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Seven Swords Story  作者: すず
23/26

セツナサノカケラ/錬金術師

◇ ◇ ◇



 耐え難い悔しさが湧き上がり、俺は右腕を傍の机に叩き付けた。鈍い痛みと共に骨が軋むが、それでも俺の気は紛れなかった。



「くーちゃん……」



 か細く俺を呼ぶ遥香は今にも涙を零しそうな顔で、俺を真っ直ぐに見つめていた。



「わ……私が、ごめ、ごめん……なさい……」



 ぽつりぽつりと紡がれる言葉。クソっ、そんな顔すんなよ……俺は、お前にそんな顔をして欲しくなくて……それなのに。



「なんで、戻って来たんだよ……っ」



 何故か、俺の口からはそんな言葉が飛び出した。



「くー、ちゃ」



「解ってんのか! お前、もう少しで……何も出来ねぇなら、せめて足引っ張るなよ!」



 おい、何言ってんだよ、俺。


 思考とは裏腹な言葉。一人では遥香を救えない……そんな無力さに押し潰されてしまいそうで、俺はちっぽけな八つ当たりをしてしまった。



「わた、私……あ、あ、あの……くーちゃんが……心配……で……」



 音も無く、遥香の頬を涙が伝う。一度堰を切れば、もうソレを止めるものは何も無く、ただただ遥香は泣いていた。


 その涙の原因は俺だ。なのに、堰を切ったのはこちらも同じと言わんばかりに、下らない言葉が止め処なく溢れ、洩れてしまう。



「心配だってんなら、心配だってんならなぁ……余計な真似、すんじゃねぇよ!」



 静かに嗚咽を上げていた遥香が放たれた弓矢の様な性急さで駆け出すのと、横で黙っていたペケが俺を殴り飛ばすのは、ほぼ同時であった。


 我ながら救いようの無い大馬鹿者だと、そう自分に呆れかえったのは数瞬の後、宙へ浮いた体が強かに廊下へ叩きつけられてからだった。


 即座に起き上がれない程の力で殴り飛ばされた痛みも、今の俺には当然の報いだ。遥香を追いかける事も、二の句を紡ぐ事も出来ず……俺は更なる罰を、ただ待った。


 でなければ、俺は一生俺を許せない。俺を心配し、駆けつけてくれた幼馴染を、馬鹿な八つ当たりで傷つけてしまった俺自身を、絶対に許せはしないのだ。


 しかし、ペケはそんな俺を責めてはくれなかった。ただ黙って俺の手を取ると、一言、

「殴られたそうな顔してたから、ぶん殴ったぞ」と告げた。



「悪い」



「相手が違うんじゃないのか?」



「……そうだな。遥香に、謝らないと」



 ペケに腕を引かれ、俺は立ち上がる。



「走って行ったが……」



 行き先は解るのかと、ペケはそう呟いた。



「心当たりなら、ある」



 こういう時、アイツが行く場所は昔から一つっきりだ。



「……ごほん」



 ワザとらしい咳払い。反射的に視線をそちらへ向けると、此処から少しだけ離れた位置に立つ会長……白堂正輝……が、いつにもまして鋭い視線で俺とペケを交互に見据えていた。



(ま、マズい……)



 色々ありすぎて失念していたが、会長にさっきまでのを見られていた……!


 魔術師でない人間に正体を知られた魔術師は、十中八九土地を追われる……遥香は俺にそう教えてくれた。当然だ。なにせこちらは異端の存在、魔術師でない人間にとって、排除すべき対象の一つでしかないのだから。


 『魔女狩り』を始め、人間の異端排除衝動は脅威の一言に尽きる。現代日本においても、その風潮は強烈だ。もっとも、命が奪われないだけまだマシなのかもしれないが……。



(冗談じゃない! 此処以外で生きていけるモンか!)



 絶体絶命ともいえる状況を切り抜ける策を必死に思考する俺をあざ笑うかの様に、会長はしれっととんでもない事を口走った。



「……ヒヤヒヤさせてくれるな。どう転んでもおかしくない状況だったが……まぁ結果オーライと言ったところか」



「……ん?」



「学校にモグリの魔術師が潜入していた事は解っていたんだが、君のおかげで割り出せた。感謝する」



「んんん?」



 何だ、何言ってんだコイツは。



「何故呆けた顔をしている?」



 こちらの混乱などお構い無しに、さも当然の事を喋ってますっつー面をする会長。それじゃなくても容量限界の出来事の後だ。オーバーフロー寸前の俺の頭は、ただただ無意味なルーチンを繰り返す。



「なるほど、つまりさっきのは、偶然ではなく必然だったというワケか」



  なにやらピンと来たらしいペケまでが、俺を置いて話を進めようとする。



「ちょ、ちょっと待てって、つまり何だ、何だ?」



「この学校には、さっきの奴以外にも『こちら側』の人間が居たってわけだ」



 ズバリ一言で、ペケが説明した。


 なるほど、実に解り易い。問題は、『まさかクソ真面目な生徒会長がまさか魔術師だったとは!?』という単純な驚きの方である。



「まさか、『まさか』を二回も使われる程驚かれるとは」



「だから俺の思考を読むなっての! ってか、驚くに決まってるだろそんなモン」



 前にも一度やってるからな、という言葉を飲み込んで、俺は会長にジェスチャー付きで驚きを伝えてやる。



「馬鹿な。事前に連絡がいってるハズだ。『連合から監視者が一名常駐している』と。ソレが私だとまでは明言されていないが」



 微妙に食い違う主張。どうやら、その連絡とやらを確認し損ねたが故に、この齟齬が発生しているらしい。



「連絡なんて受けてないけど……電話か?」



「いや、電子メールだ」



「あー……」



 遥香の親父さんのパソコンに受信してたとしたら、そりゃ解らないな。



「監視と言うからには、君は『表』の?」



「ああ、その通り。『錬金術師』『科学者』『知の番人』『万能を追う同胞』……等々、様々に呼ばれている。通りが良いのは錬金術師だ」



 なにやらゴチャゴチャと述べた後、会長は自らを錬金術師と呼んだ。

が、俺にはまったくチンプンカンプンだ。会長が俺たち魔術師とは違う別の存在である事は解るが、ソレが何故、何のために何を監視? しているのか不明である為、結局肝心な部分が理解できない。



「久遠にはまだ説明していなかったな。世界には、魔術師以外に二種類の派閥がある事」



 一つが『山』、そしてもう一つが『表』……こちらさんが属している、錬金術師と呼ばれる者達だ。ペケはそう続けた。



「君たち魔術師が眼に見えない闇の領域と取引をし、その願望の為に知識と技術を練磨してきた様に……我々錬金術師もまた、大いなる志の下、古来より研鑽を続けてきた。ある時は互いに手を組み、またある時は衝突し……ギリギリのバランスを保ち、我々は共存していた。だがその規模が膨れるにつれ、ただ流れに任せるだけでは大きな争いになると予見した者が居た」



「そうして発足したのが『三連合』と呼ばれる組織だな。後は大体想像つくと思うが……元々が自分の願望成就の為に動く連中の集まりだ、いくら上手にやっていきましょうったって、好き勝手やる奴らもいるワケだ」



 ペケと会長が、交互に説明していく。俺はただただ聞くばかりで、たまに相槌を打つ程度の事しか出来なかった。



「今回の相手もそうだ。所謂フリーの連中は連合の方針などお構いなしに動くが故に、様々な問題が生ずる。そうならない為に、予め問題が発生しそうな場所へ連合から派遣される者がいる。それが監視者だ」



「予め問題が発生しそうな場所……そんなの解るのか?」



「未来を知る術は、様々な形で研究され続けている。もっとも、その全てが不完全だが……とは言え、この地に限っては未来予知などしなくとも、監視の必要性がある事くらいは知っているだろう?」



 そこまで言われ、俺の思考は数年から数十年に一度『境界が曖昧になる』現象に行き着いた。



「ある程度の周期性があるとはいえ、いつ歪夜が起こるかは解らない。だからこそ連合はそれなりに余裕を持って監視者を送り込む……今回はイレギュラーばかりで、些か骨が折れるが」



「境界が無理矢理歪められた……?」


 会長はこくりと頷き、更に続けた。



「どうやら副次的な歪曲のようだが……問題は、これに便乗しようと企む者の存在だ」



「さっきの魔術師の、裏にいる奴か……?」


 ペケが問う。会長は再び頷くと、それからちらりと腕時計に目を落とし、言った。



「十中八九、間違いないだろう。……ところで、邑森くんの件は平気なのか?」



「そうだ! こうしてる場合じゃねぇ!」


 本当に、色々ありすぎるな今日は。


 失念に次ぐ失念。会長が錬金術師とやらで、どうやら新天地を目指す不安は取り除かれたが、今はそれよりも大切な事があったのだ。



「もう少し情報を整理したかったが、それはまたの機会にするとしよう」



「了解。それじゃ、そのうち。あ、それと今日は助かったぜ、サンキューな」



 さらりとお礼を言って、俺は会長に背中を向ける。



「……一応、私は年上なんだが」



 最後に会長がなにやら呟いたが、俺は殆ど聞き取れなかった。



……



「遥香!」



 玄関を勢い良く開け放つ。鍵が開いているところを見ると、どうやら遥香は帰ってきているらしい。



「心当たり、って……ここは家じゃないか」



 後ろから着いてくるペケがごちる。昔から、何か嫌な事や悲しい事があると、遥香は自室に篭る癖がある……そう説明するのももどかしく、ペケには悪いが無視する形になってしまった。



 靴を脱ぎ捨て、廊下を急ぎ足で歩き、俺は遥香の部屋の前へと到達する。



「……っ、ふぅ、はぁ……」



 すぐにでもドアを開け放ちたい欲求を押さえつけ、一度深呼吸。それから乱暴にならないよう努めてソフトなノックをし、ようやくドアノブへと手をかける。



「……遥香、いるんだろ?」



 声をかけながら、ドアを静々と開け―――



「……残念賞ね、あの子はいないわ」



 ―――アイツの代わりに、刹那が答えた。

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