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疲労 疲弊した体に効く枕

 次の階層へと進んだ瞬間、フィノは思わず息を呑んだ。そこはこれまでの空間とはまったく違っていたからだ。


 岩壁の間をすり抜けると、そこには広大な水面が広がっていた。

天井からは無数の水滴がぽたり、ぽたりと落ち、静かな波紋を作っている。

 ここは地底湖……しかも、その中にぽっかりと空いた空気のポケットだった。岩肌に囲まれながらも、不思議と息苦しさはなく、むしろどこか幻想的で神秘的な雰囲気が漂っていた。


「ここ……秘密基地みたいだね」


 フィノが目を丸くして周囲を見渡す。


「ふふ、ほんと。水の中にこんな空間があるなんてね。……フィーくん、ちょっとわくわくしてる?」


 リーナはのんびりと笑いながら、湿った岩壁に手を触れた。


「うん……すごく静かで、不思議で……でも、ちょっと怖いかな」


 フィノはぎゅっと短剣を握り直し、まだ見ぬモンスターに備えるように辺りを見回した。


 そのときだった。水面がぐにゃりと揺れ、透明な影がせり上がってくる。


「スライム……!」


 フィノの声に、リーナも目を細めた。


 それは半透明のゼリー状のモンスターで、ぷるぷると不気味に揺れながらこちらへとにじり寄ってくる。その表面がきらめき、次の瞬間……びしゃっ、と粘性のある液体が飛び散った。


「うわっ……!」


 フィノはとっさに腕で顔をかばったが、避けきれずに肩口から胸にかけてその液体を浴びてしまった。


 ぬるりとした感触が広がる。最初はただ気持ち悪いだけだったが、すぐに異変を覚える。


「…あれ……? 体が……だるい……」


 握っていた短剣が、ずるりと手から滑り落ちる。足に力が入らず、膝が崩れそうになる。


「フィーくん!」


 リーナが慌てて駆け寄り、その体を支えた。


「はぁ……はぁ……すごく、重い……」


 フィノは必死に呼吸を整えようとするが、体が鉛のように重たくて動かない。まぶたさえ下ろしたくなるほどの倦怠感が全身を襲っていた。


「疲労の毒……スライムの体液にそんな効果があったなんて」


 リーナは小さくため息をつくと、フィノを抱きかかえて岩壁際へ連れて行く。そして、そっと座り込み、彼の頭を自分の膝の上へと乗せた。


「リ、リーナお姉ちゃん……?」


 不安そうに見上げるフィノの頬を、リーナは指先でなぞるように撫でた。


「大丈夫、大丈夫。無理して動かなくていいよ。……お姉ちゃんの膝、気持ちいいでしょ?」


「う、うん……あったかい……」


 フィノは力なく目を閉じ、膝に頭を委ねた。頬に感じる柔らかな温もりが、だるさに包まれた体を少しだけ楽にしてくれる。


「よしよし。フィーくんは頑張りすぎなんだから。たまにはお姉ちゃんに甘えて、こうして休んでいいの」


 リーナは優しく髪を撫でながら囁いた。


 その時、スライムが再び攻撃を仕掛けてきた。ぐにゅるりと伸びる体がこちらへと迫り、液体を飛ばそうとする。


 だが、リーナの目は穏やかなまま。


 フィノが慌てて起き上がろうとする。


「お、お姉ちゃん! スライムが……」


「大丈夫」


 リーナは片手でフィノの肩を軽く押さえ、膝から離れないようにさせたまま、もう片方の手に武器を構える。

 だが、視線はフィノから一切逸らさない。


「……えいっ」


 ひと振り。

 空気を切るだけのように見えたその動作で、離れた位置にいたスライムが真っ二つに裂かれ、どろりと崩れ落ちる。


「……っ!? い、今の……お姉ちゃん、見てないのに……!」


「うん? まぁ、あんなの目をつむってても倒せるから」


 リーナは平然とした笑みを浮かべ、何事もなかったかのように、フィノの額に手を添える。


「はい、これでまた休憩に戻ろうね」


「……ごめん、お姉ちゃん。僕、また役に立てなかった……」


 フィノがかすかに呟く。


 リーナはその顔をのぞき込み、にっこりと微笑んだ。


「そんなことないよ。フィーくんは、こうして私の膝の上で甘えてくれるだけで十分なの。ね?」


「……っ、ほんとに……?」


「ほんと。だって、お姉ちゃんにとってフィーくんは可愛い弟なんだから」


 リーナはそのまま子守歌を口ずさみながら、フィノの髪を梳く。優しい声と指先の感触が心地よく、だるさに覆われていたフィノの体から、少しずつ緊張が溶けていく。


 どれほどの時間が経っただろう。やがて、フィノは目を開き、深く息をついた。


「……少し、楽になった……ありがとう、お姉ちゃん」


「うん、よかった」


 リーナは嬉しそうに頭を撫で、フィノの頬に軽く触れる。


「これからも疲れたら、いつでもお姉ちゃんの膝においで。ね?」


「それは……まだ……」


 フィノが恥ずかしそうに答える。


 二人はしっかりと癒やされ、次の階層へと肩を並べて歩き出したのだった。

第九階層

地底湖の中にある空気ポケットが通路のようになっている。

下階層の空気が入ってくるため酸素不足にはならず、排出されて重くなった空気は端から漏れ出るため、空気で困ることはない。

自然にできたものなのか、モンスターが作った巣のようなものなのか……

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