水被り 乾くまでの間……
階層を進むごとに、ダンジョンの空気が変わっていくのが分かる。
水は膝下ほどの深さにまで満ち、岩の裂け目からは白い蒸気が立ち昇る。ほのかに温かい湯気が漂っている様子は、まるで天然の温泉洞窟。壁や天井からぽたぽたと雫が落ち、広い空間に反響していた。
「わあ……これはちょっと気持ちよさそうだね、フィーくん」
隣を歩くリーナが、温かな空気を胸いっぱいに吸い込んで笑う。彼女の頬には薄紅色が差して、ほんのり汗まで浮かんでいるように見える。
「う、うん……でも油断は禁物だよ。きっとモンスターが出るはずだし」
フィノは剣をしっかりと握りしめ、リーナを見つめて答える。
けれど、少しだけ頬が緩んでいた。さすがにこの環境は、緊張よりも安らぎを感じさせるのだ。
二人でゆったりとした会話を交わしながら進むと、不意に水面が揺れた。
ぶくぶくと泡が立ち昇り、水を割って姿を現したのは……鱗に覆われた人型のモンスター、サハギンだった。
「来たね」
リーナが軽く声を上げるのと同時に、サハギンは槍を構え、水を振り払うようにして突進してきた。
「ま、待っ……!」
フィノが構え直す前に、サハギンの手から放たれた水流が飛び出す。
圧力を伴う水弾が一直線に二人を襲い……次の瞬間、フィノもリーナも全身ずぶ濡れになっていた。
「うわぁっ、つめたっ……!」
「きゃっ……! あはは、思ったより勢いがあったね」
服の布地が肌に貼りつき、髪からは水滴がぽたぽたと滴る。フィノは咳き込みながら体を振るが、びしょ濡れになった服は重くてまとわりつくばかりだ。
「フィーくん、風邪ひいちゃうから……はい、ばんざーい」
「えっ、え、ちょっ……!」
リーナがにっこり笑って両手を広げると、フィノは反射的に腕を上げてしまう。次の瞬間、器用な手つきでぴたりと貼りついた上着を剥がされていた。
「ちょっ、リーナお姉ちゃん!? だ、だめだよこんな……!」
「だめじゃないよ。濡れたままだと本当に体冷やしちゃうんだから……はい、よくできました」
優しく褒めながら服を脱がされると、フィノの頬は真っ赤に染まった。すぐ横では、リーナも自分の濡れた服を迷いなく脱ぎ、軽やかに水を絞っていく。
……そして。
「……っ」
思わず息を呑む。リーナの下に身につけていたのは、普段は決して目に入らないようなインナー姿。濡れた外套の下に隠されていた柔らかなラインがはっきりと浮かび上がり、蒸気に包まれた洞窟の中で、どこか艶めかしく映える。
「さ、寒くない? フィーくん」
「う、うん……だ、大丈夫……」
隣に腰を下ろしたリーナが、何事もないように微笑んで手を伸ばす。その手がフィノの濡れた髪を優しく撫でるたびに、胸の鼓動が跳ねた。
彼女の仕草はいつも通り穏やかで包み込むようなのに、横目に映る姿はあまりにも刺激が強い。
(ち、近い……! リーナお姉ちゃんが、こんな格好で隣に……!)
フィノは顔を逸らそうとするが、撫でられる心地よさに抗えず、結局は視線が揺れてしまう。インナーの布越しに伝わる温もりや、しっとりとした雰囲気が、どうしても意識に入り込んでくる。
「ふふ……フィーくん、なんだか顔が赤いよ?」
「ち、ちが……これは、その、さっき濡れたから……!」
「そっか。じゃあ、風邪ひかないようにもっと撫でて温めてあげるね」
にこやかにそう言って、リーナはさらに髪を梳くように撫で、頬にまで手を添えた。
温もりに包まれる心地よさと、視界いっぱいに広がる彼女のインナー姿。その両方に、フィノはどうしていいか分からず、ただただ目を泳がせる。
「……かわいい」
ぽつりと漏れたリーナの声に、フィノの心臓は大きく跳ねた。
そのとき、水面をかき分ける音が再び響く。先ほどのサハギンが追撃しようと姿を現すが……リーナは片手を軽く伸ばしただけで、風を巻き起こすように一瞬で打ち倒してしまった。
「はい、おしまい。ね、もう安心していいんだよ」
まるで子どもを慰めるように囁きながら、彼女はまたフィノの頭を撫で続けた。
岩場に掛けられた服は、白い蒸気を吸い込みながら少しずつ乾いていく。
その間、フィノはリーナに髪をすいたり額を撫でられたりして、顔を真っ赤にしながらも、だんだんと瞼が重くなっていった。
「ふふ……寝ちゃってもいいよ。お姉ちゃんが起こしてあげるから」
耳元に落ちる甘い囁き。
フィノは恥ずかしさを抱えたまま、静かにうとうとと目を閉じていった。
やがて服が乾き、再び身につけ直す頃には、心も身体もすっかり温まっていた。
「じゃあ、次の階層に行こっか。フィーくん」
「……うん」
リーナの手を握りしめ、フィノは小さく頷いた。
十四階層
水温はさらに上がり、源泉に近くなる。
岩には穴や裂け目ができ、そこから白い蒸気が勢いよく吹き出す。蒸気は熱く、生半可な覚悟で手を伸ばせば火傷するだろう。