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メビウス  作者: ののせき
2/11

1‐2

 【悪路王】、それは1000年前に存在した、最高峰とさえ謂われる占い師の名。それは、一人の男が三人の愛人を引き攣れ始まったという。4人はこの地に腰を据え、誰にも見つからず、繁栄し続けたという。


 未だかつて、その山の頂に辿り着いた者は一人として居ない。


 空が此処に【悪路王】の存在を確信したのは、占いによって。自分とを繋ぐ、太い運命の糸を感じ取ったからだ。その糸を頼りに、船を自作し、自ら漕いだ。


 遠くの山までの道を阻む深い森が広がっている。赤い瞳をした鹿が目の前に現れ、一つ跳びに消えた。茶色と黒の縞模様の梟が居る。首を傾げジッと、空を見つめている。安全とは程遠いこの地の生物は、今にも迫る命の危険を感じているらしい。


「情報によれば此処はダンジョンではないはず…」


 周辺に、人の気配は薄い。時折冒険者がやって来て、魔物の存在や、道の整備にやって来るがその実、そう上手くはいっていない。

 悪路王。その名の通り、悪路の先に存在する王がこの近隣に居て、道を阻んでいると噂があった。

「直線距離で30kmくらいか…?」

 山の麓までを目測で測る。魔物の姿は視えず、しかし中には肉食の野生動物も居るだろう。手の中で軽く、何枚かのタロットカードを開いてみる。

「命の危険は、無し…。冒険者の警護区域は此処から5kmくらい。まさに冒険って感じだね」


 一度、髪を解く。そしてもう一度垂れた髪の毛を一度に掴み後頭部に回してきつく結んで、顔を振ってポジションを整える。空は跳んだ。木の枝を鷲掴みにして、遠心力で枝の上に乗ると、撓む枝の弾性と、息を合わせた跳躍。

 超人的な視力が発見する。良いところに鹿が一匹草を食べている。背中に携える黒鉄の槍を手に、落下の速度をそのまま鹿の身体に向ける。刃は鹿を挟んで地面に刺さり、その柄に手を添えてブレーキを掛ける事で優しく着地する。


「よしっ」


 夕食と、手土産だ。革を剥ぎ取り、肉を裁いて植物の葉に包んで糸で結んだ。もう間近に山が見える。もしも占いが無ければ確かに、あそこに人間が住んでいるとは到底思えないほど鬱蒼と、人を拒む森が広がっている。

「…………」

 どれだけ目を凝らしても人の影どころか気配一つ掴む事が出来ない。それでも、タロットカードは確かに、あの山に、勇者の存在を待つ者が居る。そしてそれが間違い無く、自分と繋がっていると確信出来るほどの太い糸が視える。


「天気は晴れ…。雲一つない快晴。良い旅立ちになり、星が祝福する、か」


 何処かで此処を占う人の気配があった。とても厄介な存在だ。だがそれは、占いではない。


 勘だ。


 タロットカードを開く。


「夕方から雨が降る…。暗雲に覆われ、嵐になる。……そして、俺は死ぬ」


 空を見上げた。そんな雲の気配は感じないくらい、ジリジリと肌を焼く熱戦が降り注いでいる。


 爆発音にも聞こえる轟音が山の麓から届いた。木々を薙ぎ倒し、山を登ってきているようだ。


「……見つかったか」


 【ハミダシ】を植え付けられた生物を【魔物】と呼んだ。ハミダシは日々その者の身体を蝕み、体内に浸食しいずれ心臓と結合する。この浸食度合によって、魔物の強さが変わる。


 ハミダシを植え付けられたばかりの魔物を【浸度10】とする。まだ皮下に根を張り身体の表面にはみ出ている状態だ。この状態の魔物は凶暴化し、筋力はほぼ、元の獣と変わらない。


 浸度9~5、まだ体外にハミダシが露出している状態だ。だが植え付けられた場所によって状態は大きく変化する。心臓に近いほど浸食は早く、強い。遠ければ遅く、弱い。


 浸度4からは話が違う。ハミダシは完全に身体の中に埋まり、その生物を書き換え始める。筋力は大幅に強化され、その時の激痛は自我を保つ事も困難となり、命を蔑ろにした特攻的な戦術で他者を狙う。


 3、2、1は存在そのものが稀。通常、この段階になると激痛によりすぐに命を落としてしまうからだ。身体の中に完全に入り込んだハミダシは、植え付けられた部位を保護する為に甲殻を構築し始める。痛みが徐々に和らぎ、痛覚というものが削がれてゆく。


 そして、浸度0。完全に心臓に結合した状態の魔物は、痛みを忘れ、四肢を切り落とされようと、腹を裂かれ臓物が零れようとも死ぬことは無く襲い掛かる。頭を落とすか、心臓を貫くか、完全な殺傷にはこの二つの方法が確実なものとなる。


 そして浸度0の魔物は、他者にハミダシを植え付ける能力を獲得する。


 樹の上から空は見た。

「アレは、熊か…?」

 巨大だ。5mはある。首の裏から背中に掛けて皮が禿げ、紫色の蛇のような鱗に覆われている。

「マズいぞ…。浸度0」

 追随する子熊が10は居る。それ全て、まだ植え付けられたばかりのハミダシが体外にある。


「浸度、9から5ってところかな。あの数はマズい…。浸度0が統率してる…。クソッ!!」

(自惚れてた! 俺も少しは占いが出来るようになったんだって!! 悪路王が俺を勇者に選んでくれるって!! でも違った!! あそこで何かが起こったんだ!! 魔物にバレて、襲われてる!!)

「今助ける!!」


 山の麓。道なき道に、真新しい一本の獣道が出来上がっている。大岩でも転がり落ちて来たみたいに木々を掻き分け全てを踏み潰している。

 問題なのは、此処まで来る道中、人が通った痕跡も何も無かった事。この麓にも何一つの人が暮らしている様子は伺えない。


「罠とか、見張りとか、そんなものも何一つ無いのか…?」


 あり得ないくらい不用心。あり得ないくらい人の気配が無い。あり得ないくらい、隠れる気概を感じない。


 逆に熊ですら、見張りを立てている。


 グルル…


 喉を鳴らす熊が二匹。どちらもまだ若く、しかし正気は既に失っているようだ。痛みを堪え、激痛を噛み締め、その痛みは他者を憎み、殺意を誘う。


「……………」

(頭部に1。脇に1。俺に…勝てるか…?)


 空は怯えた。足が震え、槍を構えるその手に力が上手く入らない。決断する。


「うん。無理だ」

(脇は無理。ハミダシ頭だけ叩いて、身を隠しながら悪路王に会って此処から逃げる…)


 足首のスナップ一息で頭部にハミダシを持つ熊の真横にまで跳んだ。そして槍の中央と石突を手に、てこの原理で回転させる。手応えは確かにあった。


 首に刃が辺り、別段何かにつっかえる事も無く、槍が一回転する。だが結果は見なかった。一目散に上に向けて足を進め、枝に捕まり木の枝と木の枝を跳んで先に進む。


 光が見えた。どうやら開けた場所に辿り着いたらしい。未だ、熊の姿は見えない。

「もう着いてるのか…。頼むぞ…。俺一人で何人助けられる…。どうすれば…」


 飛び込んだ光の先。空は驚愕する。

「なんだ…此処は…」


 そこは、異世界が広がっていた。


 1000年前の景色が絵に残されていた。


 地面を滑らかな泥を流し込んで固め、道を作る。その上を、金属の車が人を乗せて走るという。道路には国中に渡り白い線が引かれ、それに倣って列を作って走るのだという。


 その道が、一直線に敷かれている。


「嘘だろ…」


 道を挟むように、構想な白い建物が聳えている。まるでこの世界のどの建物よりも精巧な壁、ガラスが今なお健在だが、老朽したのだろう。傾いているものも多くあり、植物の蔦に喰い尽くされてしまっているものもある。

「凄い…。信じられない。絵のままじゃないか…」

 窓の囲む銀色の縁。それがガラスを挟み込み固定しているらしい。窓と窓の間には鍵があり、レバーを上下させる事で開閉が可能なのは、現代とあまり変わらないにしても、それと全く、見比べても全く同じものが別の窓にも取り付けられている。


「…コピー能力。いや、大量生産能力か。昔の人口は億って噂は本当だったんだな…。凄すぎる…。いや、何より凄いのが、これが残っているという事実だ…」


 1000年だ。


 途方もない年月を、此処に居た人間は手入れをして、これを残し続けていた事を意味している。事実、草木は刈り取られ、まだ新しい手ぬぐいが、中の椅子の背凭れに掛かったままになっている。


「1000年間護り続けるなんてことが可能なのか…」


『空。老いには勝てんなぁ…』


 祖父が言った。それは祖父の口癖だった。


『人は、時間には勝てんものよ…』


 病床に伏していた祖父は、痛みに堪えながら必死にそう言って、皆に安堵を齎していた。


「昔の人は、時間より強かったのか…。病気は、どうしてたのかな」


 一本道のその奥、一軒の建物が見える。全体を赤く染められた門がある。

「城?」

 熊の足跡がそこに向かっている。


 オォォォ…


 立ち上がった熊の頭が建物の奥から現れた。建物は塀に囲まれ、熊は中に入る為に、塀に頭突きを繰り返している。空は駆け、屋根に乗り込み見渡した。巨大な熊と共にある7体の子熊が包囲している。

 屋根の上から建物を一望する。赤く塗られた豪奢な建物が一軒。城という感じではない。玄関には暖簾が掛かり、扉も無く、その先には番台らしいカウンターがある。


「旅館…?」

(ここから飛び込むのは無理だ…。なんとか中に入らないと…)


 空は包囲を掻い潜り、塀の傍から空に向けて声を上げる。

「誰か居ないのか!! 魔物が来ている!! すぐに避難しないと無事じゃ済まないぞ!!! 兵は居ないのか!!」


 足音、返事、気配、そんなもの一切ない静寂だった。


「くっ…なんでだ…。まさかもう避難したのか…。戦う事もせず…? 全部捨てて逃げ出すほどの…? …………いや」


 道中、それほどの人数が逃げ出せば必ず何処かに痕跡が残るはずだ。だが、空の秀でた目を以てしてもそんなものは何一つ無かった。


「誰か居ないのか!!」

(地下…。何処かに隠し通路…?)


 まだ、熊は気付いていないようだ。ゆっくりと歩き、塀を手でなぞる。

「…………」

 空が踵を返して、他の場所を捜索しようと膝を折り曲げた瞬間だった。

「ん!!」

 口が塞がれ、利き手首を握られ封じられる。

「動くな」と耳元から小さな声が届いた。男の声だが、小さい。子供のような柔らかな手。封じているつもりなのだろうが、余りにも弱い。口に覆う手のひらも、噛み付けばふやかした麩くらい簡単に噛み千切れそうだ。


「いつっ!!」


 手首のバンドの中には刃を仕込んでいる。こういう事態を想定しての隠し武器だ。触れた男の手が離れると、身体を返して男の首に腕を押し当て壁に追いやると、こめかみにクナイを突き付ける。

「形勢逆転。戦闘は不慣れ?」

「…………」

 小さい。12歳の空の身長は145cmとやや小柄。それよりも僅かに高いくらいの少年だったが、その目は、明らかに少年らしい輝きなど無く光を纏わない。

「何者?」

「そのまま俺を押し込め。中に入れる」


「…………」

(隠し扉…)


 身体を押し込むと、一枚の板が回転し、二人は庭に出た。砂紋も描かれない雑草が目立つ砂利の庭に、鯉の池がある。まるでついこの前まで手入れをしていた痕跡があるが、草木の伸び具合から凡そ、2年ほど何もしていないようだ。


「…………お前は?」

「誰でもない。君は何者?」

「【フォレイモリス】。心得の谷から来た忍者。【心得 空】」

「忍者?」

「ああ」

「へぇ。今時そんなのが居るんだ。生憎、この街から出た事が無くてね。俺は。ふぉれいなんとかも知らないんだ」


「……………」

(下っ端、って感じだな)

「悪路王は」


「居ないよ。此処には」


「……なるほど」


「?」


「お前、置いて行かれたんだな」

「………ああ」



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