第二章 集
朝が来た。
だが、それは夜の延長のような、薄く濁った光だった。
嶼を覆う霧は夜のあいだにさらに濃くなり、空も海も、地平も境界を失っていた。
食堂に集まった六人は、椅子に腰かけながらも、誰も箸をつけようとはしなかった。
昨夜、リヴォル監察官が密室で喉を切られて死んでいた。
状況はきわめて異様だった。室内に争った形跡はなく、窓も扉も魔術で封じられていた。
そして何より、死体の傍らに咲いていたのは、絶滅したはずの魔草――フェル・マンドラゴラ。
「この島は……魔に染められている」
最初に口を開いたのは神学博士のサラ・フォンティーヌだった。
彼女の声は平坦で、まるで何かを確信しているかのような静けさを湛えていた。
「霊的な封印があるわ。この館にも、島全体にも。これは、外の世界とは違う……異界だわ」
「馬鹿を言うな。理屈が通らん。これは殺人事件だ」
レナルド・エルヴァインが声を荒げた。
「誰かが――この中の誰かが、奴を殺した。それ以外に考えようがあるか!」
誰もが顔を見合わせる。
そして次の瞬間、その視線は一斉にひとつの場所へと向けられた。
――クレイグ・ファーン。
「錬金術……あの黒い花。あなたしか知らないでしょう?」
クレイグは、ゆっくりと首を横に振った。
「そう思われても無理はありません。しかし、私はこの嶼に来たのは皆さんと同じです。
私が知りたいのは、この事件の真相――それだけです」
彼は相変わらずの落ち着きでそう言った。
だが、彼の目の奥では、微細な光が、見えぬ計算を重ねていた。
やがて沈黙が落ちた食堂で、執事ファーマスが静かに朝食を片付け始めた。
言葉を発さず、まるで命じられたように動くその様子に、誰かがつぶやく。
「……あの男、生きてるのか?」
そしてふたたび、嶼に沈黙が降りる。
密室の殺人、得体の知れぬ島、姿を見せぬ主催者、正体不明の執事――
すべてが、ひとつの意図のもとに並べられた、錬金術的構成物であることに、まだ誰も気づいていない。
その日の午後、ふたつ目の死体が発見される。