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Seven Swords Story  作者: すず
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六つの剣と契約の悪魔/いつもの朝

 ゆさゆさ。誰かが体を遠慮がちに揺する。あぁ、もう朝か……俺は覚醒し切らないボケッとした頭のまま、ゆっくりと上半身を起こした。



「あ、起きた起きた。くーちゃん、おはよう」



 目を開けると、満面の笑みを浮かべた少女がいる。


 腰に届く程に伸ばした黒色の長髪と、ソレと同じ深い黒の瞳。抜ける様な肌は対照的に白く、一見するとコントラストのきいた近づきがたい美少女……と言えるだろう。そう、目の前のコイツ……邑森遥香は、紛れもない美少女である。



「ん……おはようさん」



 欠伸をかみ殺しながら挨拶を返す。


 俺こと鍔文久遠が何故そんな漫画的シチュエーションによって目を覚ましたのかと問われれば、俺と遥香は腐れ縁……所謂幼馴染だから、というやはりお約束な回答をせざるを得ない。もっとも、全国の幼馴染達がこんな事をやってるとは思えないけど……。



「ほらほら、早くしないと始業式始まっちゃうよ!」



 ベッドの横で催促する遥香。時計を見るとそろそろ七時半。始業式は確か九時からだ。俺一人なら余裕の時間だけど……。


 ちらり、と遥香を一瞥する。うーん、やはりここは素直に起きよう。


 ここで話しを少し戻すが、さっき俺がコイツの事を『一見すると~近づきがたい美少女』と形容したのにはある理由がある。ちなみにソレが、俺が素直にベッドから起き上がった事に直結していたりもする。


 んで、その理由ってのが……。



「おい遥香……お前、パジャマのまま学校に行く気なのか?」



「え? ……えぇえ!?」



 素っ頓狂な声を上げて自身の格好を確認する遥香。薄手の淡い青色のパジャマ。すっかり準備万端のつもりだったであろう遥香は、慌てて部屋を飛び出した。


 そう、今みたいなうっかりこそ、アイツが「一見(似非?)美少女」である理由だ。


 否、最早奴のうっかりはうっかりのレベルを超越している。そもそも、うっかりって言うのは普通の人がたまたまやらかすミスの事で、アイツみたいな常時うっかりはうっかりではない。あー、うっかりが多い!


 オマケに鈍くさいというか、トロいと言うか……ともかく、アイツは見かけのプラスを全てぶち壊すマイナス要素を持っているのである!


 と、着替えをしながらそんな事を考えていた俺の耳にドタドタという足音が飛び込んできた。今現在この家には俺と遥香しか居ないので、十中八九奴だろう。


 ガチャリと遠慮がちにドアノブが捻られて、遥香がこっそり顔を出す。ドアの隙間から上半身制服下半身パジャマの珍妙な格好が見えたがあえてそこには突っ込まない。コレくらいは日常茶飯事だからだ。



「どうした? 遥香」



「……くーちゃん、今ちょっと失礼な事を考えてたでしょ!」



 びしっ! と人差し指を立てて、そう言い切る遥香。



「……お前は時たま、やけに鋭いな」



「やっぱり! 何となく解っちゃうんだよね! もう、朝から私をバカにしないでよー」



 なにやら不服そうにぷんぷん申している。本人としては怒っているつもりなのだろうが、制服パジャマの奇天烈さと相まってその様子はむしろ何処かマヌケであった。



「んな事ぁどうでも良いから、ちゃっちゃと着替えて来い。早くしないと、始業式始まっちゃうよ!」



 先ほど遥香の言った台詞をそっくりそのままお返しする。ついでにちょっと声色(というかマヌケな感じの話し方)を真似してみたり。



「むー、なんかヤな感じぃ」



 ブツブツと文句を言いながらも、遥香はドアを閉めて出て行った。


 さてと、んじゃ俺は何か食べる物でも探すかな。


 ベッド付近に投げ捨てられている鞄を手に取り、俺は自室を後にする。


 決してボロではないが、かなりの年代モノである廊下をギシギシさせながら俺はお勝手へと向かう。家の中で最も奥まった箇所に位置する俺の部屋からそこまでは、遥香の部屋、倉庫、風呂、空き部屋と四つの部屋を横切らねばならない。コレが中々に面倒くさかったりもするのだが……まぁ居候の俺に文句を言う資格はないな。


 到着したお勝手は和洋折衷の様相で、恐らく建築当時としては珍しいタイプのモノであろう。ダイニングキッチンとして作られた八畳の洋室に、六畳の和室が隣接している。



「確か、昨日買っといたパンが……」



 洋室の隅にある大きな棚をゴソゴソと漁る。居候歴五年目となる今年になっても、人の家の棚を弄くるのには少しだけ躊躇してしまう。



 ……五年。もうそんなに経ってしまったのか、あの事故から……。



 在りし日を追想する。そう、ソレは雨の多かった五月の事……。


 カサリ、指先に感じるビニールの感触が俺を今へと呼び戻す。俺は頭を振って、その記憶を吹き飛ばした。



「……さ、朝飯だ」



 コンビニの袋に詰め込まれたままの菓子パンを発見した俺は、袋の中から二個だけ取り出す。無論、俺と遥香の分である。


 残りを明日の朝食にするか今日の昼食にするか悩んだ挙句、俺は袋を元の場所に押し込んだ。流石に二食連続菓子パンは辛い。


 二人分の朝食を持って、俺は洋室の引き戸を開ける。



「っと」



「ひゃっ」



 瞬間、廊下を走って来た遥香と正面衝突した。もっとも、コイツのダッシュは普通の人の競歩並の速度なので大した被害は無いが……図らずも密着した格好となってしまう。



「っ、わー」



 慌てて後ずさる遥香。ってかなんだその「わー」ってのは。



 じゃなくって……っ。



「止まれ!」



「えっ?」



 慌ててブレーキをかけるも勢いづいたアイツは簡単には止まれない。そうこうしている内に、遥香は背後にあるデカイ柱へフラフラと吸い込まれていく。


 慌てて手を伸ばすが、時既に遅し。俺の手が空を切るのと同時に、ゴンという鈍い音が鳴り響く。



「い、痛い……うー」



「遥香っ、大丈夫か?」



 床にへたり込んで頭を抱え込む遥香。手を退けて様子を見てみると、ちょっとしたコブが出来たくらいで、他に目立った傷はないようだ。



「ったく、気をつけないと」



「うん、ごめんね」



 遥香の手を取って立たせてやる。よろよろと立ち上がった遥香はコブが痛むのか、まだ頭を撫でていた。


 気を取り直して、玄関の鍵を施錠する。学校が終わるまで無人となってしまうので、安全の為にもコレだけは忘れるわけにはいかない。



「よし、んじゃ行くぞ」



「うー。はぁい」



 気の抜けた返事をする遥香にパンを一つ渡して、俺たちは学校へと歩き出した。



……



「むー、むーむん」



「口に物を入れたまま喋るな」



「うっ!」



 ていっ、と頭を軽く小突く。


 確かに、歩きながらの食事なんて行儀の悪い事をしている俺たちだが、だからといってこれ以上無作法をする事はない。


 もぐもぐごっくんと(コイツにしては)急いでパンを飲み込むと、遥香は俺の顔を覗き込むようにして言った。



「ねぇ、くーちゃん」



「んー?」



「さっき、ありがとね」



 今日はあっついなぁとか、学校遠いなぁとか、そんな取り留めのない事を考えていた俺へと告げられた言葉は、なんだかよく解らないお礼だった。


 その『ありがとう』が何を指しているのか見当がつかず、俺はただ「は?」と間の抜けた台詞を返した。



「頭ぶつけた時、助けてくれて」



「……助けてないだろ。助けようとしただけで」



 あの時、俺の手は届かなかった。助けようとしただけで、助ける事は出来なかったのだ。


 それでも遥香は、馬鹿みたいに明るい笑顔を浮かべ言葉を続けた。



「んーん。良いの、それで」



 えへへへと、能天気な笑顔の遥香。


 その笑顔が、少しだけ俺の胸を痛めた。


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