2-1
草木の音が良く聞こえた。虫の音が騒ぎ始め、周囲から魔物が、危険が無くなった事を示している。未来永劫、誰にも悟られない孤独の土地【クロカミ】。未だ1000年前の景色が残るこの土地の中央を二人が歩く。
勇者候補【心得 空】
占星術師【悪路王 高丸】
分権によれば世界で唯一、【魔王】を打倒す力を有するという伝説の勇者となるべく、二人は夕日に向かい、この街を後にする。
問題が一件。
「疲れたな。少し休むか」と、おでんみたいな形の看板の近くにある、くすんだベンチに高丸は腰を下ろした。ところが空はそれを赦さず、襟を掴んで立ち上がらせる。
「まだ門が見えてるんですが?」
樋熊によって壊された門と屋敷が小さくだが視界の中にある。高丸は鼻を吊り上げた。
「俺には何も視えない」
そしてこの、疲れたという言葉は嘘ではない。既に、足が震えている。
この絶望的な体力の無さは、大きな課題だった。
「節穴だな」
(まぁ、碌に食べ物も口にしてないだろうしな…)
「はぁ…」
空は背を向けてしゃがみ込んだ。
「ほら」
「?」
「おぶってやるから」
此処で、もう一つの問題が出て来た。高丸は空の肩に手を置いたら、その肩に足の裏で踏み、乗り越えた。
「断る」
「はあ? 大丈夫だよ。お前チビだし」
「俺はそこまでチビじゃない。フンッ」
おまけにプライドもバカ高い。
「ったく…。じゃあもう少し頑張って歩いてくれ。このペースだったら国に着くのは10年後だ」
「その時には俺の身長は190を越えているな」
「だったら良いね」
「それで、これから何処に行くんだ」
「ん。取り合えず、海に出るのが一番だ。空のルートは時間が合わなければ立ち往生になるし、陸のルートは遠い。俺も此処までは海を渡って来たんだ」
「海か。安全運転で頼むよ。俺は揺れに弱い」
「それは任せろ」
「でももう少しだけ休ませてくれないか? 何分、体力が無くてね」
「だからおぶるって」
「チビの特権は有効期限切れだ」
「ったく…。あ、そう言えばだけどさ。海岸に出来は悪いがポラードがあったよ」
「ポラード?」
「船を縄で括る奴」
「ああ…。それが?」
「出来も悪いが、筏みたいなものも幾つかあった。多分失敗作。そんなに古くも無いし、傷も新しい。もしかして、君の彼女さんなんじゃないの?」
「…………………」
「何か足取りとか、掴めるかもよ?」
「………全く人使いが上手い奴だな」
「次休んだら抱っこするからな」
「いや君…。体力をさ、自分基準で考えるなよ…。あ、分かった。それで、そこから何処に行くんだ? 休んでる内に教えてくれ」
「【ABCギルド】だ」
「ABCギルド?」
「ああ。離れたところにある3つの地域があって、それを纏めて1つの国として定められてる。それが、空のルートの先に在る【Aドライブ】。陸のルート【Bドライブ】、海のルート【Cドライブ】。この三つの地域には【冒険者】が集まり、それぞれの【冒険者ギルド】がこの魔王の領域への道を確保している。要するに、一つの国が分裂して、旧日本を包囲してるって事さ」
「それで、俺らが向かうのはそのCドライブって事か」
「その通り」
「【冒険者】ねぇ…」
「今じゃ、誰でも持ってる身分証明書だよ」
「その後は?」
「俺の国に行く。俺の国に居る勇者候補をぶっ倒して、正式に、俺の両親に俺が勇者だと証明するんだ」
「なるほどね」
「高丸は? 彼女探さないと」
「そうだな。それはそうなんだが…。それは追い追いで良いよ」
「…そうなの?」
「ああ。俺達は、あらゆる面で結ばれている。生きていれば、いずれ引き合うさ」
「………そっか。オッケー?」
「あぁもう一つ。言葉は通じるのか」
「ん? ああそれは問題無いよ。元々、この日本が奪われた時、魔王は日本人にハミダシを植え付けた。…その後、日本語を喋る魔物が現れたんだ」
「その話は聞いた事があるな…。所謂、【魔王軍四天王】だ」
「そう。深度0の人型の魔物だよ。その中でも飛び切り強い奴をそう呼んでるね。だから、それらが話す言葉が全部日本語だった事から、日本人が世界各地で魔物の言葉を翻訳する為に派遣された。それ以来、日本語が浸透したんだ。さてそろそろ」「それと食べ物はあるのか」
「それなりにね。船に積んでるよ。じゃあ」「君の趣味は?」
「え? えへへ。こう見えて裁縫。結構良い腕なんだよ。ほら早」「君の村では、どんなものが流行ってるんだ?」「馬油かなぁ…。肌の保湿に役立つよ」「可愛い子は居る?」「此処にって、時間稼ぎするのは止めろ」
不思議なほどに、腰が上がらない。立ち上がろうとすると爪先がガクガクと震え始め、膝が笑う。
「……………………」
空はそんな生まれたての小鹿みたいな姿に笑いを堪えるので必死だった。それから数歩歩いけば限界が来る。そこには既に、背中が用意されていた。
肩に二の腕を乗せて首に巻き付け、肩に顎を乗せて全身を預ける。
「悪くない乗り心地だ」
「…………」
(軽い…。こんな身体で、墓を作ってたのか…。少しでも乱暴に走ったら骨くらい折れそうだ)
「跳んだり跳ねたりは禁止な?」
「はいはい我儘王」
1000年。人間はあり得ないほどの進化を遂げた。岩盤をも砕く筋力。一息に数mを跳び越えるバネ。それは全身に風を浴びながらも、まるで走っていると気付く事が出来ないほど、優しい歩法だった。
「君凄いな…」
「だろ? 鍛えてるからさ」
「眠れるほどだ」とそう言って、額が頬に触れる。
「…………………」
木の枝と木の枝を跳んで、街を出たら一気に山を下る。波の音が聞こえた。時々、彼女の身体から香る潮の臭いが漂う。
「海か」
「ああ。もうすぐだ」
海岸に、船が一隻停まっている。古く、脆そうな船が波に揺られ、木にロープで括りつけられている。
「それで、筏ってのは?」
「あっちだ」
暗闇で何も見えない。空の足音を頼りに、足元を確認しながらその背中に従う。「これ」という言葉が向く先に視線を置いて、そっと手を伸ばす。街にあった樽と、木の板を地道に運んだのだろう。しかし未完成だ。
「……不器用なのはアイツらしいが」
「船を使って出たんだろうな」
「しかし女手一つで船が作れるか?」
「作れるが?」
「……そうか。君の村はバケモノ揃いなんだな。それでバケモノ村のバケモノさん。航路は安全なんだろうな」
「それは保証しかねる。でも夜の方が安全だ。だから夜の内に出て、朝までにはギルドが確保している航路には入りたい。それまでは俺がちゃんと護…って…」
その時だった。空の目が、異物を捉えた。高丸の肩を人差し指で叩き、視線を促す。
「?」
「何か居る」
「…魔物か?」
白い、弱い月の光を跳ね返す白銀だった。
「人だ」