「こうしなきゃ解んねぇだろが。ほら、ちょっとおでこ出せ」



 顔色はそう悪くもないようだが、熱があるかもしれない。右手を遥香の額に、左手を自分の額に当てて熱を測る。



「んー。若干……あるかもな」



「うぅ、いま上がったのかも」



 まぁ心配する程じゃないが……万が一もあるし、グダグダしてないで帰ろう。そう言って遥香と共に帰路につく。



「今日は早く飯食ってすぐ風呂入ってちゃっちゃと寝ろよ」



「平気だよ、ちょっと眠いだけだから……」



 って言ってる割には足元フラフラじゃねーか。


 仕方が無い―――見てるこっちが落ち着かないので、俺は最終手段を使う事にした。


 足元のおぼつかない遥香を一旦ストップさせ、それから俺は奴に背中を向け屈みこむ。さぁ、コレでもう通じただろう。



「……どうしたのくーちゃん?」



 が、期待を裏切らないポンコツっぷりの遥香は俺の意図などコレッぽっちも読み取れて無いようだ。



「馬っ鹿、背中向けてんだから言いたい事は一つだろうが」



「―――痒いの?」



「負ぶってやるって言ってんの!!」



 だぁー。自分で言うとすげぇ恥かしい。だから言いたくなかったってのに。



「え、ええええええ!!?」



 例によって、ワンテンポずれたリアクション。大仰に驚いている遥香のやかましい声が、夕暮れの街に木霊する。


 俺は耳がキーンとするのに耐えながら、ジロリと遥香を一瞥した。


 それでも遥香は渋っていたが、結局は負ぶさる事を覚悟したらしく、しおしおと俺の背中へと歩み寄ってきた。



「…………」



 が、やはり踏ん切りがつかないのだろう。遥香は、俺の真後ろまで来た所で動きを止めてしまう。



「ううう、やっぱり恥かしいかもー……胸とかアレだし」



「黙れ。俺だって恥ずかしいんだぞ」



 じゃあ止めれば良いのにぃなんてぶつぶつ言いながら、ようやく遥香が俺の首に手を回した。



「っと、せい」



 掛け声と同時に立ち上がる。わ、と肩の辺りから遥香の声が聞こえた。


 遥香の体温を感じながら、アスファルトの道を踏みしめて歩く。


 最初は「重くないー?」とか「あんまり背中に集中しないでね」なんて言ってた遥香だったが、十分もしないうちに静かになり、寝てしまった。


 ふぅと小さく息を吐き出す。思ったよりもずっと軽かった幼馴染が起きないように、俺は少しだけ歩く速度を落とした。



……



 三十分後……。太陽がより水平に近づき、夕方から夜へと少しずつ景色が変化していく中で。俺はようやく、家まで後ニ三百メートルといった所までやって来ていた。


 想像よりも軽かったとはいえ、それでも人を一人担いで歩くのは正直しんどい。



「こりゃ、明日は筋肉痛だわ……」



 足が棒みたいだ。オマケに汗も―――遥香の寝汗と相まって、もうベタベタで酷い。早く風呂に入りたいなぁ。


 一歩一歩がずしりと重い。が、此処まで来たら俺も意地だ。家までコイツを負ぶってやろうじゃないか。


 と新たに気合を入れなおした瞬間、後ろで眠っていた遥香がもぞもぞと体を動かした。



「―――」



 どうやら目を覚ましたらしい。せっかく人がやる気を出したというのに……タイミングの悪い奴だ。まぁソレならソレで楽になるから良いんだけども。


 が、目を覚ました筈の遥香はしかし、何故か俺の背中から下りようとしない。二度寝でもしたのだろうか。なんて考えはすぐに打ち砕かれる……遥香自身によって。



「―――来る。下ろして」



 冷たい、冷徹な声。おおよそ遥香らしく無い声で、背中の遥香はそう言った。



「お、おい。大丈夫か」



 何やら様子がおかしい。だが、遥香は俺の問いかけを無視し「早くして」と呟いた。


 なんだか解らないがここは従った方が良さそうだ。俺は勢いがつかないよう気をつけて遥香を下ろす。



「ありがとう―――久遠」



「なっ、あ」



 言葉にならない、ただの声が洩れる。遥香が俺を名前で呼ぶなんて……。


 その時になって、俺の中で一つの予感が……不穏な予感が、むくりと顔をもたげた。


 今、隣にいるコイツは……本当に遥香なのだろうか?


 遥香に良く似た……別の誰かなんじゃないだろうか?



「遥、香?」



「静かに―――来るわ」



 来る? 何が? 一体、遥香はどうしてしまったのだろうか?


 ただただ混乱するばかりの俺に、遥香は小さく、けれどハッキリと通る声で宣告した。



 そう、遥香に似たソイツは、確かに俺へと告げたのだ―――



―――日常の終わりと、新しい日常の始まりを。


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