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Seven Swords Story  作者: すず
22/26

忘却校舎/憤怒

 刀の切っ先じみた視線が、忘却の魔術師へ注がれる。涼しげな表情でそれらを受け流し、灰尾は言葉を続けた。



「解っているとは思いますが、形成は逆転しました。ちょっとでも動いたら……僕の右手は、わりと遠慮なしですよ?」



 薄く笑むと、灰尾は遥香の膨らみへと腕を伸ばした。



「っ! やだぁ!」



 遥香は身を捩り抵抗しようともがくが、短刀を突きつけられている恐怖心が彼女の動作を阻んだ。



「て、めぇ……」


 怒気を孕んだ声が、久遠の喉から搾り出される。


 噛み締めた奥歯が、ギリ、と鈍く鳴った。



「よぉく研いでありますので、こんなに大きくても関係ないでしょうね」



 煌くナイフの刃が、遥香の胸へ僅かに食い込む。



「ひ、ぃ」



「馬鹿め、人質は生きているから意味がある。地獄を見たいのなら、やってみろ。特急券をくれてやる」



 静かにそう言い切るペケ。彼をねめつけた灰尾は、首を横に振って答えた。



「強がるのは止めときましょう。彼女が死ねば、契約関係にあるアナタも消滅する……知らないワケじゃあ無いでしょう?」



「な……そうなのか、ペケ!」



 ちらりとペケへ視線を投げて、久遠はそう尋ねた。



「ん、言わなかったか? 奴の言う通りだ……が、その前に鼠一匹くらいなら退治できる自信はある。疑うんなら、試してみると良い」



 まるで挑発するように、ペケはそう答える。意に介さぬといった風で、魔術師はもう一度笑みを浮かべた。



「それに関して言えば、疑う余地はありませんが……どうやら、鍔文くんは反対みたいですよ?」



 苦々しく魔術師を睨み、久遠は沈黙でソレに答えた。


 そんな久遠を見たからか、元よりただの挑発だったのか……張り詰めた殺気を身の内に潜め、ペケは敵の出方を覗った。


 目前の二人が沈黙した事を確認し、灰尾は『取引』の内容を語り出す。



「それじゃあまず、そっちの方……ペケさん? アナタ、教室の一番向こうに行って貰えます?」



 アナタが近くにいると、何が起こるか解らないので。魔術師はそう言い放ち、ナイフを持った右手で教室の端を指差した。


 一瞬の逡巡の後、ペケは指示に従った。



「さて、それじゃ鍔文くん。アナタの『ヒミツ』を、頂きましょう」



 遥香を抱きすくめたまま、灰尾は久遠と向き合った。



「アナタの体に刻まれた術式、発動の経緯、家族構成、父母の死からこれまでの人生……今まで聞かせてもらった情報でも、それなりの価値にはなるのですが……やはり、術式の細かい性能も教えて頂かないと。ええ、最後になるでしょうし、その辺りをお聞きしましょう」



 心の内まで覗き込む様に、灰尾の瞳がギラリと光る。


 嘘や誤魔化しは通じないだろう。久遠はそう感じ、灰尾の申し出に素直に応じた。



「術式っていうけどな、こっちはお前のせいで、その名前さえ忘れちまってんだよ」



「あぁ、そういえばそうでしたねぇ。今ソレを解除しますので……そうですね、床へ伏せて貰えます?」



 念には念を、ね。そう言って、忘却の魔術師は笑みを浮かべた。

 灰尾の言うとおり床へうつ伏せた久遠。ソレを確認すると、魔術師は短く「off」と唱えた。


 久遠の記憶が瞬時に復元する。暗幕によって遮られた日光がソレを取り除いた途端、再び室内を照らし出す様に……術式『断罪すべき七つの大剣』の名が、久遠の脳裏にピタリと嵌る。


 同時に、術式の能力を知る為には剣に触れる必要がある事を思い出す。


 その事実を告げると、灰尾は眉をひそめ問うた。



「鍔文くんは、術式の性能を全て把握しているわけじゃ……?」



「……ペケとの取り決めで、俺が知ってるのは『怠惰』と『傲慢』の二本だけだ」



 伏せたまま答える久遠。その言葉に、偽りの色は見えない。


 どうする。魔術師は自問した。術式を起動させる、というリスクを負ってまで、残り五本の力を聞き出すべきか……それとも、二本だけに留め安全にこの場を去るか。


 熟考、と表現して差し支えないほど思考を繰り返し……『邑森遥香』という最強の盾の存在を後押しとして、魔術師は前者を選択した。


 ジョーカーは教室の隅、残る戦力は床に伏せ、手札には人質が追加された……この好機を逃す手はない。



「……では、先に鍔文くんの知っている二本の説明をしてもらいましょうか」



 灰尾の問いに、久遠は簡潔に答える。『怠惰』の情報伝達能力と、『傲慢』の魔術相殺。その二つが現状のパワーバランスを崩し得るモノでないと判断し、魔術師は術式の起動を許可した。


 僅かに間を空け、久遠は術式の名前を唱えた。灰尾の正面、久遠の足元の辺りを基点にし、煌く粒子が六つの剣を形作る。



「……はぁ、なるほど」



 感嘆の息。遠方からの観測では解らなかったが、その剣は見るものを飲み込むような、一種異様な美しさを持っていた。


 しばし食い入る様に眺めていた灰尾は、出現した剣の違和感に気がついた。



「……七つの、というわりに出てきた剣は六本ですが、これは……?」



「……さぁ、俺にも原因はわからねぇ。最初から剣は六本だった……ペケと遥香の分析じゃ、何か俺に欠けたモノがあるとか何とか」



「術者の精神的な部分が反映される術式……何故、そんな欠陥を……よく解りませんが、まぁ良いでしょう。頂ける情報を頂いて、早々に引き上げますか」



 灰尾が拘束の手を強めると、遥香が苦悶の表情を浮かべた。


 奥歯を強く噛み締め、久遠は魔術師を睨みつけた。



「じゃあ、とりあえずその鉄パイプみたいな奴から」



 魔術師が指差したのは、六本の中で最も細身の……そして、最も異様な剣であった。


 久遠は伏せたまま首だけで振り向き、指示された鉄パイプを視認する。


 左腕を無理に伸ばし、宙に浮かぶ鉄パイプの、その柄に触れた。


 対角上で様子を覗っていたペケは、教室の後部ドアの向こうに、誰かの姿を目撃した。



◇ ◇ ◇



 硬質な剣の柄が、指先に触れる。


 下卑た笑みを浮かべる男と、歪んだ遥香の顔。


 そういえば、あの夜に一度この剣にも触れたけど……確かアレは、父さんの夢を見る前だったな。なんて思考を塗り潰す、圧倒的な感情。


 際限なく昂るその波は剣……『憤怒』の能力を脳へと伝播する信号と引き換えに、穴の開いた刀身へと吸い込まれていく。


 理解は一瞬だ。指先の接触のその瞬間に、俺の思考へ食い込む情報。


 同時にソレを確信する。床に伏した、おおよそ斬撃には不適切なこの体勢からでも、『憤怒』の能力を発動させれば敵を撃退する事が出来ると。



(だが、一歩間違えれば遥香が……)



 問題は、その攻撃範囲に遥香が含まれている事だ。


 万が一にでも、遥香を傷つけるくらいなら……このまま大人しく、奴に従う方が良い。擦り切れそうな理性を必死になだめすかし、俺は自分に言い聞かせる。


 せめて、灰尾と遥香がもう少し離れてさえいれば……。


 そんな俺の耳に飛び込む、聞き覚えのある声。



「婦女暴行。……君、クラスと名前を教えて貰おう」



◇ ◇ ◇



 一人目の乱入者は久遠に、二人目の乱入者は灰尾に味方した。偶然という名の伏兵により二転三転する盤上は、最後の役者の登場で一足飛びにチェックする。


 夕日を浴びて燃える髪を揺らしながら、生徒会長・白堂正輝は静かに歩みを止めた。


 投擲用の小刀を使い果たした灰尾は、チラリとそちらに視線をやって……今日の蟹座が不運であったと思い直した。



◇ ◇ ◇



 予想外の展開に、俺は迷う事無く行動する。



(遥香っ)



 何度も何度も交わしてきたアイコンタクト。俺と遥香の視線の交錯は、どんな言葉よりお互いの心中を伝え合う。



◇ ◇ ◇



 決着は、瞬時についた。


 白堂の声に気を逸らした灰尾のその僅かな不意を衝き、遥香は全力で前方へと倒れこんだ。


 無論、手の内にいる人質が妙な動きをして気付かない魔術師ではない。遥香が床へと倒れていくのを片手で引きとめ……灰尾はソレを目撃した。


 音も無く伸びる、紅蓮の奔流。無数に空いた鉄パイプの虚より踊り出る、灼熱の炎波。不規則にうねる側面の火は、ひたすらに強大な力の余剰。その本体は切っ先より噴出した圧倒的な火柱。赤く燃える炎の刃は大気に浮かぶ魔力さえ焦がし、眼前の敵を蹂躙すべく荒れ狂う牙となって炸裂した。



「な、あ!?」



「うおぉおお!」



 触れれば絶命を免れぬであろうその炎刃は、オレンジに輝く燐光を残し、灰尾の頭上数センチの距離を駆け抜けて消えた。



(外したッ!?)



 遥香への配慮が仇となったのか、必殺の一撃は虚空を裂くに止まった。



「いや、これで『充分』だ」



 沈黙を守っていた悪魔が、囁く。


 雷光を思わせる迫撃。凄まじい衝撃音を上げ床を、宙で体を翻し天井を……二度の跳躍で間合いをゼロにまで詰めたペケは、殺意を込めた右腕を灰尾へと向けた。



「くっ」



 声。同時に、眩い閃光が灰尾の体から滲み出す。



「!?」



 戸惑いは刹那。悪魔は敵へと向けた右腕に力を込め、その異能を発動させる。


 猟犬を刻み、窓ガラスを切り裂いたその力が、目も眩む光の中を疾走する。


 『憤怒』の一撃で床へと倒れこんだ遥香は、灰尾の短い呻きを聞いた。


 僅かの時を置き、回復する視力。黄昏を取り戻した校舎に、魔術師の姿は既に無い。後に残されたのは、灰尾の右腕。床に散った鮮血は、どういうワケか階段の手前で途切れている。



「……逃げられたか」



 忌々しげに、ペケはそう吐き捨てた。


 倒れたままの遥香を助け起こそうとした久遠は、自分の右腕が震えている事に気がついた。


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