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第九章:歩の犠牲、飛車の一撃

戦において、犠牲は避けられぬ。

将棋でも、“歩”を捨てて道を拓くことがある。

だが、ただ失うのではない――その犠牲の先に、“飛車”を通す道があるならば、それは勝利への布石となる。


そして、小田氏治の初の大合戦は、突如として火を吹いた。


「殿――佐竹軍、千五百、東南より侵入!」


「ふん、動いたか。……佐竹義重、自らか?」


「はっ、義重の弟・義久が指揮しております」


井口周斎が地図を睨み、低く唸る。


「狙いは結城。小田と北条の間を裂くつもりですな」


氏治は頷く。


「囲いを組んだなら、今度はこちらが“見せる”番だ。小田が、もう“笑い者”ではないと。……新九郎!」


「はっ」


「“飛車”を走らせろ。鉄砲三百。結城の南東、五斗村へ回り込め。敵がそこを越えた時――撃て」


だが、それだけでは届かない。

五斗村までの山道に伏せた鉄砲隊は、数において不利。

そこで氏治は、“歩”を一つ差し出した。


「太市」


「……わかった。俺が“囮”になる」


太市率いる五十騎が、わざと結城城近くで佐竹軍を挑発。

怒りに燃える佐竹義久は、予想通りに深追いした。


「奴ら、誘っておるな……だが、何が来ようと、正面突破よ!」


そうして、佐竹軍は五斗村へ――。


――その瞬間だった。


「撃て!」


氏治の指揮のもと、新九郎の鉄砲隊が一斉射撃。

火薬の轟音と共に、佐竹の先鋒が崩れ落ちた。


続けざまに、伏兵の弓隊と足軽が側面から突撃。

そして、太市が再び現れ、まっすぐに義久の本陣を突く。


「小田はもう、昔の小田じゃねぇんだよッ!」


激戦の末、佐竹軍は潰走。義久は命からがら退却。

この戦――後に「五斗村の鉄火」と呼ばれる初勝利は、関東の情勢を根底から覆す。


城に戻った氏治は、兵たちの歓声の中にいても、声を張り上げることはしなかった。


「勝ったわけじゃない。ただ、ようやく“開戦”しただけだ」


だが、その横顔を見て、政繁は思った。


――殿は、戦を恐れていない。

――いや、むしろ“楽しんで”いる。将棋のごとく、読み、構え、崩し、刺す……それがこの人の戦い方なのだと。


そして井口周斎もまた、静かに記す。


《小田氏治、ついに一戦に勝つ。だがこの勝利は、関東すべての者への“宣戦布告”である》


夜、氏治は火の消えた戦場の地図を眺め、囁いた。


「歩は死んだ。だが、飛車が通った。……次は、角か。それとも、成銀か」


そして、盤上の敵の駒に、そっと指を当てる。


「……次の一手は、“王手飛車取り”だ」


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