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メビウス  作者: ののせき
1/12

1‐1

 1000年前。


 地球という星は人間が支配している。人間は賢く、自らの手で火を作り、自らの手で道具を作り、自らの手で他種の生物を増やし命を消費し食料とした。そしていずれ、自らの手を使わずに、それらが出来るようになるまでに反映した。

 環境に適応できるはずもない細い身体に少ない体毛を補う衣服を纏い、弱い筋力を機械を纏い岩をも抉る力を持った。それらの力を十分に発揮するべく、地面を削り、灰色の粘度で固め、増えすぎた人間を格納する為に高層な建物を幾つも並べた。


 結果、人間は退屈している。


 自ら望んで衰えた癖に、スポーツと称して己の素の筋肉を競うようになった。


 自ら進んで繁栄した癖に、家を棄てて太古の暮らしの真似事を始める。


 誰かが作った美を纏う事で己の美を高めたつもりになり、誰かが作った知識を借りて、自らの脳の密度を誇示する。


 人間同士、常に他者を蹴落とし他者より秀でていようと、秀でたフリをする。それが明るみに出れば、大なり小なり、人々は同種で戦争を始める。


 果てにはそれを愚かだと言いながら、それでも人は美しいなどと言い始め正当化する始末。


 誰しもがこう思っている。心の何処かで皆が思う。


 宇宙人が現れ地球を侵略し始めた時初めて、人間は統一される。住んでいる地域など関係無く、手を取り合って異種と戦争を始めるだろう。


 人間が簡単に蹂躙できる無限の侵略者を、人間は常に求めているのである。


 始まりは、日本という島国だった。


 ある者達は早期に告げていた。


 この日、人類のこれまでの文明は無に帰するだろう、と。


 活発化した火山が直に噴火し、地球を燃やす。誰もがそんな言葉を信じる事は無かった。オーパーツ、古代文明、太古の預言書、そんなものの存在が、事実を曇らせていたのだ。誰もが外れる事を楽しみにしていたこの日、突然起こった大地震。それと共に、遥か遠くに炎柱が立ち昇った事を誰もが確認する。巻き起こった噴石が高層ビルを瞬く間に破壊し、日本という国の中枢を崩壊させた。


 それは最初の1に過ぎず、第二、第三と相次ぎ世界全土、数多の火山が火を噴き空を穿った。


 噴火が納まったのはそれから凡そ、ひと月を要し、空は闇黒に包まれた。人間たちは逃げ惑い、安住の地を探しながらだが、獣と等しく縄張り争いが後を絶たない。それでも未だ文明を維持する地域に住む科学者はヘリを飛ばし、最初の火山がある【小笠原諸島】に向かった。


 それは、すぐに観測される。


 地面に埋まった黒鉛色の楕円状の球体。科学者は一目でそれを『卵』と表現した。卵の表面には血管のような筋が通り、脈打っている。恐る恐る歩み寄り包囲する科学者達だったが、それがトリガーを引いたのだろう。


 パキッ


 卵の頂点から欠片が弾け、突き出した。


現れたのは、【人型】の生物だった。


 粘り強い粘液を帯びながらも、二足で歩くその身体は、大人の男を凌駕し、既に美しいまでの発達した筋肉に覆われている。


 しかし、人間ではない。


 全身は紫色の肌に包まれ、長い尾を持ち、頭部には二本、ヤギのような角が生えている。



 これを見た者は、その第一印象から誰もがこう名付けた。


 【魔王(まおう)


 避難、会話、捕獲、殺害。


 選択肢として過った4つの選択肢の中、恐怖に逃げる者よりも先に、好奇心に歩み寄る者の行動が早かった。一歩踏み出した時、魔王の尾が男の首を刺突する。すると、尾の付け根、赤く光る袋状の物体が何かを解き放ち、尾を通じて流れて来る。

 叫び科学者から尾が離れた時、その首には赤い物体が植え付けられていた。そこから始まった。魔王はそこに居る科学者全員に赤い物体を植え付け、通りすがりの鳥や魚にもまた植え付ける。

 植え付けられた者は、全身に激しい痛みが走り、悶え、苦しみながらも凶暴化し、他者への攻撃行動を取るようになる。


 身体からはみ出した赤い物体。そこからこの物体の事を【ハミダシ】、そう呼ぶようになりハミダシを植え付けられた者は魔王の眷属。よって、【魔物】と名付けられた。


 そこから長い、長い、人間の力では太刀打ち出来ない強力な侵略者との戦争が始まる。


 【ハミダシ】を持つ生物に成す術もない人間は、数多の犠牲を以て生き永らえ、安住の地を求めて旅をする。幸い、広まる速度はそれほど早くは無かった。


 魔物が人里に現れるのは年に1度、有るか無いか。人間の生き残りは数か所の地域に集まり対策を講じ翻す。そして負ければ全滅。そんな戦争を繰り返す内に、凡そ、50年の月日が流れた。

 取り戻しつつあった文明が、ある日突然、数多の【魔物】の群れに襲われ崩壊する事になる。


 ハミダシの拡散ペースが上がったのは、この頃からだった。


 だが生物は環境に適応する為に進化する。


 かつて知力によって繁栄した人間は、動物のように、縄張りを護るべくその筋力を以て戦う術を求め、肉体を鍛えた。絶滅寸前まで追いやられてなお、タガの外れた人間の底力が、人間を動物として次のステージに進めたのである。


 【100年後】

 かつては100mを走るのに20秒掛かっていた事もある。だがこの頃を境に、5秒を切る。


 【200年後】

 身の丈を越える大岩をたった一人で持ち上げ、2m先まで投げ飛ばす筋力を手に入れた。


 【500年後】

 海に潜り、巨大な鮫に腹を噛まれて尚、その腹筋は牙を通さず腕の力で顎を引き裂く。肉体が、海の覇者を凌駕した。


 【1000年後】

 噴火によって大地は変貌し、旧日本は完全に【魔王の領域】となり強力な魔物が跋扈する禁忌の土地となる。人間は隊列を組み冒険に向かい、数多の魔物を翻し、そして有益な情報、航路を確保する事に成功する。


 そんな者達の事をこう呼んだ。


 【冒険者(ぼうけんしゃ)


 人間は、人種、当時の地位を問わず1つに集まった。そして、《《ある者達》》が先導し、その中から3人の王を決める。


 タロットカードを以て未来を占う【占い師】である。


 彼らは魔王出現の遥か10年前からこの時を予期し、安住の地を探し続け、根回しを行っていた。この時代、人間の未来永劫の和平と共に、魔王討伐を成し遂げる事が出来る道筋に人々を導く事が出来る王という存在を育んでいた。


 そうして、三人の王が誕生する。


 それらは三王は【人間の領域】を三つに分割し、それぞれが統治した。


 三大国が一 【ファルディオン】


 三大国の中、最も強力な冒険者が揃う、力の国家である。そして、美の国家とも呼ばれる。その所以は、弱冠16歳にして王位に即位した少女の美貌。


 赤い炎のような髪の毛を被る褐色の少女。赤く燃えるような瞳は宝石に例えられ、金色の装飾を纏い踊る姿はまさに烈火の花。


 王女【エルメス・F・ファルディオン】


 魔王を憎み、民を想う彼女は常に魔王討伐を目論み、策を講じる最中。ある【文献】を手に入れた。それは1000年前の人間が書いた、その遥か昔の魔物との戦いの記録であるという。


 タイトルは【私が最強の勇者って本当の話ですか!? ~ごくごく平凡な女子高生、勇者となって魔王を〆る旅に出る。もぉ! 目立つのは苦手なのにぃ!!~】


 人類はかつてこの時代を乗り越え、また新たな文明を築いたのだ。


 1000年間、雨風から逃れたこの文献には、言い伝えられてきた通りの1000年前の景色が克明に描かれている。

 【魔物】という存在が突如人間社会に現れ、文明を脅かしたという事実。そして、その中で【冒険者】という存在が戦い、その素材を武器にしていたという事実。そして、【魔王】は不思議な力に護られ、【勇者】の力で無ければ倒す事が出来ないという事が冒頭に記されている。


 その勇者、主人公とされる女子高生【保野美坂(ほのみざか) リリス】は、他人と楽しそうに会話をしながら拳を揮うその1発だけで、魔物の頭部を弾き飛ばすほどの力を持っていたらしい。


 これは史実である。


 というのがエルメスの確信だった。


 この文献を見つける前から魔王の領域に向かう者を【冒険者】と名付けた。時代は回るものだ。それが何よりの証拠に思えて疑わなかった。しかし、本の背表紙には、【1】という数字が書かれている。そして、本の最後にはまるで、先がある事を示唆している文章が記されている。


「くっ…。この先が気になって仕方がありません…。なぜ保野美坂リリスはこれほどまでの力を…。それに何故、【柚木 チノ】は同姓であるリリスに恋心を寄せているのか…。しかも本当の姉妹でも無いのに御姉様と呼び、上の身分であるにも関わらず卑猥な悪戯を繰り返す。勇者の力を持っていながらそれを叱りはしても拒むような素振りもしないリリスの言動もやはり気になる…。やはり相思相愛…。いいえあり得ない。チノの幼馴染の【田井中村 洋一】とはなんかもう熟年夫婦のようではありませんか…。もっとこう…なんかもっとこう…。洋一の気持ちに気付いていない? 先が気になる…。何としてでも手に入れないと…」


 文献には魔王の弱点、いかにして魔王が生まれたのか、そんなものが未だ書かれていない。先があるというのはもはや確実。そしてそれが発見され数日。【占い師】が現れこう告げた。


『勇者を探してください』

『!?』

『さもなくば、10年以内に、人類は滅亡する』

『10年…。で、ですが、どうやって』

『しかし、勇者はまだ覚醒には程遠い。勇者となり得る者を見つけ出し、試練を与え、育てるのです』

『そ…そんな…。何か、何か方法は無いのですか?』

『もう、世界に点在する占い師が気付いている。星が危ないと。候補者を募るのです。占い師を引き攣れた勇者候補が、他の候補者と争い、自らの勇者の力を証明するでしょう。始めるのです。【勇者決定トーナメント】を』


 王は思った。


「…………」

(私はこの文献の最後を観るまでは死ねない…。チノの恋を見届けるまで、死ねない)


 魔王を倒すまで死ねないと。それが王の使命であると。


 しかし、【勇者候補】を募る、とは言えど、その規模はきっと数千という単位になるだろう。それでは10年などすぐに来てしまう。エルメスはある条件を提示し、その中から勇者としての素養を絞り込む事を決めた。


 【条件1】…魔王軍との戦いを記した文献を所持している事。


 【条件2】…自らを勇者であると推薦する占い師を同伴させる事。


 【条件3】…トーナメント開催地は秘匿する。占い師、勇者候補両者で探し出す事。


 この取り決めは、瞬く間に世界に広がった。


 世界に点在する占い師達は察知した。世界が勇者を必要とし、自らを必要としていると。彼らをこう呼ぶ。


 星の光が闇夜を照らす【占星術師(スターライト)


「お前らぁ!!!」


 そこは、無法の領域【サイハテ】。瓦礫に埋もれた三大国【フォレイモリス】の端の端。法の支配を拒み、恐慌を望む者達が溢れる場所。

 領域の中は4つに分割され、それぞれ悪徒が統治していた。だがしかし、その縄張り争いがこの日、終わった。

 この領域で最も高い瓦礫の山【真児卍山(まじまんじやま)】の頂に、一人の女が立った。揺れる乳房を小さい胸当てでのみ隠し、局部を限りなく隠さない、刺青の女。羽織を翻し全てを晒上げる女はこの縄張りを牛耳る頭。

 無敗にして、最強の女。この日を察知した彼女は力を以て、全ての縄張りを統一する事に成功する。


「時代が来た」


 下に、4つの組織に居た全ての者達が1つとなり集まっている。それらは一本の道を開き、中央に、傷だらけながらも美しいほどの肉体を持つ一人の漢が歩く。


「アタシがこの地に来て、5年。この【真児卍山】のボスとなって3年。そしてこの日、このサイハテの王になった。断言するぜ」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 何を言うのか、と空を仰ぐ彼女の事をジッと見つめる。彼女は呆然と、不貞腐れた顔でこう言った。


「狭ぇ」


「?」

「?」

「?」

「?」


「アタシらはこんなもんじゃねぇだろう。こんなチンケな場所でショボい喧嘩して、無駄な血ぃ流し合うなんざアタシらの血が泣いちまうぜ。天下!! この日が当たるところ全部!!! アタシらのもんにする!!! 窮鼠猫を噛む、なんて言葉がある。誰もがアタシらを窮鼠だと思い込んでる。追い詰めたネズミだと。ドブネズミだと。でも誰も知らねぇ。ネズミが群れるって事を。追い詰められてんのぁ猫の方だってことを。目の前の餌に集ってその背後が視えてないバカ共が大勢居る。アタシは必ずこの【ルータ】を【勇者】にする。魔王を殺す。それは序章だ。アタシらを此処に追い詰め、蓋をした気になってる奴ら全員から借りを返す。祀り上げた勇者が、神輿の上に立った勇者が、新たな魔王となりこの世界の全てを掠め取る!!! お前ら!!! 気合入れろやぁ!!!」


 押忍!!!


 声が空に轟き、雲を弾き飛ばす。


「ルータぁ!! お前が最初に噛み付いたれ。お前が一番に!! アタシに付いて来いやぁ!!!」


「押忍ッ!!!」


 占星術師 【ニコチー・スピリット】

 勇者候補 【ルータ・セブンスター】


 三大国が一 【ファルディオン】に隣接する小さな領域がある。名前は【フォトン】。美しい水と花が穏やかな生命を育む、平和の象徴と謂われる、人口1000人程度の島国だ。

 そんな小さな国には、二人の王子が居た。


 黒の背広を身に付けた、長身の男。15にして、病弱な父に代わり国政を牛耳る若き王だった。それを支える双子の弟。純白の背広を纏う男は兄の背をジッと見つめる。兄は溜息を漏らした。

「納得がいかんな…」


「兄さん…?」


「何故俺ではない」


 彼は、自分を【勇者】であると信じて疑わない。その膂力は剣を振るえば金属を切り裂き、脚力は水の上を走る事さえ可能だという超人的な身体能力を有する。冒険者の中、最上位のランクを持つと同時に、彼はファルディオン王女と婚約関係にあった。


「何故エルメスは、何処の馬の骨とも知らん者を搔き集め、その中から勇者を選ぶなどと言っている。無駄な事だ。そうは思わんか」

「………………」

 横柄ながら、事実、【勇者】は彼しか居ない、という世間の声は極めて多かった。勇者は、力は勿論、知力も外見も大事だ。それらを全てクリアしている者が居るとすれば、彼だけだろう。だが弟である男は、眉間に皺が寄る。


「……【マシロ】?」

「…出来ない」

「なに?」


「僕は、兄さんを勇者には推薦できない!!!」


「……な……なにを言っている。マシロ? おん? おーい。マシロくん? は…ハハッ…。中々面白い冗談をブチかます。なるほどキャラチェンか。うん。悪くない、が、つまらない。うん。お前…ふっお前…。えぇ…?」


「ごめん兄さん。兄さんが、勇者であるはずが無い。僕の答えは変わらない。僕は、兄さんを勇者には推薦出来ない」


「…………マシロ…?」


 彼は逃げ出した。


 占星術師 【ミサキ・マシロ】

 勇者候補 【ミサキ・マクロ】


 三大国が一 【マッファイア】


 1000年前、魔王誕生によって人類の文明は大きく削がれた。しかし当時、この地域は噴火による被害が著しく少なく、かつての文明が多く残されていた事から、当時、他国から幾億という人間が押し寄せ生活が始まった。

 1000年前の僅かに残された機械を武器に建物を増やし、人々の生活を支えた。しかし、魔物の強襲により衰退するばかり。いずれ、機械を使えなくなり、新しい物が生まれなくなると、人々は古典的な銃と剣を以て魔物に抗い始める。だがそこに危機感を得て、彼らは知力を維持し、過去の文明を残し続ける事を選んだ。以来マッファイアは指揮系統として魔王の眷属を翻す、防衛の要として三大国の一を担っている。


 力の【ファルディオン】

 数の【フォレイモリス】

 知の【マッファイア】


 この三大国があるからこそ、人類は未だ、絶滅する事無く存続し続けているのである。だがしかし、命を惜しまない戦法を持ち込む魔物との戦いは、長年膠着、ないし劣勢を強いられているのが現状だ。


 その膠着状態を打破すべく立ち上がったある天才科学者が居た。その人物は、魔物が持つ【ハミダシ】を摘出し、機械を介し人間に植え付ける事で制御する方法を編み出した。


 【ハミダシ】を植え付けられた生物は凶暴化と同時に筋力が大幅に強化される事が分かっている。これを人間に植え付けコントロールする事さえ出来れば、武器として活用しより魔物に対し有用性のある兵士を作り出す事が出来ると考えたのである。

 未知の力を目の当たりにした者が、その未知の力を利用して抗う、考えとしては当然の筋書きだ。そして何百年も前、その研究に一つの成功事例があった。

 機械を介しハミダシを植え付けた人間は、凶暴化し、筋力が大幅に強化された。それを、理性を以てコントロールする事で魔物に抗い、打ち勝ったのだという。ところがそれには副作用があった。

 研究当初からこの副作用については分かっていた。


 ハミダシを植え付けられた生物は、短命となる。


 これは、植え付けられたハミダシは少しずつ体内に入り込み、心臓と結合する。それまでの間、極めて激しい痛みが身体を蝕むからだ。当時の魔物との戦闘は長期戦に持ち込むのが基本とされ、人間が1対1で打ち勝つ事は難しく解決の方法が常に模索されていた時代。この【ハミダシ兵器】は革命だと科学者は豪語した。


 負ければ犠牲、国。勝利の為に犠牲100。


 これが普通の時代に、勝利の可能性に犠牲1。これがどれほどの事かと科学者は何度も伝えた。ところがこれを、人道的でないという理由から誰も受け入れなかった。


 命を燃やす魔の兵器(マジックファイア)、そう呼ばれ科学者は悪魔の科学者と呼ばれ蔑まれた。


 だが時代を経て、そんな経歴が忘れ去られた頃、悪魔の科学者は国の根幹を支える医師として活躍する事になる。医師の手に掛かれば、瀕死の命がまた燃える、として『命を繋げる魔法の火(マジックファイア)』。誰もが尊敬する医者として名を残す。それが、三大国が一【マッファイア】の始まりだった。


 かつての野心を燃やす一人の少女が居た。


「ヒッ…ヒヒッ…ァ―…」


 不気味な引き笑をする少女の頭にはハエが集る。腐臭と薬品の臭いが入り混じったラボは、マッファイア城、誰も知らない地下に存在する。


 そこに、悪魔の科学者が遺した記述があり、少女はそれを目にした。以来彼女は、魔の兵器の研究に没頭する少女はマッファイア第七王女。


 巨大な水槽の中が緑色の液体に満ちている。その中に吊るされる一人の少年。身体の至る所がパイプに繋がれ、その胸には、【ハミダシ】が植え付けられている。


「アッ…アッ…。【勇者】を選ぶんだってさ…。僕の研究の完成を、予期しているかのようだ…。占いって言うのも、案外、バカに出来ない、ね…? 僕の【勇者】」


 科学者 【マッファイア・ガニュ】

 勇者候補 【ユウシャ】


 海原に一隻の巨大戦艦が漂っている。


 空に向けてライトの光が放たれ、螺旋を描くと、大砲が火を噴く。鳴り響く音楽が船を揺らし、波紋を広げる。


「みんなー!? 今日も来てくれて、ありがとー!!!!」


 ピンク色のツインテールの少女が甲板、ステージの上に立ち、マイクを握る。


 彼らは国に属さない。行く先は波が決め、彼らの生き死には彼女が決める。


 そんな彼女に救済を求めるように、皆が手を振り歌う彼女に隙あらば愛を語る。


「アイちゃあぁぁぁぁぁぁぁん!! 今日も可愛い!!! 目線くださーい!!!」


 偶然届いたその声に、少女は踊りながら振り向いて片目を瞑って見せた。失神。鼻血が弧を描くほど噴き出して、倒れてしまう。


「と…と…尊い…。今日も俺…生きてる…生きた…。もう死んでも良…」


 大きな胸を揺らし、飛び跳ねながらシャツの裾が開けヘソを見せる。キラキラと光る汗が弾けるほどにジャンプして、真っ白な歯を剥き出しにして、この世の全てをダメにする笑顔でその夜を終える。


 男も女も関係は無い。彼女の前では神とゴミ。


 行き場を失ったゴミを掬い上げ、救済(ライブ)を行う絶世の美女。その夜が終わろうとしていた。寂しくはない。過剰摂取は身体に毒だ。


 明日もあると信じてこの日のライブが終わる。


 しかしこの日、歌が終わるとすぐにステージから降りる彼女が、佇んだまま息を整えている。


「疲れてる…。尊い…」

「まだ、居てくれるの…? (うれし)い…」

「え…待ってヤバい…」


「皆はもう知ってるよね。三大国が、魔王を倒す為に【勇者】を選ぶんだってさ。アタシ意外に誰が居んのぉ?」


 居ない!!!!


 しかし、誰もそうは言えなかった。


「嫌だよ…。そんな危険な事…」

「傷ついてほしくないよ…」


「ッ大体さぁ…。なんでこっちが出向いてあげないといけないわけぇ? 王様って、そんなに偉いの? な訳ないよねぇ…。でーもー…。私差し置いて勇者ですぅなんて言われてもさぁ、許せる訳なくない? この世が求めてる人って、一体どんなやつ?」


「アイちゃんです!!!」

「アイちゃんです!!!」

「俺にはアイちゃんしか要りません!!!」


「じゃあ私って誰?」


「………それは」

「ゆ、勇者です!!!」


「アイドルです!!!! アイちゃんは、勇者なんかじゃなく、アイドルです!!!」


「そー!! お前良い奴だね…」


「あ…アイちゃん…アイちゃんが…私を…」


「はい泣かない泣かなーい。じゃーさー…。皆がやってよ」


「?」

「?」

「?」

「?」


「私が勇者。私が占い師。じゃあ、誰が私を担ぐの?」


「やります!!」

「俺もやります!! アイちゃんの事!!」「死んでも護ります!!」「おい!! 俺も護ります!!」


「…………良かった。きっと皆に辛い事を強いるかもしれないけど。私の事、嫌いにならないで? 私も皆の事、大好き。だから、死に物狂いで私を推してよ」


 占星術師 兼 勇者 【アイドル】


 (ファン)ネーム 【アイドルメイト】


 世界各地に点在する冒険者、猛者達が一斉に動き出した。


 自らを勇者と信じる占星術師と出会い、情報を求め大国を目指す。


 そして、未だ邂逅至らない幼い勇者候補が、海へ出た。


 【魔王の領域】


 旧日本 東京があった場所に【魔王】が居ると信じられている。その証拠に、旧東京に近付くにつれ魔物は強力なものとなり、より凶暴なものに溢れているという。


 魔物の中、最強格とされるものが縄張りとしている領域を、文献に登場する名称に準え【ダンジョン】と呼んだ。


 旧東京周辺はダンジョンに阻まれ、中枢に辿り着いた者は居ない。そのダンジョンの密集地帯を【本丸】と呼び、【二の丸】、【三の丸】と少しずつダンジョンは少なくなる。


 海から辿り着く事が出来る、そこは【本丸】の入口。人間が確保する唯一、安全に本丸に突入する事が出来る航路である。


 一隻の小舟が砂浜に上がる。樹木にロープを結び付け固定すると、対峙する。鬱蒼と茂る山が遠くにあり、明らかに、異質な気配を纏っている。


 噂がある。


 かつて、魔王誕生の時、ある占星術師は誰よりも先に安住の地を確保した。それは旧日本の中にあり、この時には既に魔王の領域に呑み込まれて尚、魔王、魔物に見つからない安住の地。


 1000年もの間受け継がれる伝説の占い師の末裔が、今なお栄えているという。


「此処に居るのか。【悪路王(あくろおう)】」


 勇者候補 【心得(こころえ) (くう)


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