おまけ その後の生活
新しい生活に馴染んでいないかと言えば、そうでもない。
これでもかと毎日ハンドクリームを塗りたくられたおかげで、手のささくれもすっかり治った。
だけど。
「ロウ。」
「ん。」
彼を定期的に呼ぶ癖だけは抜けない。
「ちゃんと居る。」
ふふ、と笑うと抱きしめられて体温を感じる。
夢ではない。彼がここに居るのだ。
「……俺もたまに夢じゃないかって思う。」
ぼそりと呟かれた言葉に胸が傷む。
彼の気持ちを受け入れられた今となっては、なんて酷な別れ方をしてしまったのかと思う。
「ロウ……。」
「はいはい。ご主人様達、毎日お砂糖たっぷりでいいですね。お茶もいかがですか。」
呆れたような声が届く。アンネだ。
彼女は使用人を募集した時に真っ先に応募してくれた。
無事でよかったと泣いてくれたのは、何より彼女の優しさを感じて嬉しかった。
「ありがとう。アンネも一緒に飲もうよ。」
「ご主人様が言うなら、仕方ありませんよね。」
ふっと笑うアンネの表情はぶすくれたロウに向いていた。
「まあ、いいんじゃねえの……。」
「まあ、お優しい。」
「二人って、仲が悪いの……?」
「ちげえ。」
「違いますよ。」
重なった声が仲が良さそうで、それはそれで気に掛かる。
「もしかして、浮気……」
「何でそうなるんだよ。」
呆れた声にほっと胸を下ろす。
「ルシエル様は本当に不安症ですね。私がロウ様に突っかかるのは、嫉妬ですのに。」
「嫉妬……?」
「最後までお傍に居てずるいなあって。」
悪戯気な表情とともにカップを差し出された。
「……今日も、アンネのお茶は美味しいね。」
「はい。なので、今度は最後までお傍に居させてくださいね。」
最近の世界は、本当に僕に甘い。
甘いから、涙腺も弱くなる。
「僕、幸せだよ。」
途端、頭をわしわしと撫で回された。
「ずっと幸せにしてやる。」
不遜そうに言うロウに笑った。
きっと彼が言うならそうなのだろう。
「あ。ルシエル様。また名探偵ごっこしませんか!」
ぱん、とアンネが手を叩いて提案してくる。
「……空白の三年間。ご興味、ないですか?」
「あるとも!」
がたりと品もなく立ち上がると、ロウが腕を掴んできた。
「そんな事、俺が自分で」
「いいや!分かってない。分かってないな。調べる事にロマンがある。そうだよね、アンネ。」
「その通りですとも!ご衣装は準備済みです。」
「流石だね、アンネ!さあ早速調査だ。」
「……おい。」
不満そうな声は聞こえなかった事にする。
久々にわくわくしている。
「大丈夫だよ、僕は名探偵だからね。君のことを洗いざらい、調べてあげるよ。」
「……おい。」
重ねられた声は若干低い。
「一緒に居ろって言ってんのが、分かんねえの。」
顔を逸らしながら言うロウが可愛すぎて両手で顔を覆った。
それはなにか。つまり。
「知られたくない秘密があると言うことだね!」
「きゃあ!燃えますね!」
「何もかも調べてつくしてやる!」
ロウの顔が諦めたように息をついて笑った。
「あんたが楽しいなら、いいけどさ。」
やっぱり、僕の宝石は今日もきらめいて見える。
「君のおかげで、毎日楽しいよ。」
虫眼鏡はなくても、彼の瞳の輝きは変わらなかった。
宝石のおかげで、日常が煌めきを反射するように輝いてくれる。
「だから、覚悟してね――僕の宝石。」




