第四章 疑
人は、死を見た瞬間から、他者を疑い始める。
それが、たとえ信頼の絆を結んだ者であっても――
いや、だからこそ、疑念は深く根を張る。
「どう考えても、おかしいだろう」
レナルド・エルヴァインは低く唸った。
館の応接室に集められた五人の視線が、彼の拳に集まる。
その手には、メイベルの遺品――小さな香薬瓶が握られていた。
「これは温室で見つけたものだ。蓋は開いていた。香りの主はこれだろう。
だがよく見ろ。瓶底に、細工がある」
クレイグが眼鏡を曇らせながら受け取る。
錬金術師の視線は、瓶の底部に微かな亀裂と金属片を見つけた。
「……これは爆縮式の霧散機構ですね。熱を加えれば、内容物を霧状に放出できる。
ただし、これは手製だ。しかも精密すぎる。通常の薬屋の設備では作れません」
「つまり、誰かがこれを仕掛けたということだ」
レナルドが言う。
「でなけりゃ、彼女が自分で……?」
誰かが呟く。「自殺……か?」
それに、また別の誰かが小さくかぶりを振る。
「いや、違う。これは……“演出”だ」
口を開いたのはサラだった。
「昨夜のリヴォル監察官の死も、今朝のメイベルの死も。
いずれも、まるで――誰かが“舞台”を用意して、私たちを見ているような感覚がある」
沈黙。
見えない視線が、館のどこかから注がれているような気がした。
窓の外には霧が濃く、何も見えない。
だが、風もないのにカーテンがかすかに揺れた。
「……ギルベール男爵は、本当に生きているんでしょうか」
誰かが問うた。
すると、重苦しい空気の中で、ファーマス執事が静かに口を開いた。
それは、この館に来てから彼が初めて発した言葉だった。
「――主は、夜に、まいります」
一同の背筋が凍った。
その夜。
館の一室で、さらにひとつの死体が見つかる。
第三の犠牲者の死は、またしても、密室だった。
そしてその現場には、今度もあの――黒い花が添えられていた。