1‐4
起源は【花占い】だった。
意中の相手を想い、一輪の花を摘む。そして『好き』『嫌い』と唱えながら花びらを千切る。
もし、最後の1枚を『好き』で終えたなら、きっとその恋は実るだろう。
もし、最後の1枚が『嫌い』で終えてしまったなら、その恋は険しいものになる。
ならばもし、同じ人物に対して複数の人物が想いを寄せた時、どうなるだろう。
運命の交差点に向き合う者達は、その一輪の花を手に、他者を呪う。
花びら一枚一枚は武器となり、それを持つ者の魂は時に獅子となり虎となり、龍となり、鬼となる。
それら花びらはいつしか、人々の未来を見据え、導く道具となり世に広まった。それと同時に、運命の交差点に相対した者達が、その道を切り開くための武器として用いるようになる。
文字通り、獅子や虎、鬼や龍となって。
勝利条件は、相手の手札全ての【消滅】。
【魂】と呼ばれるカードの中から5枚を選出し、それを【手札】とする。
ゲームの始め、手札の1枚を【領域】の中央に【召喚】する。
「召喚。【妖怪 草鞋鬼】」
「召喚。【弓使いの勇者】」
召喚を終えると、同名を含まない異なる60枚で構成される【呪詛】と呼ばれるカードの束【山札】から1枚ずつ引き、【魂】を囲む形でカードを配置する。
配置する枠を【場面】と呼び、場面にはそれぞれ【属性】が備わっている。
【魂】の右が【赤】
【魂】の左が【青】
【赤】の下が【黒】
【青】の下が【白】
【魂】の下が【緑】
必ず上記の順番で配置しなければならない。
「カードセット」
「カードセット」
このゲームに、【先攻】【後攻】とか鼻で笑ってしまうようなクソみたいな概念は存在しない。人生の分岐点で足踏みしている者に、未来を切り開く力などあるはずもない。
【魂】の持つ固有の【能力】
【呪詛】が宿す固有の【効果】
これらを駆使し相手魂5体を消滅させた者が勝者となる。
それがTCG 【LOST】
「俺が勝ったら、お前は俺と共に勇者を目指す」
「俺はこの土地で死に、俺にこの先、生きて行く資格は無い」
此処から先は、とてもシンプルな殴り合いだ。
【妖怪 草鞋鬼】 属性【黒】
【弓使いの勇者】 属性【赤】
「白の場面!! 【炎】」
「黒の場面。【妖火】」
【炎】 属性【赤】 通常効果【魂の火力が300上がる】
【妖火】 属性【赤】 通常効果【魂の火力が400上がる】
【弓使いの勇者】 火力【300/300】
【妖怪 草鞋鬼】 火力【400/400】
呪詛を使う事でカードは【ロストゾーン】に配置し、そして空いた場面に新たにカードを配置する。
「白の場面にカードをセット。【攻撃】だ」
【魂】は、全身全霊を以て攻撃行動を取る。よって攻撃時、全ての火力を消費する。
【弓使いの勇者】 火力【300/0】
【妖怪 草鞋鬼】 火力【400/100】
「物は試しだな。【攻撃】してみよう。火力100」
【妖怪 草鞋鬼】 火力【400/0】
「赤の場面。【毒虫佃煮丸薬】」
【毒虫佃煮丸薬】 属性【緑】 通常効果【魂の火力が500回復する】
【弓使いの勇者】 火力【300/300】
「草鞋鬼の攻撃続行」
【弓使いの勇者】 火力【300/200】
「……………」
(俺は弱い…)
だが、空は努力家だった。臆病で、慎重で、それを払拭する為に一心になって槍を振るい、目の前にある事柄全てに全身全霊を以てぶつかって来た。
『空。お前は強い。確かに、戦闘技術においてお前は無類だ。だが、ダメだ』
『なんで!!!』
『【勇者候補】にはこの【心得 狼】を擁立する。占い師は【心得 光】。我々はこの国の命運を、この二人に賭ける』
『納得が出来ない。狼? 獅郎は? 虎丸は? ソイツ等三人掛かりでも俺を倒せない癖に、そんなのが勇者?』
『勇者は、強さではない。ましてやお前は』
「そう言えば君、名前は?」
「……空。【心得 空】だ」
「…………そうか。空。君は、良い勇者になるよ」
「…お前の占い、当たらないんだっけ」
「《《占いは》》、な。でも俺の勘は良く当たる」
「……じゃあ」
「赤。【哭鳴】」
【哭鳴】 属性【黒】 通常効果【相手の火力が100下がる】
【弓使いの勇者】 火力【300/100】
「そして、草鞋鬼の能力を発動する」
「!」
【妖怪 草鞋鬼】 能力【相手の火力が300下がる】
【弓使いの勇者】 火力【100/0】
「上げれば良いだけだ。……青の場面から【パワーアーマー】」
【パワーアーマー】 属性【赤】 通常効果【魂の火力が500上がる】
【弓使いの勇者】 火力【500/500】
「甘い。赤の場面。【月下撃剣】」
【月下撃剣】 属性【白】 通常効果【相手に800のダメージを与える】
【弓使いの勇者】 火力【500/0】
「更にコイツだ。【BOMB】。緑の場面だ」
【BOMB】 属性【赤】 通常効果【相手を火力1で攻撃する】
【妖怪 草鞋鬼】 火力【399/0】
「コイツッ!!」
(あんな紙で、占ってやがる!!)
【弓使いの勇者】 消滅。
「…………」
「…………で?」
「何が」
「当たらないお前の占いは、なんて出てんの」
「………………」
「当たらない君の占いで、お前が勝ったとして、お前のその選択は…」「黙れ」「…………」
「俺の占いが当たらないから、なんだ」
「…?」
「俺の占いを、俺自身が信じないでどうする。当たらなかったとしても、俺は自信を持って」「じゃあ! どう出てんだ」
「……………………………」
「無いんだろ。自信。お前に都合の悪い事でも出てんだろ。お前は、俺と来る。俺と共に歩む未来が視えてる。でも占いではきっと、真逆の事が視えてる。違うのか。お前の勘と、お前の占い。違うんだろ? どうなんだ!!!」
「まだ終わってない」
「……ああ。だな。召喚。【二刀流の勇者】」
【二刀流の勇者】 属性【白】
「…黒の場面。【顔面蒼白人面草】。回復効果だ」
「黒。【殺人バズーカ】」
「赤だ。【シールド】」
「なら、青。【騙スカス貴公子】」
「【火犬咆哮波】、更に【霊魂蛍光陣】」
「チッ! 【爆砕岩蹴撃】で攻撃だ」
「【回転雷撃ラケット】」
「!?」
(うまいっ!! こっちの手を悉く! クソッ…。そんなに俺と旅したくないのか…?)
「相手の呪詛を跳ね返す。喰らえ」
【二刀流の勇者】 消滅。
「此処に居る奴は、お前より強いのか?」
「………………」
「ハハッ。お前さ。都合が悪くなると黙るんだな!」
「黙ってろ」
「俺も多少、占いの一つや二つやってきたつもりだ。だから少しは分かる。お前さ。なんでここに居たの?」
「……………………」
「取られたんだろ。カード。此処にあるんだろ?」
「ツッ…」
「漸く動いたな。表情。召喚。【槌使いの勇者】」
【槌使いの勇者】 属性【青】
街の名前は、【クロカミ】。
高丸はその、僻地で産まれた三人の子供の長男だった。クロカミの誰もが同じ血から生まれ、何処かで交わりのある者達だ。だがそれでも世代が変わるにつれ、貧富の差は広がってゆく。末端の者は只管に畑を耕し、中級総になれば1000年前の都市を整備し繋いできた。
産まれてすぐにタロットカードを授かり、物心付いた頃になれば、街の中、もっとも遠縁の異性と結ばれる。
『おい! 誰か!! 誰か!! 娘が消えたんだ。娘が!!』
『まさか崖から落ちたんじゃ!!』
『探せ!! 見張りの者はどうした!!』
街で慌ただしく民が騒ぐ最中に、二人はいつも街の外。暗がりの森の中に見つけた小屋の中で会う。
『ね。高丸。キイチゴ一杯採れたの』
額をこめかみに押し付けながら、彼女は高丸の手の中に果実を流し込んだ。
『また危ない事した?』
『してないよー』
彼女が消えれば、高丸が最初に見つけ出し、いつもそこでギリギリまで肩を寄り添って話をした。
『ねぇ高丸。占って?』
『なにを?』
『じゃーあー…。明日の天気』
『雨』
『ほんとにー?』
『雨だよ。雨。だから逃げたりしないで、家に居なよ』
『またそんな事言う…』
雨が降れば、彼女はどこにも行かない。手の届くところに居る。そう思って、嘘でもそう言い続けた。
彼女の名は【悪路王 黒蜜】。
その関係が終わりを迎えたのは、4年前。その頃を境に不思議なほど、高丸の占いが当たらなくなった。
雨と思えば空が晴れ、彼女が居ると思っても、何処にも居ない。
『嘘付き…』
『………………』
『もうアンタなんて嫌い!!! もう話掛けないでよ!!!』
『………分かった。でも、これだけは、伝えたいんだ』
『…何よ』
『2年後。この地に病が流行る。皆死ぬよ。3年前に分かった事だ。可能な限り身体を清潔に保って。口に布を当てて暮らして…。そうすれば』
『誰が!! アンタの事なんて信じるのよ!! アンタなんて占い師でも何でもない!! まともに野菜も作れない貧困農民風情が、真似事なんてしないでよ!!!』
『……………ごめん』
大人になるにつれて、彼女は視線も送らなくなり、会話どころか、近付くことすら出来なくなる。そしていずれ、王が告げた。
『僕はこの、【悪路王 黒蜜】を、妻として迎え入れる事を此処に決める』
それから、1年。
『おい。誰か黒蜜を見たか』
『いえ。何処にも』
『誰も見ていません』
『……………高丸を捕らえろ』
謂れのない罪を以て、高丸が牢に入る事が増えた。しかし目撃者の証言から、彼には罪が無い事が分かると釈放される。
『金丸!! カードはどうした!! 俺のカードは!!!』
『黙れ。畑もまともに耕せない下民が、カードなど。生かしてもらっているだけ有難く思え。僕の代では、下民にはカードを握らせない。もうじき、もうじきに、此処に来たる勇者がこの地を切り開き、この街に大きな栄光を齎す。勇者と共に魔王を打倒し、黒蜜と、大国の姫君の新たな血を以て、またこの地を更に大きく、更に強固な大国として、世界に名を残す。下らん貧乏人の相手はもう終わりだ。疲れた』
『………………』
『お前は占い師になど成れはしない。変な夢を見ず、せいぜい親に迷惑を掛けないところで死んでゆけ』
『俺の…カードを…』
「………………」
「高丸…?」
「【獄炎破壊滅光線】」
「!!!」
天井から光が漏れた。
キィィィィィ…
占いをやっていれば、カードに描かれたものが目の前に視えるなど、普通にあり得る事だ。
高丸の後方、激しく、熱を持った光が集まる。
「こ…これが…」
(当たらない占いだと…?)
解き放たれた光は一直線に、空の領域を脅かし、カードが弾け飛んだ。
「相手の呪詛を全て消滅させ、1000のダメージを与える」
「【攻撃】」
蛇の目傘を持った小鬼。草鞋を鳴らして振り上げて遊ぶ彼女は水たまりを滑りながら槌を持った男に蹴り掛かった。
【槌使いの勇者】 消滅。
「ちょっとだけ、王様気分を味わってみたくなっただけだ」
「捻くれ者」
「俺は此処で死ぬ。カードと共に、街と共に…。黒蜜と、共に」
「まだだ!!」
「…」
「槌使いの勇者の能力発動!!」
【槌使いの勇者】 能力【この魂が消滅する時、相手魂を攻撃する】
「槌使いの勇者のカウンター。喰らえ」
【妖怪 草鞋鬼】 消滅。
「…はぁ。弱いな。君は。まともな努力もした事が無くて、君の村では、一番弱かったんじゃないの?」
「おい」
「?」
「当たってねぇぞ」
それは、高丸自身も分かっていた。空は強い。なのに、占いとしてそう出ていない事は明らかだった。
「…………なんで…だろうな…」
「…………」
(不思議だ…。本当にそう出てる…。【火犬咆哮波】とか、【獄炎破壊滅光線】なんて明らかに間違いなく絶対そういう暗示…。俺は弱い。まるで努力も出来ない落ちこぼれで、病弱…。占いとして出てるのはそんなところだ…。勇者になんて成れない…。でも俺病気なんてした事無いくらいだぞ…。なんでだ…。それを、コイツは自分の実力で補って俺の道を強引にねじ伏せてる…。でも分かってる…。コイツはそうは思ってない…。俺が強いと、勇者になり得ると分かってる…)
「見せてやろう…。我らが【悪路王】たる所以。1000年前より伝わる我らの魂。【妖怪 悪路王】」
それは、黒い渦の中から現れた。黒い甲冑を纏う一人の剣士が刃を抜いた。
【それは、遥か高い山の上に棲むという。誰もがそれを討ち取るべく高みを目指したが、帰って来た者は誰も居ない。山は険しく、そして毎夜、山からは死んだ者達が死して尚も悲鳴を上げ続けている。踏破不能の禁忌の土地。頂に棲む最強の剣豪。その名は】
【妖怪 悪路王】 属性【白】
「此処を突き止め辿り着いた事だけは、褒めてやる。だがお前が辿り着いた此処は、更地も同然」
「まだお前が居る」
(なんだ…コイツ…。視える…。そこに居る…。)
「なんでそんなに出来るのに…お前…一体なんなんだ…」
「…………俺も、分からないんだ」
ボタッ…
高丸の目から、涙が零れた。
自分の勘と、実際にタロットカードが示すものが乖離している。それもあまりにも。
「……黒蜜は」
「…?」
「愛して、くれていると思ってた…」
「なんでお前は…」
「雨が…降らないんだ…。ずっと。黒蜜と一緒に居られる時間をくれる、雨がずっと、降らないんだ…」
『ねぇ、あのバカ兄貴。また紙に書いてる』
『ねぇお父さん』
『アイツヤバいって…』
ドンッ、ドンッ、という音が近づいて来る。紙に描いたカードを見れば、父は高丸に暴力を振るった。
「なんでお前は…」
「俺は、占い師だ…」
それでも諦めず、高丸はカードを作り続けた。
『高丸!!!』
『もう止めなさい高丸』
『兄貴に黒蜜様は不釣り合いだって事でしょ? もう理解してよ』
『盲目にも程があるって』
「皆を導きたかった…。皆を護りたかった…。俺しか知らなかった…」
『病気が来るんだ…。この街が、皆が死ぬ』
『いい加減にしないか!!!!』
『誰も望んでないんだよお前なんかの占いなんて』
『そんなので何が出来るの? アンタさ。そんなだから黒蜜様から見放されたんでしょ?』
『遊んでもらってたって自覚ある? アンタは、遊ばれてたの』
「黒蜜は…」
「待ってたんだな…。此処で」
「!!!」
「彼女はこの街を嫌ってた。違うか」
「…………」
「逃げて、お前を信じて逃げて、そして、お前と彼女だけが知っていたこの事実を確かめに、彼女が、迎えに来ると。そう信じてたんだろ」
「………………」
「高丸。一緒に来い。俺が連れ出す」
「……ダメだ。俺は」
「お前はなんで占いしか信じないんだ!!! 一度くらい、少しくらい、自分を信じて見ろよ!!! 占いがどうかじゃない。お前はどうしたい!!!」
「お前に…」
「…………ひねくれ者」
「何が分かる」
「分かって来たぞ。お前の可愛い可愛い一途っぷりがな」
ピキッ…
「そこまで占いに自信があるなら見てみたいなぁお前の本気ってやつ? 当たらない占いを、自信たっぷりにひけらかしてみてほしいもんだなぁ」
ピキッ…
「本当は自信無い癖に。自分が一番自分の占いを信じてない癖に。彼女の今を見もせずに、昔に縋ってこのまま死にたい? ふざけてんのか。お前のカードは。本物のカードがあれば! 何か変わるかもしれないだろ!! ずっと探してたんだろ!! 俺も探す。一緒に探せば良い!!」
「舐めた事を…言ってんじゃねぇんだ…。よそ者が」
「召喚。【槍使いの勇者】」
【槍使いの勇者】 属性【白】
「もう面倒だ。手加減はしないぞ」
「ああ。良いよ。来い」
「赤。【螺旋薔薇】」
【螺旋薔薇】 属性【黒】 通常効果【相手の火力を500下げる】
「…無駄撃ち」
「…チッ。青。【赫炎】。火力1000。…青。【鼓舞羅笛】。火力200アップ。……赤。【電光殺拳】。1200で攻撃」
【電光殺拳】 属性【白】 通常効果【相手を攻撃する】
「…動揺してる?」
「黙れ」
「緑の場面。【ブラックミストシールド】。ダメージを受けない」
「…………。青。【命光蛍】。火力を1000回復する。赤の場面だ。【蛇の目】。相手の火力を……300下げる…。クソッ! なんで来ない…」
「…………」
(…カードが、応えてない)
「十分だ。君を倒すくらい。訳ない」
「強がんなよ」
「チッ!」
「手伝ってやるよ。槍使いの勇者の能力発動。相手場面の呪詛を全て消滅させる」
【槍使いの勇者】 能力【相手場面の呪詛を全て消滅させる】
「ああ。良いよ。助かるくらいだ」
決着は、極めて呆気ないものだった。高丸が全ての呪詛をロストゾーンに置き、新たに呪詛を配置した。そのカードを捲り、中を確認した時だった。彼は、ガタガタと震え始めた。
「良いのは来た?」
「な…な…に…これ…。そんなバカな…」
「?」
「嘘だ…こんなの…」
「おい」
「違う…こんなの違う…そんなはずない…」
高丸は自らのロストゾーンを手に、何度も確認する。
「おいって。どうした?」
「………………赤の場面。【BOMB】」
「…それ」
「白の場面、【獄炎破壊滅光線】
「それって…」
「緑の場面。【命光蛍】」
「同じカードが…」
このゲームは、デッキに2枚、同じカードを入れてはならない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「!?」
「当たる訳がない!! 当たる訳が無いんだ!!! こんなの!!! こんな!! あり得ない!! こんなデッキで当たる訳がない!! ズレる訳だ!! 天気も、病気も!! 何もかも!! 想定よりずっと!!!」
「お…おい落ち着けって…」
「き!! 君なんかに!! 一体何が分かる!! 俺は…俺はぁ…こんなデッキ…こんなの…。あり得ない…。俺はいつから…いつこんなデッキが…こんなカードが…」
「…じゃあ俺の、勝ち?」
「違う!!! 君なんかに!! 負ける訳が無い。君が!! 俺に勝てるはずが無い!!」
「………でもお前、嬉しそうじゃないか」
高丸の表情は確かに、晴れやかだった。
ドンッ!!
音が響いた。半分くらい忘れ掛けていた事をこの時二人が思い出す。外はもう、魔物に包囲されていると。
「ヤバい…。高丸。約束だ。俺と一緒に逃げるぞ」
「まだだ」
「まだそんな事を言ってるのか!!」
「俺のカードを取り戻す。話はそれからだ」
「…………でももう来る!!」
木が割れ、扉が拉げたその亀裂から、熊の顔が突き出した。その後方にはすでになん十匹と熊が居て、二人を狙う。高丸はこの時既に、デッキからダブったカードを引き抜く。
「………………もう無いな」
「高丸!!!」
「空」
「良いな。逃げ」「勝てるよ」
「なに!?」
「お前は、こいつ等に勝てる」
高丸の前に配置されたカードは、紛れも無い、勝利を暗示していた。
「…………………」
空の心臓が一気に静まった。5mを越える熊がその腕を揮う。しかし熊の目には確かにそこに居た空の身体は煙のように消え、懐にあった。黒鉄の槍がスッと身体を覆う蛇のような鱗のつなぎ目を裂き、剥がれた隙間から槍を差し込むと血が弾けた。
熊の巨体は空を推し潰す事は無い。空は既に、熊の群れの中心。槍を回転させ、熊の首が宙を飛んだ。
「早く言ってよ。それ」
血の雨の中に立つ人物の姿はまさに、【勇者】そのものだった。その雨が、高丸の中に凝り固まった澱みを綺麗に流した。