第7話 いつ見きとてか恋しかるらむ
窓の外は深夜。
机の上にはプリントの束。
数Ⅱのノートが広がった上で、肘をついて英語の単語帳をめくる。
後で現代文の本文読んで、漢字抜き出して覚えておかないと。
中間テストまで、あと3日。
どの先生も「今回はそんなに範囲広くないから」とか言うけど、
範囲が広くなくてもプリントとテキストがいっぱいあったら、量は多いんですよ、先生!
と叫びたい。
一応の進学校。中学とはテスト勉強の量が段違いだ
そんな中で、私は――
「くるみちゃん、今日も書く?」
放課後の廊下で、槙野先輩が声をかけてきた。
「……少しだけ、やろうかなって」
本当は、家に帰って単語を暗記した方がいい。一応、部活停止期間だし。
でも、“残ってた全紙、半分に切って準備室に置いとくから、好きに使ってね”と先生が言ってたから、テスト開けすぐの締め切りに向けて今日も少しだけ書きたい。
職員室に部室の鍵を貰いに行ったら、宗谷先生に、『5時までに撤収でね』ってひそひそと言われた。
職員室を出たところでばったり、チカと出会う。
「あれ、くるみ、まだ帰らないの?」
「あ、ち、ちょっと部室で2,3枚書いてから帰ろうって思って」
「部停期間中だろ?いいの、それ」
「……う。まぁ、文化部なので」
「ずるいな、文化部」
「公募の締め切りが試験のすぐ後だから。チカはノート提出?……遅くない?」
「色々あんだよ。提出できればよし」
「出したら勉強できなくない?」
「……ノートは無くてもなんとかなる」
確かにチカなら無くてもなんとかなりそう。何気に頭いいし。
会話が途切れて、“じゃ”と行こうとしたところで、再びチカに呼び止められた。
「あ、そう言えばうちの母親が、また、料理本用のお品書き書いてくれるかなぁって言ってた」
「わかった、おばあちゃんに聞いてみるね」
チラチラと見られている視線が痛くなって、去りながら返事をする。
人気者と話すのは、なかなかに……
公募作品の提出締切まで、あと一週間。
チャリ…と鍵についているプレートが鳴る。鍵を開けて部室に入ると墨の匂いが助けてくれた。
はぁーーー心臓がもたないわ
棚から道具を出して並べ、練習用の用紙を3枚と清書用を1枚出して後の机に置いた。
墨をすりながら、どう書くかのイメージを浮かべる。
清書もすでに何枚か書いたけど、どれもしっくりこない。
ふぅ
息を一つ落として、筆を下した。
すーっ
細い筆で流れるように文字を落としていく。墨は時折薄くなり、手放されるのを惜しむように線を描く。
書きあがったものを眺める。
うーーーん
“ふ”の横を広げすぎたか。なんというか、“ふ”がデブに……
書いたものを横に置いて、もう一枚、さらに…と書き進めた。でも、どれも今一つ。いわゆる腑に落ちない感じ。“ふ”だけにね。
自分の中の自分が笑えなくなったので、結局、清書を書くのは止めて、帰宅した。
夕飯を食べながら、祖母に、「お品書き」の話をする。母も直接チカのお母さんから聞いていた話らしい。
「前の時も、たった10行ぽっち料理の名前書いただけで随分とお礼を下さって。申し訳ないのよね。作品っていうならまだしも料理の名前並べただけよ」
母の作った煮込みハンバーグを箸で割りながら、そう言う。祖母は肉が大好きだ。大きく切ったハンバーグを口に入れながら、ふっと顔をあげて自分の方を見た。
「ふるみ、はんたひゃりなはいよ」
口をもごもごさせながら、箸で人を指している。この家で一番お行儀の悪いのは祖母だと思う。
「食べてから言ってよ」
ゆっくりハンバーグを食べた後、お茶を飲んで、祖母が言う。
「くるみ、あんたやりなさいよ。だったら向こうも気を遣ってお金払わなくていいだろうし」
「おばあちゃん、あれはさ、お品書きの端っこに“高梨翠峰”って入るから価値があるんでしょ。高校生が書いてどうすんのよ」
「そんなの関係ないでしょ」
「ものすごくあるよ」
「まぁまぁまぁ。おばあちゃんもそう言わずに書いてあげてよ。絵梨さんには、お礼はいらないからって言っとくから」
母が、祖母のおかわりのご飯をよそいながら、とりなすように言う。
我が家の食卓は女3人の割にはボリュームがある。祖母は本当に良く食べるのだ。しわしわの細い体のどこにそれが入るのかと思う。
テスト期間中は、家では書は書かない。家だと際限なく書いてしまって、試験の結果で泣くはめになる。だから、ちょっとだけ部室に寄ったのに。
チカとのほんの一瞬の会話を、単語帳を開きながら思い出している。
やばい、全然頭に入って来ない……
恋って、ほんと邪魔だ
そう思いながらも、自分を見下ろす姿とその声が胸の奥から繰り返し湧き上がって、どうしようもない自分がいた。
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