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Seven Swords Story  作者: すず
12/26

忘却校舎/欠けた一振り

「……目を閉じて」



 奇妙な空気が漂う、夜の裏庭。遥香の声だけが、俺の知っているセカイのモノだった。


 凪いだ水面の様な……或いは、凛と鳴る風鈴の様な。遥香が一言喋る度、その声が耳へと届く度……すっと、俺の体を清い流れが通り過ぎていく。


 無論、ソレは錯覚で……ただの、俺のイメージである。けれど、寄る辺無いこの夜において、慣れ親しんだ彼女の声は何よりも俺を惹きつける。安心させる。



「……呼んで。あの剣の名前を」



 その声の通りにしないといけない。このセカイでの俺は、孤児にも等しい。だから何の疑問も無く、俺は遥香の言う通りに『呼び』かけた。


 閉じた視界には、黒の荒野。何一つ無い、絶対の虚空。


 口を開く時。剣の名を思考した瞬間。声を出すその刹那。


 絶対色を切り裂き輝く、七つの燐光。その淡い光が存在を増す。



断罪すべき(セブンズ)―――」



 呼吸の様な自然さで、歩みの様に軽やかに。



「―――七つの、大剣(グリモワール)っ」



 セカイに生まれ、死んでいくその摂理と同様に。当たり前みたいに。



 剣は、いとも簡単に現れた。



「で、出来たっ」



 幾本かの剣が、地面から生える様にして、俺の正面に並んでいる。


 まさか、魔術がこんなにも簡単に使えるなんて……。拍子抜けした、と言ったら罰が当たるだろうか。


 遥香はポカンと口を開け、俺と剣を交互に眺めていた。



「―――お! いたいた」



 突然、背後から声が上がる。振り向くと、疲れた表情を浮かべたニヒトが立っている。どうやら街の見回りとやらは終わったらしい。


 長身を揺らしながら、ゆったりとしたペースでこちらに歩み寄るニヒト。俺、遥香、剣の順に視線を動かすと、ふんふんと何やら一人納得した様子。



「お疲れ様! どうだった?」



 いつもの調子で首尾を聞く遥香。ニヒトは、ん、と少し考える素振りを見せてから口を開いた。



「ソレっぽい所は何箇所か。元々探査系は苦手なんだけど……今にも連中が染み出してくるってトコは嫌でも解るからな。定期的に街を見回ってりゃ、そう大事には至らないだろう」



 ま、勝手が解るまではちょっと危ないかもしれないが。そう結んで、ニヒトの報告は終了した。



「了解です。それじゃあ、お風呂でも入ってゆっくりしてね」



 ビシっと敬礼のポーズをとって了解の意をダイナミックに表現した後、家の方を指差して遥香が休憩を促す。



「そいつはありがたいんだけど……先に夕食にしないか? 今日はやけに腹が減る」



 お腹の辺りを右手でさすり、空腹を訴える。遥香は少しだけ困った様な表情を浮かべ、「うーん、くーちゃんの練習が終わってからにしようと思っていたんだけど」と言った。



「練習……って、術式の起動はもう出来てるじゃないか」



 地に触れず、宙に浮いている凶器。ソレを眺め回しながらニヒトはそう呟いた。


 大きさも形もバラバラな、一見すると剣かどうかも怪しいその群れは、降り注ぐ月光を浴びて青白く発光している。



「―――うん?」



 疑問の声。俺とニヒトのモノである。どうやら同じタイミングでソレに気がついたらしい。


 俺は指を折りながら、左から順に剣の本数を数えてみた。



「一、二、三……四、五…………六?」



 昨日の夜に聞いた話しでは、剣は七つの筈だ。ところが、だ。今俺の目の前にある剣の数は六本。これは一体どういう事だろうか。



「ろく!?」



 遅れて声を上げる遥香は慌てて本数を数えてから、訳が解らないという様な表情を浮かべた。



「……どういう事だろ」



 うーんと唸る遥香を横目に、俺は六本の中で最もシンプルな剣を手に取った。


 何故そんな事をしたのか、自分でも良く解らない。ただ何となく、右手が吸い込まれる様に剣へと伸びたのだ。


 握りの感触に覚えがあった。あぁ、これは猟犬に襲われた時、俺が使った剣だ。あの時は無我夢中でまったく気がつかなかったが、剣ってのは思ったよりも重いんだな。


 そんな風な、取り留めの無い様な事を考えていると、唐突にニヒトが声を上げた。



「昨晩、刹那は確か『呪文書は、七つの大罪を書き記したモノ』だと言ってたな。ってのは、一冊につき一つの罪、悪性を扱ってるって認識で良いのかい?」



 一瞬待って、遥香は頭を縦に動かした。肯定の意味だろう。



「という事は、剣一つ一つが七つの大罪のいずれかに対応しているって訳だから……えぇっと、どれがどれだかは解る?」



「うっ、流石にそこまでは解らないかも……」



 何やら二人だけで話しを進めている様子。正直まったく付いていけないので、俺は他の剣を眺めたりしてみる。


 何度見ても、目の前の物体は俺の持つ『剣』のイメージからかけ離れていた。すんなりと剣だと思えるのは先ほどのモノだけで、その他の五本は、剣というにはあまりにも異形だ。



「これなんて鉄パイプじゃねーか、穴開いた軽量仕様の」



 六本の中で最も細いその『鉄パイプ』を手にとってみる。と言っても鉄パイプは刀身に当たる部分だけで、柄は黒い棒を縦に二本連結した様な作りになっていた。片手で持つと柄が半分以上余る……恐らくこの剣は、本来両手で持つモノなのだろう。鍔の部分は円錐の頂点をスパッと切り取った様な形、とでも言えば良いだろうか? 切り取られた頂点からは鉄パイプが、底面からは柄がそれぞれ伸びている。また、鍔から柄に向かって銀色のパーツが飛び出しているが、用途がまったく解らない。柄を握った指を保護するモノだろうか? 何から何まで謎だらけである。



「七つの大罪ってのは、強欲・憤怒・嫉妬・傲慢・暴食・色欲・怠惰だが……この中で久遠に欠落してるモノがあるとすれば、どれだと思う?」



「えーっ! くーちゃん、煩悩は人並みにあるからなぁ……」



「ちょっ遥香さん、随分言ってくれやがりますじゃねーかコラ!」



 何やら話しが妙な方向に進んでいたので横からツッコミを入れる。ちなみにその辺に放り投げた鉄パイプは地面に触れるか触れないかの所でふよふよと浮かんでいる。他の剣も同様に浮いているので多分、そういうモノなんだろう。



「まぁまぁ、他に思いつかないんだし良いじゃないか。しかし……術者によって効果がマチマチな術式とは奇怪だなぁ。や、逆にそういう制限を設ける事で強力な魔術を術式に落とし込んだのか?」



「あっ、解った! くーちゃんに足りないのは色欲だよ! こないだも私のパンツ見たっていうのになーんも反応しないし!」



「ほぅ、そうなのか?」



「っだぁ! 真面目な話しをするのかしないのかハッキリしろ! 何なんださっきから」



 何が何やら解らなくなってきたので、一旦話しを中断させる。正直、混乱しそうだ。



「すまんすまん。が、別にふざけてる訳じゃないぜ? 腹も減ってるし手短に伝えるが……剣が一本足りないのは、内的要因によるモノだと考えられるって話しを、俺と遥香はしていたんだよ」



 内的要因? 内的って言うのはつまり外的の反意語であって……。この場合、その『内的』が指し示すのは……俺、か?



「そう、君……と言うよりは『断罪すべき七つの大剣』の術者と言った方が正しいだろうな。魔を惹きつける程の魔力を持った本、ソレも複数を具現させる強力な術式……条件・制限はむしろ在って当たり前なんだ」



 うーん……理解できたようなそうでもないような。七本目が現れない原因が俺にあるとして、じゃあその原因ってのは何なんだ? 煩悩だとか欠落だとか言われてもピンとこない……自分で言うのもアレな話しだが、色欲だって人並みにはあるぞ、多分。



「人並みに色欲あるのにパンツ見て無反応ってどういう事よぉ!」



 何やらプンプン怒っている遥香。随分とそこを引っ張るが、あの時は事情が事情だったし……。



「っつーかお前のパンツは見慣れてるんだよ」



「ひっどーい!」



「あー……とりあえず保留にしないか? 今はこれ以上進展しないだろうし、腹も減ったし」



 脱線しまくった場をニヒトがまとめる。確かに、ウダウダやって解決策が見つかる訳でも無い。俺は同意を示すと、若干不満げな遥香を引っ張って家の中へと帰った。



……



「―――」



 ソレは、多分声だった。


 暗闇の中、俺の名前を呼ぶ声。懐かしい響きは、いつか聞いた遠い記憶。力強く、でも安心する様な……そんな父親の、声。


 そう、ソレは紛れもなく―――父さんの声だった。


 何も存在しない暗黒の中、父さんの声だけが一筋の光明の様に俺へと届く。コレは夢なのだろうか? 或いは、あの世、か。死んだ人間の声が聞こえるなんて……そんな事が起こり得るのは、このどちらかしかないのだから。



「―――夢だよ、久遠」



 五年ぶりに聞いた父の声は、ハッキリとそう告げた。


 俺は顔を左右に動かして……闇の中、父さんの姿を探す。


 けれどどこにも父さんはいなくって……在るのはただただ広がる無垢な黒。


 懐かしい声が、暖かい声が聞こえるのに……だってのに、その顔を……あの瞳を見る事が出来ないなんて!



 こみ上げるモノを止める事が出来ず、俺の目からは涙が溢れた。



 胸が、キュウと締め付けられる。「ごめん父さん。高校生にもなって、みっともないね」発した声はしかし、虚空に消えた。



「大丈夫、父さんには届いたから」



 その姿が見えていたのなら、優しく笑っていただろう。ニッコリと微笑んだ父さんが脳裏に浮かんで消える。



「時間があまり無いから、一度しか言えない……良く聞いておくれ」



 真剣な声。俺は耳に全神経を集中する。父さんのそんな声を聞いた事なんて、今まで一度だって無かったから。


 晴れる事の無い闇の中、ポツリポツリと紡がれる父さんの声はまるで夜空に瞬く星々の様に……俺の心を少しずつ照らしていった。

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