表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Seven Swords Story  作者: すず
25/26

セツナサノカケラ/東城千尋

 翌日。昼休みのチャイムが鳴って五分も経たない内に、その事件は起きた。



「鍔文くん、ちょっと良い?」



 黒いショートカットを揺らしながら自然な足取りで教室へ入ってきた東城千尋が、俺の座席へ静かに近寄って、そう言った。



「……どうした?」



 昼食を買いに購買へ行く所だった俺は、鞄から取り出した財布を制服のポケットに収めながらそう聞き返した。


 一緒に行く算段をしていた真吾が、隣で不思議そうな顔をしている。



「うん、ちょっと時間、良い?」



 散歩にでも誘うような気軽さ。目当ての焼きそばパンが売り切れやしないか心配だったが、珍しい訪問者の誘いを断るのも悪いので、俺は黙って頷いた。



「じゃあ、ちょっと着いてきて貰っても良い?」



 一瞬だけ、東城の視線が真吾の方へと向けられる。聞かれちゃマズイ話、なんだろうか。


 俺はすたすたと歩き去る東城の後を追いかけた。


 昼休みの喧騒を掻き分け、俺が連れて来られたのは昇降口であった。


 何で此処に……なんて俺の疑問はお構い無しに、東城はくるりとこちらを振り返って、言った。



「鍔文くん……部活の件、考えてくれた?」



 ……はい?



 凍て付く思考。部活……?



「ほら! 前に音楽室で会った時!」



「あ! あーあー、そういやそんな事あったなぁ。すっかり忘れてた」



 凶祓いやペケの騒動で完璧にすっ飛んでいたが、そんな話をしたようなしなかったような……あの時の俺は、確か……。



「悪い。前にも言ったかもしれないけど、俺、リズム感無いから」



 過去と同じ文句を繰り返し、俺は入部の誘いを断った。


 返事を聞いた東城は、前と同じ様に残念そうな顔をした後、腕を組んでうーんと唸った。



「そっか……残念だなぁ、楽しいのにぃ」



「や、悪いな、マジで」



「ううん、良いのソレは。鍔文くん、部活とかに縛られるのあんまり好きじゃないでしょ?」



「あー、そうだな。確かに、ソレはあるなぁ」



 なんて答えてから、俺は東城の言い回しの奇妙さに気がついた。


 良いの、ソレは? まるで最初から、この質問への回答にそれほどの意味が無いような、そんな台詞。


 なんて俺の推測は、どうやら正解らしい。東城はごほん、と一つ咳払いをしてから『本題』を話しだした。



「ずばり聞くけど、邑森さんに双子のお姉さんか妹さんっていたの?」



「え?」



 なんだそりゃあと面食らうのも一瞬の事で、俺はすぐさま、ソレが刹那の事を指しているのだと気がついた。



「邑森さんが妙な事をし始めたって、友達から聞いたんだけど……私にはどうしても、あの人が邑森遥香だとは思えなくって」



 妙な事、とは真吾が言い出した『イメチェン』の件だろう。そこまで聞いて合点がいった。つまり東城は遥香のイメチェンがどうにも腑に落ちなくて、アレは遥香ではなく別の誰か……容姿の酷似した別人=双子の姉妹であると推理し、確認を取りに来たというワケだ。


 何気ないようでいて何処か真剣な東城の表情を眺めながら、俺は彼女の観察眼と、双子の姉妹が本人のフリをして登校し得るという突飛な発想を成した頭脳に驚いていた。


 いや、俺だって理屈の上では理解できる。アレは誰がどう見ても『遥香ではない別人』だ。『実は遥香に双子の姉妹がいて、ソレが本人の代わりに学校へ来ている』という考えは、この問題にタネ明かしがあった場合、これ以外にあり得ないという解答である(無論、『二重人格者』が完璧な解答ではあるが)。


 だが、解りやすい殻を被った途端、その答えを導くのは途端に難しいものとなる。だって、そうだろう? どうみても別人の、やっぱり別人な遥香の双子の存在なんていう『あまりに飛躍しすぎた正解』は、本人のイメチェンという『正誤不明だが解りやすい着地点』を与えられれば、思考の隅にも存在し得ない。少なくとも、別の誰かが同じ事を始めたら、俺だって「ふーん、イメチェンねぇ」なんて納得するだろう。



 じゃなくって!



 俺は脱線しかけた脳みそを、無理矢理元のレールに引き戻す。今は東城に驚いている場合ではなく、ここをどう切り返すべきか、である。


 俺が嘘を吐くのは簡単だ。わざわざ確認をしに来たという事は、東城に確証は無いのだろう。別人だと思えるが、俺に否定された時、それを突っぱねるだけの証拠も無い……一言「考えすぎだ」とでも答えれば、きっと(釈然としないままにせよ)大人しく引き下がるだろう。遥香の事を考えれば、俺がやるべき行動は一つだけである。



「なんで、そう思ったんだ?」



 だってのに……俺の口から飛び出たのは、そんな不可解な問いかけであった。



「え? なんで……って、何となく、なんだけど……」



 今度は東城が頭を抱え始めた。なんとも珍妙なやりとりである。



「そりゃあ、友達だし……ううん、違う、違うね」



 その言葉は、俺に向けている様でいて、自身へと確認をしている様にも思えた。



「邑森さんの事は、良く見てるから」



「……?」



「だって、ね、ライバルだから」



 はにかんで、東城はそう告げたが、俺にはその言葉の指すモノが理解できず、ただただ呆然と東城を見つめた。



「ごめん、変な話しだ、おかしいです。やっぱり答え合わせは遠慮しておくね」



 嵐の様に捲くし立てると、東城は足早に立ち去った。


 台風一過の昇降口。一人残された俺は、不意に飛び出してしまった返答の理由と、東城の台詞の意味を、ひたすらに考えていた。



……



「成る程ね、大体の事情は飲み込めたよ」



 宵闇の住宅街。人通りの疎らな舗装路を歩きながら、ペケは興味深げにそう言った。


 頼りない街灯が仄かに照らす丁字路を右折して、それからペケは言葉を続ける。



「まぁ、その、難しい問題……って奴かもなぁ」



 珍しく歯切れの悪いペケの台詞。何事もビシっと答える男だと思ったが、たまにはこんな事もあるらしい。



「東城の台詞は置いといて……刹那の件、誤魔化した方が良いのかな」



「そこまで含めて、難しい問題と言ったつもりだったんだけども……」



「そうだったのか……っと、此処は今日も異常無しか」



 本日五つ目のポイント……霊的ポテンシャルの高い場所。五つ目の此処は道祖神の置かれた小さな祠だ……をチェックする。ペケの調査により判明した『歪み』は全部で十六箇所。そこを定期的に見回りする事で、怪異が街へと及ぼす被害を事前に食い止められる……ペケは前にそう言った。



「遥香の立場にしてみたら、今まで誰にも言わなかった……或いは言えなかった秘密だろう。第三者が勝手に口外して良いとは思えない」



 六つ目のポイントに向かいながら、俺たちは話を続ける。



「だが、刹那の立場に立った場合……これが難しい」



 神妙な面持ちで語るペケ。俺は、家で夕飯の準備をしながら留守番をしている刹那の顔を思い浮かべた。



「刹那は自らを『意図的に作られた人格』だと、そう言っていたね。確かに、ソレはその通りなんだろう。だが彼女を見ていると、そう単純に割り切って良いようには思えない」



 踏み切りを越える。邑森家や学校がある街の北側とは違い、駅を挟んだ南側には図書館や市役所などの公共施設が軒を連ねている。普段はあまり用事が無い南側であるが、こちらにもチェックポイントがある都合、最近はちょくちょく足を踏み入れている。


 線路沿いに東へ……程なくして木々が生い茂る小さな公園が見えた。六つ目のポイントである。



「料理の腕を磨こうとしたり、学校へも積極的に通っていたり……俺には、ごくごく普通の女の子に見える」



 車止めのポールの間をすり抜け、俺とペケは公園内へ。日が落ちたこの時間だ、公園には誰の姿も見受けられない。



「もしも刹那に、彼女に……自由になる肉体があったのなら……学校へ通うのは自然な事で……でも今まではそうじゃなかった」



 そこまで言われて、俺はペケの言わんとしている事を察した。


 俺と遥香が過ごして来た、これまでの十六年間。学校へ通い、宿題をして、宿泊学習や修学旅行に行き……日常のちょっとした出来事に笑ったり泣いたり、そんな何気ない毎日を一番近くで、ただ見る事しか出来なかった存在……それが、刹那なんだ。


 そんな刹那が、今、学校に通っている。それはもしかして、アイツにしてみればとても嬉しい事……なのかもしれない。



「そして出来るなら、遥香ではなく刹那として……勉強机に向かいたい、教室に居たい、友達と語りたい。そう感じてしまっても、無理は無いんじゃないのか?」



 ペケの話は、言うまでも無く推論だ。本当の所、刹那がどう思いどうしたいのかなんてのは本人にしか解らない事である。だが、確かに教室で友達と話すアイツはとても楽しそうに見える反面、どこか寂しさを帯びてもいた。


 刹那の存在を明かすべきか、明かさぬべきか……なるほど、確かにこれは『難しい問題』だ。



「きっとこれは、遥香と刹那の……二人で解決していく問題なんだろうね」



 目を細めて、ペケはそう言う。静かな公園に凛と響くテノールからは、心の底から二人を案じているであろう事が覗えた。


 ペケが現われて、まだひと月も経たないというのに……呆れる程の善人ぶりに、けれど俺は何だか嬉しくなった。理由は良く解らない。ただ、何となくだ。



「遥香……」



 ポツリと、俺は幼馴染の名前を呟いた。これも、何となくである。今まで一週間も口を利かない事なんて無かったから、俺もセンチメンタルになってしまっているんだろうか。そうなる原因は俺にあるのだから、そう考えるのはおこがましいのかも知れないが。



「……!」



 唐突に、ペケが頭を上げる。公園の中心部……土を積み上げ芝生を敷いた小高い丘の、その麓。まるで蜃気楼の様にゆらゆらと揺らぐ空間。ソレが歪んだ境界と呼ばれる所以を理解した瞬間……奇怪な化物がズルリと、こちらの世界へ染み出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ