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Seven Swords Story  作者: すず
19/26

忘却校舎/錯誤

 九月十五日。誰もが憂鬱の花を咲かせる月曜日。週の始まりであり、体も頭も心も怠い。ブルー・マンデーとはよく言うが、今日の俺にこそその言葉は相応しい。



「うー……」



 六限目終了を目前に控え、教室の空気がなんとなく弛緩してくる十四時五十五分。堪えきれず低い唸り声を上げてしまった俺をジロリと睨みつけ、日本史担当の安藤三十八歳(イコール彼女いない歴)が小さく咳払いする。


 今は授業中で此処は教室だ。俺は俺の役割をこなすのだから、貴様も自分の役割に徹しろ……とでも言いたげな表情を浮かべ、安藤は残り五分足らずの授業を最後まで完遂しようとしている。


 立派な心がけだ。素直にそう思う。俺だって別に授業を妨害しようとあんな声を上げたワケじゃない。教室には日本史を真面目に勉強したい奴だっている。名誉のために言わせていただくが、普段の俺なら授業の邪魔にならないよう大人しく内職(読書か携帯ゲーム機を弄るか……最悪ラクガキ)をしているか、そうでなければ教科書を読むフリをして居眠りをしている。勉学に励む学生の足を引っ張るなんて、そんな人道に反した事は、決してしたくはない! 立派な心がけだ。


 ただ、である。あの偉大なお天道様ですら時には雲の陰に隠れてしまうのだ……ましてや俺はただの人間、しかもどちらかというとやる気のない方に分類される高校生男子であるのだから、そんな『普段と違う時』があったからといって文句を言われる筋合いはない! 断言させていただく!


 オマケに……今日のこの倦怠感にはしっかりとした理由が存在する。


 二日前の戦いの際、『傲慢』の相殺防壁によって消費しつくされた俺の魔力が依然として枯渇した状態である事……ペケが言うにはそれがこのダルさの原因だとか。


 つまり今日の俺は! のっぴきならない事情でダラけているのである!



(俺くらいの魔力量なら、すぐに回復する筈だって言ってたけど……)



 なにぶん、『魔力を使い果たす』事すら初めてだったのだから、通常より回復が遅いとも、ペケは言っていた。


 ちなみに倦怠感の酷かった昨日は外での特訓は諦めて、一日中魔術講座を受けていた。


 命の危機に直結する『魔術』と『ソレ以外の神秘』の見分け方や、自分の魔力残量の確認方法などなど……今まで俺が知らなかった事、知らされていなかった事、知る必要の無かった事をじっくりと詰め込んで貰った結果、まるっきり無知であった鍔文久遠は消え去った。


 と言ってもまだまだ知らない事は多いうえ、『魔術そのもの』を一つも教わっていなかったりする。後者に関して言えば、どうやらこれから先も望み薄であるようだ。


 魔術を使えない遥香は他人に魔術を教える事など出来ないと言い、頼みのペケは他人に教えられるような魔術は使えないと言う。


 なんなんだそりゃー! と食ってかかりたかったが、以前ペケから聞いた選択肢の話を思い出し、グッと堪えた。『呪文書』を使いこなす事、それが目下の目標である。


 とりあえず前回の戦いから、ペケは「三本目の剣」の使用許可を出してくれた……もっとも、魔力回復を優先する為に昨日は『呪文書』を起動させていないので、いまだ三本目をどれにするか選んではいないのだけれど。



「おい!」



「おわぁ!!!」



 不意に声をかけられ、俺は驚き飛び上がった。


 視線をやると、声の主……真吾は、むしろこちらが驚いた、という表情を浮かべてから、言った。



「お前、ほんっと最近ボケッとしてんな、大丈夫か?」



 ガヤガヤとした喧騒に包まれている教室。どうやら俺が考え事をしている間に授業は終わっていたらしい。真吾に言われるのも無理はない。我ながら、とんでもなく呆けている。



「あ、あぁ、疲れてるのかもな。妙に眠かったりもするし」



 先週から妙な眠気に襲われている事を思い出し、俺はそう答えた。流石に原因までは言えないが。



(魔術や特訓、命の危機……なんて、口が滑っても言えねぇよなぁ)



 そんな事を言ったら、正気を疑われるかも……実際、怪異を目の当たりにした今でさえ、あれは夢だと言われたら、信じてしまうだろう。ソレを見た事が無いのなら、なおさらだ。


 なんて考えて、少しだけ苦笑する。


 そんな俺を不思議そうな目で見つめた後、真吾はボソリと呟いた。



「アレか? 灰尾あたりと何か面白い事でもしてんのか?」



 ………………は?



 論理的な思考回路が軒並み交通止めを起こし、考えという考えが停止しかけた。交通事故に遭った時ってこんな感覚なんだろうか、なんて場違いな感想が頭に浮かび、消えていく。



「なんで、今その名前が?」



 思考と直結した台詞。考えた事をそのまま吐き出した。否、吐き出してしまった。言葉を飲み込むとか、考え直す、なんていうのは一切無い。反射的に飛び出したと言って間違いはない。それ程に、真吾が口にした名前は唐突なものであったのだ。



「あ? なんで……って、最近よくツるんでるだろ、放課後とか」



 一筋の汗が、額を伝っていくのを感じる。


 知らない、解らない……真吾は何を言っている?


 俺が? 灰尾と? よくツるんでいる……?


 顔すら思い出せないような奴だぞ……?


 そういえば……前にも一度、遥香にそんな事を言われた気がする……。


 得体の知れない恐怖が、足元から立ち昇ってくる。この齟齬は何だ。文字通り、ワケが解らない。ホームルームにまで置き去りにされ、足元がグラつくような感覚に襲われる。



「おい久遠、マジで大丈夫かよ。帰れるか?」



「……おう」



 思い思いに散って行くクラスメイト達。終業のチャイム。真吾の呼び掛けに、曖昧な返事を返す。



「……まぁ良いか。とにかく、気をつけて帰れよ」



 部活に行くであろう真吾は、慌しく教室を出て行った。


 残された俺は、まっさらな黒板を眺め、それから教室をぐるりと見回した。


 同じ様に教室に残る生徒は数人で、他の連中は月曜日の学校からいち早く脱出しようと、どこぞへと消え去っていた。



(遥香は―――?)



 見慣れたアイツの後姿を探し、今まさに教室を出て行くグループの中に、その影を見つけた。


 俺の視線に気がついたのか、それとも偶然か……ふと振り返った遥香と目が合う。



「あ……」



「どしたの、遥香?」



「う、ううん。なんでも……」



「あ、もしかして彼?」



「ち、ちーがーうーよぉ!!!」



 ガヤガヤと騒ぎながら遠くへ行く女子連中。何でもないから先に帰れ。アイコンタクトは上手く通じたようだ。


 もしも何かあった場合……アイツを巻き込む事になる。それだけは、ダメだ。


 そこまで考えて、俺は一つの疑問を抱く。


 何か……って、何だ?


 遥香を巻き込む……? この教室で? 一体、何に?


 正体の見えない怖気と、先週から続く倦怠感……そして、真吾の口から飛び出した『灰尾』の名前。これらを直線でつなげれば、その『何か』に辿り着くのか?


 正解を知る者は、恐らく一人だけ。


 俺の知らない、俺の友人。



「―――やぁ、こんにちは」



 ヘラヘラとした笑みを浮かべて、灰尾晃が現れた。


 極々自然な挨拶。まるで、古い馴染みにするような気軽さが、俺の中の違和感をかき立てる。


 遥香や真吾が言った事が本当で……俺の記憶が間違っているのか?


 俺と灰尾は、週に何度か一緒に遊びに行くような、そんな関係で。顔を思い出すのもやっとの、合同体育でたまに見かけるくらいの他人……という俺の記憶は、実は別の誰かだった、とか?



「……」



 解らない、解らない。


 手を上げて挨拶する灰尾に、俺は無言を返す。


 何と答えて良いのか解らない。どう接すれば良いのか解らない。


 気が付けば、教室には俺と灰尾の二人だけ。


 当然だ。放課後の教室にいつまでも残っている生徒は、大抵が待ち合わせか、そうでなけりゃテストの補習だ。待ち人が来れば何処ぞへと出て行くだろうし、補習をするのはテストの後だ。告知もなければテストも無い今日、補習なんぞある筈が無い。


 そう、だから灰尾が此処に来た事は、別に不自然でも何でもない。例えば、街へでも遊びに行く約束をしていた俺との待ち合わせ場所がうちの教室だっただけだったり、そうでなくても一緒に寄り道でもする話を、もしかしたらしていたのかもしれない。


 『俺と灰尾が顔馴染みならば』、何もおかしな点は無い。


 だが、ソレには『俺の記憶に問題がある』という前提が必要で。


 ならば、おかしいのは、俺か、奴か?


 こちらへ歩み寄る灰尾の、その顔を見る。


 これといって特徴の無い、地味な顔立ち。鼻筋自体は通っているが、長く伸ばした前髪がソレを台無しにしている。



「鍔文くん―――、」



 俺の名を呼ぶ。



「今日も―――を―――」



「え? 今、なんて……?」



 聞き取れず、聞き返す。



 灰尾は一瞬待ってから、もう一度繰り返した。



「鍔文くんの―――を―――」



 俺の名を呼ぶ奴の……。



 伸ばし放題の、その前髪から覗く目は―――



「鍔文くんの『ヒミツ』を、教えて下さい」



―――凍えるような光を湛えて、笑っていた。

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