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Seven Swords Story  作者: すず
17/26

忘却校舎/ペケ

「なんで此処が」



 上ずった声。九死に一生を得た俺は、正直にその恐怖を表した。


 無言のまま、ニヒトはふいと背後を見やる。視線の向いたその先に、真っ赤な顔をした遥香がいた。



「は、はるっ」



「くーちゃん! 勝手にいなくなっちゃダメでしょ!」



 まるで子供を叱る親だ。怒りの中に、自分以外の者を思いやる感情が込められているようで、言葉の強さとは裏腹に暖かな思いが俺へと向けられていた。


 一歩間違えれば死んでいたかもしれない、いや、ニヒトが助けてくれなければ間違いなく死んでいた。遥香の怒りは、そんな一分前の仄暗い世界からいつも通りの世界へ、俺を瞬時に引き上げてくれた。


 生きているという、たったそれだけの事が何よりも嬉しくて。死の恐怖とか、痛みへの恐れとか……ソレらから解放されたという事実がどうしようもなく心地良い。


 そんな安心感を与えてくれた遥香の言葉に、不覚にも母さんの面影を感じてしまい……そもそも先にいなくなったのはお前の方だろ、という反撃すら出来ずにいた。


 どころか、なんかもう泣きそうだ。だって、滅茶苦茶怖かった。覚悟がどうとか格好つけたところで、やっぱり死ぬのは怖い。当たり前だ。


 もしもニヒトが口を開かなければ、俺は危うく遥香の前で涙を見せるという『二度目』の一生の不覚を演ずるところだった。



「まぁまぁ、良い訓練になったんだし、丁度良かっただろ」



「……は?」



 ……?


 何を言ってるんですかこの人は。


 訓練……って、あの? あの訓練?



「わ、私はすぐに助けようって言ったんだよ! なのにペケちゃん全然言う事聞いてくれなくて」



「いいや、こういうチャンスは逃すものじゃないぞ。実戦なくして成長ならず。俺との特訓はどこまでいってもただの予習に過ぎないんだからな」



 一つ大きな事をやり遂げた様な顔をした目の前の男が何を言っているのかイマイチ理解出来ない。混乱する頭を押さえ、俺は今一度そいつの話を咀嚼する。


 まとめるとどうやら次のようになるらしい。


 ステップその一、どこぞへ走り去って行った俺を捜索する遥香とニヒト。


 ステップその二、なにやら異形の怪物に襲われている俺を発見する。


 ステップその三、丁度良いから危なくなるまで様子を覗う。



「完璧な計画だ」



「どこがだ! 行き当たりばったりにも程があるだろ!!」



 というか計画性ゼロじゃねーか!


 じゃあ何だ? こいつら俺が必死こいて戦ってるのをむこうからニヤニヤ見てたってわけですか!?



「どっちかっていうとヒヤヒヤしたよ~」



「うーん、確かにヒヤヒヤした。結構ギリギリまで出てくの我慢したからな」



「んなっ、信じらんねぇ! なんだコイツら!」



 流石に今度ばかりは温厚で知られる俺もちょいと冷静じゃいられませんよ?


 と、怒りの矛先をペケ印の悪魔に向けるか、そんなおっぺけぺー野郎を放置するポンコツ主人に向けるか俺が悩みに悩みぬいていると、ペケ印は突然シリアスな表情を浮かべ、機敏な動作で背後を振り返った。



「……誰だ?」



 目線が突き刺すのは観客席。無数に並んだスタジアムベンチを端から端までねめつけて、それからニヒトは弾かれたように駆け出した。


 驚異的な疾走。それは人間が単純に出しうる速度を大幅に凌駕していた。どう走ればアレだけの速力が出せるのか、皆目見当がつかない。突風が地を舐め、瞬く間に遠方へと消え去るが如く、気が付いた時には観客席に到達していた。


 かなり遅れて俺が到着したとき、ニヒトは無人の空間に向かって大声を張り上げていた。



「いるのは解っている。大人しく出て来い」



 ……。


 沈黙。虚空に呑まれた声は空へ昇っていき、問いかけには静寂が返答する。



「……誰もいないぞ?」



「……いや、確かに気配が」



 納得できないといった様子のニヒト。ベンチの裏から入場口まで見回ってみるが、そこには誰の影も見当たらない。



「……ニヒト?」



 何やら考える素振りを見せ、ボソリと一言、



「なんだ、気のせいか」



「な、んじゃそりゃあ!?」



 冗談じゃない。あれだけ騒いでおいて気のせいだぁー?


 どこぞへやりそこねていた怒りが、再び沸き立つ。そんな俺をまるで挑発するかのように、おっぺけぺーは頭を掻きながら言う。



「ま、何事もなくて良かった良かった」



 ……決定、決定だ。薄々そうなのかなーって思ってたけど、やっぱりそうだ、コイツはそうだ。正真正銘、本物のアホだ。



「っだーーーー!! もうお前なんてペケで充分だ! ぜってー『ニヒト』だなんて呼ばねぇ!!」



 がおーっと。俺は内に蓄積させていた怒りエネルギー的なものとか、諸々を爆発させた。が、ニヒト……もといペケ(誰がそんなカッコいい名前で呼んでやるか)は、大声ではなく、自分の呼び名を変更された事に驚いている。



「な、俺が一生懸命考えた名前を無下に跳ねつけるっていうのか!?」



「何が一生懸命考えた、だ。パッと思いついただけのクセに」



「し、失礼な。名前の所以なら最初に説明しただろう」



 と、ぎゃあぎゃあと名前についての激論を繰り広げる俺たちの間に、ようやく追いついて来た遥香が割り込んできた。



「こ……こら……ぁ、はぁ、はぁ……け、喧嘩は……は、はぁ……」



 赤を通り越して青ざめた顔の遥香は、どうやら懸命な仲裁をしているらしい。だが息も絶え絶え、肩で息をしている遥香の言葉は正直とてもじゃないが聞き取れるようなモンじゃなかった。


 が、なんだかんだで根性はある遥香だ。失神一歩手前の極限状態でも、その目的を果たしきる。



「……水、お願い」



……



 なんだかんだとドタバタ騒いで、結局家に着く頃には時計の短針が五時を指し示していた。


あの後、フラつく遥香は何を思ったのか「お化け屋敷だけは絶対に入りたい」と言い出した。「怖がりなんだから止めておけ」という静止はどこ吹く風で、俺たちは再び学校へ。予想の通り散々騒ぎ散らし、もはや欠片の体力すら残っていない遥香をなんとか電車に乗せて、オレンジに染まる道を歩いて……そうして家の玄関をくぐる時になると、胸の内に渦巻いていた良く解らない感情、ワケも解らず走り出してしまうような衝動は溶ける様に消え去っていた。


 その感情が見えなくなった事に、俺は胸を撫で下ろす。理由は、自分でも良く解らない。ただ、それを突き詰めて考える事で、何かが変わってしまうような気がした。そしてそれは、少なくとも今の俺にとっては重荷にすら変わり得るモノである事だけは間違いない。


 今日みたいな事があったら、もしかしたら次は……。


 改めて、今日の出来事……仮面の化物との一戦を思い出して、俺は背筋を凍らせた。冗談や、何かの間違いではなく……本当に、死ぬ。その一歩手前の経験。膝が笑い出し、地面と空の区別すらあやふやになる……臓腑が捻じれる程の恐怖。そのきっかけが、先の衝動である。ただ幸運だったのは、気が狂いかねない恐怖が、謎めいた感情と共に雲散していた事だろう。


 思い出せばまざまざと蘇る怖気はしかし、刻印となって俺を支配するような事はなく……だから俺は、極めて平常な精神状態で自室のドアを開けた。



「……っはぁ」



 長く息を吐いて布団に埋もれる。なんだか、風呂に入るのも億劫だ。明日は日曜日だし、今日くらい……。


 そんな怠惰な感情に身を委ねかけたその時、ドアをノックする軽い音が響いた。



「ふぁーい」



 我ながら、なんて眠そうな声だ。まだ夕方だってのに。



「お邪魔するよ」



 ドアを静かに開けて、ニ……ペケが部屋に入ってきた。



「……今日くらい特訓は勘弁してくれ」



 用件を先読みしてそんな事を言ってみる。が、どうやらペケの用事はソレではないらしい。どこかぎこちない声で、話し始める。



「や、大した事じゃないんだけども」



 そう前置きする。何故かそれが、ペケには似つかわしくないように思えた。



「ちょっとした笑い話、みたいなものでね」



「?」



 どうも歯切れが悪い。ボーっとする頭に、らしくないペケ。まるで夢の中の出来事かと錯覚してしまう。



「今日の事だけど、俺たちがどうやって久遠を探したか解るかい?」



 俺はまったく働かない頭を無理に動かして考えるが、答え以前に、質問の意図が掴めない。


 俺が黙っていると、ペケのヤツは少々早口になって、言葉を続けた。



「いや、それがね。君がどこぞへ行っちまった後、ふらふらっとやって来た遥香が、警察犬もかくやってばかりにずんずんと歩き出してね……まったく、くーちゃんったら勝手にいなくなって! って。文句たらたら言いながら、見た事ないような道を右に左に……久遠?」



 だんだんと遠くなる声。ヤバイ、ちょっと冗談じゃなく眠い。



「……わ、り。すっげぇ眠くて」



 やっとの思いでそれだけ伝える。瞼はさっきから重力の言いなりだ。頭もグラグラする。



「……か。無……ない……っくり……な」



 ペケの言葉は断片のみが辛うじて耳に飛び込んでくるだけで、俺はその意味を掴む事すら出来ないでいた。


 ただ、言葉の全貌を理解する事は出来なくとも、ペケが何を言うために俺の部屋にやってきたのかは、何となく理解できた。


 要するに、ペケなりに気を使ったんだろうな。まったく、余計なお世話だ。


 意識が途切れる直前、俺はぎこちなく話すペケに向け、小さく「ごめん」と告げた。

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