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Seven Swords Story  作者: すず
16/26

忘却校舎/仮面の悪魔

 三十メートル程の距離を、モノクロームの化物はゆるゆると闊歩する。足の無いソレに対し「歩く」という表現をした自らの感性に少々疑問を抱くが、なんとなくそんな風に見えたのだから仕方がない。


 なんていう場違いな思考を一瞬で追い出して、俺は二本の剣を顕現させる。


 名を呼ぶ、という単純な行為にまで簡略化された詠唱により、俺は魔術を行使するための知識を一切持たぬまま、その神秘を容易く実現させた。


 宙に浮く『怠惰』ともう一振り。薄刃包丁、と言うのだろうか。幅の広い本体と、片方にのみ作られた刃。異様なのはその巨大さで、一般的と思える(実物の剣など見た事ないので、想像の部分が大きいが)『怠惰』より一回りも大きい。勝手に浮いているとはいえ、コレを振り回すとなれば、想像を絶する筋力と卓越した技量が必要になるだろう。


 無論、今の俺にそんなものは無い。この間まで普通の、今だってどちらかといえば普通な男子高校生である俺に、こんな化物めいた刀を振り回せる筈がない。


 そんな、一見無用の長物とさえいえる巨剣、『傲慢』を俺が選んだ―――ニヒトとの誓約、使って良い剣は二本だけ―――理由は、単にカッコいいからという実に馬鹿馬鹿しいものであった。


 柄を握っただけでその剣の『能力を自動で理解』してしまう今の俺には、剣の選び直しは出来ない。剣の力を知らないという事が重要であるからだ。


 能力が解らないのだから使い易いようなモノを選べば良かったのに、その時の俺は何故かデザインを優先していた。馬鹿そのものである。


 そんな馬鹿丸出しな失敗も、むしろ今この状況で、



「おわっ!!」



 思考を分断する、黒い閃光。純白の腕から放たれた得体の知れない光は、宙を進みながら二つの球へと姿を変える。軌跡は螺旋を描き、二つの球は絡み合いながら俺へと正確に飛来した。


 直撃だ。ソレが物理的にどんな威力を発揮するのか、俺には想像も出来ない。血は出るのか。骨は折れるのか。それとも人間を即死させる程の衝撃力があるのか。


 そんなヤツの攻撃を受けてなお、こうやって何だかんだとモノを考えていられるのは、全てこの『傲慢』のおかげである。


 いや、違うか。そもそも俺は『攻撃を受けていない』のだ。アイツが発射した黒球は俺へと到達する前に、尽く雲散霧消した。


 これが『傲慢』の力―――対魔術の相殺防壁、魔術師殺しのスペルキャンセラー。


 『傲慢』を握っている限り、俺へと魔術が直撃する事は無い。『傲慢』の発生させる防壁に触れた魔術は、無力化し、消滅する。


 勿論、無限に相手の攻撃を防げるワケではない。魔術を打ち消した代償として、俺の魔力を消費する。『傲慢』自身の魔力は防壁発生に充てられている為、無効化自体には術者のモノを用いるようだ。


 また、魔術でないものは防ぐ事が出来ない。直接的な打撃は元より、魔術以外の神秘……その発生源が魔力でないもの。遥香によれば、魔術師はソレらを異能力、超能力などと呼び、魔術とは区別しているそうだが……に効力は無い。あくまでも、対魔術用の能力である。



(つまり、二重の意味で結果オーライって事だ)



 俺がこの剣を選択した事と、アイツの攻撃が『魔術』であった事。二つの偶然によって、俺はなんとか無事でいる。


 生きて帰れたら、魔術かどうかを見分ける方法を教わろう。


 直撃する時に抜けかけた腰へと力を入れなおして、俺はそう決意する。


 自らの攻撃を防がれた事など気にも留めていないのか、アイツは涼しい顔で再び距離を詰め始める。


 さて、どうするか。防御に関してひとまず考える必要が無くなった今、問題となるのは『いかに倒すか』である。


 さっきも言ったが、『傲慢』を振り回すのは俺には無理だ。かといって『怠惰』に持ち替えればヤツの攻撃を防ぐ事は出来ない。両手に一本ずつ剣を持つ、なんていうのはなおさら不可能だ。



「って、ニヒトに言われた通りじゃねーか」



 たった二つの選択肢ですら、俺はごちゃごちゃと思い悩んでいる。こんなんじゃ駄目だ。


 ふぅ、と大きく息を吐き出して……それから静かに、長く吸い込む。


 とりあえずやってやれ、だ。覚悟なら、もう決まっている。


 視線に力を込めて、ヤツを真っ直ぐに見据える。あいもかわらず不気味な表情だ。


 俺は『傲慢』を強く握り締め、馬鹿正直に、真正面から突っ込んだ。


 音もなく、化物の両腕が地面と水平に持ち上がる。



―――来るッ!



 純白の右手の平に浮かび上がる幾何学模様。所謂、魔法陣ってヤツだろう。ソレの中心が発光したと同時に、何度目かの黒球が射出される。


 これは避けられる。ニヒトの動きに比べれば、ヤツが腕を上げて魔術を起動させる動作は酷く緩慢だ。左に一歩ステップし、迫るソレを難なく躱す。


 間合いまで後、四歩、三歩……。


 二発目は来ない。連射は出来ないのか。それならそれで何の問題も無い。



「おぉッ!」



 剣が使えないのならば、ブン殴るまでだ!


 掛け声というよりもむしろ叫びに近い声を上げて、俺は右腕を振り上げる。


 そのニヤケ面に俺の拳がめり込む瞬間、足元が、パッと輝いた。



「―――!?」



 視界が、黒に染まる。


 間欠泉じみた魔力の奔流。或いはソレは、地雷の様なモノなのか。地面から噴出した黒色の衝撃波が、天を目指して駆け抜けた。



「ッッッああああああああ!!」



 『傲慢』が強く脈動する。相殺防壁は問題なく機能し、その魔術を無力化する。


 黒い間欠泉を引き裂いて、俺の拳がヤツを捉えた。


 ゴン、という鈍い衝撃。思っていたより硬くは無かったものの、それでも俺の拳には、物を殴った感触が確かに刻まれた。


 体が無いためか、それとも宙に浮いているためか。俺の素人パンチで数メートル吹き飛んだ化物は、ドサリと地面に倒れた。



(こんなんじゃまだ足りてない!)



 奇妙な確信。当然だ。普通の人間だって、一発殴られた位で戦闘不能になったりはしない。ましてアイツは人外の化物だ。この程度でくたばるなんて、そんな馬鹿な話が有る筈ない。


 俺は倒れ伏したヤツへ駆け寄って、背後に手を伸ばす。


 律儀に後を追ってきた『怠惰』を掴むと、白い面へと振り下ろす。



「なっ……!?」



 先程より、はるかに硬質な感触。『怠惰』の刃は、ヤツの腕によって止められた。


 掴まれた、とか、払い除けられたワケではない。顔を庇った腕が頑丈であったが為に、食い込んだ刃は腕の途中でその動きを停止する。


 しくじった! 思考は刹那に吹き飛んで、無重力感が俺の全身を支配する。


 人工芝の茂る地面に背中を打ちつけて初めて、俺は自分が文字通り『殴り飛ばされた』のだと理解した。



「ぐ、ぅ」



 思ったよりも痛みは無い。ベンチを一撃で粉砕出来る程の豪腕に殴られたというのに、これは一体どういう事か。


 揺ら揺らと浮かび上がるヤツを見て、その理由がヤツの不完全な体勢にあったと気がついた。


 もしも今の一撃が、完全な状態で決まっていたら?


 ぞくり、と背筋を貫く一本の氷柱。或いは、俺は死んでいたのかもしれない。



「く、そぉおおおお!!」



 がむしゃらに、ただがむしゃらに……恐れとか、不安とかを吹き飛ばすように。俺は叫び、再び走る。


 『傲慢』を手にし、体当たりに近い格好で化物へと肉薄する。


 一発、二発……放たれる魔術を蒸発させながら、俺は体を大きく捻って、その巨大な剣を真横に振るう。


 ふわりとマントをなびかせて、モノクロームの化物は宙に舞う。鈍重な剣の側面に手をついて、水平に振るった斬撃を飛び越えた。


 躱されるのは承知の上だ!


 振りぬいた剣は、その巨大さ故に大きな慣性モーメントを生じさせる。その、どうやっても拭いきれない膨大な隙を狙って、ヤツが繰り出すカウンター気味の一撃こそが俺の狙いである。


 『傲慢』を投げ捨てる事で慣性から解き放たれた俺は瞬時に体勢を立て直し、鈍器の一撃にも似た正拳をギリギリで躱す。


 同時に、ヤツの手に食い込んでいたままの『怠惰』を掴むと、伸び切ったその腕を力任せに分断する。


 鈍い音の後、ヤツの左腕は重力に引かれ大地へと落下した。


 こんな化物でも、痛みを感じるのだろうか。ソレとも、我が身を失った怒りが体を震わせるのか……無表情にしか見えない仮面に、憎悪の色が浮かんだように思えた。


 まだ、終わりじゃない。俺は『怠惰』を両腕で握り直し―――残された純白の右腕を見て―――先ほど投げ飛ばした『傲慢』が、手の届かない位置にあると気がついた。


 しまった。ヤツの腕を両断したのなら、間髪入れず、そのまま攻め入るべきだったのだ。この余計な時間は、紛れも無く命取りになる……戦いの中、鋭敏化した直感がそう告げる。


 一秒、短すぎる一秒。『傲慢』を拾う事は―――叶わない。


 無防備な俺へ、ヤツの魔術が迫る。


 いくら発射までに幾許かの猶予があるとはいえ、黒球自体の飛翔は速い。一発や二発は躱せるかもしれないが、それだけだ。


 いつまでも躱し続ける事は出来ないだろうし、躱しながら戦う事など、もっと無理だろう。


 何とかして、『傲慢』を拾わなければならない。



「何とかも何も」



 閃光。第一射が放たれると同時に、俺は『傲慢』目掛けて疾走を開始した。


 背中を抉るようにして最初の一発が、足元を掬うように二発目が……それぞれ薄皮一枚を掠るも直撃する事は無く。運に助けられる形になって、俺は五体満足のまま『傲慢』へと距離を詰める。



「―――ッおぉ!」



 連射される三発目と四発目。最早躱す事は出来ぬと、俺はヘッドスライディング気味に『傲慢』へと飛び込んだ。


 手を伸ばす。もう少し、もう少しで……っ。


 だが、現実は非情なようで。滑り込んだ俺よりも、ヤツの魔術の方が僅かに速い。



(駄目だ、また……)



 また、届かない……俺は、また……っ。


 一秒が、何倍にも伸長していく感覚。コマおくりの様に、現実がスローモーションに感じられる。事故の瞬間、全てがゆっくりになるとはよく言うが、今の状態はまさにソレなんだろう。


 ああ、なんて残酷なんだ。届かない運命を、こんなにもまざまざと見せ付けられるなんて。どう抗おうと、もう覆らない。空を飛べない俺には、最早どうする事も出来ないのだから。


 突きつけられる、絶対不可避の未来。俺とヤツとの、埋めがたい速度差。


 コンマの先に絶望が見えるという状況において、俺はソレに気がついた。


 確かに俺は飛べない。一度足が地面を離れたら後は物理法則に従って、重力と慣性に導かれるまま墜落するだけである。そこに加速やら、揚力やらを差し挟む余地は無い。


 だがしかし。あの剣はどうだ。宙に浮き、俺の背後を追いかけてきた超常の凶器。アレならば……。


 アレが、自ら俺の方へと向かって来たとしたら、どうだ。


 埋めがたい差を、覆せない運命を……絶対不可避の未来を、切り拓く事が出来るかもしれない。


 出来るのか? やれるのか?


 解らない、解らない……けれど。だからって諦めるワケにはいかない。諦めてなんかやるものか。



―――だから、来いッ!



 強く念じた。祈るように願った。命令するように力強く、俺は『傲慢』を呼びつけだ。



「!!」



 そうして、ソレは俺に答えるように。


 地球が持つ重力に逆らって、俺の手元に飛び込んできた。


 直撃よりも一瞬早く、握りこんだ『傲慢』が力を放つ。


 初めから何も無かったみたいに、黒球は宙へ溶けるように消えていった。


 間髪入れずに立ち上がり、俺はヤツを睨みつける。


 右腕に『傲慢』を、左腕には『怠惰』を……二刀流の如くに握り、モノクロームの化物と対峙する。


 さっきも言ったが、両腕ですら満足に扱えない剣を片手で振るうなんて、とてもじゃないが出来はしない。



「行くぞ、化物」



 だが、『持ったまま動く』くらいの事はやれるだろう。


 二本の剣をしっかと握り、俺は三度ヤツへと走る。


 片手となった化物はソレでも俺を迎撃しようと、得意の魔術を発動させる。


 最早見慣れた黒い光は、お約束とでも言わんばかりにこちらへ届く事は無く……半ば無視する様にして、俺はヤツへと接近する。



「あ―――?」



 その異変は、四発目の黒球を消し飛ばした時に現れた。


 剣を振るえばヤツへと届く所にまで来て、『傲慢』がその脈動を弱らせる。


 一体何が……!!


 疑問は、一瞬で答えに直結する。


 魔力切れ―――?


 俺の顔目掛け発射された五発目を最後に、『傲慢』は完全に機能を停止した。


 どくん……! どくん……!


 消えかけた恐怖が、俺の臓腑を微かに震わす。


 次は……次は防げない。


 そんな弱気を必死に押さえつけて、俺は『怠惰』を正面に構える。


 発射される六発目。狙いは、またしても顔面。俺は身を屈めてソレを躱し……その動作が必要以上に大きかった事を、七発目発射後に気がついた。



「ぐっ」



 回避よりも逃走に近い動き。地面を転がるようにして、なんとか七発目を避ける事に成功する。


 あぁ、けれどそこまでだった。今度こそ本当に、間に合わない。


 最早どう躱して良いのか考える事も出来ず、俺の視線はただヤツの手の平に吸い込まれていた。


 死への恐怖と、自身への無力感がない交ぜとなり、俺の足はガクガクと震えた。


 父さん、母さん……遥香……ッ。


 ぎゅっと目を閉じて、俺は最後の時を待つ。


 一秒、全身の筋肉が強張った。


 二秒、冷や汗が、とめどなく流れ続ける。


 三秒、嫌に長い執行待機。俺はうっすら目を開けて……異形の化物の断末魔を聞いた。



「な―――」



 縦に裂けた仮面。まるで刃物で切られたみたいな、綺麗な傷跡。


 仮面と腕は地に落ちて、灰となって何処かへ消えた。マントだけがヤツの存在を証明するかのように、ゆらりゆらりと漂っていた。



「に、」



 芝生へと不時着したマントを拾い上げ、ソイツは俺へと声を声をかける。



「探したぞ、まったく」



「……ニヒト」



 普段通りの様子でそう言うと、ニヒトはマントを投げ捨てる。


 どんな魔術を使ったのか、マントは空中でバラバラに切り刻まれて、黒い吹雪となって飛び散った。


 俺は未だ震える足をゆっくりと撫でながら、ソレの行く先を見つめた。

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