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Seven Swords Story  作者: すず
15/26

忘却校舎/逃走か、闘争か

 九月十三日土曜日。少々早めの昼食を済ませた俺たちは昨夜の約束通り、隣の高校へとやって来た。文化祭という事で、学校には小中学生や一般の参加者も大勢だ。


 人ごみに紛れ込むと、案の定というか、トロい遥香はすぐに何処かへ消え去ってしまうので、こういった場所へコイツと同伴する時は非常に気を使う。


 今日はニヒトがいるぶん少しはマシだろうが……。



「おおお、アレは美味そうだ」



 訂正、いつも以上に大変かもしれない。


 フラフラと何処ぞへ行きかけるニヒトをとッ捕まえて、俺は溜息を吐いた。



「あのなぁ……ただでさえ一人、迷子癖の人間がいるんだぞ!? せめてお前はしっかりしてくれよ」



「迷子癖?」



 キョトンとした顔で聞き返すニヒト。俺は小さく溜息を吐き、それから答えた。



「遥香だよ。アイツは超が付くほど……? あれ?」



 アイツ、言ってるそばから!


 キョロキョロと辺りを見回すが、その姿は見当たらない。



「ああもう、あのポンコツめ、何処に行きやがった」



「まぁまぁ、そう鼻息を荒げるなよ、それに……」



 ニヒトは急に声のトーンを落とし、言った。



「遥香の事なら、そんなに心配する事ないよ。俺と彼女は召喚の影響で霊的な繋がりを持っている……いざとなれば彼女の位置くらい、即座に把握出来るんだ」



「霊的な繋がりって?」



 他の参加者の邪魔にならないよう廊下の端に移動しながら、俺はそう聞き返す。



「召喚……に限らず魔術的な契約っていうのは、術者と対象の魂の位置を近づける側面を持っているんだ。勿論ソレは三次元世界における物質ではなく、概念的な存在だから目には見えないし、通常認知する事は出来ないんだけどね」



 三次元だの概念だのと、小難しい事をボソボソ説明するニヒト。タダでさえ解らない内容が、更にややこしく聞こえる。



「魂とは即ち、過去、現在、未来に至る『自己』の絶対的記録媒体。個の本質。過去世、現世を超え未来永劫続いていくモノ。必滅の器に対する不滅の存在……理解できたかい?」



「俺達が何だか変な目で見られてるって事ならな」



 言うが早いか、俺はそそくさとその場を後にする。いくら小声だったからって、往来でする様な話ではないのだ。というか内容云々よりも、大の男二人が廊下の隅でヒソヒソと話をしている事の方が重大な問題だったんだろう。文化祭の雰囲気とはどう考えてもミスマッチだ。



(考えすぎかもしれないけれど……)



 実際、雑踏の中に混じれば俺達の会話なんてロクに聞こえやしない。しない……けれど、それでも何となく気になってしまうのである。



「おーい、ちょっと待ってくれ」



 急に行かないでくれよ。なんて言いながらしっかり後ろに着いて来るニヒト。


 こちらから質問しておいて逃げ出すような格好になってしまったので、俺としては非常に気まずい。なので、とりあえず歩きながら続きを聞く事にする。勿論小声で。常に移動しながらならば、まぁそこまで問題にもならないだろう、多分。



「それで……つまるところ、ニヒトと遥香はどうなってるんだ?」



 隣に並んだニヒトへ、単刀直入に聞く。


 少し考える様な素振りを見せた後、ニヒトはサラリと答えを口にした。



「そうだなぁ。かなり強い繋がりを持っている、と言えるのかもしれないね」



「……え」



 ピタっと、俺の足が止まる。驚きは何に対してのモノなのか。


 不思議そうに俺を見るニヒト。


 対する俺は、どの様な顔をしていたのだろう。



「どうした?」



 問いかけるニヒト。


 どうした? 俺はどうしたっていうんだ?


 頭がグルグルする。思考が分散し、風景が滲む。


 喧騒が遠のき、世界が消えていくような錯覚すら覚えた。


 ズキンと、胸の奥が痛む。



「久遠?」



「あ……」



 俺は、何も答える事が出来ず。


 気がつくと、駆け出していた。



「お、おい!」



 人波をすり抜け、リノリウムを蹴って……俺は走る、走る。


 何処へ? 知らない。


 何処へ? 解らない。


 ただ、何処か遠くへ。このイカれた感情が吹き飛ぶまで、ただひたすらに。


 住宅地を抜け、信号を渡り……体が悲鳴を上げて、足が自然に止まるまで。俺はがむしゃらに駆け抜けた。


 肩で息をしながら、辺りを見回す。


 見慣れぬ場所だ。小さな山の麓を囲むように作られた林道。左手には木々が、右手には小学校と、公民館の様な建物が見えた。



(ニヒトは……流石に追っては来ないか)



 そりゃそうだ、なんたって学校には遥香がいるんだから。


 ズキン。胸を襲う、鈍い痛み。その感覚の発生源が、俺には解らない。


 いや、解らないフリをしているのだろうか。


 核心に届きそうな思考を曖昧に蹴飛ばして、俺は公民館へと足を向ける。


 勿論、思いつきだ。この所在無さをどうにかしたかった。


 あまり整備のされていないデコボコ道を抜け、その建物の正面に回りこむ。



「図書館か」



 どうやら公民館ではなかったようだ。


 休日だというのに人気がないのは、文化祭のせいだろうか。


 開館時間を確認してから、自動ドアの前へ立ち……クルリと図書館へ背を向ける。



「やめとこ」



 今は本を読むって気にはならないし、図書館の静か過ぎる空気を吸うのも躊躇われた。


 我ながら重たい足取りで、近くにあったベンチを目指す。


 木製の古びたベンチに腰掛けると、俺はようやく一息つくことが出来た。


 そうして少し冷静になると、途端に後悔の念がこみ上げてくる。


 一体全体、俺は何をやっているんだ?


 なんて自分に問いかけたところで、明瞭な答えが返ってくるわけでもなし。


 というか、走って飛び出すなんてありえないだろう。


 しかもその理由が、つまらない嫉妬なんて。



「……うん?」



 ちょっと待て、なんだって? 今、俺は何を考えた?


 俺が飛び出してきた理由が……つまらない嫉妬だぁ?



「ありえないだろ。俺が、誰に?」



 ズキン、さっきの痛みが再び俺の胸を貫く。


 なんなんだ、この痛みは。


 胸に手をやるが、特に変わった様子はない。


 或いはこれは、俺の気のせいなのだろうか。


 だとすれば、なおさら滑稽な話だ。まったくの道化だ。


 大きく溜息を吐く。何だか、どっと疲れた。


 一体どんな顔をして帰ろうか。俺がそんな事を考え始めた時だった。


 その異変が起きたのは。



「あ?」



 得体の知れない寒気。形容しがたい怖気が、混ぜこぜになって背中を撫でる。


 言い表せない、その感覚。けれども俺は、その感覚を知っている。


 そう、これは……。


 これはあの黒犬が現れた時の……。



「っ!」



 そこに到って、俺はその存在に気がついた。


 目の前……図書館の駐車場の、その中心。


 モノクロームの異形が、ふわりふわりと浮いていた。


 黒い三日月を三つあしらった白い面。二つは下弦、残りは上弦……笑顔を思わせるその模様は、酷く不気味だ。


 仮面の下には黒いマント。足は無いように見える。地面から浮いているようだが、原理は解らない。


 確信する。間違いなく、犬と同類の化物だ。


 俺がベンチから立ち上がるのと同時に、ヤツは移動を開始する。


 滑る様に宙を進む仮面の化物。ソレを視認した俺の脳裏に、ニヒトの言葉が再生される。



『最も重要な選択はシンプルな二つ……逃げるか、戦うか』



 一秒。逃げるか? ニヒトのいる高校まで行けば助かるだろう。けれどそうすれば、文化祭に参加している人たちを巻き込むかもしれない。そもそも俺は、そこまで逃げる事が出来るのか? 追いつかれる可能性は?


 二秒。戦うか? 俺は勝てるのか? 敵の戦力が解らない以上、勝てる算段は無いに等しい。猟犬よりも強かったらどうする? 俺は……死ぬ?


 三秒。俺はソレを決定する。


 直ぐそこにまでやって来た笑い顔は、体をピクリと揺らした。


 俺が自らの選択を実行に移すのと化物のマントがたなびいたのは、まったくの同時であった。


 マントの下には何も無かった。胴体はおろか、首も腰も……人間を構成するのに不可欠な器官は、何一つ存在しない。



 そんな虚ろな空間から、真っ白な腕が飛び出した。



 ベンチを飛び越え、ヤツに背を向けて駆け出す俺の体を、恐るべき速度でソレが掠める。


 ガン。鈍い破壊音。恐らくベンチがぶち壊されたのだろうが、確認している余裕は無い。判断が一瞬でも遅れていたら、潰されていたのは俺だ。


 図書館の横を走りぬけ、俺は林道へと到達した。


 T字路になっているそこを左へ行けば高校へと到る道、右へ行けば……その先は、解らない。


 俺は迷わず、右の道を選択した。


 一瞬だけ振り返ると、マントから白い腕を垂らした化物がするすると近づいている。


 俺は少しだけ安心した。


 黒の猟犬を自動車に例えるのなら、ヤツの速度は自転車くらいだ。全力で走れば、少しの時間は稼げるだろう。


 初めて見る景色をぐんぐんと追い越して、俺はひたすらに走った。


 小石の散らばる林道は恐ろしい程にデコボコで、足元に絶えず注意を払わなければならない。油断をすると、



「なっ!」



 体のバランスが崩れ、俺は地面に倒れ伏す。


 言わんこっちゃ無い!


 派手に転んだ俺の頭上を、黒い球体が通り過ぎていく。



「え?」



 後方に視線をやると、マントから生えた腕をこちらに向けた化物が、あいもかわらずニヤニヤ笑いを浮かべている。



「結果オーライって事か!?」



 すぐさま体勢を立て直した俺は、今度は出来るだけジグザグに疾走する。


 アイツが遠距離から攻撃できるってんなら当然だ。後ろから撃たれたら堪ったモンじゃない。


 何度か繰り出された仮面の攻撃をなんとか躱して、俺はようやく林道を抜ける。


 広がる視界のその先に、巨大な円形の施設が見えた。



「此処なら……」



 奇妙な確信を抱き、俺はそこを目指して走り続ける。


 駐車場を抜け、閉ざされた正面入り口を通り過ぎ……鉄の柵を乗り越えて、その施設の中へと入り込む。


 整備された人工芝と、フィールドを丸く囲う観客席。主役無きグラウンドは、ただ静かに沈黙している。


 市営球場……入り口に掲げられたプレートに書かれていた通り、そこは野球をする為の場所であった。


 それはつまり、一人と一人が「戦う」のにはあまりにも広すぎる空間であり……だからこそ、底知れぬ怪物と戦うのには、うってつけの場所と言えるだろう。



「これだけ広けりゃ、誰も巻き込まない」



 この選択は、果たして正しかったのだろうか。俺にソレを知る術は無い。


 だけど、これだけは言える。


 いくら自分が生き延びる為だからって、他の誰かを巻き込むなんて、そんなのは駄目だ。


 せめて出先じゃ無けりゃ、家まで逃げるって選択も出来たんだろうけれど……そんなifを考えたってしょうがない。こうなった以上、やるしかないのだ。


 俺は震える手を必死に押さえつけ、鉄柵の向こうを見た。



 変わらぬ笑みを湛えて、仮面の化物がやって来る。



 俺を殺しに、やって来る。



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