第五章 告
主は、夜に、まいります――
あの言葉が、誰の耳にも残響のようにこびりついていた。
その夜、館の一室――客間のひとつにて、三人目の死体が見つかった。
遺されたのは、神学博士サラ・フォンティーヌだった。
椅子に腰掛けたまま、まるで眠っているように。
白い首元には、小さな紅い痣が一点だけ浮かんでいた。
死因は、恐らく――刺突、あるいは注射による毒。
致死性の高いマンドラゴラ毒素の一種が血液中から検出された。
だが、部屋には傷をつけた形跡も暴れた痕跡もなかった。
「また、密室か……」
レナルドはうめくように言った。
「どうなってやがる……。外から出入りできない部屋で、どうやって……?」
クレイグは、彼女の傍らに残された小さな封筒に目を留めた。
それは封蝋されており、宛名もなかった。
中には、一枚の紙片が入っていた。
──“われは 告げられし名なき声”──
「詩か……? あるいは暗号?」
誰かが呟いた。
「それとも――遺言?」
だがそれに答える者はいなかった。
執事ファーマスはいつものように部屋を清め、静かに扉を閉ざした。
***
夜半。
嶼を包む霧の帳がわずかに緩み、月の輪郭が透けて浮かんだ。
クレイグ・ファーンは書斎にいた。
開かれた魔術地図と、薬草目録と、裁断された数枚の紙。
彼は、考えていた。
まだ言葉にはしないが、ある確信に至っていた。
――この嶼そのものが、ある術式の中にある。
ここは実験場であり、密室群は空間の分断ではなく、意味の操作である。
彼の指が、机の上のペンダントに触れた。
それはごく個人的な遺品であり、物語の中では語られぬ動機の鍵であった。
翌朝。
誰もがその名を口にせずにいた“主催者”が、ようやく姿を現す。
だがそれは、かつて人であったものの残骸――
古びた椅子に座ったまま、白骨と化したギルベール男爵の骸だった。
招待状の差出人、館の主、あらゆる手紙に記された名。
その者は、すでに何年も前に死んでいた。