泥酔 未成年飲酒?そういう状態異常なので大丈夫
階層を下るたびに、火山の熱はじわじわと増していた。
足もとで赤々とした溶岩が流れ、時折、岩肌から噴き上がる火柱が視界を染める。
息をするたび、熱気が肺の奥にまで届くようで、思わず喉が焼けそうになった。
「うぅ……あっつい……」
フィノは袖で額の汗を拭いながら、少し足取りを重くした。
「フィーくん、大丈夫?」
背後からのんびりした声が届く。リーナは変わらぬ笑顔で歩いており、その余裕の表情にフィノは思わず顔をしかめる。
「お姉ちゃんは平気そうだね……」
「うん。熱いけど、フィーくんと一緒なら我慢できちゃう」
「そんなこと言って……」
照れを隠すようにフィノが顔をそむけた、その時だった。
ぐらり、と溶岩の向こうで奇妙な影が揺れた。酒壺のような瓶を抱え、赤黒い肌をした小鬼が、ふらふらと立ち上がる。鼻から泡を吹きながら、酒をあおる姿は滑稽ですらあった。
「……ゴブリン?」
「うん。しかも酒呑みのやつだね」
リーナが軽く目を細めた瞬間、ゴブリンがごぶごぶと瓶を傾け、口から泡混じりの酒を吐き散らした。それは液体のままではなく、霞のように広がり、鼻と口を塞いでくる。
「う、わっ……!」
慌てて腕で顔を覆ったが、もう遅かった。肺の奥まで侵入した霞は、頭をぐらぐらと揺らすような感覚をもたらした。足もとが定まらず、視界が揺れて、地面が波打つように見える。
「お姉ちゃん……なんか、変……」
フィノはふらつき、倒れかける。
「フィーくん!」
すぐさま駆け寄ったリーナが、彼の身体を支えた。熱い岩肌に触れる前に、しっかりと抱きとめる。
「平衡感覚を狂わせる術……なるほど、泥酔の真似事だね」
彼女は冷静に敵を見極めながらも、フィノの額に手を添える。
「お姉ちゃぁん……」
フィノが甘ったるい声を出し、ぐにゃりと彼女の胸元に頭を預けてきた。
「ふふ……フィーくん、酔っちゃったの?」
普段なら絶対に見せない素直な仕草に、リーナは思わず目を細める。
「お姉ちゃん……大好き……」
半分夢の中のように、舌足らずに漏れる言葉。フィノ自身はそれを言った自覚すらないのだろう。だが、リーナの心には鋭く届いた。
「……ああ、もう……可愛すぎるよ、フィーくん」
ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めながら、彼女は敵を睨んだ。
ゴブリンは再び酒をあおり、次の霞を吐き出そうとする。だがその瞬間、リーナの剣がひと振り。炎のように鋭い斬撃が飛び、あっさりとゴブリンを両断した。
脅威は消えた。しかし、フィノのふらつきはすぐには収まらない。
「お姉ちゃん……なんか、ぐるぐるして……」
彼は完全に甘えん坊になっていた。腕をリーナの腰に回し、離そうとしない。
「よしよし。大丈夫だよ、フィーくん」
リーナは彼の頭を撫で、額に頬を寄せる。甘やかすように囁きながら、その細い髪を優しく梳いた。
「もっと撫でて……」
「はいはい。いい子、いい子」
子どもをあやすように、彼女の手は頭から首筋へとゆっくり動く。フィノはその心地よさに身を委ね、さらに顔をうずめてきた。
「……ほんとに、こんなに甘えるフィーくん、珍しいなぁ」
リーナは笑いながら、内心では胸をぎゅっと掴まれる思いがしていた。
(普段は頑張って強がってるのに……こんな顔、私だけにしか見せないんだよね)
ふらふらとした動きが完全に収まるまで、リーナは片手間に周囲を警戒しつつ、もう片方の手でずっと彼を撫で続けた。
「お姉ちゃん……ずっと、一緒に……」
「うん、一緒。いつまでも、ね」
頬を寄せて囁くと、フィノは安心したように小さく頷いた。
……やがて、霞の効果が薄れ、ふらつきも収まってくる。フィノはゆっくりと目を開け、少し赤い顔でリーナを見上げた。
「……あれ、僕……何か変なこと言ってた?」
「ふふ、内緒。フィーくんが甘えてきて、私はとっても嬉しかったよ」
「~~っ……!」
フィノは顔を真っ赤にし、言葉を失った。リーナはそんな彼をさらに優しく抱きしめ、髪に口づけを落とした。
「大丈夫。どんなフィーくんでも、私にとっては愛しいんだから」
その言葉に、フィノは目を伏せつつも、確かに頬を緩めた。二人の影は熱気の中で寄り添い、次なる階層へと歩みを進めるのだった。
十六階層
溶岩はさらに活発化し、まるで地獄を彷彿とさせる。
ほとんどのモンスターはこの灼熱に適応できていないらしく、熱さに苦しむ姿や溶岩に飲み込まれる姿が見られる。
いち早く熱さに適応した者こそが、この階層の頂点となるのだろう。