第七章:角行、斜めに睨む
これはAIが書いたものです
戦国の世において、角行とは――
すなわち、「睨み」だ。
斜めに遠くから盤面を圧する。敵でも味方でもない、ただ静かに全体を見渡す“第三の勢力”。
そして、その角が動いた。
「京よりの使者でございます」
政繁の声が、静かな緊張をはらんでいた。
現れたのは、黒衣を纏い、墨のような瞳を持つ若き僧侶風の男だった。名を九条玄斎という。元は公家の家筋にして、今は足利義昭に仕える書記官。
「小田殿。将軍家よりの書状、ここにお届け仕る」
氏治は静かに文を受け取った。そこには、美しいが曖昧な言葉でこう書かれていた。
《関東にて正義の旗を掲げる者あらば、室町の名のもとに、その正統を助けん》
――つまり、「お前が旗を掲げるなら将軍の名を貸す」ということ。
だが、それは同時に、将軍家が小田を“利用”しようとしている証でもある。睨みの角は、敵か味方か分からぬまま、じっと斜めから圧をかけてくる。
政繁が小声で言った。
「殿。足利に関われば、北条も、佐竹も必ず動きましょう。京の火種を背負えば、我らの身も焼けますぞ」
だが、氏治は文を見つめながら答えた。
「将棋で、角を動かす時は、相手の飛車の動きを封じる時だ。……これは“封じ手”になる」
「まさか、北条を牽制するおつもりで?」
「そうだ。角は打つより、睨ませるのが強い。京と繋がったと思わせれば、北条は動きが鈍る。佐竹も様子見をせざるを得なくなる」
そう、これは実際に動かすための“駒”ではない。
ただ、睨ませる。存在を意識させる。それだけで盤面は変わる。
だが、九条玄斎は一筋縄ではいかなかった。
「小田殿。将軍家の名を借りるということは、いずれ“都へ登る”責任も負うということ。口だけの従属は、室町の名を汚しますぞ」
氏治は迷いなく言った。
「名だけ借りる気はない。“使う”つもりでいる」
「……ほう?」
「貴殿も分かっているはずだ。この乱世において、動かぬ者は淘汰される。将軍家とて例外ではない。小田は将軍の名を使い、関東を睨む。その代わり……いずれ京にて、対局の続きを打たせてもらう」
その言葉に、九条玄斎の口元が微かに笑った。
「面白い。では……殿、対局は次の一手からと参りましょうか」
こうして、小田氏治は将軍家という“角”の駒を、自らの盤に置いた。
関東の諸将は驚きと警戒をもってそれを迎えた。
――まさか、小田氏治が将軍と繋がるとは。
――もはや“常陸の笑い者”ではない。
――関東に、風が吹いている。
その夜、氏治は盤面を見つめ、そっと駒を進めた。
「角、七七へ。睨ませるだけでいい。だが……この角は、いつでも“刺せる”角だ」
将軍の名。北条の牽制。佐竹の静観。
乱世の盤面が、静かに、大きく揺れ始めた。