枯れ木に咲いた花
彼女いない歴70年に、終止符が打たれた。
年齢的に勘違いされるかも知れないが、別に死んだわけではない。
驚くべきことに、彼女が出来たのである。
この年で出来るとは、自分でも驚きだ。
自分と気が合う女性がいることにも驚きだ。
しかし、油断してはいけない。
私の人生で上手くいくときは怪しい時だ。
何らかの落とし穴があるはずだ。
そう思っていたら、案の定だった。
彼女が亡くなったのである。
一瞬にして、失われる幸せ。
——いや、わかってたよ。
いつものことだ。
彼女の葬式の出席を終え、家で落ち着こうとする。
何ともやりきれない気持ちだった。
その晩、彼女の夢を見た。
彼女がドロドロに溶けていく。
あまりの悪夢に叫び声を上げて、跳ね起きた。
「おはよう」
彼女がそこにいたので、私はリアルでも叫ぶことになった。
彼女は幽霊になっていた。
「——なるほど」
彼女の話をまとめると、どうやら彼女も私に未練があって、こちらに残ってしまったようだ。
どうにも顔がにやけてしまう。
求めていたのは、私だけではなかったのだ。
彼女いない歴の長さが災いし、求める気持ちは、どうしても独りよがりな感情に思えてしまうのである。
肉体こそ滅んでしまったが、彼女は彼女だ。
三日ほど彼女と浮かれる日々が続き、人生が上手く行き過ぎてる気がした。
これはいけない。
何か落とし穴があるはずだ。
——そうだ、私が死んだらどうなるのだろう?
彼女が一人、ここに取り残されてしまうのではないか?
「——そんなのいやよ!」
仮説を話したら、彼女は当然の反応を示した。
「私だって、イヤだ」
そこから話し合いが始まり、一つの結論に達した。
彼女は未練があって、幽霊になった。
であれば、私も未練を残して死ねば良い。
そうと決まれば、浮かれてデートをしている場合ではない!
綿密なデート計画が始まった。
一番行きたいところや、一番楽しことはやらないことに決める。
二番目も念の為に外す。
そして、三番目にやりたいことや、行きたいところに行く。
これなら未練が残るはずだ。
そうして行ったデートが、存外楽しくてヒヤヒヤすることも度々あった。
「——これダメ! 良すぎて、ダメ!」
「すまん、次はもっと調べるから」
こうして揉める場面もあったが、結局なんだかんだ言って心底楽しんでしまった私がいた。
こんなことで、未練が残るのだろうか?
そんな日々が過ぎ、私は寝たきりになった。
そろそろ終わりが近いようだ。
「君が幽霊になってくれて、本当に良かった」
「ワタシも幽霊になって良かったわ」
「気がかりなのは、君のことだ。君を一人にさせるのだけは、なんとか??」
「一人にさせないで! 死なないで!」
「ふふ、君は死んでると言うのに」
「気持ちは、生きてるのよ!」
そんなやりとりの中、私はこの世を去った。
意識を取り戻すと、いつもの家だった。
私は、現世に残っていた。
——そうか、考えてみると当然だ。
彼女のことが気がかりなんだから、デートを楽しもうが未練は残る。
私は嬉しくなって、彼女の名を呼びながら、家の中を探し回った。
「ここかな?」
「——と見せかけて、ここだ!」
「……そろそろ出てきてくれないか?」
「なあ、頼むよ……!」
しかし、いくら探し回っても、彼女はいなかった。
……愛する男が、死ぬまで自分のことを想ってくれた。
そう、彼女の未練はきっとなくなってしまったのである。
彼女と向こうで再会するのは、随分先のことになるだろう。
情けないことだが、未だに私に残った未練は小さくないのだ。
しばらくは、このまま残るのだろう。
——しかしそう考えると、再会する時は未練がなくなった時。
彼女と再会する時は、以前の幸福感がない状態、か……。
やはり私の人生は、上手くいってる時ほど怪しい。