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Seven Swords Story  作者: すず
11/26

忘却校舎/特訓開始

「……ふわ、ぁ~」



 堪えきれず、俺はでっかい欠伸を一つ。意図せずに溢れる涙を右手で拭うと、鞄の中にノートやら筆箱やらを詰め込む。時間は放課後。生徒も疎らな、そんな教室。


 どうやら眠っていたようだ。ホームルームの途中から、記憶が飛んでいる。


 ……まぁ、しょうがないか。


 今朝の特訓を思い出し、俺は少しだけ苦笑いを浮かべる。あんなに運動したのはいつ以来だろうか……クタクタになるのも無理はないだろう。


 ニヒトとの特訓は、俺の想像の斜め上をいくモノだった。


 なにせ俺は、基本的な体力作りや、さもなければ剣の使い方を一から教えて貰えるんだとばかり思っていたのだ。それがまさか開口一番「よし、じゃあかかって来い」なんて言われるとは……。


 曰く、基礎からやっていたら、基礎が終わる前に化物に殺されてしまうとかなんとか。確かに、俺に必要なのは『基礎から固めた上手な技』では無く『今晒された現状から生き残る術』なのだ。そういう意味で、実戦形式での訓練は理に適っているのだろう。



「……適ってるのか?」



 廊下を歩きながら、自分の思考にツッコミを入れる。駄目だな……疲れのせいか頭がボーっとして、考えが上手く纏まらん。


 いかんいかん、シャキっとしろ、俺。帰ったら今度は魔術の訓練だ。


 何かの間違いで誰かに目撃されるとマズイので、朝は剣術、夜は魔術と時間を分ける事を提案したのはやっぱりニヒトだった。何だか掴めないキャラクターだけど、そういうところはキチンと考えてるんだな。


 などと若干失礼な事を思いつつ昇降口に辿り着いた俺は、モソモソと靴を履き替え、いつもよりゆっくりとしたペースで帰路に着いた。



……



「ただいまぁ」



 我ながら随分と気の抜けた声が出たもんだなぁなんて思いつつ玄関を開ける。と、中からは俺に負けず劣らずに気の抜けた声。いや、どちらかと言うと間の抜けたってのが正しいな。無論、遥香である。



「おかえり~」



 ドタドタとやってきた遥香は制服姿のままであった。今日は木曜日……遥香の好きなテレビドラマの再放送日であるから、恐らく帰宅後すぐにテレビに齧りついたのだろう。



「着替えた方が良いぞ。シワになるから」



「あ、はぁーい……えへへ」



 突然小さく笑い出す遥香。何だ何だ、思い出し笑いか?



「キモっ」



「えーっ」



 くーちゃんひどーい、なんてぎゃあぎゃあ騒ぎ出す。甲高い声が疲れた頭をぐわんぐわん揺らして、正直ちょっと気が遠くなりそうになる。



「っだぁ、やかましい! 酷いと抜かすんなら、唐突に笑った理由を説明したまえ。二十字以内で」



 居間へと移動しつつ、遥香を黙らせる為にそんな事を言ってみた。遥香の事だ、答えを考えているうちに自分が怒っていたなんてすっかり忘れてしまう筈。というか、そもそも怒ってるワケでもないんだろうけど。



「くーちゃんの台詞お父さんみたいだった」



「……は?」



 サラッと言われたので、聞き逃してしまった。



「だーかーらー、くーちゃんの台詞お父さんみたいだった」



 一呼吸おいてから、俺は指を折りつつ遥香の言葉を反芻する。


 右手の親指から小指まで折って、開く。その動作を二セット。


 ちらりと視線をやる。得意満面といった表情で勝ち誇る遥香。ぐぐ、遥香のクセに生意気な。



「キモっ」



「あーっ、また言ったぁ!」



 いかにも怒ってます、といった風に頬を膨らませる。これが漫画だったら頭にそれらしいマークが見えたことだろう。


 そんな遥香を華麗にスルーしつつ、俺は部屋を見回した。勿論、ニヒトから魔術とやらの勉強を受ける為であるが……。


 何故かその姿が見当たらない。空き部屋は結構あるが、いかんせん家具が無いのでまだニヒトの個室は無い。であるから、アイツが居間を除いてこの家で行く所なんて無い筈なのだけれど。



「それとも、何も無い部屋で瞑想とかしちゃうタイプなのか?」



「くーちゃん、独り言言ってる……」



 何故かニヤニヤしながら俺を見る遥香。「なんだよ」、視線だけで訴える。と、遥香はまたしても勝ち誇った顔を決め、それからボソッと言った。



「きもっ」



「……」



 無言のまま一歩二歩。遥香へと間合いを詰める。


 今の台詞を言えて心底満足したのか、遥香はこれ以上ないって位にご機嫌だ。


 ……ふ、危機感の欠如したうさぎちゃんだ。ここがサバンナなら、お前はもう死んでるぜ。



「オラぁ」



 隙だらけな遥香のこめかみを両の拳で挟み込む。この間実にコンマ八秒。そうして遥香の制止の声が響くよりも早く、俺は両拳をぐりぐりと遥香のこめかみに押し付けた。



「ひぃん、痛い痛い痛い~」



「ふはは、思い知ったかポンコツめ。さぁ、止めて欲しければ久遠さまごめんなさい~、今晩の夕食は鶏の唐揚げにします~と言うのだぁ」



 さり気なく別の要求も混ぜるが、この状態の遥香にソレを判断する余裕はあるまい。我ながら完璧だ。


 なんて勝利の余韻に浸っていたら遥香の奴、更にでかい声で騒ぎ出しやがった。



「うわ~ん、痛い~。痛い痛い痛い痛いぃぃ」



「ちょ、おい、あんまりでかい声出すんじゃねぇ! ご近所の迷惑になっちまうだろ。ってーかそんなに強くやってないしっ」



「うわぁーーーーん、痛もがっ。んーーーんーーーー」



 慌てて遥香の口を塞ぐ。俺の両手が後ろに回る心配もそうだが、何よりグルグルする脳みそが警鐘を発したのだ。気を抜くと、本当に意識が飛びそうである。


 俺が右手を口へと動かした事で痛みから解放された遥香は、ようやく静かになった。涙目で何かを訴えようとしているが、俺は先手を取る事でソレを回避する。



「で、ニヒトはどこだ?」



「……へ?」



「いや、夜は魔術講座って言ってたろ? 肝心の先生がいないんじゃ何も出来ないぞ」



 俺としては至極もっともな事をいったつもりであったが、何故か遥香は頭にハテナマークを浮かべている。


 そうして、「んー」と首を捻った後、遥香はポンと手を打って言った。



「なぁんだ、くーちゃん勘違いしてたのか~。魔術の先生なら、ホラ、目の前にいるよ?」



 ここぞとばかりにふんぞり返る遥香。無駄に育った胸を張って、「ふふーん」と再び勝利ポーズを決める。



「?」



 俺はわざとらしくそのデカイ胸を無視して、視線を左右に動かす。無論、コイツの言っている事は理解した上で、だ。



「もう、私私! イッツミー! 魔術の先生はペケちゃんじゃなくって私なのっ!!」



「ペケちゃん?」



 聞き慣れない単語。あ、いや、文脈から『ペケちゃん』とは『ニヒト』の事であると予想出切るんだけれども、俺としてはなぜニヒトがペケになったのかっていう点が気になったので聞き返した所存であります、はい。



「うん。ニヒトってのは、ドイツ語の否定を表す言葉なんでしょう? つまりバッテンというワケだから、ペケちゃん。そっちの方が言いやすいし、可愛いよね」



 どういうワケだよ! とツッコみたい衝動をグッと堪える。とりあえずニヒトからペケへ至った経緯を聞けたので、話を本筋に戻そう。脱線が酷くてしょうがない。



「オーケー、解った。んで、そのペケは何処へ?」



「ただいまペケちゃんは街のパトロール中。とりあえず霊的ポテンシャルの高い地点を探してもらっています」



 そうすれば街全体から、数箇所ないし数十箇所に悪魔の出現地点を絞れるからね。と遥香はやや饒舌に語った。


 霊的ポテンシャルが何なのかは解らなかったが、まぁ言わんとしている事は理解出来たので先に進む。



「凶祓いの仕事ってワケか。よし、んじゃ俺たちも俺たちに出来る事をしようぜ」



「そうだね。それじゃあ早速始めよっか」



 首を縦に振り、同意を示す。が、何故か遥香は「よっこいしょ」と椅子から立ち上がる。


 どういう事だ? 疑問に思う俺を尻目に、遥香は居間から出て行き……「ほらぁ、くーちゃんも早くっ」……どうやら勉強会は部屋の外でやるらしい。


 やや足早に歩く遥香の背中を追いかけ、辿り着いたのは家の裏庭。部屋の外どころか家の外に出てきてしまった。



「流石にお部屋の中であんなに大きな剣を出されたら困っちゃうからね」



 俺の疑問に先回りで答える遥香。確かに、部屋の中であんなサイズのモノを、しかも七本も出すワケにはいかない。あの時の光景を思い出し、納得する。


 同時に、『魔術講座』が魔術を一から教わる勉強会ではないと理解した。いや、朝の特訓を思えば……『基礎から固めた上手な技』では無く『今晒された現状から生き残る術』を求めている俺にとって、むしろソレは当たり前の事であるのだ。部屋の中で椅子に座りながらやるモンだと思っていた自分が恥かしい。


 ニヒトが『誰かに目撃されたら不味い』って言ってたし、少し考えたら解るだろ! などと自らの思考停止っぷりに呆れている俺をよそに、遥香は口を開く。



「じゃあ、とりあえず術式の起動方法から説明するね」



 ゴクリ。唾を飲み込む。『術式の起動』とは、即ちあの剣……断罪すべき七つの大剣……を呼び出すという事だろう。


 実際に体感しておいて……戦う、そう決めておいて……ソレでもまだ、心の底で否定している俺がいるのだ。


 いや、違うか。否定、ではない……その感情は、むしろ躊躇に近い。……小心者なんだろうな。我ながら情けない。


 自分の意思で魔術を使う。ソレがまるで、今までの自分を捨てる事と同義に思えて……どうしても足踏みをしてしまう。



「くー、ちゃん?」



 まるで俺の心情を察したかの如く、複雑な顔をする遥香。


 ……かえってソレが効果的だったのかもしれない。


 今度こそ確実に、俺の中の芯がブレるのを止めた。もう大丈夫。俺は大丈夫だ。


 夜が深まる。俺と遥香、二人だけの空間は次第に静けさを増していく。


 魔術師の、裏側のセカイだ。俺はハッキリと感じ取った。


 温い風が吹いて、裏山の木々がざわざわと鳴いた。


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