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Seven Swords Story  作者: すず
10/26

忘却校舎/断罪すべき七つの大剣

「―――っ、は―――」



 目を開けた。同時に感じる眩しさに、俺はたじろぐ。朝の柔らかな陽射しでさえ、長時間閉じていた眼には強烈だ。


 一分、二分……明るさに目が慣れるまで、何も考えずにいた。



「……はぁー……夢か」



 そうして緩やかに飛び出た台詞がソレだった。


 完全に開けた視界に映るのは、何の変哲もない自室。


 当然だ。だって俺はごく普通の高校生で、単調でつまらない毎日は変わる事無く流れているのだから。


 そう、だからアレは夢だったのだ。退屈な日常を彩る、ちょっとだけスリリングな俺の妄想。


 目を開ければ簡単に消えてしまう、泡沫の空想。


 俺の思考を肯定する、ドアノブの乾いた音。……遥香だろう。


 ギィと音を立てて開いたドアの向こう―――



「おはようさん。さ、今日からさっそく特訓といこうか!」



―――って、ええええええ?



 妙に爽やかな笑顔で現れた男が、俺のモノローグを容赦なく打ち砕く。



「うん? 呆けた顔をして、一体どうしたんだい」



「……や、なんでもない」



 冷静になると同時に蘇る、昨夜の記憶。


 俺の体に刻まれた、ある術式の話し。



……



断罪すべき七つの大剣(セブンズグリモワール)―――ソレが、あなたに宿る術式の名前よ」



 凛とした、遥香らしからぬ声―――事実、目の前の人物は遥香であって遥香でないのだ―――が、静かなお勝手に響く。


 眼差しは真摯に、彼女の意思を表している。


 だから俺もソレを聞き逃さぬ様、心を声に傾ける。



「グリモアという呼び名が示すとおり、その正体は剣のカタチをした七つの魔導書……人の原罪、七つの悪性を書き記した、強力な術式」



 七、剣。そのキーワードが指し示すモノ。


 俺の脳裏に浮かんだのは、夢の中に現れた七つの巨大な剣。猟犬から俺を救った、あの剣だった。



「その呪文書を解読すれば、絶対的な正義の基準を知る事が出来ると言われている……最も、私たちには必要の無いモノだけど」



 第一、あんな古代の文字を読み解くには、それこそ気の遠くなる程の時間がかかるもの。刹那は小さく微笑んで、そう結んだ。


 と、男が刹那の言葉を補足する様に言った。



「問題は呪文書の中身ではなく、ソレを持っている事で、久遠、に危害が及ぶって事だろう?」



 俺の名前だけやけにぎこちないが、まぁ知らない人間の名前を初めて呼ぶ時なんて大抵そんなもんだろう。いらんツッコミで話しの腰を折るのもなんなので、仕切りなおすつもりで俺は口を開く。



「まぁ俺が狙われるってのは解ったよ。んでもそのなんちゃらってのは剣のカタチをしているんだろ? ソレ使って返り討ちに出来ねーのか?」



 が、どうやらソレは失言だったようだ。


 じろりと俺を一瞥した刹那は、トゲのある口調で返答した。



「勿論、出来なくは無いけれど……ソレは並大抵の事じゃないわよ? 黒の猟犬と対峙して、どうだったの?」



「そ、ソレは……」



「キツイ言い方で申し訳ないけれど、素人考えでどうこう出来ると思わないで欲しいわね」



 図星、あまりにも痛い所を突かれて、俺は何も言い返す事が出来ない。その憤りが充分に理解できるモノである事も、ソレに拍車をかけた。


 ついさっき魔術の存在を知った人間が、ほいほい口にしていい言葉じゃなかった。刹那にしてみれば、まさしく「素人考え」なのであろう。



「……悪い、お前の言う通りだよ」



 素直に頭を下げる。


 と、その反応が意外だったのか、毒気を抜かれた様子の刹那は語感を弱めて還した。



「わ、解ってくれて何よりだわ、」



「けどな、やっぱり大人しく守られてるだけってのは納得できねぇんだよ」



 ああ、そうだ。いくら俺の考えが甘っちょろくて、魔術のセカイでは通用しないからといって……じゃあお願いしますって遥香達に任せて、一人安穏と暮らせってか?


 そんな事が出来る程、俺は要領良くも、物解り良くもない。



「納得出来るとか、出来ないって問題じゃないのよ? 私は、久遠では無理だって言ってるの」



「無理かどうかって問題でもねぇだろ! やるか、やらないかだ」



 これに関して、譲るつもりはない。恐らく刹那もそうだろう。


 俺達の考えの奥底は、多分真反対で。俺は遥香を守りたくて、遥香(今は刹那か)は俺を傷つけたくなくて……きっと、だからすれ違う。


 自惚れた考えだけど、何となく解ってしまう。きっとこれも、俺たちが幼馴染だからだろうか。


 平行線のやりとり。そんな場を収めるには、第三者の介入が必要不可欠で。ソレを知ってか知らずか、俺達の間に男が割って入ってきた。



「ふむ、二人の言い分は解った。そして……その解決法も思いついた」



 自信満々といった態度でそう言う男。解決法とは、一体どういう事だろう。


 俺と刹那は息を呑んで続きを待った。


 男はニヤリと口元を歪めてから、話し出す。



「ズバリ、特訓だな」



「特訓―――?」



 俺と刹那の声が重なる。男は構わず続けた。



「四六時中俺が久遠に張り付くワケにもいかないだろうし、最低限自衛出来るに越した事はない。それにさっきお嬢ちゃんが言ったんだろう? もう無関係ではいられないって」



 もっともな事を言われ、刹那は渋々ながらも首を縦に振る。



「なに、大丈夫さ。俺が指導するんだから、少なくとも化物相手に生きて帰ってこれる程度には鍛えてみせる」



 発言だけを聞けば自信家のソレだが、男の実力を目の前で見ている俺にはむしろ頼もしく感じられた。


 いや……正確には、見る事すら出来なかった訳だけど。



「って事で、早速明日の朝から始めようか。早い方が良いだろう?」



 ビシっとそう言う男。何だか流れるように仕切られてしまったが、俺としては男の申し出はむしろありがたいくらいなので、黙って従う事にする。


 刹那も一応、納得(というよりも譲歩か)してくれたらしく、何かしらを口にする事はない。


 場が落ち着いた事に満足したのか、男はゆっくりと椅子から立ち上がり、それから言った。



「さて、ソレじゃあ今日はお開きにしようか。特にお嬢ちゃんは無理しない方が良い。召喚による消耗は、通常の魔術よりも遥かに大きいぜ」



「あ……あ、そうね。そうするわ」



 流石の刹那も面食らったのか、歯切れの悪い返事を返した。



「っと、ソレから……」



 引き戸の前で立ち止まった男は突然振り返り、思い出したかの様に付け足した。



「名前、というか呼び名なんだけれど……流石に名無しじゃ不便だろう? それで、ずっと考えていたんだけれど……俺の事は―――ニヒト、と呼んでくれ」



「―――え?」



 再び重なる声。多分、今度は同じ意味で。


 どうやらよほど自信が有るのか、呼び名について、男は少々得意げに説明する。



「いや、元々お嬢ちゃんは悪魔と契約するつもりだったんだよね、確か。悪魔っていうのは常に否定する霊なワケだから、ドイツ語で否定を意味するニヒト……っていう感じで。うん、我ながらナイスな思いつき」



 うんうんと頷く男。シリアスな空気があっという間に氷解した事など最早どうでも良くて、俺は気になったソレについて尋ねる。



「えーっと、何でドイツ語なんだ?」



 と、男は、何故だか意外そうな顔をして答えた。



「―――? カッコいいからだろう?」



 当然だろうと言わんばかりの勢いだ。彼の境遇には同情するが、あまりにもポジティブすぎて正直複雑な心境になった。


 男……ニヒトは、俺と刹那に自らの呼び名を確認すると、今度こそ背中を向けて引き戸を開ける。


 そうして廊下へと一歩を踏み出すと、向こうを向いたまま言った。



「それで、俺はどこで寝れば良いんだ?」



 俺と刹那は、同時に溜息を吐いた。


……



 一頻り昨晩の事を回想し、俺はようやく男の言った「特訓」の意味を理解した。



「場所は、裏庭……で良いかな。表はあんまり広くないし」



 運動靴に履き替え、男の後に着いて来た俺。少し頑張れば山に侵入できる邑森家の裏庭はそこそこの広さを誇っており、ちょっとした運動なら問題なく出来るであろう。


 とりあえず最初は準備運動かな、なんて考えていた俺の背後に、隠しているようで隠しきれていない気配が近づいてくる。今度こそ間違いなく遥香だろう。



「くーちゃん……」



「よ、おはようさん」



 いつも通りの口調。正真正銘の遥香である。その表情が、いつものソレとは異なりいくぶん暗い事を除いて、であるが。


 そりゃそうだよな。なんだか気の強そうな刹那だって、俺がこういう事を積極的にやるのには反対してたんだ。まして遥香は人一倍、他人の事ばっかり気にする奴なんだから。



 ……今気付いたが、刹那の時の記憶を遥香は持っているのだろうか。いや、持っているからこそ、今こんな顔をしているのだろう。俺は勝手に決め付けた。というか、思考が中断されたのである。原因は、遥香の手に握られた素敵アイテム。



「……竹刀なんてウチにあったのか」



 毎日毎日、放課後になれば剣道部が振るっている、竹で出来た模造刀。遥香が持つと違和感しか無いソレが二振り。言うまでも無く、俺と男の分である。



「怪我だけは、しないでね」



 言いながら、俺たちに竹刀を手渡す遥香。流石に心配しすぎだろ、なんて軽口を叩こうとした瞬間、ずしりと感じた重さに言葉が引っ込んだ。


 いや、ずしり、という表現は少々誇張気味かもしれないが、少なくとも俺が想像していたモノよりはずっと重く感じる。万が一顔なんかに当たったら……冗談では済まないだろう。



「今更止めたなんて無しだぞ、久遠」



 俺の動揺を見て取ったのか、挑発する様にそう言う男。



「まさか。……よろしく頼むぜ―――ニヒト」



 そうだ、俺はもう無関係じゃない。言い訳して、人のせいにして。なんで俺が……そう言って遥香を置いて逃げるなんて……そんな事、出来る訳が無い。


 だからやる。俺はやるんだ。



 今度こそ―――俺の右腕が遥香に届くように。

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