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Seven Swords Story  作者: すず
3/26

六つの剣と契約の悪魔/境界

「はぁ……はぁ……ま、待ってよー、くーちゃん」



 後方五、六メートルの位置から、軟弱者の弱音が飛んできた。現時刻八時五十五分。始業式遅刻という危機的状況を回避すべく絶賛全力疾走中の俺たちであったが、案の定、遥香の奴が足を引っ張りやがる。それはもうグイグイと。



「っ、頑張れ、この坂上れば学校なんだから」



 小高い山のてっぺんに立地する県立高校に俺と遥香は通っている。


 山、といっても俺たちの通学路で上り道になっているのは学校前の大坂だけで、それ以外は平坦な舗装路だ。その真っ直ぐな道ですら、遥香はノロノロと歩くのである。ましてや、健全な男子高校生の俺が「うわ」と思う大坂を上る速度といったらもう……。



「ま……また……失礼な……事……」



 ぜーはーと肩で息をしながら、俺の思考を読み取る遥香。無駄口は体力を消耗するだけだっていうのに……溜息でも吐きたい気分だが、そんな余裕もない。



「だぁっ、もう、しょうがねぇな」



 なんだかもう色々と面倒くさいし時間もギリギリなので、俺は強硬手段に出る事にした。


 未だに急いでるのかどうか解らない遥香の手の平をむんずと掴む。



「え」



 キョトンとする遥香を無視して、俺はそのまま坂を駆け上る。勿論、後ろから「早い、早いよ!」とか「転ぶー」とか「ひゃああ」なんて悲鳴じみた声が聞こえたがそっちも全力でスルー。


 授業開始のチャイムと同時に、俺たちは校門をくぐる。この分なら、講堂まで移動する人波に混ざれるな。


 下駄箱で上履きに履き替える。この動作をいかにスムーズに出来るかが遅刻の割合を大きく左右する事は言うまでもない。熟練者ともなれば外履きと上履きの入れ替えは一瞬、更にかかとを踏み潰す事で靴を履く動作そのもののプロセスを短縮する事が出来るのである。


 などとモノローグしてるうちに履き替え作業を完了させる俺。そして未完了な遥香。


 オーケー、ここまでは予想通りだ。


 なんせ遥香は座らないと靴が脱げないからな(理由・靴紐をかなりきつく締めている為。緩いとすぐに転ぶので)。俺はすかさず、リノリウムの廊下に座って靴紐と格闘している遥香の正面にしゃがみこんだ。


 何とか片方は脱げたようだが……もう片方も遥香ペースじゃ遅刻は必死。ならば方法は一つだけ。俺がコイツの靴紐を解けば良い。



「ホラ、手どけて」



「あ、うん。って、わぁあああ」



 悲鳴、衝撃、暗転。勢い良く突き飛ばされてドスンと尻餅をつく。鈍い痛みが臀部を走った。



「痛ってーな! 何すんだ!」



「だ……だってぇー。……ぱんつ、見えちゃう」



 はぁ? ぱんつ?



 スカートを押さえ、なにやらもじもじしている遥香。まぁコイツも一応女子高生だし、そういうのが気になるってのは理解できる……が。



「状況考えろ! 今はそんな場合じゃねーだろ!!」



「そんなぁー、くーちゃん酷い」



「あぁ、うるせぇ! んなこたぁ良いからちゃっちゃと脱げよ!」



 流石の俺もいい加減イライラしてきた。パンツとかスカートとか無視して靴紐に手を伸ばした瞬間……。



「せんせー、久遠が遥香ちゃんを襲ってまーす」



 背後から……誰かの声が響いた。



「なっ」



 誰だか知らんが、そんな誤解を招くような事を言われたんじゃたまらない。

 俺が遥香を襲うだって? 真相はその逆、むしろ甲斐甲斐しく遥香をサポートしてやろうってのに。とりあえず事の顛末を聞かせてやろうと俺は慌てて振り返る。



「よっ、お二人さん」



 そこに居たのは、黒い髪の毛をさっぱりと切り整え、メガネをかけた一見優等生……クラスメイトの滝原真吾であった。



「おいおい、そこは悪友が正解だろ!」



「クラスメイトなんて、他人行儀だよねー」



「朝から俺の思考だだ漏れっ!? じゃなくって……あんまり妙な事をデカイ声で言うん

じゃねーよ!」



 なんだか妙なノリになってしまったが、俺は本来の目的を達成するために真吾へそう告げた。ただでさえ居候の件があるのだ、これ以上不穏な噂を流されては学校に居場所がなくなってしまう。


 ちなみに俺が遥香の家に居候をしている事は誰にも言っていない。最も、毎朝一緒に登校している事で、何人かの生徒に「何かあるんじゃ」と思われているみたいだが。



「解ってるって。お前にそんな度胸がない事くらい百も承知よ」



「……それは喜んで良いのか?」



 信用されてるって意味でとるべきなのか。言葉通りの意味なのか。



「うんうん、くーちゃんビビリさんだもんね……あいたっ」



 ニヤニヤした顔で便乗するポンコツ頭に愛の鉄槌(チョップ)を喰らわしてやる。ったく、コレでちょっとは緩んだネジが締まれば良いんだが……。



「うー、女の子に手を上げるなんてぇ」



 涙目の遥香が、うーうー唸りながら文句を垂れる。そんなに強くやった覚えはないが、そう言われると男としてちょっと心が痛い。



「あー、もう。良いんだよ、お前は特別だから」



 苦し紛れにそう言い放つ。まぁ幼馴染だし、昔から何度もこういうやり取りしてたからな。


 が、何故か二人は俺の想像とは違う反応を返す。



「あ」



「お」



「ん?」



 ちなみに順番は、遥香、真吾、俺。


 なにやら奇妙な沈黙が場を支配する。なんだ? 俺が何か変な事言ったか?


……。ただただ静かな時間。耐え切れなくなって声を発しようとしたその時、新たな役者が現れた。



「遅刻者、三名。……君たち、クラスと名前を教えて貰おう」



 凛とした声。肩で切り揃えられたとび色の髪の毛と線の細いシルエット。すっと通った鼻筋と細く鋭い眼光。そして何よりも目立つのは左腕につけられた腕章……。


 生徒会長、白堂正輝である。


 そうして、俺たちの遅刻は確定した。



◇ ◇ ◇



 私たちの一日に昼と夜がある様に、この世界にも表と裏が存在する。


 通常、我々に認識される事の無い裏側の住人達はけれども確実に、世界の半分を支配し、跋扈している。


 魔術師と呼ばれる人々もまた、そんな闇の住人の一つだ。


 彼らは大抵、自らの願望成就の為に研鑽し、研究し、実験し、実践する。


 そうして出来上がった『魔術』と呼ばれる奇跡の体現は、一種の学問的体系すら生み出しつつ、自らの子、弟子達へ脈々と受け継がれてきた。



「勿論、魔術師じゃない人には秘密でね」



「……なんで内緒なの?」



 目の前で静々と語る父へ、幼い少女はそう尋ねた。


 一点の曇りすらない、無垢なる疑問。父親は少しだけ目を細め、少女の頭を優しく撫でてから言った。



「魔術はね、人を傷つけるからさ」



 頭にのせられた大きな手。少女は父親の暖かい手が好きだった。その手に撫でられるといつだって優しい気持ちになれるし、駆け寄ればいつだって大きな手で抱いてくれた。


 だから少女は父親の言葉を信じる事が出来なかった。誰よりも優しいあの手が、人を傷つけるなんて思えなかったからだ。


 そう、彼女の父親もまた、魔術師と呼ばれる者たちの一人であったのだ。



「それじゃあパパも誰かと喧嘩したり、いっぱい怪我させたりするの?」



 少女は今にも泣き出しそうな顔で、恐る恐るそう尋ねた。



「それはあくまで内緒にしておく理由だよ。良いかい? 魔術って言ったって、結局は機械なんかと一緒だ。使う人次第で、人を助ける事も出来る……ソレを忘れちゃ駄目だよ、はるか」



 彼女とは対照的な明るい笑顔で、父親はそう告げた。


 彼女もつられて笑い出したくなるような、そんな笑顔だった。



……



「お父さん、見守っていてね……」



 幼い日。遠い昔……父がまだ家に居た頃の記憶を呼び覚まし、少女は小さくそう呟いた。


 時は九月九日、深夜も一時を回った頃だろうか。彼女……邑森遥香……は、普段のソレとは違う、どこか物憂げな表情を湛えて空を見上げた。


 笑む三日月。黒の下地に輝く金平糖。絢爛たる夜空の瞬きが、彼女の決心を強く強く固める。


 邑森家の裏庭……山肌に面して建築された母屋の、山と家との狭間。なんて事のないその空間は、けれど少女にとっては重要な意味合いを持つ場所であった。


 山と家……自然と人との境界は即ち、現世と隠世の境界線である。


 人間の、或いは肉体の領域である現世と……心霊、或いは魂の領域である隠世。本来ならば交わる事のない二つの世界が交わる所……彼女が現在立っている其処も、そんな場所の一つだ。



「……っ」



 視線を正面へと向ける。鬱蒼と茂る、山の木々がざわめきだす。


 彼女の右手には、小さな銀のリングが握られていた。目を凝らすと、環の淵に細かい文字が彫られているが、装飾と言えばそれだけの無骨なデザインだ。


 遥香はそのリングを無造作に、足元目掛けて投げ捨てた。


 くるくると回転し、宵闇の中を落下していく銀色の環。ソレが地面へと接触する瞬間、遥香の網膜に激烈な閃光が映る。



……繋がった!?



 眩しさに瞼を閉じるが、その光は網膜へ直接注がれているのか、彼女の視界は白く染まったままである。


 得体の知れない感覚が、少女の足元から立ち昇った。


 怖い、怖い……。突然視界を奪われた事と、ソレを生まれて初めて行うという事実に、彼女は恐怖した。


 闇雲に伸ばした手。虚空へと突き出された筈のソレはしかし、生暖かい壁に触れて止まった。


 驚きに声を上げるよりも早く、その手は暖かな壁を突き抜ける。


 例えるのなら、人肌に近い温度のゼリーだ。壁だと思ったソレは、柔らかに遥香の右腕を飲み込んでいく。


 限界だ。少女は冷や汗と涙で濡れた顔を振って、右腕を勢い良く引き抜いた。


 刹那……その手の平を、誰かが掴んだ。



 向こう側の、誰かが掴んだ。


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