幸福度と収入の可処分所得割合の関係について
1,緒言
世間的に私は低所得寄りの中所得者であるが、いや、ごめんなさい嘘付きました。低所得者だ。だが特に不幸せに思ったことは無い。肥えた舌を持ってないこともあってそこそこの食事で満足できるし、そこそこのアパートでそこそこの布団で十分満足している。どちらかといえば幸せである。先日、一晩で数百万稼ぐキャバ嬢が話題になった。派手で煌びやかな生活。だがとても幸せそうには見えなかった。反対に、フリーターの友人が居るが私より幸福そうに思えると気がある。一般的に金があるほど幸せだといわれるがそうではない気がしてならない。実際、イースタリンのパラドックスとは少し違うかもしれないが、ある程度の収入を超えると幸福度が上昇しないなんてデータもあるらしい。
※論文ではないので参考文献は自分で探して
2,要旨
収入における生活コストが幸福度に直結するのではないだろうか
極端な話だが年収100円だが年の生活費が1円の仙人と年収10億円だが年の支出が10億円の火の車富豪が居たとしてどちらが幸福であろうか。
私は前者だと考える。
また、その場合の可処分所得割合Rを以下の簡単な割り算として
R=収入/生活コスト
この時のRは幸福度に相関すると私は考える。データはない。御免。
3,主張① 幸福度と余裕の相関
心理学の以下の文献で余裕が幸福度を高めることが示唆されている
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10068796/?utm_source=copilot.com
また以下の文献で所得と幸福度は必ずしも比例せず、幸福度は経済的余裕の影響を受けることが分かっている
https://www.jstage.jst.go.jp/article/soshikikagaku/59/1/59_20251108-1/_pdf?utm_source=copilot.com
このことから前述した仙人ほうが幸せじゃねって結論に至る。
4,主張② 生存戦略における可処分労力割合の仮定
要旨の意見は、現代社会のような貨幣経済での話に思えるかもしれない。だが一度考えてみてほしい。
もし無人島で暮らすとして、毎日釣果だけで生活するとしよう。その場合1食分を吊り上げるだけの労力が少なければ少ないほどいいのは自明の理だ。仮にたらふく食べようと時間をかけて大漁になっても生活全体の幸福度は上がるのだろうか。
ここでホライモリとリスの比較をしてみたい
ホライモリは洞窟に住むイモリで、特徴として何もしないことがあげられる。数年にわたりたった数センチしか移動しなかった例もあるほど低燃費に特化した生物である。
一方リスはどうだろうか。リスはドングリなどを大量に集めて格納する習性がある。余裕としての蓄えを残すために労力を多分に払う。
どちらが幸せかというのは主観的ない意見なので避けるとしても、事実としてどちらの生物も今日まで生きながらえてきたのは確かである。
多種多様な生物が絶滅してきた中で生き残るのは、生存戦略として有効であった証だ。
我々人間も生物である以上、生存が有利であるほど不安は感じにくく幸福である。
この2種の生物を比較して、支払うコスト(労力)と得られる成果がこれだけ違うのにも関わらず、生存という生物としての着地点は同じである。
これは、成果の絶対量が生存に寄与しないことを表す。
人間に置き換えれば可処分所得に該当するが、同じことが言えるのではないだろうか。
5,主張③ 私の株の買い方
株の指数の一種でPERというものがある。これは株価を1株当たりの利益で割って、株価に対してどれだけ収益率が高いかを示す。
まことに私事で勝手な話だか。私は長期保有の株を買うときはこのPERがなるべく低い。収益率の高いものを買うことにしている。※別に今のところ儲かってはいない。
だがこの指数は割安性と安定性を見ることができると一般的には言われている。株価は必要なコストで分母は利益である。これは分母分子が逆転しているが要旨での割り算と同じ構造である。
6,終わりに
別にデータをとったわけでもなく直感的な意見であるため正しいといえるわけではない。
ただ、R=収入/生活コスト はそれなりに的を射てるのではないかと個人的には思う。
私の今後の方針としては収入を増やすのはめんどくさいので、生活コストをいかに低くするかで幸福を目指すのも悪くないと思っている。ミニマリストに近いのかもしれない。
あなたはどう思うだろうか。
私はサーチ能力がゴミなので見つけられなかったが、もしこの件ですでに出ている文献とかがあったら教えてくれるとうれしい。
以上、金持ちより可処分所得割合が高い方が幸せじゃねって話でした。




